神無月のころ、栗栖野といふ所を過ぎて、
十月ごろ、栗栖野という所を通り過ぎて、
・神無月(かんなづき) … 名詞
・の … 格助詞
・ころ … 名詞
・栗栖野(くるすの) … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・所 … 名詞
・を … 格助詞
・過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の連用形
・て … 接続助詞
ある山里にたづね入ること侍りしに、
ある山里に訪ねて分け入ったことがありましたが、
・ある … 連体詞
・山里 … 名詞
・に … 格助詞
・たづね入る … ラ行四段活用の動詞「尋ね入る」の連体形
・こと … 名詞
・侍り … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・に … 接続助詞
はるかなる苔の細道を踏み分けて、
遠くまで続く苔の生えた細道を踏み分けて、
・はるかなる … ナリ活用の形容動詞「遥かなり」の連体形
・苔(こけ) … 名詞
・の … 格助詞
・細道 … 名詞
・を … 格助詞
・踏み分け … カ行下二段活用の動詞「踏み分く」の連用形
・て … 接続助詞
心細く住みなしたる庵あり。
しんみりとした情緒があるようにして住んでいる庵がある。
・心細く … ク活用の形容詞「心細し」の連用形
○心細し … しんみりとした情緒がある
・住みなし … サ行四段活用の動詞「住みなす」の連用形
○住みなす … 思う通りの状態にして住む
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・庵(いおり) … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形
木の葉に埋もるる懸け樋のしづくならでは、
木の葉に埋もれている懸け樋から落ちるしずくのほかには、
・木(こ)の葉(は) … 名詞
・に … 格助詞
・埋(うず)もるる … ラ行下二段活用の動詞「埋もる」の連体形
・懸(か)け樋(い) … 名詞
・の … 格助詞
・しづく … 名詞
・ならでは(連語) … 〜以外には
○なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
○で … 接続助詞
○は … 係助詞
つゆおとなふものなし。
まったく音をたてるものがない。
・つゆ … 副詞
○つゆ(〜打消) … まったく(〜ない)
・おとなふ … ハ行四段活用の動詞「おとなふ」の連体形
○おとなふ … 音をたてる
・もの … 名詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形
閼伽棚に菊・紅葉など折り散らしたる、
閼伽棚に菊や紅葉などを折り取り雑に置いてあるのは、
・閼伽棚(あかだな) … 名詞
・に … 格助詞
・菊 … 名詞
・紅葉(もみじ) … 名詞
・など … 副助詞
・折り … ラ行四段活用の動詞「折る」の連用形
・散らし … サ行四段活用の動詞「散らす」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
さすがに住む人のあればなるべし。
それでもやはり住む人がいるからであろう。
・さすがに … 副詞
○さすがに … そうは言ってもやはり
・住む … マ行四段活用の動詞「住む」の連体形
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形
・ば … 接続助詞
・なる … 断定の助動詞「なり」の連体形
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形
かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに、
こんなふうでも住んでいられるのだなあと、感慨深く見ているうちに、
・かくて … 副詞
○かくて … このようにして
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
○あり … 生活する
・れ … 可能の助動詞「る」の連用形
・ける … 詠嘆の助動詞「けり」の連体形
・よ … 間投助詞
・と … 格助詞
・あはれに … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形
○あはれなり … 趣が深い
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
・ほど … 名詞
○ほど … うち
・に … 格助詞
かなたの庭に、大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたるが、
むこうの庭に、大きな柑子の木で、枝もたわわに実のなっている木が、
・かなた … 代名詞
・の … 格助詞
・庭 … 名詞
・に … 格助詞
・大きなる … ナリ活用の形容動詞「大きなり」の連体形
・柑子 … 名詞
・の … 格助詞
・木 … 名詞
・の … 格助詞
・枝 … 名詞
・も … 係助詞
・たわわに … ナリ活用の形容動詞「たわわなり」の連用形
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・が … 格助詞
周りをきびしく囲ひたりしこそ、少しこと冷めて、
周りを厳重に囲ってあったのには、少し興ざめして、
・周り … 名詞
・を … 格助詞
・厳しく … シク活用の形容詞「厳し」の連用形
・囲ひ … ハ行四段活用の動詞「囲ふ」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・こそ … 係助詞・強意
・少し … 副詞
・ことさめ … マ行下二段活用の動詞「ことさむ」の連用形
○ことさむ … 興がさめる
・て … 接続助詞
この木なからましかばとおぼえしか。
この木がなかったならばと思われた。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・木 … 名詞
・なから … ク活用の形容詞「なし」の未然形
・ましか … 反実仮想の助動詞「まし」の已然形
・ば … 接続助詞
・と … 格助詞
・覚え … ヤ行下二段活用の動詞「覚ゆ」の連用形
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形(結び)
○「この木なからましかば」の後には、どのような言葉が省略されているか。 ⇒ よからまし(よかったのに)。