花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。
桜の花は盛りであるのだけを、月は曇りがないのだけを見るものだろうか。
・ 盛りに … ナリ活用の形容動詞「盛りなり」の連用形
・ 隈なき … ク活用の形容詞「隈なし」の連体形
○ 隈なし … 暗い所がない
・ 見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
雨に向かひて月を恋ひ、垂れこめて
雨に向かって月を恋い慕い、簾を垂れて家に引きこもって
・ 向かひ … ハ行四段活用の動詞「向かふ」の連用形
・ 恋ひ … ハ行四段活用の動詞「恋ふ」の連用形
・ 垂れこめ … マ行下二段活用の動詞「垂れこむ」の連用形
○ 垂れこむ … 簾などを下ろして部屋の中に閉じこもる
春の行方知らぬも、なほあはれに情け深し。
春が過ぎてゆくのを知らないのも、やはりしみじみと趣深い。
・ 知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・ ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・ あはれに … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形
○ あはれなり … しみじみと心に深く感じる
・ 深し … ク活用の形容詞「深し」の終止形
咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ、見どころ多けれ。
今にも咲きそうな梢、散りしおれている庭などこそ、見るべきところが多い。
・ 咲き … カ行四段活用の動詞「咲く」の連用形
・ ぬ … 強意の助動詞「ぬ」の終止形
・ べき … 推量の助動詞「べし」の連体形
・ 散りしをれ … ラ行下二段活用の動詞「散りしをる」の連用形
・ たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ こそ … 係助詞・強調
・ 多けれ … ク活用の形容詞「多し」の已然形(結び)
歌の詞書にも、「花見にまかれりけるに、早く散り過ぎにければ。」とも、
和歌の詞書にも、「花見に参りましたが、もう散ってしまっていたので。」とも、
・ まかれ … ラ行四段活用の動詞「まかる」の命令形
○ まかる … 「行く」の丁寧語 ⇒ 和歌の作者から和歌の読者への敬意
・ り … 完了の助動詞「り」の連用形
・ ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・ 散り過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「散り過ぐ」の連用形
・ に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・ けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
「障ることありてまからで。」なども書けるは、
「さしつかえることがあって、参りませんで。」などとも書いてあるのは、
・ 障る … ラ行四段活用の動詞「障る」の連体形
○ 障る … 行動の妨げになる
・ あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ まから … ラ行四段活用の動詞「まかる」の未然形
○ まかる … 「行く」の丁寧語 ⇒ 和歌の作者から和歌の読者への敬意
・ 書け … カ行四段活用の動詞「書く」の命令形
・ る … 存続の助動詞「り」の連体形
「花を見て。」と言へるに劣れることかは。
「花を見て。」と言ってあるのに劣っているだろうか。
・ 見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・ 言へ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の命令形
・ る … 存続の助動詞「り」の連体形
・ 劣れ … ラ行四段活用の動詞「劣る」の命令形
・ る … 存続の助動詞「り」の連体形
・ かは … 係助詞・反語
花の散り、月の傾くを慕ふ習ひはさることなれど、
花が散り、月が傾くのを惜しむ慕う習慣はもっともなことだが、
・ 散り … ラ行四段活用の動詞「散る」の連用形
・ 傾く … カ行四段活用の動詞「傾く」の連体形
・ 慕ふ … ハ行四段活用の動詞「慕ふ」の連体形
○ 習ひ … 習慣
○ さる(連体詞) … しかるべき
・ なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
ことにかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝散りにけり。
とくに情趣を解さない人が、「この枝も、あの枝も散ってしまった。
・ かたくななる … ナリ活用の形容動詞「かたくななり」の連体形
○ かたくななり … ものの道理や情趣を理解しない
・ ぞ … 係助詞・強調
・ 散り … ラ行四段活用の動詞「散る」の連用形
・ に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・ けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
今は見どころなし。」などは言ふめる。
今はもう見る価値がない。」などと言うようだ。
・ なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形
・ 言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形
・ める … 婉曲の助動詞「めり」の連体形(結び)
よろづのことも、始め終はりこそをかしけれ。
何事も、始めと終わりこそ、情趣がある。
○ こそ … 係助詞・強調
・ をかしけれ … シク活用の形容詞「をかし」の已然形(結び)
○ をかし … 情趣を感じる
男女の情けも、ひとへに逢ひ見るをば言ふものかは。
男女の情愛も、ただ逢って契りを結ぶことだけをいうのだろうか。
・ 逢ひ見る … マ行上一段活用の動詞「逢ひ見る」の連体形
・ 言ふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
○ ものかは … もの(名詞)+かは(係助詞・反語)
逢はでやみにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、
逢って契りを結ばないで終ったつらさを思い、はかない約束を怨み嘆き、
・ 逢は … ハ行四段活用の動詞「逢ふ」の未然形
・ やみ … マ行四段活用の動詞「やむ」の連用形
・ に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・ し … 過去の助動詞「き」の連体形
・ 思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・ あだなる … ナリ活用の形容動詞「あだなり」の連体形
○ あだなり … はかない
○ 契り … 約束
・ かこち … タ行四段活用の動詞「かこつ」の連用形
○ かこつ … 怨んで不平を言う
長き夜をひとり明かし、遠き雲居を思ひやり、
長い夜をひとり明かし、遠く離れた所にいる人を思いやり、
・ 長き … ク活用の形容詞「長し」の連体形
・ 明かし … サ行四段活用の動詞「明かす」の連用形
・ 遠き … ク活用の形容詞「遠し」の連体形
○ 雲居 … はるか遠くの所
・ 思ひやり … ラ行四段活用の動詞「思ひやる」の連用形
浅茅が宿に昔をしのぶこそ、色好むとは言はめ。
茅の生えた荒れた家で昔をしのぶのを、恋の情趣がわかるというのだろう。
・ しのぶ … バ行四段活用の動詞「しのぶ」の連体形
○ しのぶ … 恋しく懐かしく思う
○ こそ … 係助詞・強調
・ 好む … マ行四段活用の動詞「好む」の終止形
・ 言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・ め … 推量の助動詞「む」の已然形(結び)
望月の隈なきを千里の外まで眺めたるよりも、
満月で陰りなく輝いている月をはるか彼方まで眺めているよりも、
・ 隈なき … ク活用の形容詞「隈なし」の連体形
・ 眺め … マ行下二段活用の動詞「眺む」の連用形
・ たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
暁近くなりて待ち出でたるが、いと心深う、
明け方近くなって持って出合った月のほうが、とても趣深く、
・ 近く … ク活用の形容詞「近し」の連用形
・ なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・ 待ち出で … ダ行下二段活用の動詞「待ち出づ」の連用形
○ 待ち出づ … 待っていて出合う
・ たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・ 心深う … ク活用の形容詞「心深し」の連用形(音便)
青みたるやうにて、深き山の杉の梢に見えたる、木の間の影、
青みを帯びているようで、深い山の杉の梢に見えている、木々の間の月の光、
・ 青み … マ行四段活用の動詞「青む」の連用形
・ たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ やうに … 比況の助動詞「やうなり」の連用形
・ 深き … ク活用の形容詞「深し」の連体形
・ 見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
・ たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
○ 影 … 光
うちしぐれたる群雲隠れのほど、またなくあはれなり。
時雨を降らせた群雲に隠れている様子は、またとなく情趣が深い。
・ うちしぐれ … ラ行下二段活用の動詞「うちしぐる」の連用形
・ たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・ またなく … ク活用の形容詞「またなし」の連用形
○ またなし … またとない
・ あはれなり … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の終止形
椎柴、白樫などの、濡れたるやうなる葉の上にきらめきたるこそ、
椎の木や白樫などの濡れているような葉の上にきらめいている情景は、
・ 濡れ … ラ行下二段活用の動詞「濡る」の連用形
・ たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ やうなる … 比況の助動詞「やうなり」の連体形
・ きらめき … カ行四段活用の動詞「きらめく」の連用形
・ たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
○ こそ … 係助詞・強調
身にしみて、心あらん友もがなと、都恋しう覚ゆれ。
心に深く感じられて、情趣を解する友がいればなあと、都が恋しく思われる。
・ しみ … マ行上二段活用の動詞「しむ」の連用形
・ 心あら … ラ行変格活用の動詞「心あり」の未然形
○ 心あり … 情趣を解する
・ ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
○ ~もがな … ~だったらなあ(願望)
・ 恋しう … シク活用の形容詞「恋し」の連用形(音便)
・ 覚ゆれ … ヤ行下二段活用の動詞「覚ゆ」の已然形(結び)
すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは。
すべて、月や花を、そのように目でばかり見るものだろうか。
・ 見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
春は家を立ち去らでも、
春は家から出かけなくても、
・ 立ち去ら … ラ行四段活用の動詞「立ち去る」の未然形
月の夜は閨のうちながらも思へるこそ、
月の夜は寝室の中にいるままで思っているのこそ、
○ うち(名詞)
○ ながら … 「接尾語」または「接続助詞」
・ 思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の命令形
・ る … 存続の助動詞「り」の連体形
○ こそ … 係助詞・強調
いと頼もしう、をかしけれ。
とても楽しみで、情趣が深い。
・ 頼もしう … シク活用の形容詞「頼もし」の連用形(音便)
○ 頼もし … 期待ができる
・ をかしけれ … シク活用の形容詞「をかし」の已然形(結び)
よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、
身分・教養のある人は、ひたすら風流にふける様子にも見えず、
・ よき … ク活用の形容詞「よし」の連体形
・ 好け … カ行四段活用の動詞「好く」の命令形
・ る … 存続の助動詞「り」の連体形
・ 見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
興ずるさまもなほざりなり。
おもしろがる様子もあっさりしている。
・ 興ずる … サ行変格活用の動詞「興ず」の連体形
・ なほざりなり … ナリ活用の形容動詞「なほざりなり」の終止形
○ なほざりなり … 特別に心に留めない
片田舎の人こそ、色濃くよろづはもて興ずれ。
片田舎の人こそ、しつこく何事にも興味を持つ。
○ こそ … 係助詞・強調
・ 色濃く … ク活用の形容詞「色濃し」の連用形
・ もて興ずれ … サ行変格活用の動詞「もて興ず」の已然形(結び)
花のもとには、ねぢ寄り立ち寄り、あからめもせずまもりて、
花の下には、身をねじるように近寄り、わき目もふらずに見つめて、
・ ねぢ寄り … ラ行四段活用の動詞「ねぢ寄る」の連用形
・ 立ち寄り … ラ行四段活用の動詞「立ち寄る」の連用形
○ あからめ … わき目
・ せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・ まもり … ラ行四段活用の動詞「まもる」の連用形
○ まもる … じっと見つめる
酒飲み、連歌して、果ては、大きなる枝、心なく折り取りぬ。
酒を飲み、連歌して、しまいには、大きな枝を思慮なく折り取る。
・ 飲み … マ行四段活用の動詞「飲む」の連用形
・ 連歌し … サ行変格活用の動詞「連歌す」の連用形
・ 大きなる … ナリ活用の形容動詞「大きなり」の連体形
・ 心なく … ク活用の形容詞「心なし」の連用形
○ 心なし … 思慮がない
・ 折り取り … ラ行四段活用の動詞「折り取る」の連用形
・ ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
泉には手足さし浸して、雪には下り立ちて跡つけなど、
泉には手足をつけて、雪の上には降り立って足跡をつけるなど、
・ さし浸し … サ行四段活用の動詞「さし浸す」の連用形
・ 下り立ち … タ行四段活用の動詞「下り立つ」の連用形
・ つけ … カ行下二段活用の動詞「つく」の連用形
よろづのもの、よそながら見ることなし。
すべての物を距離を置いて見ることがない。
・ 見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
・ なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形