久しく隔たりて会ひたる人の、
長い間離れていて会った人が、
・久しく … シク活用の形容詞「久し」の連用形
○久し … 時間が長い
・隔たり … ラ行四段活用の動詞「隔たる」の連用形
○隔たる … 離れている
・て … 接続助詞
・会ひ … ハ行四段活用の動詞「会ふ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・人 … 名詞
・の … 格助詞
わが方にありつること、数々に残りなく語り続くるこそ、あいなけれ。
自分のほうにあったことを、あれもこれも残さずに話し続けるのは、面白くない。
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・方 … 名詞
・に … 格助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・こと … 名詞
・数々に … ナリ活用の形容動詞「数々なり」の連用形
・残りなく … ク活用の形容詞「残りなし」の連用形
・語り続くる … カ行下二段活用の動詞「語り続く」の連体形
・こそ … 係助詞・強意
・あいなけれ … ク活用の形容詞「あいなし」の已然形(結び)
○あいなし … つまらない
隔てなく慣れぬる人も、ほど経て見るは、はづかしからぬかは。
分け隔てなく慣れ親しんだ人も、月日がたって会う時は、恥ずかしくないのだろうか。
・隔て … 名詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・慣れ … ラ行下二段活用の動詞「慣る」の連用形
・ぬる … 完了の助動詞「ぬ」の連体形
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・ほど … 名詞
○ほど … 月日
・経 … ハ行下二段活用の動詞「経」の連用形
・て … 接続助詞
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
○見る … 会う
・は … 係助詞
・はづかしから … シク活用の形容詞「はづかし」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・かは … 係助詞・反語
つぎさまの人は、あからさまに立ち出でても、
一段劣っている人は、ちょっと外出しても、
・つぎさま … 名詞
○つぎさま … 一段劣っていること
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・は … 係助詞
・あからさまに … ナリ活用の形容動詞「あからさまなり」の連用形
○あからさまなり … ほんのしばらく
・立ち出で … ダ行下二段活用の動詞「立ち出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・も … 係助詞
今日ありつることとて、息もつぎあへず語り興ずるぞかし。
今日あったことだと言って、息もつげないほど語って面白がるものだよ。
・今日 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・こと … 名詞
・とて … 格助詞
・息 … 名詞
・も … 係助詞
・つぎ … ガ行四段活用の動詞「つぐ」の連用形
・あへ … ハ行下二段活用の動詞「あふ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
○あへず … ~しきれない
・語り興ずる … サ行変格活用の動詞「語り興ず」の連体形
○興ず … おもしろがる
・ぞ … 終助詞
・かし … 終助詞
○ぞかし … ~なのだよ
よき人の物語するは、人あまたあれど、
身分が高く教養のある人が話をするのは、人が大勢いても、
・よき … ク活用の形容詞「よし」の連体形
○よし … 身分・教養に優れている
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・物語する … サ行変格活用の動詞「物語す」の連体形
・は … 係助詞
・人 … 名詞
・あまた … 副詞
○あまた … たくさん
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形
・ど … 接続助詞
一人に向きて言ふを、おのづから人も聞くにこそあれ。
一人に向かって話すのを、自然と他の人も聞くのである。
・一人 … 名詞
・に … 格助詞
・向き … カ行四段活用の動詞「向く」の連用形
・て … 接続助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・を … 格助詞
・おのづから … 副詞
○おのづから … 自然に
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・聞く … カ行四段活用の動詞「聞く」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・こそ … 係助詞・強意
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形(結び)
よからぬ人は、たれともなく、あまたの中にうち出でて、
身分が低く教養のない人は、誰にともなく、大勢の人の中に出しゃばって、
・よから … ク活用の形容詞「よし」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・人 … 名詞
・は … 係助詞
・たれ … 代名詞
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・あまた … 副詞
・の … 格助詞
・中 … 名詞
・に … 格助詞
・うち出で … ダ行下二段活用の動詞「うち出づ」の連用形
・て … 接続助詞
見ることのやうに語りなせば、みな同じく笑ひののしる、いとらうがはし。
まるで見ていることのように語るので、みな一緒に笑い騒ぐのが、とても騒々しい。
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
・こと … 名詞
・の … 格助詞
・やうに … 比況の助動詞「やうなり」の連用形
・語りなせ … サ行四段活用の動詞「語りなす」の已然形
○語りなす … わざと~のように語る
・ば … 接続助詞
・みな … 名詞
・同じく … シク活用の形容詞「同じ」の連用形
・笑ひののしる … ラ行四段活用の動詞「笑ひののしる」の連体形
○ののしる … 大声で言い騒ぐ
・いと … 副詞
・らうがはし … シク活用の形容詞「らうがわし」の終止形
○らうがわし … やかましい
をかしきことを言ひてもいたく興ぜぬと、
面白いことを言ってもたいして面白がらないのと、
・をかしき … シク活用の形容詞「をかし」の連体形
○をかし … おもしろい
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・も … 係助詞
・いたく … ク活用の形容詞「いたし」の連用形
○いたし … はなはだしい
・興ぜ … サ行変格活用の動詞「興ず」の未然形
○興ず … おもしろがる
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・と … 格助詞
興なきことを言ひてもよく笑ふにぞ、品のほど計られぬべき。
つまらないことを言ってもよく笑うのとによって、品位の程度が推測できるだろう。
・興なき … ク活用の形容詞「興なし」の連体形
○興なし … つまらない
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・も … 係助詞
・よく … 副詞
・笑ふ … ハ行四段活用の動詞「笑ふ」の連体形
・に … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強意
・品 … 名詞
○品 … 品位
・の … 格助詞
・ほど … 名詞
・計ら … ラ行四段活用の動詞「計る」の未然形
・れ … 可能の助動詞「る」の連用形
・ぬ … 強意の助動詞「ぬ」の終止形
・べき … 推量の助動詞「べし」の連体形(結び)
人のみざまのよしあし、才ある人はそのことなど定め合へるに、
人の容姿のよしあしや、学問のある人はそのことなどを批評しあっている時に、
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・みざま … 名詞
○みざま … 容姿
・の … 格助詞
・よしあし … 名詞
・才 … 名詞
○才 … 学問
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・人 … 名詞
・は … 係助詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞
○そのこと ⇒ 学問のこと
・など … 副助詞
・定め合へ … ハ行四段活用の動詞「定め合ふ」の命令形
○定め合ふ … 議論し合う
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・に … 格助詞
おのが身をひきかけて言ひ出でたる、いとわびし。
自分のことを引き合いに出して話し出すのは、とても興ざめだ。
・おの … 代名詞
・が … 格助詞
・身 … 名詞
・を … 格助詞
・ひきかけ … カ行下二段活用の動詞「ひきかく」の連用形
○ひきかく … 引き合いに出す
・て … 接続助詞
・言ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「言ひ出づ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・いと … 副詞
・わびし … シク活用の形容詞「わびし」の終止形
○わびし … 興ざめである