つくづくと思ひ続くることは、なほいかで
つくづくと思い続けることは、やはりどうにかして
・つくづくと … 副詞
・思ひ続くる … カ行下二段活用の動詞「思ひ続く」の連体形
・こと … 名詞
・は … 係助詞
・なほ … 副詞
○なほ … (それでも)やはり
・いかで … 副詞
○いかで … 強い願望、どうにかして
心と疾く死にもしにしがなと思ふよりほかのこともなきを、
自分の意思で早く死んでしまいたいと思うよりほかに何もないのだが、
・心 … 名詞
・と … 格助詞
○心と … 自分の心で
・疾(と)く … 副詞
・死に … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の連用形
・も … 係助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・にしがな … 終助詞・願望
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・より … 格助詞
・ほか … 名詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・も … 係助詞
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・を … 接続助詞
ただこの一人ある人を思ふにぞ、いと悲しき。
ただこの一人いる子のことを思うと、ひどく悲しい。
・ただ … 副詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・一人 … 名詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・に … 接続助詞
・ぞ … 係助詞
・いと … 副詞
・悲しき … シク活用の形容詞「悲し」の連体形
人となして、後ろやすからむ妻などに預けてこそ、
一人前の人間にして、あとのことが安心できる妻などに世話を任せれば、
・人 … 名詞
○人 … 一人前の人間
・と … 格助詞
・なし … サ行四段活用の動詞「なす」の連用形
・て … 接続助詞
・後(うし)ろやすから … ク活用の形容詞「後ろやすし」の未然形
○後ろやすし … あとのことが安心できる
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・妻(め) … 名詞
・など … 副助詞
・に … 格助詞
・預(あず)け … カ行下二段活用の動詞「預く」の連用形
○預く … 世話を任せる
・て … 接続助詞
・こそ … 係助詞
死にも心やすからむとは思ひしか、いかなる心地して
死ぬのも気が楽だろうとは思っていたが、どのような気持ちで
・死に … 名詞
・も … 係助詞
・心やすから … ク活用の形容詞「心やすし」の未然形
○心やすし … 気軽である
・む … 推量の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・は … 係助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形
・いかなる … ナリ活用の形容動詞「いかなり」の連体形
・心地 … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
さすらへむずらむと思ふに、なほいと死にがたし。
さすらうように生きていくのだろうと思うと、やはりとても死にきれない。
・さすらへ … ハ行下二段活用の動詞「さすらふ」の未然形
○さすらふ … あてもなくさまよう
・むず … 推量の助動詞「むず」の終止形
・らむ … 現在推量の助動詞「らむ」の終止形
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・に … 接続助詞
・なほ … 副詞
・いと … 副詞
・死にがたし … ク活用の形容詞「死にがたし」の終止形
「いかがはせむ。かたちを変へて、
「どうしようか。出家して尼になって、
・いかが … 副詞
・は … 係助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の連体形
・かたち … 名詞
・を … 格助詞
・変へ … ハ行下二段活用の動詞「変ふ」の連用形
○かたちを変ふ … 出家して僧になる
・て … 接続助詞
世を思ひ離るやと試みむ。」と語らへば、
夫婦仲への執着がなくなるかどうか試してみよう。」と話をすると、
・世 … 名詞
・を … 格助詞
・思ひ離る … ラ行下二段活用の動詞「思ひ離る」の終止形
○思ひ離る … 思いが離れる
・や … 係助詞・疑問
・と … 格助詞
・試み … マ行上一段活用の動詞「試みる」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・語らへ … ハ行四段活用の動詞「語らふ」の已然形
○語らふ … 互いに親しく話をする
・ば … 接続助詞
まだ深くもあらぬなれど、
まだ(子どもなので)深い事情はわからないのだが、
・まだ … 副詞
・深く … ク活用の形容詞「深し」の連用形
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ど … 接続助詞
いみじうさくりもよよと泣きて、
たいそうしゃくりあげておいおいと泣いて、
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
・さくり … 名詞
○さくり … しゃくりあげて泣くこと
・も … 係助詞
・よよと … 副詞
・泣き … カ行四段活用の動詞「泣く」の連用形
・て … 接続助詞
「さなり給はば、まろも法師になりてこそあらめ。
「そのようにおなりになったら、私も法師になって暮らします。
・さ … 副詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・給は … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の未然形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 子どもから筆者への敬意
・ば … 接続助詞
・まろ … 代名詞
・も … 係助詞
・法師 … 名詞
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・て … 接続助詞
・こそ … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
○あり … 生活する
・め … 意志の助動詞「む」の已然形
なにせむにかは世にもまじろはむ。」とて、
何のために世間の人たちにも入りまじって暮らしましょうか。」と言って、
・なに … 代名詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の連体形
・に … 格助詞
○なにせむに … 何のために
・かは … 係助詞・反語
・世 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・まじろは … ハ行四段活用の動詞「まじろふ」の未然形
○まじろふ … 入るまじる
・む … 意志の助動詞「む」の連体形
・とて … 格助詞
いみじくよよと泣けば、われもえせきあへねど、
ひどくおいおいと泣くので、私もこらえることができないが、
・いみじく … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
・よよと … 副詞
・泣け … カ行四段活用の動詞「泣く」の已然形
・ば … 接続助詞
・われ … 代名詞
・も … 係助詞
・え … 副詞
○え〜(打消) … 〜できない
・せきあへ … ハ行下二段活用の動詞「せきあふ」の未然形
○せきあふ … こらえる
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ど … 接続助詞
いみじさに、たはぶれに言ひなさむとて、
あまりの切実さに、冗談に言いまぎらわそうと思って、
・いみじさ … 名詞
○いみじ … はなはだしい
・に … 格助詞
・たはぶれ … 名詞
○たはぶれ … 冗談
・に … 格助詞
・言ひなさ … サ行四段活用の動詞「言ひなす」の未然形
○言ひなす … 言いまぎらわす
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・とて … 格助詞
「さて鷹飼はでは、いかがし給はむずる。」と言ひたれば、
「では鷹を飼えなくなったら、どうなさるつもりですか。」と言ったところ、
・さて … 接続詞
・鷹 … 名詞
・飼は … ハ行四段活用の動詞「飼ふ」の未然形
・で … 接続助詞
・は … 係助詞
・いかが … 副詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・給は … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の未然形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から子どもへの敬意
・むずる … 意志の助動詞「むず」の連体形
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・たれ … 完了の助動詞「たり」の已然形
・ば … 接続助詞
やをら立ち走りて、し据ゑたる鷹を握り放ちつ。
そっと立って走っていって、つないで止まらせてある鷹をつかみ放してしまった。
・やをら … 副詞
○やをら … そっと
・立ち走り … ラ行四段活用の動詞「立ち走る」の連用形
・て … 接続助詞
・し据ゑ … ワ行下二段活用の動詞「し据う」の連用形
○し据う … 位置を固定して、そこの置く
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・鷹 … 名詞
・を … 格助詞
・握り … ラ行四段活用の動詞「握る」の連用形
・放ち … タ行四段活用の動詞「放つ」の連用形
・つ … 完了の助動詞「つ」の終止形
見る人も涙せきあへず、まして、日暮らし悲し。
見ている人も涙をこらえきれず、まして(私は)、一日中悲しい。
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・涙 … 名詞
・せきあへ … ハ行下二段活用の動詞「せきあふ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・まして … 副詞
・日暮らし … 副詞
○日暮らし … 一日中
・悲し … シク活用の形容詞「悲し」の終止形
心地におぼゆるやう、
心に思われることは、
・心地 … 名詞
○心地 … 心
・に … 格助詞
・おぼゆる … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連体形
○おぼゆ … (自然に)思われる
・やう … 名詞
○やう … こと
あらそへば思ひにわぶる天雲に
夫との仲が不和なので思い悩んで尼になろうかと子供に話をすると、
・あらそへ … ハ行四段活用の動詞「あらそふ」の已然形
・ば … 接続助詞
・思ひ … 名詞
・に … 格助詞
・わぶる … バ行上二段活用の動詞「わぶ」の連体形
○思ひにわぶ … 思い悩む
・天雲(あまぐも) … 名詞
・に … 格助詞
○説明 ⇒ 「あま」は「尼」と「天」の掛詞
まづそる鷹ぞ悲しかりける
子供が先に鷹を放って法師になる決意を示したのは実に悲しいことだよ。
・まづ … 副詞
・そる … ラ行四段活用の動詞「そる」の連体形
○逸る … 飛び去る
・鷹 … 名詞
・ぞ … 係助詞
・悲しかり … シク活用の形容詞「悲し」の連用形
・ける … 詠嘆の助動詞「けり」の連体形
○説明 ⇒ 「そる」は「逸る」と「剃る」の掛詞
とぞ。
と(詠んだ)。
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞
日暮るるほどに、文見えたり。
日が暮れる頃に、手紙が来た。
・日 … 名詞
・暮るる … ラ行下二段活用の動詞「暮る」の連体形
・ほど … 名詞
○ほど … 頃
・に … 格助詞
・文 … 名詞
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
○見ゆ … (手紙が)来る
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形
天下そらごとならむと思へば、
この上ない作りごとだろうと思ったので、
・天下(てんげ) … 名詞
○天下 … 天下第一であること、この上ない
・そらごと … 名詞
○そらごと … 作りごと、うそ
・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の已然形
・ば … 接続助詞
「ただ今心地あしくて、え今は。」とてやりつ。
「ちょうど今、気分が悪くて、今は(返事が)できない。」と言って行かせた。
・ただ今 … 副詞
○ただ今 … ちょうど今
・心地 … 名詞
○心地 … 気分
・あしく … シク活用の形容詞「あし」の連用形
○あし … 悪い
・て … 接続助詞
・え … 副詞
・今 … 名詞
・は … 係助詞
・とて … 格助詞
・やり … ラ行四段活用の動詞「やる」の連用形
○やる … 行かせる
・つ … 完了の助動詞「つ」の終止形