十九日。日悪しければ、船出ださず。
十九日。天候が悪いので、船を出さない。
・十九日(とおかあまりここのか) … 名詞
・日 … 名詞
○日 … 天候
・悪(あ)しけれ … シク活用の形容詞「悪し」の已然形
○悪し … 絶対的・本質的に悪い
・ば … 接続助詞
・船 … 名詞
・出(い)ださ … サ行四段活用の動詞「出だす」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
二十日。昨日のやうなれば、船出ださず。
二十日。昨日と同じようなので、船を出さない。
・二十日(はつか) … 名詞
・昨日(きのう) … 名詞
・の … 格助詞
・やうなれ … 比況の助動詞「やうなり」の已然形
・ば … 接続助詞
・船 … 名詞
・出ださ … サ行四段活用の動詞「出だす」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
みな人々、憂へ嘆く。
すべての人々が、心配し嘆く。
・みな人々 … 名詞
・憂(うれ)へ … ハ行下二段活用の動詞「憂ふ」の連用形
○憂ふ … 心配する
・嘆く … カ行四段活用の動詞「嘆く」の終止形
苦しく心もとなければ、ただ日の経ぬる数を、今日幾日、
苦しく気がかりなので、ただ日がたった数を、今日で何日、
・苦しく … シク活用の形容詞「苦し」の連用形
・心もとなけれ … ク活用の形容詞「心もとなし」の連用形
○心もとなし … 気がかりである
・ば … 接続助詞
・ただ … 副詞
・日 … 名詞
・の … 格助詞
・経(へ) … ハ行下二段活用の動詞「経(ふ)」の連用形
・ぬる … 完了の助動詞「ぬ」の連体形
・数 … 名詞
・を … 格助詞
・今日 … 名詞
・幾日(いくか) … 名詞
二十日、三十日と数ふれば、指も損なはれぬべし。
二十日、三十日と数えるので、指も傷んでしまうに違いない。
・二十日 … 名詞
・三十日(みそか) … 名詞
・と … 格助詞
・数ふれ … ハ行下二段活用の動詞「数ふ」の已然形
・ば … 接続助詞
・指(および) … 名詞
・も … 係助詞
・損なは … ハ行四段活用の動詞「損なふ」の未然形
○損なふ … 傷つける
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形
いとわびし。夜は寝も寝ず。
とても苦しい。夜は寝られもしない。
・いと … 副詞
・わびし … シク活用の形容詞「わびし」の終止形
○わびし … つらく苦しい
・夜 … 名詞
・は … 係助詞
・寝(い) … 名詞
・も … 係助詞
・寝(ね) … ナ行下二段活用の動詞「寝(ぬ)」の連用形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
○寝も寝ず … 寝ることもできない
二十日の夜の月出でにけり。
二十日の夜の月が出た。
・二十日 … 名詞
・の … 格助詞
・夜(よ) … 名詞
・の … 格助詞
・月 … 名詞
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
山の端もなくて、海の中よりぞ出で来る。
山の端もなくて、海の中から出てくる。
・山の端(は) … 名詞
・も … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・て … 接続助詞
・海 … 名詞
・の … 格助詞
・中 … 名詞
・より … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・出(い)で来る … カ行変格活用の動詞「出で来(く)」の連体形(結び)
かうやうなるを見てや、昔、阿倍仲麻呂といひける人は、
このようであるのを見たからか、昔、安倍仲麻呂といった人は、
・かうやうなる … ナリ活用の形容動詞「かくやうなり」の連体形(音便)
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
・や … 係助詞・疑問
・昔 … 名詞
・阿倍仲麻呂(あべのなかまろ) … 名詞
・と … 格助詞
・いひ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・人 … 名詞
・は … 係助詞
唐土に渡りて、帰り来ける時に、
唐土に渡って、帰って来ていた時に、
・唐土(もろこし) … 名詞
・に … 格助詞
・渡り … ラ行四段活用の動詞「渡る」の連用形
・て … 接続助詞
・帰り来(き) … カ行変格活用の動詞「帰り来(く)」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・時 … 名詞
・に … 格助詞
船に乗るべき所にて、かの国人、馬のはなむけし、
船に乗るはずの所で、その国の人が、馬のはなむけをし、
・船 … 名詞
・に … 格助詞
・乗る … ラ行四段活用の動詞「乗る」の終止形
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・所 … 名詞
・にて … 格助詞
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・国人(くにびと) … 名詞
・馬(むま)のはなむけ … 名詞
○馬のはなむけ … 別れに宴を開いたり品物を贈ったりすること
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
別れ惜しみて、かしこの漢詩作りなどしける。
別れを惜しんで、あちらの漢詩を作りなどしたそうだ。
・別れ … 格助詞
・惜しみ … マ行四段活用の動詞「惜しむ」の連用形
・て … 接続助詞
・かしこ … 代名詞
・の … 格助詞
・漢詩(からうた) … 名詞
・作り … ラ行四段活用の動詞「作る」の連用形
・など … 副助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
飽かずやありけむ、二十日の夜の月出づるまでぞありける。
満足しなかったのだろうか、二十日の夜の月が出るまでいたという。
・飽(あ)か … カ行四段活用の動詞「飽く」の未然形
○飽く … 満足する
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形(結び)
・二十日 … 名詞
・の … 格助詞
・夜 … 名詞
・の … 格助詞
・月 … 名詞
・出づる … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連体形
・まで … 副助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
その月は、海よりぞ出でける。
その月は、海から出たそうだ。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・月 … 名詞
・は … 係助詞
・海 … 名詞
・より … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
これを見てぞ、仲麻呂の主、
これを見て、仲麻呂さんは、
・これ … 代名詞
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・仲麻呂 … 名詞
・の … 格助詞
・主(ぬし) … 名詞
○~の主 … ~さん
「わが国に、かかる歌をなむ、神代より神も詠ん給び、
「わが国では、このような歌を、神代から神もお詠みになり、
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・国 … 名詞
・に … 格助詞
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
・歌 … 名詞
・を … 格助詞
・なむ … 係助詞・強調
・神代(かみよ) … 名詞
・より … 格助詞
・神 … 名詞
・も … 係助詞
・詠ん … マ行四段活用の動詞「詠む」の連用形(音便)
・給(た)び … バ行四段活用の動詞「給ぶ」の連用形
○給ぶ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 仲麻呂から神への敬意
今は上中下の人も、かうやうに別れ惜しみ、
今では上中下どんな身分の者も、このように別れを惜しみ、
・今 … 名詞
・は … 係助詞
・上中下(かみなかしも) … 名詞
○上中下 … 身分の上位中位下位
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・かうやうに … ナリ活用の形容動詞「かくやうなり」の連用形(音便)
・別れ … 名詞
・惜しみ … マ行四段活用の動詞「惜しむ」の連用形
喜びもあり、悲しびもある時には詠む。」とて、詠めりける歌、
喜びもあり、悲しみもある時には詠む。」と言って、詠んだ歌、
・喜び … 名詞
・も … 係助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・悲しび … 名詞
・も … 係助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・時 … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・詠む … マ行四段活用の動詞「詠む」の連体形(結び)
・とて … 格助詞
・詠め … マ行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・り … 完了の助動詞「り」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・歌 … 名詞
青海原ふりさけ見れば
青々とした海原をはるか遠くに仰ぎ見ると
・青海原(あおうなばら) … 名詞
・ふりさけ見れ … マ行上一段活用の動詞「ふりさけ見る」の已然形
○ふりさけ見る … 遠くを仰ぎ見る
・ば … 接続助詞
春日なる三笠の山に出でし月かも
春日にある三笠の山に出ていた月であることよ。
・春日(かすが) … 名詞
・なる … 存在の助動詞「なり」の連体形
・三笠(みかさ)の山 … 名詞
・に … 格助詞
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・月 … 名詞
・かも … 終助詞・詠嘆
とぞ詠めりける。
と詠んだそうだ。
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・詠め … マ行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・り … 完了の助動詞「り」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
かの国人聞き知るまじく思ほえたれども、
その国の人が聞いても理解しないだろうと思われたけれども、
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・国人 … 名詞
・聞き知る … ラ行四段活用の動詞「聞き知る」の終止形
○聞き知る … 聞いて理解する
・まじく … 打消推量の助動詞「まじ」の連用形
・思ほえ … ヤ行下二段活用の動詞「思ほゆ」の連用形
○思ほゆ … 自然に思われる
・たれ … 完了の助動詞「たり」の已然形
・ども … 接続助詞
言の心を、男文字にさまを書き出だして、
歌の意味を、漢字であらましを書き出して、
・言(こと) … 名詞
・の … 格助詞
・心 … 名詞
○言の心 … 歌の意味
・を … 格助詞
・男文字 … 名詞
○男文字(おとこもじ) … 漢字
・に … 格助詞
・さま … 名詞
○さま … 概略
・を … 格助詞
・書き出だし … サ行四段活用の動詞「書き出だす」の連用形
・て … 接続助詞
ここの言葉伝へたる人に言ひ知らせければ、
こちらの言葉を習得している人に話して知らせたところ、
・ここ … 代名詞
・の … 格助詞
・言葉 … 名詞
・伝へ … ハ行下二段活用の動詞「伝ふ」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連用形
・人 … 名詞
・に … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・知らせ … サ行下二段活用の動詞「知らす」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
心をや聞き得たりけむ、いと思ひのほかになむ愛でける。
意味を聞いて理解したのだろうか、全く意外なほど賞賛したそうだ。
・心 … 名詞
・を … 格助詞
・や … 係助詞・疑問
・聞き得(え) … ア行下二段活用の動詞「聞き得(う)」の連用形
○聞き得 … 聞いて理解する
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形(結び)
・いと … 副詞
・思ひのほかに … ナリ活用の形容動詞「思ひのほかなり」の連用形
○思ひのほかなり … 思いがけないさま
・なむ … 係助詞・強調
・愛(め)で … ダ行下二段活用の動詞「愛づ」の連用形
○愛づ … 賞賛する
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
唐土とこの国とは、言異なるものなれど、月の影は
唐土とこの国とは、言葉は異なるものであるが、月の光は
・唐土 … 名詞
・と … 格助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・国 … 名詞
・と … 格助詞
・は … 係助詞
・言 … 名詞
○言 … 言語
・異なる … ナリ活用の形容動詞「異なり」の連体形
・もの … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ど … 接続助詞
・月 … 名詞
・の … 格助詞
・影 … 名詞
○月の影 … 月の光
・は … 係助詞
同じことなるべければ、人の心も同じことにやあらむ。
同じことであるはずなので、人の心も同じことであるのだろうか。
・同じ … シク活用の形容詞「同じ」の連体形
・こと … 名詞
・なる … 断定の助動詞「なり」の連体形
・べけれ … 当然の助動詞「べし」の已然形
・ば … 接続助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・心 … 名詞
・も … 係助詞
・同じ … シク活用の形容詞「同じ」の連体形
・こと … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形(結び)
さて、今、そのかみを思ひやりて、ある人の詠める歌、
ところで、今、その古い時代を遠く思いやって、ある人が詠んだ歌、
・さて … 接続詞
・今 … 名詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・かみ … 名詞
○かみ … 古い時代
・を … 格助詞
・思ひやり … ラ行四段活用の動詞「思ひやる」の連用形
○思ひやる … 遠くへ思いをやる
・て … 接続助詞
・ある … 連体詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・詠め … マ行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・歌 … 名詞
都にて山の端に見し月なれど波より出でて波にこそ入れ
都では山の端に見た月であるが、波から出て波に入ることよ。
・都 … 名詞
・にて … 格助詞
・山の端 … 名詞
・に … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・月 … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ど … 接続助詞
・波 … 名詞
・より … 格助詞
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・波 … 名詞
・に … 格助詞
・こそ … 係助詞・強調
・入れ … ラ行四段活用の動詞「入る」の已然形(結び)