木の花は・枕草子

木の花は、濃きも薄きも紅梅。
木の花は、濃いのも薄いのも紅梅がすばらしい。
・木 … 名詞
・の … 格助詞
・花 … 名詞
・は … 係助詞
・濃き … ク活用の形容詞「濃し」の連体形
・も … 係助詞
・薄き … ク活用の形容詞「薄し」の連体形
・も … 係助詞
・紅梅 … 名詞

桜は、花びら大きに、葉の色濃きが、枝細くて咲きたる。
桜は、花びらが大きく、葉の色の濃いのが、枝が細くて咲いているのがよい。
・桜 … 名詞
・は … 係助詞
・花びら … 名詞
・大きに … ナリ活用の形容動詞「大きなり」の連用形
・葉 … 名詞
・の … 格助詞
・色 … 名詞
・濃き … ク活用の形容詞「濃し」の連体形
・が … 格助詞
・枝 … 名詞
・細く … ク活用の形容詞「細し」の連用形
・て … 接続助詞
・咲き … カ行四段活用の動詞「咲く」の連用形
・たる … 続の助動詞「たり」の連体形

藤の花は、しなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし。
藤の花は、垂れ下がった花房が長く、色濃く咲いているのが、とてもすばらしい。
・藤 … 名詞
・の … 格助詞
・花 … 名詞
・は … 係助詞
・しなひ … 名詞
○しなひ … 垂れ下がった花房
・長く … ク活用の形容詞「長し」の連用形
・色 … 名詞
・濃く … ク活用の形容詞「濃し」の連用形
・咲き … カ行四段活用の動詞「咲く」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・いと … 副詞
・めでたし … ク活用の形容詞「めでたし」の終止形
めでたし … すばらしい

四月のつごもり、五月のついたちのころほひ、
四月の末、五月の初めのころ、
・四月(うづき) … 名詞
・の … 格助詞
・つごもり … 名詞
○つごもり … 月の末
・五月(さつき) … 名詞
・の … 格助詞
・ついたち … 名詞
○ついたち … 月の初め
・の … 格助詞
・ころほひ … 名詞

橘の葉の濃く青きに、花のいと白う咲きたるが、
橘の葉が濃く青い中に、花がたいそう白く咲いているのは、
・橘(たちばな) … 名詞
・の … 格助詞
・葉 … 名詞
・の … 格助詞
・濃く … ク活用の形容詞「濃し」の連用形
・青き … ク活用の形容詞「青し」の連体形
・に … 格助詞
・花 … 名詞
・の … 格助詞
・いと … 副詞
・白う … ク活用の形容詞「白し」の連用形(音便)
・咲き … カ行四段活用の動詞「咲く」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・が … 格助詞

雨うち降りたるつとめてなどは、世になう心あるさまにをかし。
雨が降った翌早朝などには、比べるものがないほど風情がある様子で趣が深い。
・雨 … 名詞
・うち降り … ラ行四段活用の動詞「うち降る」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・つとめて … 名詞
つとめて … 翌早朝
・など … 副助詞
・は … 係助詞
・世 … 名詞
・に … 格助詞
・なう … ク活用の形容詞「なし」の連用形(音便)
○世になし … 比べるものがない
・心 … 名詞
 … 風情
・ある … 行変格活用の動詞「あり」の連体形
・さま … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・をかし … シク活用の形容詞「をかし」の終止形

花の中より、こがねの玉かと見えて、
花の中から、実が、黄金の玉かと思われて、
・花 … 名詞
・の … 格助詞
・中 … 名詞
・より … 格助詞
・こがね … 名詞
・の … 格助詞
・玉 … 名詞
・か … 係助詞
・と … 格助詞
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
見ゆ … 思われる
・て … 接続助詞

いみじうあざやかに見えたるなど、
たいそうくっきりと見えているなど、
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
いみじ … はなはだしい
・あざやかに … ナリ活用の形容動詞「あざやかなり」の連用形
○あざやかなり … くっきりしている
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・など … 副助詞

朝露に濡れたるあさぼらけの桜に劣らず。
その風情は、朝露に濡れている明け方の桜に劣らない。
・朝露 … 名詞
・に … 格助詞
・濡れ … ラ行下二段活用の動詞「濡る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・あさぼらけ … 名詞
○あさぼらけ … 明け方
・の … 格助詞
・桜 … 名詞
・に … 格助詞
・劣ら … ラ行四段活用の動詞「劣る」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

ほととぎすのよすがとさへ思へばにや、
ほととぎすにとってゆかりの深いものとさえ思うからだろうか、
・ほととぎす … 名詞
・の … 格助詞
・よすが … 名詞
○よすが … ゆかりの深いもの
・と … 格助詞
・さへ … 副助詞
・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の已然形
・ば … 接続助詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞

なほさらに言ふべうもあらず。
さらに改めて言うまでもなくすばらしい。
・なほ … 副詞
・さらに … 副詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形
・べう … 当然の助動詞「たり」の連用形(音便)
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
○言ふべくもあらず … 言うまでもなくすばらしい

梨の花、よにすさまじきものにして、
梨の花は、まったく興ざめなものとして、
・梨 … 名詞
・の … 格助詞
・花 … 名詞
・よに … 副詞
よに … 非常に
・すさまじき … シク活用の形容詞「すさまじ」の連体形
すさまじ … 興ざめである
・もの … 名詞
・に … 格助詞
・して … 接続助詞

近うもてなさず、はかなき文つけなどだにせず。
親しく接しないし、ちょっとした手紙を結びつけるなどさえしない。
・近う … ク活用の形容詞「近し」の連用形(音便)
・もてなさ … サ行四段活用の動詞「もてなす」の連体形
もてなす … 待遇する
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・はかなき … ク活用の形容詞「はかなし」の連体形
・文 … 名詞
・つけ … カ行下二段活用の動詞「つく」の連用形
・など … 副助詞
・だに … 副助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

愛敬おくれたる人の顔などを見ては、たとひに言ふも、
愛らしさが劣っている人の顔などを見ては、たとえに言ふのも、
・愛敬(あいぎよう) … 名詞
愛敬 … 優しい愛らしさ
・おくれ … ラ行下二段活用の動詞「おくる」の連用形
おくる … 他のものより劣る
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・顔 … 名詞
・など … 副助詞
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
・は … 係助詞
・たとひ … 名詞
・に … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・も … 係助詞

げに、葉の色よりはじめて、あはひなく見ゆるを、
本当に、葉の色からして、色の配合の妙に欠けて見えるが、
・げに … 副詞
・葉 … 名詞
・の … 格助詞
・色 … 名詞
・より … 格助詞
・はじめ … マ行下二段活用の動詞「はじむ」の連用形
・て … 接続助詞
・あはひ … 
○あはひ … 色のつり合い
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・見ゆる … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連体形
・を … 接続助詞

唐土には限りなきものにて、文にも作る、
中国ではこの上ないものであって、漢詩にも作る、
・唐土(もろこし) … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・限りなき … ク活用の形容詞「限りなし」の連体形
○限りなし … この上ない
・もの … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・文 … 名詞
 … 漢詩
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・作る … ラ行四段活用の動詞「作る」の連体形

なほさりともやうあらむと、せめて見れば、
やはりそうはいっても理由があるのだろうと、しいて見ると、
・なほ … 副詞
なほ … やはり
・さりとも … 接続詞
○さりとも … そうはいっても
・やう … 名詞
○やう … 理由
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・せめて … 副詞
せめて … しいて
・見れ … マ行上一段活用の動詞「見る」の已然形
・ば … 接続助詞

花びらの端に、をかしきにほひこそ、心もとなうつきためれ。
花びらの端に、趣のある色つやが、ほんのりとついているようだ。
・花びら … 名詞
・の … 格助詞
・端 … 名詞
・に … 格助詞
・をかしき … シク活用の形容詞「をかし」の連体形
をかし … 風情がある
・にほひ … 名詞
○にほひ … 色つや
・こそ … 係助詞・強意
・心もとなう … ク活用の形容詞「心もとなし」の連用形(音便)
心もとなし … ぼんやりしている
・つき … カ行四段活用の動詞「つく」の連用形
○たるめれ ⇒ たんめれ ⇒ ためれ(音便・無表記)
・た … 存続の助動詞「たり」の連体形
・めれ … 推定の助動詞「めり」の已然形(結び)

楊貴妃の、帝の御使ひに会ひて、泣きける顏に似せて、
楊貴妃が、玄宗皇帝の使者に会って、泣いた顏を形容して、
・楊貴妃(ようきひ) … 名詞
・の … 格助詞
・帝(みかど) … 名詞
・の … 格助詞
・御使ひ … 名詞
・に … 格助詞
・会ひ … ハ行四段活用の動詞「会ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・泣き … カ行四段活用の動詞「泣く」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・顔 … 名詞
・に … 格助詞
・似せ … サ行下二段活用の動詞「似す」の連用形
○似す … 似せる
・て … 接続助詞

「梨花一枝、春、雨を帯びたり。」など言ひたるは、
「梨の花の一枝が、春、雨にぬれている。」などと言っているのは、
・梨花(りか) … 名詞
・一枝(いつし) … 名詞
・春 … 名詞
・雨 … 名詞
・を … 格助詞
・帯び … バ行上二段活用の動詞「帯ぶ」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の終止形
・など … 副助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・は … 係助詞

おぼろけならじと思ふに、
並一通りのことではないだろうと思うと、
・おぼろけなら … ナリ活用の形容動詞「おぼろけなり」の未然形
おぼろけなり … 並一通りである
・じ … 打消推量の助動詞「じ」の終止形
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・に … 接続助詞

なほいみじうめでたきことは、たぐひあらじとおぼえたり。
やはり非常にすばらしいのは、比べるものがないだろうと思われた。
・なほ … 副詞
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
・めでたき … ク活用の形容詞「めでたし」の連体形
・こと … 名詞
・は … 係助詞
・たぐひ … 名詞
○たぐひ … 類例
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・じ … 打消推量の助動詞「じ」の終止形
・と … 格助詞
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
おぼゆ … (自然に)思われる
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形

桐の木の花、紫に咲きたるは、なほをかしきに、
桐の木の花が、紫色に咲いているのは、やはり趣があるが、
・桐(きり) … 名詞
・の … 格助詞
・木 … 名詞
・の … 格助詞
・花 … 名詞
・紫 … 名詞
・に … 格助詞
・咲き … カ行四段活用の動詞「咲く」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・は … 係助詞
・なほ … 副詞
・をかしき … シク活用の形容詞「をかし」の連体形
をかし … 情趣がある
・に … 接続助詞

葉の広ごりざまぞ、うたてこちたけれど、
葉の広がった様子は、いやにおおげさだけれども、
・葉 … 名詞
・の … 格助詞
・広ごりざま … 名詞
・ぞ … 係助詞
・うたて … 副詞
うたて … いやに(不快に感じるさま)
・こちたけれ … ク活用の形容詞「こちたし」の已然形
こちたし … 仰々しい
・ど … 接続助詞

異木どもとひとしう言ふべきにもあらず。
他の木々と同列に並べて論じられないほどすばらしい。
・異木(ことき)ども … 名詞
・と … 格助詞
・ひとしう … シク活用の形容詞「ひとし」の連用形(音便)
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形
・べき … 可能の助動詞「べし」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

唐土にことごとしき名つきたる鳥の、
中国で仰々しい名前のついている鳥が、
・唐土 … 名詞
・に … 格助詞
・ことごとしき … シク活用の形容詞「ことごとし」の連体形
○ことごとし … おおげさである
・名 … 名詞
・つき … カ行四段活用の動詞「つく」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・鳥 … 名詞
・の … 格助詞

えりてこれにのみゐるらむ、いみじう心ことなり。
選んでこの木にだけ留まるとかいうが、たいそう格別に趣が深い。
・えり … ラ行四段活用の動詞「える」の連用形
・て … 接続助詞
・これ … 代名詞
・に … 格助詞
・のみ … 副助詞
・ゐる … ワ行上一段活用の動詞「ゐる」の終止形
ゐる … とまる
・らむ … 伝聞の助動詞「らむ」の連体形
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
・心ことなり … ナリ活用の形容動詞「心ことなり」の終止形
○心ことなり … 格別に趣が深い

まして琴に作りて、さまざまなる音の出で来るなどは、
まして琴に作って、さまざまな音色が発生することなどは、
・まいて … 副詞
・琴 … 名詞
・に … 格助詞
・作り … ラ行四段活用の動詞「作る」の連用形
・て … 接続助詞
・さまざまなる … ナリ活用の形容動詞「さまざまなり」の連体形
・音(ね) … 名詞
・の … 格助詞
・出(い)で来る … カ行変格活用の動詞「出で来」の連体形
○出で来 … 発生する
・など … 副助詞
・は … 係助詞

をかしなど世の常に言ふべくやはある。
おもしろいなどと通りいっぺんに言えないほどすばらしい。
・をかし … シク活用の形容詞「をかし」の終止形
をかし … おもしろい
・など … 副助詞
・世 … 名詞
・の … 格助詞
・常 … 名詞
○世の常 … 普通、通り一遍
・に … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形
・べく … 可能の助動詞「べし」の連用形
・やは … 係助詞・反語
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形(結び)

いみじうこそめでたけれ。
たいそうすばらしい。
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
・こそ … 係助詞・強調
・めでたけれ … ク活用の形容詞「めでたし」の已然形(結び)

木のさまにくげなれど、楝の花、いとをかし。
木の様子は不格好だが、楝の花は、とてもおもしろい。
・木 … 名詞
・の … 格助詞
・さま … 名詞
・にくげなれ … ナリ活用の形容動詞「にくげなり」の已然形
○にくげなり … みにくい
・ど … 接続助詞
・楝(あうち) … 名詞
・の … 格助詞
・花 … 名詞
・いと … 副詞
・をかし … シク活用の形容詞「をかし」の終止形
をかし … おもしろい

かれがれに、さまことに咲きて、
枯れかかっているようで、風変わりに咲いて、
・かれがれに … ナリ活用の形容動詞「かれがれなり」の連用形
○かれがれなり … 枯れそうなさま
・さまことに … ナリ活用の形容動詞「さまことなり」の連用形
○さまことなり … 風変わりである
・咲き … カ行四段活用の動詞「咲く」の連用形
・て … 接続助詞

必ず五月五日にあふも、をかし。
必ず五月五日に合わせて咲くのも、おもしろい。
・必ず … 副詞
・五月五日 … 名詞
・に … 格助詞
・あふ … ハ行四段活用の動詞「あふ」の連体形
あふ … ぴったり重なる
・も … 係助詞
・をかし … シク活用の形容詞「をかし」の終止形
をかし … おもしろい

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