昔、男ありけり。
昔、男がいた。
・昔 … 名詞
・男 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
その男、身を要なきものに思ひなして、京にはあらじ、
その男は、自分を必要のないものと思い込んで、京にはおるまい、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・男 … 名詞
・身 … 名詞
・を … 格助詞
・要なき … ク活用の形容詞「要なし」の連体形
・もの … 名詞
・に … 格助詞
・思ひなし … サ行四段活用の動詞「思ひなす」の連用形
・て … 接続助詞
・京 … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・じ … 打消意志の助動詞「じ」の終止形
東の方に住むべき国求めにとて行きけり。
東国の方に住むのにふさわしい国を探しにと思って出かけた。
・東 … 名詞
・の … 格助詞
・方 … 名詞
・に … 格助詞
・住む … マ行四段活用の動詞「住む」の終止形
・べき … 適当の助動詞「べし」の連体形
・国 … 名詞
・求め … マ行下二段活用の動詞「求む」の連用形
・に … 格助詞
・とて … 格助詞
・行き … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
もとより友とする人、一人二人して行きけり。
以前から友人である人、一人二人とともに出かけた。
・もとより … 副詞
・友 … 名詞
・と … 格助詞
・する … サ行変格活用の動詞「す」の連体形
・人 … 名詞
・一人 … 名詞
・二人 … 名詞
・して … 格助詞
・行き … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。
道を知っている人もいなくて、迷いながら行った。
・道 … 名詞
・知れ … ラ行四段活用の動詞「知る」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・て … 接続助詞
・惑ひ … ハ行四段活用の動詞「惑ふ」の連用形
・行き … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
三河の国八橋といふ所に至りぬ。
三河の国の八橋という所に着いた。
・三河の国 … 名詞
・八橋 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・所 … 名詞
・に … 格助詞
・至り … ラ行四段活用の動詞「至る」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
そこを八橋といひけるは、水行く川の蜘蛛手なれば、
そこを八橋といったのは、水の流れる川がクモの足のようなので、
・そこ … 代名詞
・を … 格助詞
・八橋 … 名詞
・と … 格助詞
・いひ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・は … 係助詞
・水 … 名詞
・行く … カ行四段活用の動詞「行く」の連体形
・川 … 名詞
・の … 格助詞
・蜘蛛手 … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞
橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。
橋を八つ渡してあることによって、八橋といったのだ。
・橋 … 名詞
・を … 格助詞
・八つ … 名詞
・渡せ … サ行四段活用の動詞「渡す」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・に … 格助詞
・より … ラ行四段活用の動詞「よる」の連用形
・て … 接続助詞
・なむ … 係助詞・強調
・八橋 … 名詞
・と … 格助詞
・いひ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
その沢のほとりの木の陰に下りゐて、乾飯食ひけり。
その沢のほとりの木の陰に降りて座って、乾飯を食べた。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・沢 … 名詞
・の … 格助詞
・ほとり … 名詞
・の … 格助詞
・木 … 名詞
・の … 格助詞
・陰 … 名詞
・に … 格助詞
・下りゐ … ワ行上一段活用の動詞「下りゐる」の連用形
・て … 接続助詞
・乾飯 … 名詞
・食ひ … ハ行四段活用の動詞「食ふ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。
その沢にかきつばたがたいそうすばらしく咲いていた。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・沢 … 名詞
・に … 格助詞
・かきつばた … 名詞
・いと … 副詞
・おもしろく … ク活用の形容詞「おもしろし」の連用形
・咲き … カ行四段活用の動詞「咲く」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の終止形
それを見て、ある人のいはく、
それを見て、ある人が言うには、
・それ … 代名詞
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
・ある … 連体詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・いは … ハ行四段活用の動詞「いふ」の未然形
・く … 接尾語
「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、
「かきつばたという五文字を和歌の各句の頭に置いて、
・かきつばた … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・五文字 … 名詞
・を … 格助詞
・句 … 名詞
・の … 格助詞
・上 … 名詞
・に … 格助詞
・据ゑ … ワ行下二段活用の動詞「据う」の連用形
・て … 接続助詞
旅の心を詠め。」と言ひければ、詠める。
旅の気持ちを詠め。」と言ったので、詠んだ。
・旅 … 名詞
・の … 格助詞
・心 … 名詞
・を … 格助詞
・詠め … マ行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・詠め … マ行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
唐衣きつつなれにしつましあれば
着なれた衣の褄のように、なれ親しんだ妻が都にいるので、
・唐衣 … 名詞
・き … カ行上一段活用の動詞「きる」の連用形
・つつ … 接続助詞
・なれ … ラ行下二段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・つま … 名詞
・し … 副助詞
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形
・ば … 接続助詞
はるばるきぬる旅をしぞ思ふ
はるばるやって来た旅をしみじみ思うことだ。
・はるばる …
・き … カ行変格活用の動詞「く」の連用形
・ぬる … 完了の助動詞「ぬ」の連体形
・旅 … 名詞
・を … 格助詞
・し … 副助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形(結び)
と詠めりければ、みな人、
と詠んだので、その場にいた人は皆、
・と … 格助詞
・詠め … マ行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・り … 完了の助動詞「り」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・みな人 … 名詞
乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。
乾飯の上に涙を落として、ふやけてしまったのだった。
・乾飯 … 名詞
・の … 格助詞
・上 … 名詞
・に … 格助詞
・涙 … 名詞
・落とし … サ行四段活用の動詞「落とす」の連用形
・て … 接続助詞
・ほとび … バ行上二段活用の動詞「ほとぶ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形