昔、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でて遊びけるを、
昔、田舎暮らしをしていた人の子供たちが、井戸の周りに出て遊んでいたが、
・昔 … 名詞
・田舎わたらひ … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・子ども … 名詞
・井 … 名詞
・の … 格助詞
・もと … 名詞
・に … 格助詞
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・遊び … バ行四段活用の動詞「遊ぶ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 接続助詞
大人になりにければ、男も女も恥ぢかはしてありけれど、
年頃になったので、男も女も互いに恥ずかしがっていたけれども、
・大人 … 名詞
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・男 … 名詞
・も … 係助詞
・女 … 名詞
・も … 係助詞
・恥ぢかはし … サ行四段活用の動詞「恥ぢかはす」の連用形
・て … 接続助詞
・あり … ラ行変格活用の補助動詞「あり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ど … 接続助詞
男はこの女をこそ得めと思ふ。
男はこの女をぜひ妻にしようと思う。
・男 … 名詞
・は … 係助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・女 … 名詞
・を … 格助詞
・こそ … 係助詞・強調
・得 … ア行下二段活用の動詞「得」の未然形
・め … 意志の助動詞「む」の已然形(結び)
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の終止形
女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれども、聞かでなむありける。
女はこの男をと思い、親が結婚させようとしても、聞き入れないでいた。
・女 … 名詞
・は … 係助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・男 … 名詞
・を … 格助詞
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・つつ … 接続助詞
・親 … 名詞
・の … 格助詞
・あはすれ … サ行下二段活用の動詞「あはす」の已然形
○あはす … 結婚させる
・ども … 接続助詞
・聞か … カ行四段活用の動詞「聞く」の未然形
・で … 接続助詞
・なむ … 係助詞・強調
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
さて、この隣の男のもとより、かくなむ、
そうして、この隣の男のもとから、このように、
・さて … 接続詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・隣 … 名詞
・の … 格助詞
・男 … 名詞
・の … 格助詞
・もと … 名詞
・より … 格助詞
・かく … 副詞
・なむ … 係助詞
筒井筒井筒にかけしまろがたけ
筒井の井筒と測り比べた私の背丈も
・筒井筒 … 名詞
・井筒 … 名詞
・に … 格助詞
・かけ … カ行下二段活用の動詞「かく」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・まろ … 代名詞
・が … 格助詞
・たけ … 名詞
過ぎにけらしな妹見ざるまに
井筒の高さを越えたようですよ、あなたに会わないでいるうちに。
・過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けらし … 過去推定の助動詞「けらし」の終止形
・な … 終助詞
・妹 … 名詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の未然形
・ざる … 打消の助動詞「ず」の連体形
・ま … 名詞
・に … 格助詞
女、返し、
女の返歌、
・女 … 名詞
・返し … 名詞
くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ
比べ合ってきた振り分け髪も肩を過ぎてしまいました。
・くらべこ … カ行変格活用の動詞「くらべく」の未然形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・振り分け髪 … 名詞
・も … 係助詞
・肩 … 名詞
・過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
君ならずしてたれか上ぐべき
あなたでなくて誰のために髪上げをしましょうか。
・君 … 代名詞
・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・して … 接続助詞
・たれ … 代名詞
・か … 係助詞・反語
・上ぐ … ガ行下二段活用の動詞「上ぐ」の終止形
・べき … 意志の助動詞「べし」の連体形(結び)
など言ひ言ひて、つひに本意のごとくあひにけり。
などと詠み合って、とうとう本来の望みどおりに結婚した。
・など … 副助詞
・言ひ言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ひ言ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・つひに … 副詞
・本意 … 名詞
○本意 … 本来の意志
・の … 格助詞
・ごとく … 比況の助動詞「ごとし」の連用形
・あひ … ハ行四段活用の動詞「あふ」の連用形
○あふ … 結婚する
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
さて、年ごろ経るほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、
そして、数年たつうちに、女は、親が死んで、頼れるものがなくなったので、
・さて … 接続詞
・年ごろ … 名詞
○年ごろ … 長年の間
・経る … ハ行下二段活用の動詞「経」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・女 … 名詞
・親 … 名詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・頼り … 名詞
○頼り … 生活のよりどころ
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・なる … ラ行四段活用の動詞「なる」の連体形
・まま … 名詞
・に … 格助詞
もろともに言ふかひなくてあらむやはとて、
いっしょに貧しい暮らしを続けていられようかと思って、
・もろともに … 副詞
・言ふかひなく … ク活用の形容詞「言ふかひなし」の連用形
○言ふかひなし … 言ってもしかたがない
・て … 接続助詞
・あら … ラ行変格活用の補助動詞「あり」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・やは … 係助詞・反語
・とて … 格助詞
河内の国、高安の郡に、行き通ふ所出で来にけり。
河内の国、高安の郡に、通って行く所ができてしまった。
・河内の国 … 名詞
・高安の郡 … 名詞
・に … 格助詞
・行き通ふ … ハ行四段活用の動詞「行き通ふ」の連体形
・所 … 名詞
・出で来 … カ行変格活用の動詞「出で来」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
さりけれど、このもとの女、悪しと思へる気色もなくて、
そうであったが、このもとの女は、不快に思っている様子もなくて、
・さり … ラ行変格活用の動詞「さり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ど … 接続助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・もと … 名詞
・の … 格助詞
・女 … 名詞
・悪し … シク活用の形容詞「悪し」の終止形
○悪し … 不都合である
・と … 格助詞
・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・気色 … 名詞
○気色 … 人の様子
・も … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・て … 接続助詞
出だしやりければ、男、異心ありてかかるにやあらむと思ひ疑ひて、
送り出してやったので、男は、浮気心があってこうなのだろうかと思い疑って、
・出だしやり … ラ行四段活用の動詞「出だしやる」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・男 … 名詞
・異心 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・て … 接続助詞
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・あら … ラ行変格活用の補助動詞「あり」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・思ひ疑ひ … ハ行四段活用の動詞「思ひ疑ふ」の連用形
・て … 接続助詞
前栽の中に隠れゐて、河内へいぬる顔にて見れば、
庭の植え込みの中に隠れていて、河内へ行くふりをして見ていると、
・前栽 … 名詞
○前栽 … 庭さきに植えた草木
・の … 格助詞
・中 … 名詞
・に … 格助詞
・隠れゐ … ワ行上一段活用の動詞「隠れゐる」の連用形
・て … 接続助詞
・河内 … 名詞
・へ … 格助詞
・いぬる … ナ行変格活用の動詞「いぬ」の連体形
・顔 … 名詞
・にて … 格助詞
・見れ … マ行上一段活用の動詞「見る」の已然形
・ば … 接続助詞
この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
この女は、とても念入りに化粧して、もの思いにふけりながらぼんやり眺めて、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・女 … 名詞
・いと … 副詞
・よう … ク活用の形容詞「よし」の連用形(音便)
・化粧じ … サ行変格活用の動詞「化粧ず」の連用形
・て … 接続助詞
・うちながめ … マ行下二段活用の動詞「うちながむ」の連用形
○ながむ … もの思いにふけりながらぼんやり見つめる
・て … 接続助詞
風吹けば沖つ白波たつた山
風が吹くと沖の白波が立つ、そのような名の竜田山を、
・風 … 名詞
・吹け … カ行四段活用の動詞「吹く」の已然形
・ば … 接続助詞
・沖 … 名詞
・つ … 格助詞
・白波 … 名詞
・たつた山 … 名詞
・たつ … 「立つ」と「竜」の掛詞
夜半にや君がひとり越ゆらむ
この夜中に、あなたは一人で越えて行くのでしょうか。
・夜半 … 名詞
・に … 格助詞
・や … 係助詞・疑問
・君 … 名詞
・が … 格助詞
・ひとり … 名詞
・越ゆ … ヤ行下二段活用の動詞「越ゆ」の終止形
・らむ … 現在推量の助動詞「らむ」の連体形(結び)
と詠みけるを聞きて、
と詠んだのを聞いて、
・と … 格助詞
・詠み … マ行四段活用の動詞「詠む」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 格助詞
・聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
・て … 接続助詞
限りなくかなしと思ひて、河内へも行かずなりにけり。
この上なくいとしいと思って、河内へも行かなくなってしまった。
・限りなく … ク活用の形容詞「限りなし」の連用形
・かなし … ク活用の形容詞「かなし」の終止形
○かなし … 心にしみていとしい
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・河内 … 名詞
・へ … 格助詞
・も … 係助詞
・行か … カ行四段活用の動詞「行く」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
まれまれかの高安に来てみれば、
たまたま、あの高安にやって来て見ていると、
・まれまれ … 副詞
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・高安 … 名詞
・に … 格助詞
・来 … カ行変格活用の動詞「来」の連用形
・て … 接続助詞
・みれ … マ行上一段活用の動詞「みる」の已然形
・ば … 接続助詞
初めこそ心にくくもつくりけれ、
初めは奥ゆかしく取りつくろっていたが、
・初め … 名詞
・こそ … 係助詞・強調
・心にくく … ク活用の形容詞「心にくし」の連用形
○心にくし … 奥ゆかしい
・も … 係助詞
・つくり … ラ行四段活用の動詞「つくる」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形(結び)
⇒ 係助詞「こそ」の結びで文が終わらない時は逆接になる
今はうちとけて、手づから飯匙取りて、
今では気を許して、自分の手でしゃもじを取って、
・今 … 名詞
・は … 係助詞
・うちとけ … カ行下二段活用の動詞「うちとく」の連用形
・て … 接続助詞
・手づから … 副詞
・飯匙 … 名詞
・取り … ラ行四段活用の動詞「取る」の連用形
・て … 接続助詞
笥子の器物に盛りけるを見て、心憂がりて行かずなりにけり。
飯を盛る器に盛っていたのを見て、いや気がさして行かなくなってしまった。
・笥子 … 名詞
・の … 格助詞
・器物 … 名詞
・に … 格助詞
・盛り … ラ行四段活用の動詞「盛る」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
・心憂がり … ラ行四段活用の動詞「心憂がる」の連用形
○心憂がる … 嫌悪感をおぼえる
・て … 接続助詞
・行か … カ行四段活用の動詞「行く」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
さりければ、かの女、大和の方を見やりて、
そういうことだったので、あの女は、大和の方を遠く眺めて、
・さり … ラ行変格活用の動詞「さり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・女 … 名詞
・大和 … 名詞
・の … 格助詞
・方 … 名詞
・を … 格助詞
・見やり … ラ行四段活用の動詞「見やる」の連用形
・て … 接続助詞
君があたり見つつををらむ
あなたのいらっしゃる辺りを眺め眺めおりましょう。
・君 … 代名詞
・が … 格助詞
・あたり … 名詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・つつ … 接続助詞
・を … 間投助詞
・をら … ラ行変格活用の動詞「をり」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
生駒山雲な隠しそ雨は降るとも
生駒山よ、雲を隠さないでおくれ。たとえ雨は降っても。
・生駒山 … 名詞
・雲 … 名詞
・な … 副詞
・隠し … サ行四段活用の動詞「隠す」の連用形
・そ … 終助詞
○な~そ … ~してくれるな
・雨 … 名詞
・は … 係助詞
・降る … ラ行四段活用の動詞「降る」の終止形
・とも … 接続助詞
と言ひて見出だすに、からうじて、大和人、「来む。」と言へり。
と詠んで外のほうを見ると、やっと、大和の人が、「行こう。」と言った。
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・見出だす … サ行四段活用の動詞「見出だす」の連体形
・に … 接続助詞
・からうじて … 副詞
・大和人 … 名詞
・来 … カ行変格活用の動詞「来」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・言へ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の命令形
・り … 完了の助動詞「り」の終止形
喜びて待つに、たびたび過ぎぬれば、
喜んで待つが、そのたびごとに過ぎてしまったので、
・喜び … バ行四段活用の動詞「喜ぶ」の連用形
・て … 接続助詞
・待つ … タ行四段活用の動詞「待つ」の連体形
・に … 接続助詞
・たびたび … 副詞
・過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の連用形
・ぬれ … 完了の助動詞「ぬ」の已然形
・ば … 接続助詞
君来むと言ひし夜ごとに過ぎぬれば
あなたが来ようと言った夜が、そのたびごとに過ぎてしまったので、
・君 … 代名詞
・来 … カ行変格活用の動詞「来」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・夜ごと … 名詞
・に … 格助詞
・過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の連用形
・ぬれ … 完了の助動詞「ぬ」の已然形
・ば … 接続助詞
頼まぬものの恋ひつつぞ経る
あてにはしていないけれども、恋しく思いながら過ごしています。
・頼ま … マ行四段活用の動詞「頼む」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・ものの … 接続助詞
・恋ひ … ハ行四段活用の動詞「恋ふ」の連用形
・つつ … 接続助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・経る … ハ行下二段活用の動詞「経」の連体形(結び)
と言ひけれど、男住まずなりにけり。
と詠んだけれども、男は通って行かなくなってしまった。
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ど … 接続助詞
・男 … 名詞
・住ま … マ行四段活用の動詞「住む」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形