木曽は長坂を経て、丹波路へおもむくとも聞こえけり。
木曽は長坂を通って、丹波国方面へ向かうとも言われていた。
・木曽(きそ) … 名詞
・は … 係助詞
・長坂(ながさか) … 名詞
・を … 格助詞
・経 … ハ行下二段活用の動詞「経」の連用形
・て … 接続助詞
・丹波路(たんばじ) … 名詞
・へ … 格助詞
・おもむく … カ行四段活用の動詞「おもむく」の終止形
○おもむく … 向かって行く
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・聞こえ … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の連用形
○聞こゆ … うわさになる
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
また、竜花越にかかって北国へとも聞こえけり。
また、竜花越えをして北国へ向かうとも言われていた。
・また … 接続詞
・竜花越(りゆうげごえ) … 名詞
・に … 格助詞
・かかつ … ラ行四段活用の動詞「かかる」の連用形(音便)
○かかる … 通りかかる
・て … 接続助詞
・北国(ほつこく) … 名詞
・へ … 格助詞
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・聞こえ … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
かかりしかども、今井が行方を聞かばやとて、
このようだったが、今井の行方を聞きたいと思って、
・かかり … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連用形
○かかり … このようである
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形
・ども … 接続助詞
・今井(いまい) … 名詞
・が … 格助詞
・行方 … 名詞
・を … 格助詞
・聞か … カ行四段活用の動詞「聞く」の未然形
・ばや … 終助詞
○ばや … ~したい(願望)
・とて … 格助詞
勢田の方へぞ落ち行くほどに、今井四郎兼平も、
勢田の方面へ落ちて行くうちに、今井四郎兼平も、
・勢田(せた) … 名詞
・の … 格助詞
・方(かた) … 名詞
・へ … 格助詞
・ぞ … 係助詞
・落ち行く … カ行四段活用の動詞「落ち行く」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・今井四郎兼平(いまいのしろうかねひら) … 名詞
・も … 係助詞
八百余騎にて勢田を固めたりけるが、
八百余騎で勢田を守り固めていたが、
・八百余騎 … 名詞
・にて … 格助詞
・勢田 … 名詞
・を … 格助詞
・固め … マ行下二段活用の動詞「固む」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・が … 接続助詞
わづかに五十騎ばかりに討ちなされ、旗をば巻かせて、
わずかに五十騎ほどに攻撃で減らされ、旗を巻かせて、
・わづかに … ナリ活用の形容動詞「わづかなり」の連用形
・五十騎 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・に … 格助詞
・討ちなさ … サ行四段活用の動詞「討ちなす」の未然形
○討ちなす … 攻撃して~の状態にする
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・旗 … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・巻か … カ行四段活用の動詞「巻く」の未然形
・せ … 使役の助動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
主のおぼつかなきに、都へ取って返すほどに、
主君のことが気がかりなので、都へ引き返しているうちに、
・主(しゆう) … 名詞
・の … 格助詞
・おぼつかなき … ク活用の形容詞「おぼつかなし」の連体形
○おぼつかなし … 心配である
・に … 接続助詞
・都 … 名詞
・へ … 格助詞
・取つて返す … サ行四段活用の動詞「取つて返す」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
大津の打出の浜にて、木曽殿に行き合ひ奉る。
大津の打出の浜で、木曽殿に出あい申し上げた。
・大津(おおつ) … 名詞
・の … 格助詞
・打出(うちで)の浜 … 名詞
・にて … 格助詞
・木曽殿 … 名詞
・に … 格助詞
・行き合ひ … ハ行四段活用の動詞「行き合ふ」の連用形
・奉る … ラ行四段活用の動詞「奉る」の終止形
○奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から木曽への敬意
互ひに中一町ばかりよりそれと見知つて、
お互いに距離が一町ほどの所からそれとわかって、
・互ひに … 副詞
・中 … 名詞
・一町 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・より … 格助詞
・それ … 代名詞
・と … 格助詞
・見知つ … ラ行四段活用の動詞「見知る」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
主従、駒を速めて寄り合うたり。
主従は、馬を速めて近寄り合った。
・主従(しゆうじゆう) … 名詞
・駒 … 名詞
・を … 格助詞
・速め … マ行下二段活用の動詞「速む」の連用形
・て … 接続助詞
・寄り合う … ハ行四段活用の動詞「寄り合ふ」の連用形(音便)
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形
木曽殿、今井が手を取つてのたまひけるは、
木曽殿が、今井の手を取っておっしゃったことには、
・木曽殿 … 名詞
・今井 … 名詞
・が … 格助詞
・手 … 名詞
・を … 格助詞
・取つ … ラ行四段活用の動詞「取る」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・のたまひ … ハ行四段活用の動詞「のたまふ」の連用形
○のたまふ … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から木曽への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・は … 係助詞
「義仲、六条河原でいかにもなるべかりつれども、
「義仲は、六条河原で討ち死にするつもりだったが、
・義仲 … 名詞
・六条河原 … 名詞
・で … 格助詞
・いかに … 副詞
○いかに … どのように
・も … 係助詞
・なる … ラ行四段活用の動詞「なる」の終止形
○いかにもなる … 「死ぬ」の婉曲表現
・べかり … 意志の助動詞「べし」の連用形
・つれ … 完了の助動詞「つ」の已然形
・ども … 接続助詞
なんぢが行方の恋しさに、
おまえの行方を知りたいと思い、
・なんぢ … 代名詞
・が … 格助詞
・行方 … 名詞
・の … 格助詞
・恋しさ … 名詞
・に … 格助詞
多くの敵の中を駆け割つて、これまでは逃れたるなり。」
多くの敵の中を馬で突進し敵をうち破って、ここまで逃れてきたのだ。」
・多く … 副詞
・の … 格助詞
・敵 … 名詞
・の … 格助詞
・中 … 名詞
・を … 格助詞
・駆け割つ … ラ行四段活用の動詞「駆け割る」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・これ … 代名詞
・まで … 副助詞
・は … 係助詞
・逃れ … ラ行下二段活用の動詞「逃る」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
今井四郎、「御諚まことにかたじけなう候ふ。
今井四郎は、「仰せ、ほんとうにありがとうございます。
・今井四郎 … 名詞
・御諚(ごじよう) … 名詞
・まことに … 副詞
・かたじけなう … ク活用の形容詞「かたじけなし」の連用形(音便)
・候(そうろ)ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の終止形
○候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 今井から木曽への敬意
兼平も勢田で討ち死につかまつるべう候ひつれども、
兼平も勢田で討ち死にいたしますつもりでございましたが、
・兼平 … 名詞
・も … 係助詞
・勢田 … 名詞
・で … 格助詞
・討ち死に … 名詞
・つかまつる … ラ行四段活用の動詞「つかまつる」の終止形
○つかまつる … 「す」の丁寧語 ⇒ 今井から木曽への敬意
・べう … 意志の助動詞「べし」の連用形(音便)
・候ひ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連用形
○候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 今井から木曽への敬意
・つれ … 完了の助動詞「つ」の已然形
・ども … 接続助詞
御行方のおぼつかなさに、これまで参つて候ふ。」とぞ申しける。
お行方が気がかりだったので、ここまで参ったのでございます。」と申した。
・御行方 … 名詞
・の … 格助詞
・おぼつかなさ … 名詞
・に … 格助詞
・これ … 代名詞
・まで … 副助詞
・参つ … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形(音便)
○参る … 「来」の謙譲語 ⇒ 今井から木曽への敬意
・て … 接続助詞
・候ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の終止形
○候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 今井から木曽への敬意
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
○申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から木曽への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
木曽殿、「契りはいまだ朽ちせざりけり。
木曽殿は、「約束はまだ朽ちていなかったなあ。
・木曽殿 … 名詞
・契り … 名詞
・は … 係助詞
・いまだ … 副詞
・朽ちせ … サ行変格活用の動詞「朽ちす」の未然形
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形
義仲が勢は敵に押し隔てられ、山林に馳せ散つて、
義仲の軍勢は敵に圧倒され分離されて、山林の中にばらばらに入って、
・義仲 … 名詞
・が … 格助詞
・勢(せい) … 名詞
・は … 係助詞
・敵 … 名詞
・に … 格助詞
・押し隔て … タ行下二段活用の動詞「押し隔つ」の未然形
○押し~ … 強引に~
・られ … 受身の助動詞「らる」の連用形
・山林 … 名詞
・に … 格助詞
・馳(は)せ散つ … ラ行四段活用の動詞「馳せ散る」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
この辺にもあるらんぞ。なんぢが巻かせて持たせたる旗、
この辺りにもいるだろうよ。おまえが巻かせて持たせている旗を、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・辺 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・らん … 現在推量の助動詞「らん」の連体形
・ぞ … 終助詞
・なんぢ … 代名詞
・が … 格助詞
・巻か … カ行四段活用の動詞「巻く」の未然形
・せ … 使役の助動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・持た … タ行四段活用の動詞「持つ」の未然形
・せ … 使役の助動詞「す」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・旗 … 名詞
揚げさせよ。」とのたまへば、今井が旗を差し揚げたり。
揚げさせよ。」とおっしゃるので、今井の旗を高く揚げた。
・揚げ … ガ行下二段活用の動詞「揚ぐ」の未然形
・させよ … 使役の助動詞「さす」の命令形
・と … 格助詞
・のたまへ … ハ行四段活用の動詞「のたまふ」の已然形
○のたまふ … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から木曽への敬意
・ば … 接続助詞
・今井 … 名詞
・が … 格助詞
・旗 … 名詞
・を … 格助詞
・差し揚げ … ガ行下二段活用の動詞「差し揚ぐ」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形
京より落つる勢ともなく、勢田より落つる者ともなく、
京から落ちてきた軍勢なのか、勢田から落ちてきた者なのか不明確だが、
・京 … 名詞
・より … 格助詞
・落つる … タ行上二段活用の動詞「落つ」の連体形
・勢 … 名詞
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・勢田 … 名詞
・より … 格助詞
・落つる … タ行上二段活用の動詞「落つ」の連体形
・者 … 名詞
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
今井が旗を見つけて、三百余騎ぞ馳せ集まる。
今井の旗を見つけて、三百余騎が急いで集まる。
・今井 … 名詞
・が … 格助詞
・旗 … 名詞
・を … 格助詞
・見つけ … カ行下二段活用の動詞「見つく」の連用形
・て … 接続助詞
・三百余騎 … 名詞
・ぞ … 係助詞・強調
・馳せ集まる … ラ行四段活用の動詞「馳せ集まる」の連体形(結び)
木曽、大きに喜びて、「この勢あらば、
木曽は、たいそう喜んで、「この兵力があれば、
・木曽 … 名詞
・大きに … ナリ活用の形容動詞「大きなり」の連用形
・喜び … バ行四段活用の動詞「喜ぶ」の連用形
・て … 接続助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・勢 … 名詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ば … 接続助詞
などか最後のいくさせざるべき。
どうして最後の合戦をしないだろうか。
・など … 副詞
・か … 係助詞・反語
・最後 … 名詞
・の … 格助詞
・いくさ … 名詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・ざる … 打消の助動詞「ず」の連体形
・べき … 推量の助動詞「べし」の連体形(結び)
ここにしぐらうて見ゆるは、誰が手やらん。」
すぐそこに密集して見えるのは、誰の軍勢だろうか。」
・ここ … 代名詞
・に … 格助詞
・しぐらう … ハ行四段活用の動詞「しぐらふ」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・見ゆる … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連体形
・は … 係助詞
・誰(た) … 代名詞
・が … 格助詞
・手 … 名詞
○やらん ⇒ にやあらん
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ん … 推量の助動詞「ん」の連体形(結び)
「甲斐の一条次郎殿とこそ承り候へ。」
「甲斐の一条次郎殿とうかがっております。」
・甲斐(かい) … 名詞
・の … 格助詞
・一条次郎(いちじようのじろう)殿 … 名詞
・と … 格助詞
・こそ … 係助詞・強調
・承(うけたまわ)り … ラ行四段活用の動詞「承る」の連用形
○承る … 「聞く」の謙譲語 ⇒ 今井から一条次郎への敬意
・候へ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の已然形
○候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 今井から木曽への敬意
「勢はいくらほどあるやらん。」
「兵力はどのくらいあるのだろうか。」
・勢 … 名詞
・は … 格助詞
・いくら … 副詞
・ほど … 名詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
○やらん ⇒ にやあらん
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ん … 推量の助動詞「ん」の連体形(結び)
「六千余騎とこそ聞こえ候へ。」
「六千余騎と耳に入っております。」
・六千余騎 … 名詞
・と … 格助詞
・こそ … 係助詞・強調
・聞こえ … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の連用形
・候へ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の已然形(結び)
○候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 今井から木曽への敬意
「さては、よい敵ござんなれ。
「それならば、十分な相手であるだろう。
・さては … 接続詞
・よい … ク活用の形容詞「よし」の連用形(音便)
・敵 … 名詞
○ござんなれ ⇒ にこそあるなれ
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・こそ … 係助詞・強調
・ある … ラ行変格動詞「あり」の連体形
・なれ … 推定の助動詞「なり」の已然形(結び)
同じう死なば、よからう敵に駆け合うて、
どうせ死ぬならば、りっぱな相手と戦って、
・同じう … シク活用の形容詞「同じ」の連用形(音便)
・死な … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の未然形
・ば … 接続助詞
・よから … ク活用の形容詞「よし」の未然形
・う … 婉曲の助動詞「う」の連体形
・敵 … 名詞
・に … 格助詞
・駆け合う … ハ行四段活用の動詞「駆け合ふ」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
大勢の中でこそ討ち死にをもせめ。」とて、真つ先にこそ進みけれ。
大軍の中で討ち死にをしよう。」と言って、真つ先に進んでいった。
・大勢 … 名詞
・の … 格助詞
・中 … 名詞
・で … 格助詞
・こそ … 係助詞・強調
・討ち死に … 名詞
・を … 格助詞
・も … 係助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・め … 意志の助動詞「む」の已然形(結び)
・とて … 格助詞
・真つ先に … 副詞
・こそ … 係助詞・強調
・進み … マ行四段活用の動詞「進む」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形(結び)