世に語り伝ふること・徒然草

世に語り伝ふること、まことはあいなきにや、
世間で語り伝えていることは、事実はおもしろくないのだろうか、
・世 … 名詞
・に … 格助詞
・語り伝ふる … ハ行下二段活用の動詞「語り伝ふ」の連体形
・こと … 名詞
・まこと … 名詞
・は … 係助詞
・あいなき … ク活用の形容詞「あいなし」の連体形
あいなし … つまらない
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問

多くはみな虚言なり。
多くは皆うそである。
・多く … ク活用の形容詞「多し」の連用形
・は … 係助詞
・みな … 副詞
・虚言(そらごと) … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

あるにも過ぎて人はものを言ひなすに、
実際以上に誇張して人は物事を言うものであるのに、
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の連用形
・て … 接続助詞
・人 … 名詞
・は … 係助詞
・もの … 名詞
・を … 格助詞
・言ひなす … サ行四段活用の動詞「言ひなす」の連体形
○言ひなす … 意識してそう言う
・に … 接続助詞

まして、年月過ぎ、境も隔たりぬれば、
まして、年月が過ぎ、場所も離れてしまうと、
・まして … 副詞
・年月(としつき) … 名詞
・過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の連用形
・境(さかい) … 名詞
・も … 係助詞
・隔たり … ラ行四段活用の動詞「隔たる」の連用形
・ぬれ … 完了の助動詞「ぬ」の已然形
・ば … 接続助詞

言ひたきままに語りなして、
言いたいほうだいに話をこしらえて語り、
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・たき … 願望の助動詞「たし」の連体形
・まま … 名詞
・に … 格助詞
・語りなし … サ行四段活用の動詞「語りなす」の連用形
○語りなす … 作りごとを加えて語る
・て … 接続助詞

筆にも書きとどめぬれば、やがてまた定まりぬ。
文章にも書き残してしまうと、そのままやはり定まってしまう。
・筆 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・書きとどめ … マ行下二段活用の動詞「書きとどむ」の連用形
・ぬれ … 完了の助動詞「ぬ」の已然形
・ば … 接続助詞
・やがて … 副詞
やがて … そのまま
・また … 副詞
・定まり … ラ行四段活用の動詞「定まる」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

道々のものの上手のいみじきことなど、かたくななる人の、
様々な専門分野の名人のすばらしいことなどを、教養のない人で、
・道々 … 名詞
○道 … 学問・芸術などの専門分野
・の … 格助詞
・もの … 名詞
・の … 格助詞
・上手 … 名詞
・の … 格助詞
・いみじき … シク活用の形容詞「いみじ」の連体形
いみじ … すばらしい
・こと … 名詞
・など … 副助詞
・かたくななる … ナリ活用の形容動詞「かたくななり」の連体形
かたくななり … 教養がなく愚かである
・人 … 名詞
・の … 格助詞

その道知らぬは、そぞろに神のごとくに言へども、
その道を知らない人は、むやみに神のように言うが、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・道 … 名詞
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・は … 係助詞
・そぞろに … ナリ活用の形容動詞「そぞろなり」の連用形
そぞろなり … むやみやたらである
・神 … 名詞
・の … 格助詞
・ごとくに … 比況の助動詞「ごとくなり」の連用形
・言へ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の已然形
・ども … 接続助詞

道知れる人は、さらに信も起こさず。
道を知っている人は、まったく信用もしない。
・道 … 名詞
・知れ … ラ行四段活用の動詞「知る」の已然形
・る … 存続の助動詞「る」の連体形
・人 … 名詞
・は … 係助詞
・さらに … 副詞
さらに(~打消し) … まったく(~ない)
・信 … 名詞
・も … 係助詞
・起こさ … サ行四段活用の動詞「起こす」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

音に聞くと見る時とは、何事も変はるものなり。
うわさに聞くのと見るときとでは、何事も変わるものなのである。
・音 … 名詞
・に … 格助詞
・聞く … カ行四段活用の動詞「聞く」の連体形
○音に聞く … うわさを耳にする
・と … 格助詞
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・とき … 名詞
・と … 格助詞
・は … 係助詞
・何事 … 名詞
・も … 係助詞
・変はる … ラ行四段活用の動詞「変はる」の連体形
・もの … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

かつあらはるるをも顧みず、口にまかせて言ひ散らすは、
すぐにばれるのも気にかけず、口から出まかせに言い散らすことは、
・かつ … 副詞
かつ … すぐに
・あらはるる … ラ行下二段活用の動詞「あらはる」の連体形
○あらはる … 露見する
・を … 格助詞
・も … 係助詞
・顧み … マ行上一段活用の動詞「顧みる」の未然形
○顧みる … 心にかける
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・口 … 名詞
・に … 格助詞
・まかせ … サ行下二段活用の動詞「まかす」の連用形
・て … 接続助詞
・言ひ散らす … サ行四段活用の動詞「言ひ散らす」の連体形
・は … 係助詞

やがて浮きたることと聞こゆ。
すぐに根拠のないことだとわかる。
・やがて … 副詞
・浮き … カ行四段活用の動詞「浮く」の連用形
○浮く … 確かでない
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・こと … 名詞
・と … 格助詞
・聞こゆ … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の終止形
聞こゆ … 理解できる

また、我もまことしからずは思ひながら、人の言ひしままに、
また、自分も本当らしくないと思いながら、人が言ったとおりに、
・また … 接続詞
・我 … 代名詞
・も … 係助詞
・まことしから … シク活用の形容詞「まことし」の未然形
○まことし … 本当らしい
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・は … 係助詞
・思ひ … 行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・ながら … 接続助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・まま … 名詞
・に … 格助詞

鼻のほどおごめきて言ふは、その人の虚言にはあらず。
鼻のあたりをぴくぴくさせて言うのは、その人のうそではない。
・鼻 … 名詞
・の … 格助詞
・ほど … 名詞
・おごめき … カ行四段活用の動詞「おごめく」の連用形
○おごめく … ぴくぴく動く
・て … 接続助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・は … 係助詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・虚言 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・は … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

げにげにしく、ところどころうちおぼめき、
もっともらしく、ところどころをあいまいにし、
・げにげにしく … シク活用の景況詞「げにげにし」の連用形
○げにげにし … もっともらしい
・ところどころ … 名詞
・うちおぼめき … カ行四段活用の動詞「うちおぼめく」の連用形
○おぼめく … ぼんやりさせる

よく知らぬよしして、さりながら、
よく知らないふりをして、しかしながら、
・よく … 副詞
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・ぬ … 打消しの助動詞「ず」の連体形
・よし … 名詞
よし … そぶり
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・さりながら … 接続詞

つまづま合はせて語る虚言は、 恐しきことなり。
はしばしを合わせて語るうそは、恐ろしいことである。
・つまづま … 名詞
○つまづま … 物事のはしばし
・合はせ … サ行下二段活用の動詞「合はす」の連用形
・て … 接続助詞
・語る … ラ行四段活用の動詞「語る」の連体形
・虚言 … 名詞
・は … 係助詞
・恐ろしき … シク活用の形容詞「恐ろし」の連体形
・こと … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

我がため面目あるやうに言はれぬる虚言は、人いたくあらがはず。
自分にとって名誉になるように言われたうそは、人はそれほど論争しない。
・我 … 代名詞
・が … 格助詞
・ため … 名詞
・面目 … 名詞
○面目 … 名誉
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・やうに … 比況の助動詞「やうなり」の連用形
・言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・ぬる … 完了の助動詞「ぬ」の連体形
・虚言 … 名詞
・は … 係助詞
・人 … 名詞
・いたく … 副詞
いたく(~打消) … それほど(~ない)
・あらがは … ハ行四段活用の動詞「あらがふ」の未然形
○あらがふ … 言い争いをする
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

みな人の興ずる虚言は、
その場にいる人がみな面白がっているうそは、
・みな人 … 名詞
○みな人 … その場にいる人みんな
・の … 格助詞
・興ずる … サ行変格活用の動詞「興ず」の連体形
・虚言 … 名詞
・は … 係助詞

ひとり、「さもなかりしものを。」と言はんもせんなくて、
ひとり、「そうではなかったのに。」と言っても仕方がなくて、
・ひとり … 名詞
・さ … 副詞
・も … 係助詞
・なかり … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・ものを … 終助詞
・と … 格助詞
・言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
・も … 係助詞
・せんなく … ク活用の形容詞「せんなし」の連用形
○せんなし … 無益である
・て … 接続助詞

聞きゐたるほどに、証人にさへなされて、
じっと聞いているうちに、証人にまでされて、
・聞きゐ … ワ行上一段活用の動詞「聞きゐる」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・証人 … 名詞
・に … 格助詞
・さへ … 副助詞
・なさ … サ行四段活用の動詞「なす」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・て … 接続助詞

いとど定まりぬべし。
ますます定着してしまうに違いない。
・いとど … 副詞
いとど … ますます
・定まり … ラ行四段活用の動詞「定まる」の連用形
・ぬ … 強意の助動詞「ぬ」の終止形
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形

とにもかくにも、虚言多き世なり。
なんにしても、うその多い世の中である。
・とにもかくにも … 副詞
○とにもかくにも … いずれにしても
・虚言 … 名詞
・多き … ク活用の形容詞「多し」の連体形
・世 … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

ただ、常にある珍らしからぬことのままに心得たらん、
ただ、ありふれた珍しくもないことのとおりに承知していたならば、
・ただ … 副詞
・常 … 名詞
・に … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・珍しから … シク活用の形容詞「珍し」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・こと … 名詞
・の … 格助詞
・まま … 名詞
・に … 格助詞
・心得 … ア行下二段活用の動詞「心得」の連用形
○心得 … 承知する
・たら … 存続の助動詞「たり」の未然形
・ん … 仮定の助動詞「ん」の連体形

よろづ違ふべからず。
何事においても間違いないだろう。
・よろづ … 副詞
・違(たが)ふ … ハ行四段活用の動詞「違ふ」の終止形
・べから … 当然の助動詞「べし」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

下ざまの人の物語は、耳驚くことのみあり。
身分の低い階層の人の話は、聞いて驚くようなことばかりである。
・下(しも)ざま … 名詞
○下ざま … 身分の低い階層
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・物語 … 名詞
・は … 係助詞
・耳 … 名詞
・驚く … カ行四段活用の動詞「驚く」の連体形
○耳驚く … 聞いてびっくりする
・こと … 名詞
・のみ … 副助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形

よき人はあやしきことを語らず。
教養のある人は不思議なことを語らない。
・よき … ク活用の形容詞「よし」の連体形
よし … 身分が高く教養のある
・人 … 名詞
・は … 係助詞
・あやしき … シク活用の形容詞「あやし」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・語ら … ラ行四段活用の動詞「語る」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

かくは言へど、仏神の奇特、権者の伝記、
こうは言っても、仏や神の霊験、仏の化身といわれる高僧の伝記は、
・かく … 副詞
・は … 係助詞
・言へ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の已然形
・ど … 接続助詞
・仏神(ぶつじん) … 名詞
・の … 格助詞
・奇特(きどく) … 名詞
○奇特 … 霊験
・権者(ごんじや) … 名詞
○権者 … 仏や菩薩が仮に人の姿になったもの
・の … 格助詞
・伝記 … 名詞

さのみ信ぜざるべきにもあらず。
それほど信じないのがいいというものでもない。
・さ … 副詞
・のみ … 副助詞
○さのみ(~打消) … たいして(~ない)
・信ぜ … サ行変格活用の動詞「信ず」の未然形
・ざる … 打消の助動詞「ず」の連体形
・べき … 適当の助動詞「べし」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

これは、世俗の虚言をねんごろに信じたるもをこがましく、
これは、俗世間のうそをまじめに信じているのもばかげているし、
・これ … 代名詞
・は … 係助詞
・世俗 … 名詞
・の … 格助詞
・虚言 … 名詞
・を … 格助詞
・ねんごろに … ナリ活用の形容動詞「ねんごろなり」の連用形
ねんごろなり … 信じきっているさま
・信じ … サ行変格活用の動詞「信ず」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・も … 係助詞
・をこがましく … シク活用の形容詞「をこがまし」の連用形
○をこがまし … ばかげている

「よもあらじ。」など言ふもせんなければ、
「まさかそんなことはないだろう。」などと言っても仕方がないので、
・よも … 副詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・じ … 打消推量の助動詞「じ」の終止形
・など … 副助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・も … 係助詞
・せんなけれ … ク活用の形容詞「せんなし」の已然形
・ば … 接続助詞

おほかたはまことしくあひしらひて、
だいたい本当のこととして取り扱って、
・おほかた … 副詞
・は … 係助詞
・まことしく … シク活用の形容詞「まことし」の連用形
・あひしらひ … ハ行四段活用の動詞「あひしらふ」の連用形
○あひしらふ … 応対する
・て … 接続助詞

ひとへに信ぜず、また、疑ひ嘲るべからず。
いちずに信じずに、また、疑って嘲笑しないほうがいい。
・ひとへに … 副詞
○ひとへに … ひたすら
・信ぜ … サ行変格活用の動詞「信ず」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・また … 接続詞
・疑ひ … ハ行四段活用の動詞「疑ふ」の連用形
・あざける … ラ行四段活用の動詞「あざける」の終止形
○あざける … ばかにして笑う
・べから … 適当の助動詞「べし」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

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