大江山・十訓抄

和泉式部、保昌が妻にて、丹後に下りけるほどに、
和泉式部が、保昌の妻として、丹後の国に下ったころに、
・和泉式部 … 名詞
・保昌 … 名詞
・が … 格助詞
・妻 … 名詞
・にて … 格助詞
・丹後 … 名詞
・に … 格助詞
・下り … ラ行四段活用の動詞「下る」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・ほど … 名詞
ほど … ころ
・に … 格助詞

京に歌合ありけるに、小式部内侍、歌詠みにとられて、
京で歌合があったときに、小式部内待が、歌合の詠み手として選ばれて、
・京 … 名詞
・に … 格助詞
・歌合 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 格助詞
・小式部内侍 … 名詞
・歌詠み … 名詞
○歌詠み … 歌合の詠み手
・に … 格助詞
・とら … ラ行四段活用の動詞「とる」の未然形
○とる … 選ぶ
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・て … 接続助詞

詠みけるを、定頼中納言たはぶれて、小式部内侍ありけるに、
詠んだところ、定頼中納言がふざけて、小式部内侍がいたときに、
・詠み … マ行四段活用の動詞「詠む」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 接続助詞
・定頼中納言 … 名詞
・たはぶれ … ラ行下二段活用の動詞「たはぶる」の連用形
○たはぶる … たわむれる
・て … 接続助詞
・小式部内侍 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 格助詞

「丹後へ遣はしける人は参りたりや。
「丹後へお遣りになった人は戻って参りましたか。
・丹後 … 名詞
・へ … 格助詞
・遣はし … サ行四段活用の動詞「遣はす」の連用形
遣はす … 「遣る」の尊敬語 ⇒ 定頼から小式部への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・人 … 名詞
・は … 係助詞
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
参る … 「来(く)」の謙譲語 ⇒ 定頼から小式部への敬意
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形
・や … 係助詞・疑問

いかに心もとなく思すらむ。」と言ひて、
どれほど待ち遠しく思いになっていることでしょう。」と言って、
・いかに … 副詞
いかに … どんなにか
・心もとなく … ク活用の形容詞「心もとなし」の連用形
心もとなし … 待ち遠しい
・思(おぼ)す … サ行四段活用の動詞「思す」の終止形
思す … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 定頼から小式部への敬意
・らむ … 現在推量の助動詞「らむ」の連体形
・と … 格助詞
・言ひ … ラ行下二段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞

局の前を過ぎられけるを、御簾より半らばかり出でて、
部屋の前を通り過ぎられたところ、(小式部は)御簾から半分ほど身を出して、
・局 … 名詞
・の … 格助詞
・前 … 名詞
・を … 格助詞
・過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の未然形
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 筆者から定頼への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 接続助詞
・御簾 … 名詞
・より … 格助詞
・半ら … 名詞
○半ら … 半分
・ばかり … 副助詞
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・て … 接続助詞

わづかに直衣の袖をひかへて、
ほんの少し直衣の袖を引き止めて、
・わづかに … ナリ活用の形容動詞「わづかなり」の連用形
○わづかなり … 程度が小さいさま
・直衣 … 名詞
・の … 格助詞
・袖 … 名詞
・を … 格助詞
・ひかへ … ハ行下二段活用の動詞「ひかふ」の連用形
○ひかふ … 引き止める
・て … 接続助詞

  大江山いくのの道の遠ければ
  大江山から生野を通って行く道が遠いので、
  ・大江山 … 名詞
  ・いくの … 名詞
  ○いくの … 「行く」と「生野」の掛詞
  ・の … 格助詞
  ・道 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・遠けれ … ク活用の形容詞「遠し」の已然形
  ・ば … 接続助詞

  まだふみもみず天の橋立
  まだ天の橋立を訪れていないし、母からの便りも見ていません。
  ・まだ … 副詞
  ・ふみ … マ行四段活用の動詞「ふむ」の連用形
  ○ふむ … 足を踏み入れる
  ・も … 係助詞
  ・み … マ行上一段活用の動詞「みる」の未然形
  ・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
  ○ふみもみず … 「踏みもみず」と「文も見ず」の掛詞
  ・天の橋立 … 名詞

と詠みかけけり。思はずに、あさましくて、「こはいかに。
と歌を詠んだ。思いがけず、驚きあきれて、「これはどうしたことだ。
・と … 格助詞
・詠みかけ … カ行下二段活用の動詞「詠みかく」の連用形
○詠みかく … 歌を詠んで、その返歌を求める
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
・思はずに … ナリ活用の形容動詞「思はずなり」の連用形
○思はずなり … 意外である
・あさましく … シク活用の形容詞「あさまし」の連用形
あさまし … 驚きあきれるさま
・て … 接続助詞
・こ … 代名詞
・は … 係助詞
・いかに … 副詞

かかるやうやはある。」とばかり言ひて、
こんなことがあるだろうか。」とだけ言って、
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
・やう … 名詞
・やは … 係助詞・疑問
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・ばかり … 副助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞

返歌にも及ばず、袖を引き放ちて、逃げられけり。
返歌することもできず、袖を振り払って、お逃げになった。
・返歌 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・及ば … バ行四段活用の動詞「及ぶ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
○〜に及ばず … 〜できない
・袖 … 名詞
・を … 格助詞
・引き放ち … タ行四段活用の動詞「引き放つ」の連用形
・て … 接続助詞
・逃げ … ガ行下二段活用の動詞「逃ぐ」の未然形
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 筆者から定頼への敬意
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

小式部、これより歌詠みの世におぼえ出で来にけり。
小式部は、この時から歌人としての世の評判が出て来るようになった。
・小式部 … 名詞
・これ … 代名詞
・より … 格助詞
・歌詠み … 名詞
・の … 格助詞
・世 … 名詞
・に … 格助詞
・おぼえ … 名詞
○おぼえ … 評判
・出で来(き) … カ行変格活用の動詞「出で来(く)」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

これはうちまかせての理運のことなれども、
これは、ありきたりの当然のことなのだが、
・これ … 代名詞
・は … 係助詞
・うちまかせて … 連語
○うちまかせて … 普通
・の … 格助詞
・理運 … 名詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ども … 接続助詞

かの卿の心には、これほどの歌、ただいま
あの卿の考えでは、これほどの歌を、ただちに
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・卿 … 名詞
・の … 格助詞
・心 … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・これ … 代名詞
・ほど … 名詞
・の … 格助詞
・歌 … 名詞
・ただいま … 副詞
○ただいま … ただちに

詠み出だすべしとは、知られざりけるにや。
詠み出すことができるとは、ご存じなかったのであろうか。
・詠み出だす … サ行四段活用の動詞「詠み出だす」の終止形
・べし … 可能の助動詞「べし」の終止形
・と … 格助詞
・は … 係助詞
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・れ … 尊敬の助動詞「る」の未然形 ⇒ 筆者から定頼への敬意
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問

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