十一日。暁に船を出だして、室津を追ふ。
十一日。未明に船を出して、室津をめざして進む。
・十一日(とおかあまりひとひ) … 名詞
・暁 … 名詞
・に … 格助詞
・船 … 名詞
・を … 格助詞
・出だし … サ行四段活用の動詞「出だす」の連用形
・て … 接続助詞
・室津(むろつ) … 名詞
・を … 格助詞
・追ふ … ハ行四段活用の動詞「追ふ」の終止形
○追ふ … 目標をめざして進む
人みなまだ寝たれば、海のありやうも見えず。
人々はみな、まだ寝ているので、海の様子も見えない。
・人 … 名詞
・みな … 副詞
・まだ … 副詞
・寝 … ナ行下二段活用の動詞「寝」の連用形
・たれ … 存続の助動詞「たり」の已然形
・ば … 接続助詞
・海 … 名詞
・の … 格助詞
・ありやう … 名詞
・も … 係助詞
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の未然形
・ず … ;打消の助動詞「ず」の終止形
ただ月を見てぞ、西東をば知りける。
ただ月を見て、西東を知ったのだった。
・ただ … 副詞
・月 … 名詞
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・西東(にしひむがし) … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・知り … ラ行四段活用の動詞「知る」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
かかる間に、みな、夜明けて、手洗ひ、
こうしているうちに、すっかり夜が明けて、手を洗い、
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
・間 … 名詞
・に … 格助詞
・みな … 副詞
・夜 … 名詞
・明け … カ行下二段活用の動詞「明く」の連用形
・て … 接続助詞
・手 … 名詞
・洗ひ … ハ行四段活用の動詞「洗ふ」の連用形
例のことどもして、昼になりぬ。
毎朝決まって行うことごとして、昼になってしまった。
・例 … 名詞
○例 … 慣例
・の … 格助詞
・ことども … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・昼 … 名詞
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
今し、羽根といふ所に来ぬ。
今ちょうど、羽根という所にやって来た。
・今 … 名詞
・し … 副助詞
・羽根 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・所 … 名詞
・に … 格助詞
・来 … カ行変格活用の動詞「来」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
わかき童、この所の名を聞きて、
幼い子が、この場所の名前を聞いて、
・わかき … ク活用の形容詞「わかし」の連体形
・童 … 名詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・所 … 名詞
・の … 格助詞
・名 … 名詞
・を … 格助詞
・聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
・て … 接続助詞
「羽根といふ所は、鳥の羽のやうにやある。」と言ふ。
「羽根という所は、鳥の羽のような形をしているの。」と言う。
・羽根 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・所 … 名詞
・は … 係助詞
・鳥 … 名詞
・の … 格助詞
・羽 … 名詞
・の … 格助詞
・やう … 名詞
○やう … 姿、形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形
まだをさなき童の言なれば、人々笑ふときに、
まだ幼い子どもの言葉なので、人々が笑うときに、
・まだ … 副詞
・をさなき … ク活用の形容詞「をさなし」の連体形
・童 … 名詞
・の … 格助詞
・言(こと) … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞
・人々 … 名詞
・笑ふ … ハ行四段活用の動詞「笑ふ」の連体形
・とき … 名詞
・に … 格助詞
ありける女童なむ、この歌をよめる。
さっきの女の子が、この歌を詠んだ。
・ありける … 連体詞
・女童(おんなわらわ) … 名詞
・なむ … 係助詞・強調
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・歌 … 名詞
・を … 格助詞
・よめ … マ行四段活用の動詞「よむ」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形(結び)
まことにて名に聞くところ羽ならば
本当に名前を聞いた所が羽であるならば、
・まことに … ナリ活用の形容動詞「まことなり」の連用形
・て … 接続助詞
・名 … 名詞
・に … 格助詞
・聞く … カ行四段活用の動詞「聞く」の連体形
・ところ … 名詞
・羽 … 名詞
・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・ば … 接続助詞
飛ぶがごとくに都へもがな
飛ぶように都へ帰りたいものだなあ。
・飛ぶ … バ行四段活用の動詞「飛ぶ」の連体形
・が … 格助詞
・ごとくに … 比況の助動詞「ごとくなり」の連用形
・都 … 名詞
・へ … 格助詞
・もがな … 終助詞・願望
とぞ言へる。
と言ったのだった。
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・言へ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形(結び)
男も女も、いかでとく京へもがなと思ふ心あれば、
男も女も、なんとかして早く京へ帰りたいものだと思う気持ちがあるので、
・男 … 名詞
・も … 係助詞
・女 … 名詞
・も … 係助詞
・いかで … 副詞
○いかで … どうにかして(願望)
・とく … 副詞
・京 … 名詞
・へ … 格助詞
・もがな … 終助詞・願望
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・心 … 名詞
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形
・ば … 接続助詞
この歌、よしとにはあらねど、げにと思ひて、人々忘れず。
この歌が、優れているというわけではないが、本当にと思って、人々は忘れない。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・歌 … 名詞
・よし … ク活用の形容詞「よし」の終止形
○よし … すばらしい
・と … 格助詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・は … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ど … 接続助詞
・げに … 副詞
○げに … なるほど(同調)
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・人々 … 名詞
・忘れ … ラ行下二段活用の動詞「忘る」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
この羽根といふ所問ふ童のついでにぞ、
この羽根という所のことを尋ねる子どもがきっかけで、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・羽根 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・所 … 名詞
・問ふ … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の連体形
・童 … 名詞
・の … 格助詞
・ついで … 名詞
○ついで … 機会
・に … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
また昔へ人を思ひ出でて、いづれの時にか忘るる。
また亡くなった人を思い出して、いつになったら忘れるのだろうか。
・また … 副詞
・昔へ人 … 名詞
・を … 格助詞
・思ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「思ひ出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・いづれ … 代名詞
○いづれ … いつ
・の … 格助詞
・時 … 名詞
・に … 格助詞
・か … 係助詞・疑問
・忘るる … ラ行下二段活用の動詞「忘る」の連体形(結び)
今日はまして、母の悲しがらるることは。
今日はなおさら、母親がお悲しみになることは、ひとしおだ。
・今日 … 名詞
・は … 係助詞
・まして … 副詞
・母 … 名詞
・の … 格助詞
・悲しがら … ラ行四段活用の動詞「悲しがる」の未然形
・るる … 尊敬の助動詞「る」の連体形 ⇒ 筆者から亡児の母への敬意
・こと … 名詞
・は … 終助詞・詠嘆
下りしときの人の数足らねば、古歌に、
下った時の人数が足りないので、古歌に、
・下り … ラ行四段活用の動詞「下る」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・とき … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・数 … 名詞
・足ら … ラ行四段活用の動詞「足る」の未然形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ば … 接続助詞
・古歌(ふるうた) … 名詞
・に … 格助詞
「数は足らでぞ帰るべらなる。」といふことを思ひ出でて、人のよめる、
「数が足りないで帰るようだ。」ということを思い出して、ある人が詠んだ、
・数 … 名詞
・は … 係助詞
・足ら … ラ行四段活用の動詞「足る」の未然形
・で … 接続助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・帰る … ラ行四段活用の動詞「帰る」の終止形
・べらなる … 推量の助動詞「べらなり」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・思ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「思ひ出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・よめ … マ行四段活用の動詞「よむ」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
世の中に思ひやれども子を恋ふる
世の中に、いろいろと考えてみるが、亡き子を恋しく思う
・世の中 … 名詞
・に … 格助詞
・思ひやれ … ラ行四段活用の動詞「思ひやる」の已然形
・ども … 接続助詞
・子 … 名詞
・を … 格助詞
・恋ふる … ハ行上二段活用の動詞「恋ふ」の連体形
思ひにまさる思ひなきかな
親の思いにまさるような思いはないことだなあ。
・思ひ … 名詞
・に … 格助詞
・まさる … ラ行四段活用の動詞「まさる」の連体形
・思ひ … 名詞
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・かな … 終助詞・詠嘆
と言ひつつなむ。
と繰り返し言って。
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・つつ … 接続助詞
・なむ … 係助詞・強調