昔、徳言といふ人、陳氏と聞こゆる女にあひ具したりけり。
昔、徳言という人は、陳氏と申し上げる女性と連れ添い暮らしていた。
昔 … 名詞
徳言(とくげん) … 名詞
と … 格助詞
いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
人 … 名詞
陳氏(ちんし) … 名詞
と … 格助詞
聞こゆる … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の連体形
聞こゆ … 「言ふ」の謙譲語
⇒ 筆者から陳氏への敬意
女 … 名詞
に … 格助詞
あひ具し … サ行四段活用の動詞「あひ具す」の連用形
たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
かたちいとをかしげにて、心ばへなど思ふさまなりければ、
顔かたちが非常に美しくて気だても理想どおりだったので、
かたち … 名詞
いと … 副詞
をかしげに … ナリ活用の形容動詞「をかしげなり」の連用形
て … 接続助詞
心ばへ … 名詞
など … 副助詞
思ふさまなり … ナリ活用の形容動詞「思ふさまなり」の連用形
けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
ば … 接続助詞
互ひに浅からず思ひかはして年月を経るに、思ひのほかに世の中乱れて、
お互いに浅からず愛し合って歳月を送っていたが、思いがけなく世の中が乱れて、
互ひに … 副詞
浅から … ク活用の形容詞「浅し」の未然形
ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
思ひかはし … サ行四段活用の動詞「思ひかはす」の連用形
て … 接続助詞
年月 … 名詞
を … 格助詞
経(ふ)る … ハ行下二段活用の動詞「経(ふ)」の連体形
に … 接続助詞
思ひのほかに … ナリ活用の形容動詞「思ひのほかなり」の連用形
世 … 名詞
の … 格助詞
中 … 名詞
乱れ … ラ行下二段活用の動詞「乱る」の連用形
て … 接続助詞
ありとある人高きも賤しきも、さながら山林に隠れ惑ひぬ。
あらゆる人、高貴な人も卑賤な人も、ことごとく山林にあわてふためいて隠れてしまった。
あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
と … 格助詞
ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
人 … 名詞
貴(たか)き … ク活用の形容詞「貴し」の連体形
も … 係助詞
賤(いや)しき … シク活用の形容詞「賤し」の連体形
も … 係助詞
さながら … 副詞
山林 … 名詞
に … 格助詞
隠れ惑ひ … ハ行四段活用の動詞「隠れ惑ふ」の連用形
ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
さり難き親はらからも四方にたち別れて、
離れたくないと思う親兄弟も散り散りに別れて、
さり難き … ク活用の形容詞「さり難し」の連体形
親 … 名詞
はらから … 名詞
も … 係助詞
四方 … 名詞
に … 格助詞
たち別れ … ラ行下二段活用の動詞「たち別る」の連用形
て … 接続助詞
おのがさまざま逃げさまよへる中に、この人別れを惜しむ心
思い思いの方向に逃げまどっていた人々の中で、この二人は、別れを惜しむ気持ちが
おの … 代名詞
が … 格助詞
さまざま … ナリ活用の形容動詞「さまざまなり」の語幹
逃げさまよへ … ハ行四段活用の動詞「逃げさまよふ」の命令形
る … 完了の助動詞「る」の連体形
中 … 名詞
に … 格助詞
こ … 代名詞
の … 格助詞
人 … 名詞
別れ … 名詞
を … 格助詞
惜しむ … マ行四段活用の動詞「惜しむ」の連体形
心 … 名詞
誰にもすぐれたりければ、人知れずもろともにあひ契りけり。
誰よりも強かったので、人に知られないで互いに約束を交わした。
誰 … 代名詞
に … 格助詞
も … 係助詞
すぐれ … ラ行下二段活用の動詞「すぐる」の連用形
たり … 存続の助動詞「けり」の連用形
けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
ば … 接続助詞
人 … 名詞
知れ … ラ行下二段活用の動詞「知る」の未然形
ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
もろともに … 副詞
あひ契り … ラ行四段活用の動詞「あひ契る」の連用形
けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
「我も人もいづ方となく失せなむ後、
「私もあなたも何処ということもなく行ってしまったならば、その後、
・ 我 … 名詞
・ も … 係助詞
・ 人 … 名詞
・ も … 係助詞
・ いづ方 … 代名詞
・ と … 格助詞
・ なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・ 失せ … サ行下二段活用の動詞「失す」の連用形
・ な … 完了の助動詞「ぬ」の未然形
・ む … 仮定の助動詞「む」の連体形
・ 後 … 名詞
おのづから世の中静まりてまたもあひ見ることありなむものを、
ひとりでに世の中が静まって再び顔を合わせることがきっとあるだろうけれども、
・ おのづから … 副詞
・ 世 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 中 … 名詞
・ 静まり … ラ行四段活用の動詞「静まる」の連用形
・ て … 接続助詞
・ また … 副詞
・ も … 係助詞
・ あひ見る … マ行上一段活用の動詞「あひ見る」の連体形
・ こと … 名詞
・ あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ な … 強意の助動詞「ぬ」の未然形
・ む … 推量の助動詞「む」の連体形
・ ものを … 接続助詞
そのほどのありさまをばいかでか互ひに知るべき。」と聞こえさするに、
その間の境遇をどうやってお互いに知ることができるだろうか。」と申し上げると、
・ そ … 代名詞
・ の … 格助詞
・ ほど … 名詞
・ の … 格助詞
・ ありさま … 名詞
・ を … 格助詞
・ ば … 係助詞
・ いかで … 副詞
・ か … 係助詞
・ 互ひに … 副詞
・ 知る … ラ行四段活用の動詞「知る」の終止形
・ べき … 可能の助動詞「べし」の連体形
・ と … 格助詞
・ 聞こえさする … サ行下二段活用の動詞「聞こえさす」の連体形
・ 聞こえさす … 「言ふ」の謙譲語
⇒ 筆者から陳氏への敬意
・ に … 接続助詞
女の年ごろ持ちたりける鏡を中より切りて、
女が長年の間持っていた鏡を真ん中で割って、
・ 女 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 年ごろ … 名詞
・ 持ち … タ行四段活用の動詞「持つ」の連用形
・ たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・ ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・ 鏡 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 中 … 名詞
・ より … 格助詞
・ 切り … ラ行四段活用の動詞「切る」の連用形
・ て … 接続助詞
おのおのその片方を取りて、「月の十五日ごとに市に出だして、
それぞれその片方を取って、「毎月の十五日に市場に出して、
・ おのおの … 副詞
・ そ … 代名詞
・ の … 格助詞
・ 片方 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 取り … ラ行四段活用の動詞「取る」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 月 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 十五日ごと … 名詞
・ に … 格助詞
・ 市 … 名詞
・ に … 格助詞
・ 出だし … サ行四段活用の動詞「出だす」の連用形
・ て … 接続助詞<
この鏡の半ばを尋ねさするものならば、
この鏡の片方を捜させるならば、
・ こ … 代名詞
・ の … 格助詞
・ 鏡 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 半ば … 名詞
・ を … 格助詞
・ 尋ね … ナ行下二段活用の動詞「尋ぬ」の未然形
・ さする … 使役の助動詞「さす」の連体形
・ もの … 名詞
・ なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・ ば … 接続助詞
必ずあひ見て互ひにそのありさまを知るべし。」と言ひつつ、
必ず出合ってお互いにその境遇を知ることができます。」と言いながら、
・ 必ず … 副詞
・ あひ見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 互ひに … 副詞
・ そ … 代名詞
・ の … 格助詞
・ ありさま … 名詞
・ を … 格助詞
・ 知る … ラ行四段活用の動詞「知る」の終止形
・ べし … 可能の助動詞「べし」の終止形
・ と … 格助詞
・ 言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・ つつ … 接続助詞
いといたううち泣きて別れ去りぬ。その後
とても激しく泣いて別れていった。その後
・ いと … 副詞
・ いたう … ク活用の形容詞「いたし」の連用形(ウ音便)
・ うち泣き … カ行四段活用の動詞「うち泣く」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 別れ … ラ行下二段活用の動詞「別る」の連用形
・ 去り … ラ行四段活用の動詞「去る」の連用形
・ ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
・ そ … 代名詞
・ の … 格助詞
・ 後 … 名詞
この夫、恋しさわりなくおぼえて、いたづらに月日を過ぐすままに、
この夫は、恋しさがどうしようもなく感じられて、むなしく月日を過ごすうちに、
・ こ … 代名詞
・ の … 格助詞
・ 夫 … 名詞
・ 恋しさ … 名詞
・ わりなく … ク活用の形容詞「わりなし」の連用形
・ おほえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
・ て … 接続助詞
・ いたづらに … ナリ活用の形容動詞「いたづらなり」の連用形
・ 月日 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 過ぐす … サ行四段活用の動詞「過ぐす」の連体形
・ まま … 名詞
・ に … 格助詞
いかなる人に心を移して契りしことを忘れぬらむと、
どんな人に心を移して約束したことを忘れてしまっているのだろうかと、
・ いかなる … ナリ活用の形容動詞「いかなり」の連体形
・ 人 … 名詞
・ に … 格助詞
・ 心 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 移し … サ行四段活用の動詞「移す」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 契り … ラ行四段活用の動詞「契る」の連用形
・ し … 過去の助動詞「き」の連体形
・ こと … 名詞
・ を … 格助詞
・ 忘れ … ラ行下二段活用の動詞「忘る」の連用形
・ ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
・ らむ … 原因推量の助動詞「らむ」の連体形
・ と … 格助詞
胸の苦しさ抑へ難くぞおぼえける。
胸の苦しさが耐えがたいものに感じられた。
・ 胸 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 苦しさ … 名詞
・ 抑へがたく … ク活用の形容詞「抑えがたし」の連用形
・ ぞ … 係助詞・強調
・ おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
・ ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
ます鏡われて契りしそのかみの
真澄みの鏡を割って約束して別れたそのときに
・ ます鏡 … 名詞
・ われ … ラ行下二段活用の動詞「わる」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 契り … ラ行四段活用の動詞「契る」の連用形
・ し … 過去の助動詞「き」の連体形
・ そ … 代名詞
・ の … 格助詞
・ かみ … 名詞
・ の … 格助詞
かげはいづちかうつりはてにし
鏡に映ったあなたの姿は何処に移り消えてしまったのだろうか。
・ かげ … 名詞
・ は … 係助詞
・ いづち … 代名詞
・ か … 係助詞・疑問
・ うつり … ラ行四段活用の動詞「うつる」の連用形
・ はて … タ行下二段活用の動詞「はつ」の連用形
・ に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・ し … 過去の助動詞「き」の連体形(結び)
かやうに思やりけるにしも、
このように思いやっているちょうどその頃、
・ かやうに … ナリ活用の形容動詞「かやうなり」の連用形
・ 思ひやり … ラ行四段活用の動詞「思ひやる」の連用形
・ ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・ に … 格助詞
・ しも … 副助詞
色かたちのなまめかしくはなやかなるにや愛で給ひけむ、
姿かたちが上品で明るく美しいのに心をひかれなさったのだろうか、
・ 色かたち … 名詞
・ の … 格助詞
・ なまめかしく … シク活用の形容詞「なまめかし」の連用形
・ はなやかなる … ナリ活用の形容動詞「はなやかなり」の連体形
・ に … 格助詞
・ や … 係助詞・疑問
・ 愛で … ダ行下二段活用の動詞「愛づ」の連用形
・ 給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
・ 給ふ … 尊敬の補助動詞
⇒ 筆者から親王への敬意
・ けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形(結び)
時の親王にておはしける人に、限りなく思ひかしづかれて年月を経るに、
そのとき親王でいらっしゃった人に、この上なく大切に世話をされて年月を送っているので、
・ 時 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 親王 … 名詞
・ に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・ て … 接続助詞
・ おはし … サ行四段活用の動詞「おはす」の連用形
・ おはす … 「あり」の尊敬語
⇒ 筆者から親王への敬意
・ ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・ 人 … 名詞
・ に … 格助詞
・ 限りなく … ク活用の形容詞「限りなし」の連体形
・ 思ひかしづか … カ行四段活用の動詞「思ひかしづく」の未然形
・ れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 年月 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 経る … ハ行下二段活用の動詞「経」の連体形
・ に … 接続助詞
ありしには似るべくもなきありさまなれど、
以前とは似ても似つかない境遇であるけれども、
・ あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ し … 過去の助動詞「き」の連体形
・ に … 格助詞
・ は … 係助詞
・ 似る … ナ行上一段活用の動詞「似る」の終止形
・ べく … 当然の助動詞「べし」の連用形
・ も … 係助詞
・ なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・ ありさま … 名詞
・ なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ ど … 接続助詞
この鏡の片方を市に出だしつつ、昔の契りをのみ心にかけて、
この鏡の片方を市場に出しながら、昔の約束だけを心にかけて、
・ こ … 代名詞
・ の … 格助詞
・ 鏡 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 片方 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 市 … 名詞
・ に … 格助詞
・ 出だし … サ行四段活用の動詞「出だす」の連用形
・ つつ … 接続助詞
・ 昔 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 契り … 名詞
・ を … 格助詞
・ のみ … 副助詞
・ 心 … 名詞
・ に … 格助詞
・ かけ … カ行下二段活用の動詞「かく」の連用形
・ て … 接続助詞
世の常は下燃えにてのみ過ぐしけるに、
普段は心の中で思い焦がれるだけで過ごしていたが、
・ 世 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 常 … 名詞
・ は … 係助詞
・ 下燃え … 名詞
・ にて … 格助詞
・ のみ … 副助詞
・ 過ぐし … サ行四段活用の動詞「過ぐす」の連用形
・ ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・ に … 接続助詞
鏡の割れ持ちたる人とて尋ねあひて、
鏡の片方を持っている人ということで探し当てて、
・ 鏡 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 割れ … 名詞
・ 持ち … タ行四段活用の動詞「持つ」の連用形
・ たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ 人 … 名詞
・ とて … 格助詞
・ 尋ね … ナ行下二段活用の動詞「尋ぬ」の連用形
・ あひ … ハ行四段活用の動詞「あふ」の連用形
・ て … 接続助詞
男女のありさま互ひにおぼつかなからず知りかはしつ。
男女それぞれの境遇を、お互いにはっきりと知りあった。
・ 男女 … 名詞
・ の … 格助詞
・ ありさま … 名詞
・ 互ひ … 名詞
・ に … 格助詞
・ おぼつかなから … ク活用の形容詞「おぼつかなし」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・ 知り … ラ行四段活用の動詞「知る」の連用形
・ かはし … サ行四段活用の動詞「かはす」の連用形
・ つ … 完了の助動詞「つ」の終止形
女これを聞きけるより、おぼえず悩ましき心地うち添ひて
女は、これを聞いてから、思いがけず悩ましい気持ちがつきまとって、
・ 女 … 名詞
・ これ … 代名詞
・ を … 格助詞
・ 聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
・ ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・ より … 格助詞
・ おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・ 悩ましき … シク活用の形容詞「悩まし」の連体形
・ 心地 … 名詞
・ うち添ひ … ハ行四段活用の動詞「うち添ふ」の連用形
・ て … 接続助詞
現し心ならぬ気色を見咎めて、親王あやしみ問ひ給ふを、
ぼんやりしている様子を見咎めて、親王が奇妙に思いお尋ねになるのを、
・ 現し心 … 名詞
・ なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・ ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・ 気色 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 見咎め … マ行下二段活用の動詞「見咎む」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 親王 … 名詞
・ あやしみ … マ行四段活用の動詞「あやしむ」の連用形
・ 問ひ … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の連用形
・ 給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
・ 給ふ … 尊敬の補助動詞
⇒ 筆者から親王への敬意
・ を … 格助詞
さすがにおぼえてしばしは言ひまぎらはしけれど、
それでもやはりと思われて、しばらくは話題を転じてその場をごまかしていたけれども、
・ さすがに … ナリ活用の形容動詞「さすがなり」の連用形
・ おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
・ て … 接続助詞
・ しばしは … 副詞
・ 言ひまぎらはし … サ行四段活用の動詞「言ひまぎらはす」の連用形
・ けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ ど … 接続助詞
強ひてのたまはすれば、わびしながらありのままに聞こえさせつ。
強いてお尋ねになるので、つらく苦しかったがありのままに申し上げた。
・ 強ひて … 副詞
・ のたまはすれ … サ行下二段活用の動詞「のたまはす」の已然形
・ ば … 接続助詞
・ わびし … シク活用の形容詞「わびし」の終止形
・ ながら … 接続助詞
・ あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ の … 格助詞
・ まま … 名詞
・ に … 格助詞
・ 聞こえさせ … サ行下二段活用の動詞「聞こえさす」の連用形
・ 聞こえさす … 「言ふ」の謙譲語
⇒ 筆者から親王への敬意
・ つ … 完了の助動詞「つ」の終止形
親王これを聞き給ふに御袖も絞りあへず、
親王は、これをお聞きになると御袖も絞りきれないほどお泣きになり、
・ 親王 … 名詞
・ これ … 代名詞
・ を … 格助詞
・ 聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
・ 給ふ … ハ行四段活用の尊敬の補助動詞「給ふ」の連体形
・ 給ふ … 尊敬の補助動詞
⇒ 筆者から親王への敬意
・ に … 格助詞
・ 御袖 … 名詞
・ も … 係助詞
・ 絞り … ラ行四段活用の動詞「絞る」の連用形
・ あへ … ハ行下二段活用の動詞「あふ」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
あはれにいみじく思されけるにや、
しみじみと気の毒に思われたのだろうか、
・ あはれに … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形
・ いみじく … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
・ 思さ … サ行四段活用の動詞「思す」の未然形
・ れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形
⇒ 筆者から親王への敬意
・ ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・ に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・ や … 係助詞
装ひいかめしきさまに出だし立てて、昔の夫のもとへ送り遣はしたるに、
装いを特に豪華な身なりにして、昔の夫の所に送っておやりになったが、
・ 装ひ … 名詞
・ いかめしき … シク活用の形容詞「いかめし」の連体形
・ さま … 名詞
・ に … 格助詞
・ 出だし立て … タ行下二段活用の動詞「出だし立つ」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 昔 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 夫 … 名詞
・ の … 格助詞
・ もと … 名詞
・ へ … 格助詞
・ 送り … ラ行四段活用の動詞「送る」の連用形
・ 遣はし … サ行四段活用の動詞「遣はす」の連用形
・ 遣はす … 「遣る」の尊敬語
⇒ 筆者から親王への敬意
・ たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・ に … 接続助詞
徳言限りなくうれしきにつけても、まづ涙ぞ先立ちける。
徳言は、この上なくうれしいにつけても、まず涙が先に立った。
・ 徳言 … 名詞
・ 限りなく … ク活用の形容詞「限りなし」の連用形
・ うれしき … シク活用の形容詞「うれし」の連体形
・ に … 格助詞
・ つけ … カ行下二段活用の動詞「つく」の連用形
・ て … 接続助詞
・ も … 係助詞
・ まづ … 副詞
・ 涙 … 名詞
・ ぞ … 係助詞・強調
・ 先立ち … タ行四段活用の動詞「先立つ」の連用形
・ ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
契りおきし心にくまやなかりけむ
約束した心に嘘いつわりがなかったからだろうか、
・ 契りおき … カ行四段活用の動詞「契りおく」の連用形
・ し … 過去の助動詞「き」の連体形
・ 心 … 名詞
・ に … 格助詞
・ くま … 名詞
・ や … 係助詞
・ なかり … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・ けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形
再びすみぬなかがはの水
中川の水が澄むように再び夫婦が一緒に住めるようになった。
・ 再び … 副詞
・ すみ … マ行四段活用の動詞「すむ」の連用形
・ ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
・ なかがは … 名詞
・ の … 格助詞
・ 水 … 名詞
賤しからぬありさまを振り捨てて昔の契りを忘れざりけむ人よりも、
高貴な境遇を振り捨てて昔の約束を忘れなかった人よりも、
・ 賤しから … シク活用の形容詞「賤し」の未然形
・ ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・ ありさま … 名詞
・ を … 格助詞
・ 振り捨て … タ行下二段活用の動詞「振り捨つ」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 昔 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 契り … 名詞
・ を … 格助詞
・ 忘れ … ラ行下二段活用の動詞「忘る」の未然形
・ ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・ けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形
・ 人 … 名詞
・ より … 格助詞
・ も … 係助詞
親王の御情けはなほ類ひあらじや。
親王の御温情こそやはり並ぶものがないのだなあ。
・ 親王 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 御情け … 名詞
・ は … 係助詞
・ なほ … 副詞
・ 類ひ … 名詞
・ あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ じ … 打消推量の助動詞「じ」の終止形
・ や … 間投助詞