御前にて、人々とも・枕草子

御前にて、人々とも、また、もの仰せらるるついでなどにも、
中宮様の御前で、女房たちとも、また、何かおっしゃられるついでなどにも、
・御前(おまえ) … 名詞
・にて … 格助詞
・人々 … 名詞
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・また … 接続詞
・もの … 名詞
もの … 何か
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・らるる … 尊敬の助動詞「らる」の連体形 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・ついで … 名詞
・など … 副助詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞

「世の中の腹立たしう、むつかしう、片時あるべき心地もせで、
「世の中が腹立たしく、わずらわしく、片時も生きていられそうもない気持ちがして、
・世の中 … 名詞
・の … 格助詞
・腹立たしう … シク活用の形容詞「腹立たし」の連用形(音便)
・むつかしう … シク活用の形容詞「むつかし」の連用形(音便)
むつかし … わずらわしい
・片時 … 名詞
○片時 … わずかな時間
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・べき … 可能の助動詞「べし」の連体形
・心地 … 名詞
・も … 係助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・で … 接続助詞

ただいづちもいづちも行きもしなばやと思ふに、
ひたすらどこへでもいいから行ってしまいたいと思うときに、
・ただ … 副詞
ただ … ひたすら
・いづち … 代名詞
○いづち … どこ
・も … 係助詞
・いづち … 代名詞
・も … 係助詞
・行き … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
・も … 係助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・な … 完了の助動詞「ぬ」の未然形
・ばや … 終助詞
ばや … 〜したい
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・に … 格助詞

ただの紙のいと白う清げなるに、よき筆、白き色紙、
普通の紙でとても白くきれいな紙に、上等の筆、白い色紙、
・ただ … 活用の形容動詞「ただなり」の語幹
ただなり … 普通である
・の … 格助詞
・紙 … 名詞
・の … 格助詞
・いと … 副詞
・白う … ク活用の形容詞「白し」の連用形(音便)
・清げなる … ナリ活用の形容動詞「清げなり」の連体形
清げなり … 清潔で美しい
・に … 格助詞
・よき … 活用の形容詞「よし」の連体形
よし … 性質や状態が優れている
・筆 … 名詞
・白き … 活用の形容詞「白し」の連体形
・色紙(しきし) … 名詞

陸奥紙など得つれば、こよなうなぐさみて、
陸奥紙などを手に入れると、すっかり心が晴れて、
・陸奥紙(みちのくにがみ) … 名詞
・など … 副助詞
・得(え) … ア行下二段活用の動詞「得(う)」の連用形
・つれ … 完了の助動詞「つ」の已然形
・ば … 接続助詞
・こよなう … ク活用の形容詞「こよなし」の連用形(音便)
こよなし … 格別である
・なぐさみ … マ行四段活用の動詞「なぐさむ」の連用形
○なぐさむ … 心が晴れる
・て … 接続助詞

さはれ、かくてしばしも生きてありぬべかんめり、となむおぼゆる。
ままよ、こうしてしばらくはきっと生きていけるようだ、と思われる。
・さはれ … 感動詞
さはれ … ええ、ままよ
・かくて … 副詞
・しばし … 副詞
・も … 係助詞
・生き … カ行上二段活用の動詞「生く」の連用形
・て … 接続助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ぬ … 強意の助動詞「ぬ」の終止形
・べかん … 可能の助動詞「べし」の連体形(音便)
・めり … 推定の助動詞「めり」の終止形
・と … 格助詞
・なむ … 係助詞・強調
・おぼゆる … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連体形(結び)
おぼゆ … (自然に)思われる

また、高麗端の筵、青うこまやかに厚きが、
また、高麗縁の敷物の、青くきめ細かで厚いものが、
・また … 接続詞
・高麗端(こうらいばし) … 名詞
・の … 格助詞
・筵(むしろ) … 名詞
○筵 … い草・蒲・竹・わらなどで編んで作った敷物
・青う … ク活用の形容詞「青し」の連用形(音便)
・こまやかに … 活用の形容動詞「こまやかなり」の連用形
こまやかなり … きめ細かである
・厚き … ク活用の形容詞「厚し」の連体形
・が … 格助詞

縁の紋いとあざやかに黒う白う見えたるを、ひき広げて見れば、
縁の紋がとても鮮やかに黒く白く見えているのを、引いて広げて見ると、
・縁(へり) … 名詞
・の … 格助詞
・紋 … 名詞
・いと … 副詞
・あざやかに … 活用の形容動詞「あざやかなり」の連用形
・黒う … ク活用の形容詞「黒し」の連用形(音便)
・白う … ク活用の形容詞「白し」の連用形(音便)
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・を … 格助詞
・ひき広げ … ガ行下二段活用の動詞「ひき広ぐ」の連用形
○ひき広ぐ … 引いて広げる
・て … 接続助詞
・見れ … マ行上一段活用の動詞「見る」の已然形
・ば … 接続助詞

何か、なほこの世はさらにさらにえ思ひ捨つまじと、
どうしてどうして、やはりこの世は決して思い捨てられそうもないと、
・何か … 感動詞
○何か … どうしてどうして
・なほ … 副詞
なほ … (それでも)やはり
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・世 … 名詞
・は … 係助詞
・さらに … 副詞
・さらに … 副詞
さらに(〜打消) … 決して(〜ない)
・え … 副詞
え(〜打消) … 〜できない
・思ひ捨つ … タ行下二段活用の動詞「思ひ捨つ」の終止形
・まじ … 打消推量の助動詞「まじ」の終止形
・と … 格助詞

命さへ惜しくなむなる。」と申せば、
命さえ惜しくなるのです。」と申し上げると、
・命 … 名詞
・さへ … 副助詞
・惜しく … シク活用の形容詞「惜し」の連用形
・なむ … 係助詞・強調
・なる … ラ行四段活用の動詞「なる」の連体形
・と … 格助詞
・申せ … サ行四段活用の動詞「申す」の已然形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・ば … 接続助詞

「いみじくはかなきことにもなぐさむるかな。
「たいそうつまらないことにも心が晴れるようね。
・いみじく … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
・はかなき … ク活用の形容詞「はかなし」の連体形
はかなし … 取るに足りない
・こと … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・なぐさむ … マ行四段活用の動詞「なぐさむ」の終止形
○なぐさむ … 心が晴れる
・なる … 推定の動詞「なり」の連体形
・かな … 終助詞

姨捨山の月は、いかなる人の見けるにか。」など笑はせ給ふ。
姥捨山の月は、どのような人が見たのだろうか。」などとお笑いになる。
・姨捨山(おばすてやま) … 名詞
・の … 格助詞
・月 … 名詞
・は … 係助詞
・いかなる … ナリ活用の形容動詞「いかなり」の連体形
○いかなり … どのようである
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・か … 係助詞・疑問
・など … 副助詞
・笑は … ハ行四段活用の動詞「笑ふ」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の終止形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意

候ふ人も、「いみじうやすき息災の祈りななり。」など言ふ。
お側にお仕えする女房も、「とても簡単な災難よけの祈りのようね。」などと言う。
・候(さぶら)ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連体形
候ふ … お側にお仕えする(謙譲語) ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
・やすき … ク活用の形容詞「やすし」の連体形
○やすし … 簡単である
・息災(そくさい) … 名詞
○息災 … 災難を防ぎとめること
・の … 格助詞
・祈り … 名詞
なるなり ⇒ なんなり(音便) ⇒ ななり(無表記)
・な … 断定の助動詞「なり」の連体形
・なり … 推定の助動詞「なり」の終止形
ななり … 〜であるようだ
・など … 副助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形

さて後ほど経て、心から思ひ乱るることありて、
そしてその後しばらくして、心の底から思い悩むことがあって、
・さて … 接続詞
さて … そして
・後(のち) … 名詞
・ほど … 名詞
ほど … ある期間
・経(へ) … ハ行下二段活用の動詞「経(ふ)」の連用形
・て … 接続助詞
・心 … 名詞
・から … 格助詞
・思ひ乱るる … ラ行下二段活用の動詞「思ひ乱る」の連体形
○思ひ乱る … 思い悩む
・こと … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・て … 接続助詞

里にあるころ、めでたき紙二十を包みて賜はせたり。
実家にいるころ、すばらしい紙二十枚を包んでお与えになった。
・里 … 名詞
○里 … 実家
・に … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・ころ … 名詞
・めでたき … ク活用の形容詞「めでたし」の連体形
めでたし … すばらしい
・紙 … 名詞
・二十 … 名詞
・を … 格助詞
・包み … マ行四段活用の動詞「包む」の連用形
・て … 接続助詞
・賜(たま)はせ … サ行下二段活用の動詞「賜はす」の連用形
賜はす … 「与ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形

仰せごとには、「とく参れ。」などのたまはせて、
仰せ言には、「早く参上せよ。」などおっしゃられて、
・仰せごと … 名詞
○仰せごと … お言葉
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・とく … 副詞
・参れ … ラ行四段活用の動詞「参る」の命令形
参る … 参上する(謙譲語) ⇒ 中宮定子から中宮定子への敬意
・など … 副助詞
・のたまはせ … サ行下二段活用の動詞「のたまはす」の連用形
のたまはす … 「言ふ」の最高敬語 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・て … 接続助詞

「これは、聞こし召しおきたることのありしかばなむ。
「これは、お聞きになり心にとどめておられたことがあったから。
・これ … 代名詞
・は … 係助詞
・聞こし召しおき … カ行四段活用の動詞「聞こし召しおく」の連用形
聞こし召しおく … 「聞きおく」の尊敬語 ⇒ 中宮定子から中宮定子への敬意
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・こと … 名詞
・の … 格助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形
・ば … 接続助詞
・なむ … 係助詞・強調

わろかめれば、寿命経も、え書くまじげにこそ。」と
品質がよくないようなので、寿命経も、書けなさそうに見えるのだが。」と
・わろか … ク活用の形容詞「わろし」の連体形
わろし … 品質がよくない
・めれ … 推定の助動詞「めり」の已然形
・ば … 接続助詞
・寿命(ずみよう)経 … 名詞
・も … 係助詞
・え … 副詞
・書く … カ行四段活用の動詞「書く」の終止形
・まじげに … 連語
○まじ … 打消推量の助動詞「まじ」の終止形
○げ … 接尾語、〜らしく見える
○に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・こそ … 係助詞・強調
・と … 格助詞

仰せられたる、いみじうをかし。
おっしゃった、たいそうおもしろい。
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
・をかし … シク活用の形容詞「をかし」の終止形
をかし … おもしろい

思ひ忘れたりつることを、思しおかせ給へりけるは、
(私が)忘れていたことを、(中宮様が)気にかけておられたのは、
・思ひ忘れ … ラ行下二段活用の動詞「思ひ忘る」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・思しおか … カ行四段活用の動詞「思しおく」の未然形
思しおく … 「思ひおく」の尊敬語 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の命令形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・り … 完了の助動詞「り」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・は … 係助詞

なほただ人にてだに、をかしかべし。
やはり普通の人であってさえ、おもしろいだろう。
・なほ … 副詞
・ただ人 … 名詞
○ただ人 … 普通の人
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・だに … 副助詞
・をかしか … シク活用の形容詞「をかし」の連体形(音便・無表記)
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形

まいて、おろかなるべきことにぞあらぬや。
まして、並み一通りのことであるはずはないなあ。
・まいて … 副詞
・おろかなる … ナリ活用の形容動詞「おろかなり」の連体形
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・こと … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・ぞ … 係助詞・強調
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形(結び)
・や … 間投助詞・詠嘆

心も乱れて、啓すべきかたもなければ、ただ、
心も乱れて、どう申し上げるのがよいかわからないので、ただ、
・心 … 名詞
・も … 係助詞
・乱れ … ラ行下二段活用の動詞「乱る」の連用形
・て … 接続助詞
・啓す … サ行変格活用の動詞「啓す」の終止形
啓す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・べき … 適当の助動詞「べし」の連体形
・かた … 名詞
・も … 係助詞
・なけれ … ク活用の形容詞「なし」の已然形
・ば … 接続助詞
・ただ … 副詞

 「かけまくもかしこきかみのしるしには
 「口に出して言うのも恐れ多い神(紙)の御利益で、
  ・かけ … カ行下二段活用の動詞「かく」の未然形
  ・ま … 推量の助動詞「む」の未然形
  ・く … 準体助詞(学説が分かれている)
  ・も … 係助詞
  ○かけまくも … 口に出して言うのも
  ・かしこき … ク活用の形容詞「かしこし」の連体形
  ○かしこし … 恐れ多い
  ・かみ … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・しるし … 名詞
  ○しるし … 神仏の御利益
  ・に … 格助詞
  ・は … 係助詞

  鶴の齢となりぬべきかな
  鶴のように千年の寿命にきっとなりそうだなあ。
  ・鶴 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・齢(よわい) … 名詞
  ・と … 格助詞
  ・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
  ・ぬ … 強意の助動詞「ぬ」の終止形
  ・べき … 推量の助動詞「べし」の連体形
  ・かな … 終助詞・詠嘆

あまりにや、と啓せさせ給へ。」とて参らせつ。
度が過ぎているでしょうか、と言上なさってください。」と書いて、差し上げた。
・あまりに … ナリ活用の形容動詞「あまりなり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・と … 格助詞
・啓せ … サ行変格活用の動詞「啓す」の未然形
啓す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・させ … 尊敬の助動詞「さす」の連用形 ⇒ 筆者から取り次ぎの女房への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の命令形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から取り次ぎの女房への敬意
・とて … 格助詞
・参らせ … サ行下二段活用の動詞「参らす」の連用形
参らす … 差し上げる(謙譲語) ⇒ 筆者から取り次ぎの女房への敬意
・つ … 完了の助動詞「つ」の終止形

error: Content is protected !!