大納言殿参り給ひて・枕草子

大納言殿参り給ひて、文のことなど奏し給ふに、
大納言殿が参上なさって、漢詩のことなどを奏上なさるうちに、
・大納言殿 … 名詞
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
参る … 貴人の所に参上する(謙譲語) ⇒ 筆者から帝への敬意
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から大納言への敬意
・て … 接続助詞
・文(ふみ) … 名詞
 … 漢詩
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・など … 副助詞
・奏し … サ行変格活用の動詞「奏す」の連用形
奏す … (天皇に)申し上げる(謙譲語) ⇒ 筆者から帝への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から大納言への敬意
・に … 格助詞

例の、夜いたく更けぬれば、
いつものように、夜がひどく更けたので、
・例 … 名詞
・の … 格助詞
○例の … いつものように
・夜 … 名詞
・いたく … ク活用の形容詞「いたし」の連用形(副詞とする説もある)
いたし … はなはだしい
・更け … カ行下二段活用の動詞「更く」の連用形
・ぬれ … 完了の助動詞「ぬ」の已然形
・ば … 接続助詞

御前なる人々、一人二人づつうせて、御屏風、
御前にいる女房たちは、一人二人ずつ退出して、御屏風、
・御前(おまえ) … 名詞
・なる … 存在の助動詞「なり」の連体形
・人々 … 名詞
・一人二人づつ … 名詞
・うせ … サ行下二段活用の動詞「うす」の連用形
○うす … いなくなる
・て … 接続助詞
・御屏風(みびようぶ) … 名詞

御几帳の後ろなどに、みな隠れ臥しぬれば、ただ一人、
御几帳の後ろなどに、みんな隠れて寝てしまったので、ただ一人、
・御几帳(みきちよう) … 名詞
・の … 格助詞
・後ろ … 名詞
・など … 副助詞
・に … 格助詞
・皆 … 名詞
・隠れ臥(ふ)し … サ行四段活用の動詞「隠れ臥す」の連用形
○臥す … 横たわる、寝る
・ぬれ … 完了の助動詞「ぬ」の已然形
・ば … 接続助詞
・ただ … 副詞
・一人 … 名詞

ねぶたき念じて候ふに、「丑四つ。」と奏すなり。
眠たいのを我慢してお仕えしていると、「丑四つ。」と奏上するようだ。
・ねぶたき … ク活用の形容詞「ねぶたし」の連体形
・を … 格助詞
・念じ … サ行変格活用の動詞「念ず」の連用形
念ず … 我慢する
・て … 接続助詞
・候(さぶら)ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連体形
候ふ … お側にお仕えする(謙譲語) ⇒ 筆者から帝への敬意
・に … 接続助詞
・丑四(うしよ)つ … 名詞
・と … 格助詞
・奏す … サ行変格活用の動詞「奏す」の連体形
奏す … (天皇に)申し上げる(謙譲語) ⇒ 筆者から帝への敬意
・なり … 推定の助動詞「なり」の終止形

「明け侍りぬなり。」と独りごつを、
「夜が明けたようでございます。」と独りごとを言うと、
・明け … カ行下二段活用の動詞「明く」の連用形
・侍り … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連用形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 筆者から(聞き手)への敬意
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
・なり … 推定の助動詞「なり」の終止形
・と … 格助詞
・独りごつ … タ行四段活用の動詞「独りごつ」の連体形
・を … 格助詞

大納言殿、「いまさらに、な大殿籠りおはしましそ。」とて、
大納言殿が、「いまさら、もう、お休みなさいますな。」と言って、
・大納言殿 … 名詞
・いまさらに … ナリ活用の形容動詞「いまさらなり」の連用形
○いまさらなり … 今となっては仕方がない
・な … 副詞
な〜そ … 〜してくれるな(やや柔らかい禁止)
・大殿籠(おおとのご)もり … ラ行四段活用の動詞「大殿籠もる」の連用形
大殿籠もる … 「寝(ぬ)」の尊敬語 ⇒ 大納言から筆者への敬意
・おはしまし … サ行四段活用の動詞「おはします」の連用形
おはします … 尊敬の補助動詞 ⇒ 大納言から筆者への敬意
・そ … 終助詞
・とて … 格助詞

寝べきものともおぼいたらぬを、
寝るのが当然とも思っていらっしゃらないので、
・寝(ぬ) … ナ行下二段活用の動詞「寝(ぬ)」の終止形
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・もの … 名詞
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・おぼい … サ行四段活用の動詞「おぼす」の連用形(音便)
おぼす … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から大納言への敬意
・たら … 存続の助動詞「たり」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・を … 接続助詞

うたて、何しにさ申しつらむと思へど、
いやだ、どうしてそう申し上げたのだろうと思うけれども、
・うたて … ク活用の形容詞「うたせし」の語幹
うたてし … 気にくわない
・何しに … 副詞(「代名詞+サ変動詞+格助詞」とする説もある)
○何しに … どうして
・さ … 副詞
○さ、「明け侍りぬなり」を指す
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から(聞き手)への敬意
・つ … 完了の助動詞「つ」の終止形
・らむ … 現在原因推量の助動詞「らむ」の連体形
・と … 格助詞
・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の已然形
・ど … 接続助詞

また人のあらばこそは紛れも臥さめ。
ほかに人がいるならばそれに紛れて寝るだろうが(いないので寝られない)。
・また … 副詞
また … 他に
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ば … 接続助詞
・こそ … 係助詞・強意
・は … 係助詞
・紛れ … ラ行下二段活用の動詞「紛る」の連用形
・も … 係助詞
・臥さ … サ行四段活用の動詞「臥す」の未然形
・め … 推量の助動詞「む」の已然形(結び)

上の御前の、柱に寄りかからせ給ひて、少しねぶらせ給ふを、
帝が、柱に寄りかかりなさって、少しお眠りになっていらっしゃるのを、
・上の御前 … 名詞
・の … 格助詞
・柱 … 名詞
・に … 格助詞
・寄りかから … ラ行四段活用の動詞「寄りかかる」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・て … 接続助詞
・少し … 副詞
・ねぶら … ラ行四段活用の動詞「ねぶる」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・を … 格助詞

「かれ見奉らせ給へ。いまは明けぬるに、
「あれを拝見なさいませ。今はもう夜が明けたのに、
・かれ … 代名詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・奉ら … ラ行四段活用の動詞「奉る」の未然形
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 大納言から帝への敬意
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 大納言から中宮定子への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の命令形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 大納言から中宮定子への敬意
・今 … 名詞
・は … 係助詞
○いまは … 今となっては
・明け … カ行下二段活用の動詞「明く」の連用形
・ぬる … 完了の助動詞「ぬ」の連体形
・に … 接続助詞

かう大殿籠るべきかは。」と申させ給へば、
このようにお休みになってよいものでしょうか。」と、申し上げなさると、
・かう … 副詞(音便)
かう … このように
・大殿籠もる … ラ行四段活用の動詞「大殿籠もる」の終止形
大殿籠もる … 「寝(ぬ)」の尊敬語 ⇒ 大納言から帝への敬意
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・かは … 係助詞・反語
・と … 格助詞
・申さ … サ行四段活用の動詞「申す」の未然形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から大納言への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から大納言への敬意
・ば … 接続助詞

「げに。」など、宮の御前にも笑ひ聞こえさせ給ふも知らせ給はぬほどに、
「本当に。」などと、中宮様がお笑い申し上げなさるのもご存知にならないうちに、
・げに … 副詞
げに … なるほど、本当に
・など … 副助詞
・宮の御前 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・笑ひ … ハ行四段活用の動詞「笑ふ」の連用形
・聞こえ … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の未然形
聞こゆ … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・させ … 尊敬の助動詞「さす」の連用形 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から中宮定子への敬意
・も … 係助詞
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給は … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の未然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞

長女が童の、鶏を捕らへ持て来て、
長女が使う童女が、鶏を捕らえて持って来て、
・長女(おさめ) … 名詞
・が … 格助詞
・童(わらわ) … 名詞
・の … 格助詞
・鶏(にわとり) … 名詞
・を … 格助詞
・捕らへ … ハ行下二段活用の動詞「捕らふ」の連用形
・持て来(き) … カ行変格活用の動詞「持て来(く)」の連用形
・て … 接続助詞

「朝に里へ持て行かむ。」と言ひて隠しおきたりける、
「翌朝に里へ持って行こう。」と言って隠しておいていたのを、
・朝(あした) … 名詞
 … 翌朝
・に … 格助詞
・里 … 名詞
・へ … 格助詞
・持て行か … カ行四段活用の動詞「持て行く」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・隠しおき … カ行四段活用の動詞「隠しおく」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形

いかがしけむ、犬見つけて追ひければ、廊の間木に逃げ入りて、
どうしたのか、犬が見つけて追いかけたので、廊下の長押の上の棚に逃げ込んで、
・いかが … 副詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形
・犬 … 名詞
・見つけ … カ行下二段活用の動詞「見つく」の連用形
・て … 接続助詞
・追ひ … ハ行四段活用の動詞「追ふ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・廊 … 名詞
・の … 格助詞
・間木(まぎ) … 名詞
○間木 … 上長押の上に渡した棚板
・に … 格助詞
・逃げ入り … ラ行四段活用の動詞「逃げ入る」の連用形
・て … 接続助詞

恐ろしう鳴きののしるに、皆人起きなどしぬなり。
恐ろしく鳴き騒ぐので、みんな起きなどしてしまったようだ。
・恐ろしう … シク活用の形容詞「恐ろし」の連用形(音便)
・鳴きののしる … ラ行四段活用の動詞「鳴きののしる」の連体形
○鳴きののしる … 鳴き騒ぐ
・に … 接続助詞
・皆人 … 名詞
・起き … カ行上二段活用の動詞「起く」の連用形
・など … 副助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
・なり … 推定の助動詞「なり」の終止形

上もうちおどろかせ給ひて、「いかでありつる鶏ぞ。」など尋ねさせ給ふに、
帝も目をお覚ましになって、「どうして鶏がいたのか。」などとお尋ねになると、
・上 … 名詞
・も … 係助詞
・うちおどろか … カ行四段活用の動詞「うちおどろく」の未然形
おどろく … 目がさめる
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・て … 接続助詞
・いかで … 副詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・鶏(とり) … 名詞
・ぞ … 係助詞
・など … 副助詞
・尋ね … ナ行下二段活用の動詞「尋ぬ」の未然形
・させ … 尊敬の助動詞「さす」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・に … 接続助詞

大納言殿の、「声、明王のねぶりをおどろかす。」といふ言を、
大納言殿が、「声、明王のねぶりをおどろかす。」という詩句を、
・大納言殿 … 名詞
・の … 格助詞
・声 … 名詞
・明王(めいおう) … 名詞
・の … 格助詞
・ねぶり … 名詞
・を … 格助詞
・おどろかす … サ行四段活用の動詞「おどろかす」の終止形
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・言(こと) … 名詞
○言 … 詩文の章句
・を … 格助詞

高ううち出だし給へる、めでたうをかしきに、
声高く吟じなさったのが、すばらしく趣深いもので、
・高う … ク活用の形容詞「高し」の連用形(音便)
○高し … 声が大きい
・うち出だし … サ行四段活用の動詞「うち出だす」の連用形
○うち出だす … 声に出して吟ずる
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から大納言への敬意
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・めでたう … ク活用の形容詞「めでたし」の連用形(音便)
めでたし … すばらしい
・をかしき … シク活用の形容詞「をかし」の連体形
をかし … 情趣が深い
・に … 接続助詞

ただ人のねぶたかりつる目もいと大きになりぬ。
臣下(私)の眠たかった目もたいそう大きく開いてしまった。
・ただ人 … 名詞
○ただ人 … 臣下(「明王」と対比させている)
・の … 格助詞
・眠たかり … 活用の形容詞「眠たし」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・目 … 名詞
・も … 係助詞
・いと … 副詞
・大きに … ナリ活用の形容動詞「大きなり」の連用形
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

「いみじき折の言かな。」と、上も宮も興ぜさせ給ふ。
「すばらしく場面に合った言葉だなあ。」と帝も中宮様も面白がりなさる。
・いみじき … シク活用の形容詞「いみじ」の連体形
いみじ … すばらしい
・折 … 名詞
○折 … その場面
・の … 格助詞
・言 … 名詞
○言 … 言葉
・かな … 終助詞・詠嘆
・と … 格助詞
・上 … 名詞
・も … 係助詞
・宮 … 名詞
・も … 係助詞
・興ぜ … サ行変格活用の動詞「興ず」の未然形
○興ず … おもしろがる
・させ … 尊敬の助動詞「さす」の連用形 ⇒ 筆者から帝・中宮定子への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の終止形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝・中宮定子への敬意

なほ、かかることこそめでたけれ。
やはり、このようなことはすばらしいものだ。
・なほ … 副詞
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
・こと … 名詞
・こそ … 係助詞・強意
・めでたけれ … ク活用の形容詞「めでたし」の已然形(結び)
めでたし … すばらしい

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