奥山に猫またといふものありて・徒然草

「奥山に猫またといふものありて、人を食らふなる。」
「奥山に猫またというものがいて、人を食べるそうだ。」
・奥山 … 名詞
・に … 格助詞
・猫また … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・もの … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・て … 接続助詞
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・食らふ … ハ行四段活用の動詞「食らふ」の終止形
・なる … 伝聞の助動詞「なり」の連体形

と人の言ひけるに、「山ならねども、
と人が言ったところ、「山ではないけれども、
・と … 格助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞
・山 … 名詞
・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ども … 接続助詞

これらにも、猫の経上がりて、猫またになりて、
この辺りでも、猫が年を経て変化して、猫またになって、
・これら … 代名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・猫 … 名詞
・の … 格助詞
・経(へ)上がり … ラ行四段活用の動詞「経上がる」の連用形
○経上がる … 年をとって変化する
・て … 接続助詞
・猫また … 名詞
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・て … 接続助詞

人とることはあなるものを。」と言ふ者ありけるを、
人を取って食べることがあるそうだなあ。」と言う者がいたのを、
・人 … 名詞
・とる … ラ行四段活用の動詞「とる」の連体形
・こと … 名詞
・は … 係助詞
あるなる ⇒ あんなる(撥音便) ⇒ あなる(無表記)
・あ … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・なる … 伝聞の助動詞「なり」の連体形
・ものを … 終助詞
○ものを … 〜だなあ(強い詠嘆)
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・者 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 格助詞

何阿弥陀仏とかや、連歌しける法師の、
なんとか阿弥陀仏とかいって、連歌をしていた法師で、
・何阿弥陀仏(なにあみだぶつ) … 名詞
・と … 格助詞
・か … 係助詞
・や … 間投助詞
・連歌(れんが) … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・法師 … 名詞
・の … 格助詞

行願寺のほとりにありけるが聞きて、ひとり歩かん身は
行願寺の辺りに住んでいた法師が聞いて、ひとり歩きするような身は
・行願寺(ぎようがんじ) … 名詞
・の … 格助詞
・ほとり … 名詞
・に … 格助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・が … 格助詞
・聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
・て … 接続助詞
・ひとり … 名詞
・歩か … カ行四段活用の動詞「歩く」の未然形
・ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
・身 … 名詞
・は … 係助詞

心すべきことにこそと思ひけるころしも、
気をつければならないことだと思っていたちょうどそのころ、
・心す … サ行変格活用の動詞「心す」の終止形
○心す … 気をつける
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・こと … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・こそ … 係助詞
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・ころ … 名詞
・しも … 副助詞

ある所にて夜更くるまで連歌して、
ある所で夜が更けるまで連歌をして、
・ある … 連帯詞
・所 … 名詞
・にて … 格助詞
・夜(よ) … 名詞
・更(ふ)くる … カ行下二段活用の動詞「更く」の連体形
・まで … 副助詞
・連歌 … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞

ただひとり帰りけるに、小川の端にて、
ただひとりで帰っていたときに、小川のほとりで、
・ただ … 副詞
・ひとり … 名詞
・帰り … ラ行四段活用の動詞「帰る」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 格助詞
・小川(こがわ) … 名詞
・の … 格助詞
・端(はた) … 名詞
・にて … 格助詞

音に聞きし猫また、あやまたず足もとへふと寄り来て、
うわさに聞いた猫またが、まっすぐに足もとへさっと寄って来て、
・音 … 名詞
・に … 格助詞
・聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
○音に聞く … うわさを耳にする
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・猫また … 名詞
・あやまた … タ行四段活用の動詞「あやまつ」の未然形
○あやまつ … 間違える
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・足もと … 名詞
・へ … 格助詞
・ふと … 副詞
・寄り来(き) … カ行変格活用の動詞「寄り来(く)」の連用形
・て … 接続助詞

やがてかきつくままに、首のほどを食はんとす。
いきなり飛びつくと同時に、首の辺りに食いつこうとする。
・やがて … 副詞
やがて … すぐに
・かきつく … カ行四段活用の動詞「かきつく」の連体形
○かきつく … 抱きつく
・まま … 名詞
・に … 格助詞
・首 … 名詞
・の … 格助詞
・ほど … 名詞
・を … 格助詞
・食は … ハ行四段活用の動詞「食ふ」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・す … サ行変格活用の動詞「す」の終止形

肝心も失せて、防がんとするに、力もなく、
正気もなくなって、防ごうとするけれども、力もなく、
・肝心(きもこころ) … 名詞
・も … 係助詞
・失(う)せ … サ行下二段活用の動詞「失す」の連用形
○肝心が失す … 正気をなくす
・て … 接続助詞
・防(ふせ)が … ガ行四段活用の動詞「防ぐ」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・する … サ行変格活用の動詞「す」の連体形
・に … 接続助詞
・力 … 名詞
・も … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形

足も立たず、小川へ転び入りて、
足も立たず、小川へ転がり込んで、
・足 … 名詞
・も … 係助詞
・立た … タ行四段活用の動詞「立つ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・小川 … 名詞
・へ … 格助詞
・転(ころ)び入(い)り … ラ行四段活用の動詞「転び入る」の連用形
・て … 接続助詞

「助けよや。猫またよや、猫またよや。」と叫べば、
「助けてくれ。猫まただよ、猫まただよ。」と叫んだので、
・助けよ … カ行下二段活用の動詞「助く」の命令形
・や … 間投助詞
・猫また … 名詞
・よ … 間投助詞
・や … 間投助詞
・よ … 間投助詞
・や … 間投助詞
・と … 格助詞
・叫べ … バ行四段活用の動詞「叫ぶ」の已然形
・ば … 接続助詞

家々より、松どもともして走り寄りて見れば、
家々から、たいまつをともして走り寄ってみると、
・家々 … 名詞
・より … 格助詞
・松ども … 名詞
・ともし … サ行四段活用の動詞「ともす」の連用形
・て … 接続助詞
・走り寄り … ラ行四段活用の動詞「走り寄る」の連用形
・て … 接続助詞
・見れ … マ行上一段活用の動詞「見る」の已然形
・ば … 接続助詞

このわたりに見知れる僧なり。
この辺りで見知っている僧である。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・わたり … 名詞
・に … 格助詞
・見知れ … ラ行四段活用の動詞「見知る」の已然形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・僧 … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

「こはいかに。」とて、川の中より抱き起こしたれば、
「これはどうしたのか。」と言って、川の中から抱き起こしたところ、
・こ … 代名詞
・は … 係助詞
・いかに … ナリ活用の形容動詞「いかなり」の連用形
・とて … 格助詞
・川 … 名詞
・の … 格助詞
・中 … 名詞
・より … 格助詞
・抱(いだ)き起こし … サ行四段活用の動詞「抱き起こす」の連用形
・たれ … 完了の助動詞「たり」の已然形
・ば … 接続助詞

連歌の賭物取りて、
連歌の会の賞品を取って、
・連歌 … 名詞
・の … 格助詞
・賭物(かけもの) … 名詞
・取り … ラ行四段活用の動詞「取る」の連用形
・て … 接続助詞

扇、小箱など懐に持ちたりけるも、水に入りぬ。
扇や小箱など懐に持っていたものも、水につかってしまった。
・扇 … 名詞
・小箱 … 名詞
・など … 副助詞
・懐(ふところ) … 名詞
・に … 格助詞
・持ち … タ行四段活用の動詞「持つ」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・も … 係助詞
・水 … 名詞
・に … 格助詞
・入り … ラ行四段活用の動詞「入る」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

希有にして助かりたるさまにて、はふはふ家に入りにけり。
やっとのことで助かったという様子で、這うようにして家に入った。
・希有(けう)に … ナリ活用の形容動詞「希有なり」の連用形
希有なり … めったにない
・して … 接続助詞
・助かり … ラ行四段活用の動詞「助かる」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・さま … 名詞
・にて … 格助詞
・這(は)ふ這(は)ふ … 副詞
○這ふ這ふ … はうようにして
・家 … 名詞
・に … 格助詞
・入り … ラ行四段活用の動詞「入る」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

飼ひける犬の、暗けれど主を知りて、飛びつきたりけるとぞ。
飼っていた犬が、暗いけれども主人を見分けて、飛びついたということだ。
・飼ひ … ハ行四段活用の動詞「飼ふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・犬 … 名詞
・の … 格助詞
・暗けれ … ;ク活用の形容詞「暗し」の已然形
・ど … 接続助詞
・主(ぬし) … 名詞
・を … 格助詞
・知り … ラ行四段活用の動詞「知る」の連用形
・て … 接続助詞
・飛びつき … カ行四段活用の動詞「飛びつく」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞

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