亭子の帝、鳥飼の院におはしましにけり。
亭子の帝が、鳥飼の院においでになった。
・亭子(ていじ)の帝 … 名詞
・鳥飼(とりかい)の院(いん) … 名詞
・に … 格助詞
・おはしまし … サ行四段活用の動詞「おはします」の連用形
○おはします … 「来(く)」の尊敬語 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
例のごと、御遊びあり。
いつものように、管弦のお遊びがあった。
・れい … 名詞
・の … 格助詞
・ごと … 比況の助動詞「ごとし」の語幹
・御遊(おほんあそ)び … 名詞
○遊び … 詩歌や管弦などの遊び
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形
「このわたりのうかれめども、あまた参りて候ふなかに、
「このあたりの遊女たちで、たくさん参って控えている中に、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・わたり … 名詞
・の … 格助詞
・うかれめども … 名詞
○うかれめ … 遊女
・あまた … 副詞
○あまた … たくさん
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
○参る … 貴人のもとへ参上する(謙譲語) ⇒ 亭子の帝から亭子の帝への敬意
・て … 接続助詞
・候(さぶら)ふ … ハ行四段活用の補助動詞「候ふ」の連体形
○候ふ … 「居り」の謙譲語 ⇒ 亭子の帝から亭子の帝への敬意
・なか … 名詞
・に … 格助詞
声おもしろく、よしあるものは待りや。」と問はせ給ふに、
声が美しくて、風情のある者はいるか。」とお尋ねになると、
・声 … 名詞
・おもしろく … ク活用の形容詞「おもしろし」の連用形
○おもしろし … すばらしい
・よし … 名詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
○よしあり … 風情がある
・もの … 名詞
・は … 係助詞
・待(はべ)り … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連用形
○候ふ … 「あり」の謙譲語 ⇒ 亭子の帝から亭子の帝への敬意
・や … 係助詞・疑問
・と … 格助詞
・問は … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連体形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・に … 接続助詞
うかれめばらの申すやう、
遊女たちが申し上げるには、
・うかれめばら … 名詞
・の … 格助詞
・申す … サ行四段活用の動詞「申す」の連体形
○申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・やう … 名詞
「大江玉淵がむすめと申す者、めずらしう参りて待り。」
「大江玉淵の娘と申す者が、めずらしく参っております。」
・大江玉淵(おおえのたまぶち) … 名詞
・が … 格助詞
・むすめ … 名詞
・と … 格助詞
・申す … サ行四段活用の動詞「申す」の連体形
○申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ うかれめばらから亭子の帝への敬意
・者 … 名詞
・めづらしう … シク活用の形容詞「めづらし」の連用形(音便)
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
○参る … 貴人のもとへ参上する(謙譲語) ⇒ うかれめばらから亭子の帝への敬意
・て … 接続助詞
・待り … ラ行変格活用の補助動詞「侍り」の終止形
○侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ うかれめばらから亭子の帝への敬意
と申しければ、見させ給ふに、さまかたちも清げなりければ、
と申し上げたので、ご覧になると、姿や顔かたちも清らかで美しかったので、
・と … 格助詞
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
○申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連体形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・に … 接続助詞
・さま … 名詞
○さま … 姿
・かたち … 名詞
○かたち … 顔かたち
・も … 係助詞
・清げなり … ナリ活用の形動容詞「清げなり」の連用形
○清げなり … きちんと整って美しい
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
あはれがり給うて、上に召しあげ給ふ。
しみじみと感動なされて、そばにお呼び寄せになった。
・あはれがり … ラ行四段活用の動詞「あはれがる」の連用形
○あはれがる … しみじみと感動する
・給う … ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連用形(音便)
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・て … 接続助詞
・上 … 名詞
○上 … そば
・に … 格助詞
・召しあげ … ガ行下二段活用の動詞「召しあぐ」の連用形
○召しあぐ … お呼び寄せになる(尊敬語) ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の終止形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
「そもそもまことか。」など問はせ給ふに、
「いったい本当か。」などとお尋ねなさったときに、
・そもそも … 接続詞
○そもそも … いったい
・まこと … 名詞
・か … 係助詞
・など … 副助詞
・問は … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連体形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・に … 格助詞
鳥飼といふ題を、みなみな人々に詠ませ給ひけり。
鳥飼という題で、その場にいる人みんなに歌を詠ませなさった。
・鳥飼 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・題 … 名詞
・を … 格助詞
・みなみな人々 … 連語
○みなみな人々 … その場にいる人みんな
・に … 格助詞
・詠ま … マ行四段活用の動詞「詠む」の未然形
・せ … 使役の助動詞「す」の連用形
・給ひ … ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連用形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
仰せ給ふやう、
仰せになられるには、
・仰(おお)せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の連用形
○仰す … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連体形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・やう … 名詞
「玉淵はいとらうありて、歌などよく詠みき。
「玉淵はとても物事に熟練していて、歌なども上手に詠んだ。
・玉淵 … 名詞
・は … 係助詞
・いと … 副詞
・らう … 名詞
○らう … 物事に熟練していること
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・て … 接続助詞
・歌 … 名詞
・など … 副助詞
・よく … ク活用の形容詞「よし」の連用形
○よし … 上手である
・詠み … マ行四段活用の動詞「詠む」の連用形
・き … 過去の助動詞「き」の終止形
この鳥飼といふ題をよくつかうまつりたらむにしたがひて、
この鳥飼という題で上手にお詠み申し上げたなら、それによって、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・鳥飼 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・題 … 名詞
・を … 格助詞
・よく … ク活用の形容詞「よし」の連用形
・つかうまつり … ラ行四段活用の動詞「つかうまつる」の連用形
○つかうまつる … 「詠む」の謙譲語 ⇒ 亭子の帝から亭子の帝への敬意
・たら … 完了の助動詞「たり」の未然形
・む … 仮定の助動詞「む」の連体形
・に … 格助詞
・したがひ … ハ行四段活用の動詞「したがふ」の連用形
・て … 接続助詞
まことの子かとは思ほさむ。」と仰せ給ひけり。
ほんとうの子だったのかとお思いになろう。」と仰せになられた。
・まこと … 名詞
・の … 格助詞
・子 … 名詞
・か … 終助詞
・と … 格助詞
・は … 係助詞
・思ほさ … サ行四段活用の動詞「思ほす」の未然形
○思ほす … 「思ふ」の謙譲語 ⇒ 亭子の帝から亭子の帝への敬意
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の連用形
○仰す … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・給ひ … ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連用形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
承りて、すなはち、
お受けして、すぐに、
・承(うけたまわ)り … ラ行四段活用の動詞「承る」の連用形
○承る … 「受く」の謙譲語 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・て … 接続助詞
・すなはち … 副詞
あさみどりかひある春にあひぬれば
浅緑色にかすむ生きがいのある春にめぐりあったので、
・あさみどり … 名詞
・かひ … 名詞
○かひ … 価値
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・春 … 名詞
・に … 格助詞
・あひ … ハ行四段活用の動詞「あふ」の連用形
・ぬれ … 完了の助動詞「ぬ」の已然形
・ば … 接続助詞
かすみならねどたちのぼりけり
霞ではない私ですが、春霞のように御殿に昇れました。
・かすみ … 名詞
・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ど … 接続助詞
・たちのぼり … ラ行四段活用の動詞「たちのぼる」の連用形
・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形
○なぜ、この歌は「鳥飼」という題の歌であると言えるのか ⇒ 大和物語は平安中期の作品なので、まだ濁点は表記されず、「あさみどり」は「あさみとり」と表記される。それで、「あさみとりかひある」となり、歌に「鳥飼」という文字が詠み込まれていることになるから。
と詠む時に、帝、ののしりあはれがり給ひて、御しほたれ給ふ。
と詠むときに、帝は、大声をあげて感心なさり、お涙をお流しになった。
・と … 格助詞
・詠む … マ行四段活用の動詞「詠む」の連体形
・時 … 名詞
・に … 格助詞
・帝 … 名詞
・ののしり … ラ行四段活用の動詞「ののしる」の連用形
○ののしる … 大声を立てる
・あはれがり … ラ行四段活用の動詞「あはれがる」の連用形
○あはれがる … 感心する
・給ひ … ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連用形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・て … 接続助詞
・御しほたれ … ラ行下二段活用の動詞「御しほたる」の連用形
○しほたる … 涙を流す
・給ふ … 行四段活用の補助動詞「給ふ」の連体形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
人々もよく酔ひたるほどにて、酔ひ泣きいとになくす。
人々も十分に酔っているときだったので、二度とないほどひどく酔って泣く。
・人々 … 名詞
・も … 係助詞
・よく … 副詞
・酔ひ … ハ行四段活用の動詞「酔ふ」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・酔ひ泣き … 名詞
・いと … 副詞
・になく … ク活用の形容詞「になし」の連用形
○になし … 二つとない
・す … サ行変格活用の動詞「す」の終止形
帝、御桂一重ね、袴給ふ。
帝は、御袿一重ねと袴をお与えになる。
・帝 … 名詞
・御桂(おほんうちき) … 名詞
○桂 … 直衣・狩衣の下に着る衣服
・一重ね … 名詞
・袴(はかま) … 名詞
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の終止形
○給ふ … 「与ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
「ありとある上達部、皇子たち、四位五位、
「すべての上達部、皇子たち、四位五位の者で、
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・と … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
○ありとある … すべての
・上達部(かんだちめ) … 名詞
・皇子(みこ)たち … 名詞
・四位 … 名詞
・五位 … 名詞
これに物脱ぎて取らせざらむ者は座より立ちね。」
この女に衣服を脱いで与えない者は、席から立ち去れ。」
・これ … 代名詞
・に … 格助詞
・物 … 名詞
・脱ぎ … ガ行四段活用の動詞「脱ぐ」の連用形
・て … 接続助詞
・取らせ … サ行下二段活用の動詞「取らす」の未然形
○取らす … 与える
・ざら … 打消の助動詞「ず」の未然形
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・者 … 名詞
・は … 係助詞
・座 … 名詞
・より … 格助詞
・立ち … タ行四段活用の動詞「立つ」の連用形
・ね … 完了の助動詞「ぬ」の命令形
とのたまひければ、片端より、上下みなかづけたれば、
とおっしゃったので、片端から、上位の者も下位の者もみな与えたので、
・と … 格助詞
・のたまひ … ハ行四段活用の動詞「のたまふ」の連用形
○のたまふ … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から亭子の帝への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・片端 … 名詞
・より … 格助詞
・上下(かみしも) … 名詞
・みな … 副詞
・かづけ … カ行下二段活用の動詞「かづく」の連用形
○かづく … ほうびとして衣服を与える
・たれ … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ば … 接続助詞
かづきあまりて、二間ばかり積みてぞおきたりける。
肩にかけきれないで、二間ほどに積んで置いたのだった。
・かづき … カ行四段活用の動詞「かづく」の連用形
○かづく … いただいた衣服を肩にかける
・あまり … ラ行四段活用の動詞「あまる」の連用形
○あまる … 処理する能力を超える
・て … 接続助詞
・二間(ふたま) … 名詞
・ばかり … 副助詞
・積み … マ行四段活用の動詞「積む」の連用形
・て … 接続助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・おき … カ行四段活用の動詞「おく」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)