三位これを開けて見て、
三位はこれを開けて見て、
・三位 … 名詞
・これ … 代名詞
・を … 格助詞
・開け … カ行下二段活用の動詞「開く」の連用形
・て … 接続助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
「かかる忘れ形見を賜はりおき候ひぬるうへは、
「このような忘れ形見をいただきましたからには、
・かかる … ラ行変格活用の動詞「」の連体形
・忘れ形見 … 名詞
・を … 格助詞
・賜りおき … カ行四段活用の動詞「賜りおく」の連用形
○賜りおく … 「受けおく」の謙譲語 ⇒ 俊成卿から忠度への敬意
・候ひ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連用形
○候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 俊成卿から忠度への敬意
・ぬる … 完了の助動詞「ぬ」の連体形
・うへ … 名詞
・は … 係助詞
○~うへは … ~からには
ゆめゆめ疎略を存ずまじう候ふ。
決して粗末に扱おうとは思っておりません。
・ゆめゆめ … 副詞
・疎略(そらく) … 名詞
○疎略 … 粗末に扱うこと
・を … 格助詞
・存ず … サ行変格活用の動詞「存ず」の終止形
○存ず … 「思ふ」の謙譲語 ⇒ 俊成卿から忠度への敬意
・まじう … 打消意志の助動詞「まじ」の連用形(音便)
・候ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の終止形
○候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 俊成卿から忠度への敬意
御疑ひあるべからず。
お疑いなさってはいけません。
・御疑ひ … 名詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・べから … 命令の助動詞「べし」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
さてもただ今の御渡りこそ、情けもすぐれて深う、
それにしても、この現在のご訪問は、風情を解する心も特に深く、
・さても … 接続詞
・ただ今 … 名詞
・の … 格助詞
・御渡り … 名詞
○渡り … 訪問
・こそ … 係助詞・強調
・情け … 名詞
・も … 係助詞
・すぐれて …
・深う … ク活用の形容詞「深し」の連用形(音便)
あはれもことに思ひ知られて、
しみじみとした思いも格別に認識されて、
・あはれ … 名詞
・も … 係助詞
・ことに … 副詞
○ことに … 格別に
・思ひ知ら … ラ行四段活用の動詞「思ひ知る」の連用形
○思ひ知る … 十分にわかる
・れ … 自発の助動詞「る」の連用形
・て … 接続助詞
感涙おさへ難う候へ。」とのたまへば、
感動の涙をこらえきれません。」とおっしゃると、
・感涙 … 名詞
・おさへ難う … ク活用の形容詞「おさへ難し」の連用形(音便)
・候へ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の已然形(結び)
○候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 俊成卿から忠度への敬意
・と … 格助詞
・のたまへ … ハ行四段活用の動詞「」の連用形
○のたまふ … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から俊成卿への敬意
・ば … 接続助詞
薩摩守喜んで、「今は西海の波の底に沈まば沈め、
薩摩守は喜んで、「今は西海の波の底に沈むなら沈んでもいい、
・薩摩守 … 名詞
・喜ん … 行四段活用の動詞「バ」の連用形(音便)
・で … 接続助詞
・今 … 名詞
・は … 係助詞
・西海(さいかい) … 名詞
・の … 格助詞
・波 … 名詞
・の … 格助詞
・底 … 名詞
・に … 格助詞
・沈ま … マ行四段活用の動詞「沈む」の未然形
・ば … 接続助詞
・沈め … マ行四段活用の動詞「沈む」の命令形
山野に屍をさらさばさらせ、
山野に屍をさらすならさらしてもいい、
・山野 … 名詞
・に … 格助詞
・屍(かばね) … 名詞
・を … 格助詞
・さらさ … サ行四段活用の動詞「さらす」の未然形
・ば … 接続助詞
・さらせ … サ行四段活用の動詞「さらす」の命令形
浮き世に思ひおくこと候はず。
はかないこの世に思い残すことはございません。
・浮き世 … 名詞
・に … 格助詞
・思ひおく … カ行四段活用の動詞「思ひおく」の連体形
・こと … 名詞
・候は … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の未然形
○候ふ … 「あり」の丁寧語 ⇒ 忠度から俊成卿への敬意
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
さらばいとま申して。」とて、
それではお別れを申し上げて。」と言って、
・さらば … 接続詞
・いとま … 名詞
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
○申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 忠度から俊成卿への敬意
・て … 接続助詞
・とて … 格助詞
馬にうち乗り、甲の緒を締め、西を指いてぞ歩ませ給ふ。
馬に乗り、甲の緒を締め、西を目ざして歩ませなさる。
・馬 … 名詞
・に … 格助詞
・うち乗り … ラ行四段活用の動詞「うち乗る」の連用形
・甲(かぶと) … 名詞
・の … 格助詞
・緒 … 名詞
・を … 格助詞
・締め … マ行下二段活用の動詞「締む」の連用形
・西 … 名詞
・を … 格助詞
・指い … サ行四段活用の動詞「指す」の連用形(音便)
○指す … 目ざす
・て … 接続助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・歩ま … マ行四段活用の動詞「歩む」の未然形
・せ … 使役の助動詞「す」の連用形
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形(結び)
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から忠度への敬意
三位後ろを遥かに見送つて立たれたれば、忠度の声とおぼしくて、
三位が後ろ姿を遠くまで見送って立たれていると、忠度の声と思われて、
・三位 … 名詞
・後ろ … 名詞
・を … 格助詞
・遥かに … ナリ活用の形容動詞「遥かなり」の連用形
・見送つ … ラ行四段活用の動詞「見送る」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・立た … タ行四段活用の動詞「立つ」の未然形
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から俊成卿への敬意
・たれ … 存続の助動詞「たり」の已然形
・ば … 接続助詞
忠度の声とおぼしくて、「前途ほど遠し、
忠度の声と思われて、「行く先の道のりは遠い、
・忠度 … 名詞
・の … 格助詞
・声 … 名詞
・と … 格助詞
・おぼしく … シク活用の形容詞「おぼし」の連用形
・て … 接続助詞
・前途(せんど) … 名詞
・ほど … 名詞
・遠し … ク活用の形容詞「遠し」の終止形
「前途ほど遠し、思ひを雁山の夕べの雲に馳す。」と、
「行く先の道のりは遠い、思いをこれから越える雁山の夕方の雲に向ける。」と。
・思ひ … 名詞
・を … 格助詞
・雁山(がんさん) … 名詞
・の … 格助詞
・夕べ … 名詞
・の … 格助詞
・雲 … 名詞
・に … 格助詞
・馳(は)す … サ行下二段活用の動詞「馳す」の終止形
○馳す … 気持ちを向ける
・と … 格助詞
高らかに口ずさみ給へば、
高らかに口ずさみなさるので、
・高らかに … ナリ活用の形容動詞「高らかなり」の連用形
・口ずさみ … マ行四段活用の動詞「口ずさむ」の連用形
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から忠度への敬意
・ば … 接続助詞
俊成卿いとど名残惜しうおぼえて、涙をおさへてぞ入り給ふ。
俊成卿はますます名残惜しく思われて、涙をこらえてお入りなさる。
・俊成卿 … 名詞
・いとど … 副詞
・名残惜しう … シク活用の形容詞「名残惜し」の連用形(音便)
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
・て … 接続助詞
・涙 … 名詞
・を … 格助詞
・おさへ … ハ行下二段活用の動詞「おさふ」の連用形
・て … 接続助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・入り … ラ行四段活用の動詞「入る」の連用形
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形(結び)
○給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から俊成卿への敬意
その後、世静まつて、千載集を撰ぜられけるに、
その後、世の騒ぎが治まって、『千載集』をお選びになった時に、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・後 … 名詞
・世 … 名詞
・静まつ … ラ行四段活用の動詞「静まる」の連用形(音便)
○静まる … 騒ぎが治まる
・て … 接続助詞
・千載集(せんざいしゆう) … 名詞
・を … 格助詞
・撰ぜ … サ行変格活用の動詞「撰ず」の未然形
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 筆者から俊成卿への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 格助詞
忠度のありしありさま、言ひおきし言の葉、
忠度の生きていた時の様子、言い残した言葉を、
・忠度 … 名詞
・の … 格助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
○ありし … 生きていた時の
・ありさま … 名詞
・言ひおき … カ行四段活用の動詞「言ひおく」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・言(こと)の葉(は) … 名詞
今更思ひ出でてあはれなりければ、
あらためて思い出してしみじみと感慨深かったので、
・今更 … 副詞
○今更 … あらためて
・思ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「思ひ出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・あはれなり … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
かの巻物のうちに、さりぬべき歌いくらもありけれども、
あの巻物の中に、入集するのに適当な歌はいくらもあったけれども、
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・巻物 … 名詞
・の … 格助詞
・うち … 名詞
・に … 格助詞
・さり … ラ行変格活用の動詞「さり」の連用形
・ぬ … 強意の助動詞「ぬ」の終止形
・べき … 適当の助動詞「べし」の連体形
・歌 … 名詞
・いくら … 副詞
・も … 係助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ども … 接続助詞
勅勘の人なれば、名字をば表されず、
天皇のとがめを受けた人なので、姓名を表にお出しになさらず、
・勅勘(ちよくかん) … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
○勅勘の人 … 天皇のおとがめを受けた人
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞
・名字 … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・表さ … サ行四段活用の動詞「表す」の未然形
○表す … 表に出す
・れ … 尊敬の助動詞「る」の未然形 ⇒ 筆者から俊成卿への敬意
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
「故郷の花」といふ題にて詠まれたりける歌一首ぞ、
「故郷の花」という題でお詠みになった歌一首を、
・故郷 … 名詞
・の … 格助詞
・花 … 名詞
○故郷の花 … 古い都の桜の花
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・題 … 名詞
・にて … 格助詞
・詠ま … マ行四段活用の動詞「詠む」の未然形
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から忠度への敬意
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・歌 … 名詞
・一首 … 名詞
・ぞ … 係助詞・強調
「よみ人知らず」と入れられける。
「よみ人知らず」としてお入れになった。
・よみ人 … 名詞
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
・と … 格助詞
・入れ … ラ行下二段活用の動詞「入る」の未然形
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 筆者から俊成卿への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
さざなみや志賀の都は荒れにしを
志賀の都は荒れ果ててしまったが、
・さざなみや … 「志賀」にかかる枕詞
・志賀(しが) … 名詞
・の … 格助詞
・都 … 名詞
・は … 係助詞
・荒れ … ラ行下二段活用の動詞「荒る」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・を … 接続助詞
昔ながらの山桜かな
長等山の桜は昔のままに美しく咲いていることだなあ。
・昔 … 名詞
・ながら … 接続助詞
○ながら … 「昔ながら」と「長等山」の掛詞
・の … 格助詞
・山桜 … 名詞
・かな … 終助詞・詠嘆
その身朝敵となりにしうへは、
その身が朝廷の敵となってしまったからには、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・身 … 名詞
・朝敵 … 名詞
・と … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・うへ … 名詞
・は … 係助詞
子細に及ばずといひながら、恨めしかりしことどもなり。
とやかく言ってもしかたがないというけれども、残念なことであった。
・子細 … 名詞
・に … 格助詞
・及ば … バ行四段活用の動詞「及ぶ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
○子細に及ばず … とやかく言えることではない
・と … 格助詞
・いひ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連用形
・ながら … 接続助詞
・恨めしかり … シク活用の形容詞「恨めし」の連用形
○恨めし … 残念である
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・ことども … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形