をりふしの移り変はるこそ

をりふしの移り変はるこそ、ものごとにあはれなれ。
季節の移り変わるのこそ、ものそれぞれに情趣が深い。
・をりふし … 名詞
○をりふし … 季節
・の … 格助詞
・移り変はる … ラ行四段活用の動詞「移り変はる」の連体形
こそ(係助詞・強調)
・ものごと … 名詞
・に … 格助詞
・あはれなれ … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の已然形(結び)
あはれなり … しみじみと趣が深い

「もののあはれは秋こそまされ。」と、
「しみじみとした情趣は秋がまさっている。」と、
・もののあはれ … 名詞
もののあはれ … しみじみとした深い感動
・は … 係助詞
・秋 … 名詞
こそ(係助詞・強調)
・まされ … ラ行四段活用の動詞「まさる」の已然形(結び)
・と … 格助詞

人ごとに言ふめれど、それもさるものにて、
人はだれでも言うようだが、それも一応もっともなことで、
・人ごと … 名詞
・に … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形
・めれ … 推定の助動詞「めり」の已然形
・ど … 接続助詞
・それ … 代名詞
・も … 係助詞
・さる … ラ行変格活用の動詞「さり」の連体形
・もの … 名詞
○さるもの … もっともなこと
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞

いまひときは心も浮きたつものは、春の気色にこそあめれ。
さらに一段と心も浮き浮きするものは、春の景色であるようだ。
・いま … 副詞
・ひときは … 副詞
・心 … 名詞
・も … 係助詞
・浮きたつ … タ行四段活用の動詞「浮きたつ」の連体形
・もの … 名詞
・は … 係助詞
・春 … 名詞
・の … 格助詞
・気色(けしき) … 名詞
気色 … 情景
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
こそ(係助詞・強調)
あるめれ⇒あんめれ⇒あめれ(音便・無表記)
・あ … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・めれ … 推定の助動詞「めり」の已然形

鳥の声などもことのほかに春めきて、のどやかなる日かげに、
鳥の声なども格段と春らしくなって、おだやかな日差しに、
・鳥 … 名詞
・の … 格助詞
・声 … 名詞
・など … 副助詞
・も … 係助詞
・ことのほかに … ナリ活用の形容動詞「ことのほかなり」の連用形
・春めき … カ行四段活用の動詞「春めく」の連用形
・て … 接続助詞
・のどやかなる … ナリ活用の形容動詞「のどやかなり」の連体形
・日かげ … 名詞
○日かげ … 日の光
・に … 格助詞

垣根の草萌え出づるころより、やや春深くかすみわたりて、
垣根の草が芽を出すころから、だんだん春も深まり一面にかすんで、
・垣根 … 名詞
・の … 格助詞
・草 … 名詞
・萌(も)え出(い)づる … 行下二段活用の動詞「萌え出づ」の連体形
・ころ … 名詞
・より … 格助詞
・やや … 副詞
・春 … 名詞
・深く … ク活用の形容詞「深し」の連用形
・かすみ … マ行四段活用の動詞「かすむ」の連用形
・わたり … ラ行四段活用の補助動詞「わたる」の連用形
・て … 接続助詞

花もやうやう気色だつほどこそあれ、
桜の花もしだいに咲き始めるころはよいのだが、
・花 … 名詞
・も … 係助詞
・やうやう … 副詞
やうやう … しだいに
・気色だつ … タ行四段活用の動詞「気色だつ」の連体形
○気色だつ … その様子があらわれる
・ほど … 名詞
こそ(係助詞・強調)
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形(結び)
こそあれ … ~であるが(逆接)

をりしも雨風うち続きて、心あわたたしく散り過ぎぬ。
ちょうど雨風が続いて、気ぜわしく散ってしまう。
・をり … 名詞
・し … 副助詞
・も … 係助詞
・雨風(あめかぜ) … 名詞
・うち続き … カ行四段活用の動詞「うち続く」の連用形
・て … 接続助詞
・心 … 名詞
・あわたたしく … シク活用の形容詞「あわたたし」の連用形
・散り過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「散り過ぐ」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

青葉になりゆくまで、よろづにただ心をのみぞ悩ます。
青葉になっていくまで、何事にもただ心ばかりを悩ませる。
・青葉 … 名詞
・に … 格助詞
・なりゆく … カ行四段活用の動詞「なりゆく」の連体形
・まで … 副助詞
・よろづに … 副詞
・ただ … 副詞
・心 … 名詞
・を … 格助詞
・のみ … 副助詞
ぞ(係助詞・強調)
・悩ます … サ行四段活用の動詞「悩ます」の連体形(結び)

花橘は名にこそ負へれ、なほ、梅のにほひにぞ、
橘の花は有名だが、やはり、梅の香りには、
・花橘(はなたちばな) … 名詞
・は … 係助詞
・名 … 名詞
・に … 格助詞
こそ(係助詞・強調)
・負へ … ハ行四段活用の動詞「負ふ」の命令形
・れ … 存続の助動詞「り」の已然形(結び)
・なほ … 副詞
なほ … やはり
・梅 … 名詞
・の … 格助詞
・にほひ … 名詞
・に … 格助詞
ぞ(係助詞・強調)

いにしへのことも立ち返り恋しう思ひ出でらるる。
昔のことも当時に戻って恋しく思い出される。
・いにしへ … 名詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・も … 係助詞
・立ち返り … ラ行四段活用の動詞「立ち返る」の連用形
・恋しう … シク活用の形容詞「恋し」の連用形(音便)
・思ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「思ひ出づ」の連用形
・らるる … 自発の助動詞「らる」の連体形(結び)

山吹の清げに、藤のおぼつかなきさましたる、
山吹の花がすっきり美しく、藤の花がはっきりしない様子をしているなど、
・山吹(やまぶき) … 名詞
・の … 格助詞
・清げに … ナリ活用の形容動詞「清げなり」の連用形
清げなり … 清潔で美しい
・藤 … 名詞
・の … 格助詞
・おぼつかなき … ク活用の形容詞「おぼつかなし」の連体形
おぼつかなし … ぼんやりしている
・さま … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形

すべて、思ひ捨てがたきこと多し。
すべて、そのまま見過ごしにくいものが多い。
・すべて … 副詞
・思ひ捨てがたき … ク活用の形容詞「思ひ捨てがたし」の連体形
・こと … 名詞
・多し … ク活用の形容詞「多し」の終止形

「灌仏のころ、祭りのころ、若葉の、梢涼しげに茂りゆくほどこそ、
「灌仏会のころ、葵祭りのころ、若葉の梢が涼しげに茂っていくころ、
・灌仏(かんぶつ) … 名詞
○灌仏 … 灌仏会
・の … 格助詞
・ころ … 名詞
・祭り … 名詞
○祭り … 葵祭り
・の … 格助詞
・ころ … 名詞
・若葉 … 名詞
・の … 格助詞
・梢(こずえ) … 名詞
・涼しげに … ナリ活用の形容動詞「涼しげなり」の連用形
・茂りゆく … カ行四段活用の動詞「茂りゆく」の連体形
・ほど … 名詞
こそ(係助詞・強調)

世のあはれも、人の恋しさもまされ。」と
世の中のしみじみとした情趣も、人の恋しさもいっそう深まる。」と
・世 … 名詞
・の … 格助詞
・あはれ … 名詞
・も … 係助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・恋しさ … 名詞
・も … 係助詞
・まされ … ラ行四段活用の動詞「まさる」の已然形(結び)
・と … 格助詞

人の仰せられしこそ、げにさるものなれ。
ある人がおっしゃったのは、まさにそのとおりだ。
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
こそ(係助詞・強調)
・げに … 副詞
・さる … ラ行変格活用の動詞「さり」の連体形
・もの … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形(結び)

五月、あやめふくころ、早苗とるころ、
五月、軒に菖蒲の葉をさすころ、苗代から苗を田に移し植えるころ、
・五月(さつき) … 名詞
・あやめ … 名詞
・ふく … カ行四段活用の動詞「ふく」の連体形
○あやめふく … 軒に菖蒲の葉をさす
・ころ … 名詞
・早苗 … 名詞
・とる … ラ行四段活用の動詞「とる」の連体形
・ころ … 名詞

水鶏のたたくなど、心細からぬかは。
水鶏が戸をたたくように鳴くなど、心細くないだろうか。
・水鶏(くいな) … 名詞
・の … 格助詞
・たたく … カ行四段活用の動詞「たたく」の連体形
・など … 副助詞
・心細から … ク活用の形容詞「心細し」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・かは … 係助詞・反語

六月のころ、あやしき家に夕顔の白く見えて、
六月のころ、みすぼらしい家に夕顔が白く見えて、
・六月(みなずき) … 名詞
・の … 格助詞
・ころ … 名詞
・あやしき … シク活用の形容詞「あやし」の連体形
あやし … そまつで見苦しい
・家 … 名詞
・に … 格助詞
・夕顔 … 名詞
・の … 格助詞
・白く … ク活用の形容詞「白し」の連用形
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
・て … 接続助詞

蚊遣火ふすぶるもあはれなり。
蚊遣火がくすぶっているのも情趣が深い。
・蚊遣火(かやりび) … 名詞
・ふすぶる … ラ行四段活用の動詞「ふすぶる」の連体形
・も … 係助詞
・あはれなり … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の終止形

六月祓またをかし。七夕祭るこそなまめかしけれ。
六月禊もまたおもしろい。七夕を祭るのこそ優雅である。
・六月祓(みなづきばらえ) … 名詞
・また … 副詞
・をかし … シク活用の形容詞「をかし」の終止形
をかし … 興味深い
・七夕 … 名詞
・祭る … ラ行四段活用の動詞「祭る」の連体形
こそ(係助詞・強調)
・なまめかしけれ … シク活用の形容詞「なまめかし」の已然形(結び)
なまめかし … 優雅である

やうやう夜寒になるほど、雁鳴きて来るころ、
しだいに夜の寒さを強く感じるようになるころ、雁が鳴いて来るころ、
・やうやう … 副詞
・夜寒(よさむ) … 名詞
・に … 格助詞
・なる … ラ行四段活用の動詞「なる」の連体形
・ほど … 名詞
・雁(かり) … 名詞
・鳴き … カ行四段活用の動詞「鳴く」の連用形
・て … 接続助詞
・来る … カ行変格活用の動詞「来(く)」の連体形
・ころ … 名詞

萩の下葉色づくほど、早稲田刈り干すなど、
萩の下葉が色づくころ、早稲の田の稲を刈り取って干すなど、
・萩(はぎ) … 名詞
・の … 格助詞
・下葉(したば) … 名詞
・色づく … カ行四段活用の動詞「色づく」の連体形
・ほど … 名詞
・早稲田(わさだ) … 名詞
・刈り干す … サ行四段活用の動詞「刈り干す」の連体形
・など … 副助詞

取り集めたることは秋のみぞ多かる。
寄せ集めていることは秋だけが多い。
・取り集め … マ行下二段活用の動詞「取り集む」の連用形
○取り集む … 寄せ集める
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・こと … 名詞
・は … 係助詞
・秋 … 名詞
・のみ … 副助詞
ぞ(係助詞・強調)
・多かる … ク活用の形容詞「多し」の連体形(結び)

また、野分の朝こそをかしけれ。
また、台風の吹いた翌朝こそおもしろい。
・また … 接続詞
・野分(のわき) … 名詞
○野分 … 秋に吹く激しい風、台風
・の … 格助詞
・朝(あした) … 名詞
こそ(係助詞・強調)
・をかしけれ … シク活用の形容詞「をかし」の已然形(結び)

言ひ続くれば、
言い続けてくると、
・言ひ続くれ … カ行下二段活用の動詞「言ひ続く」の已然形
・ば … 接続助詞

みな「源氏物語」「枕草子」などにことふりにたれど、
みな「源氏物語」や「枕草子」などに言い古されてしまっていることだが、
・みな … 副詞
・源氏物語 … 名詞
・枕草子 … 名詞
・など … 副助詞
・に … 格助詞
・ことふり … ラ行上二段活用の動詞「ことふる」の連用形
○ことふる … 言い古される
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・たれ … 完了の助動詞「たり」の已然形
・ど … 接続助詞

同じこと、また今さらに言はじとにもあらず。
同じことを、また今になって言わないでおこうとするわけでもない。
・同じ … シク活用の形容詞「同じ」の連体形
・こと … 名詞
・また … 副詞
・今さらに … 副詞
・言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・じ … 打消意志の助動詞「じ」の終止形
・と … 格助詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

おぼしきこと言はぬは、腹ふくるるわざなれば、
心に思っていることを言わないのは、腹がふくれるような行いだから、
・おぼしき … シク活用の形容詞「おぼし」の連体形
・こと … 名詞
○おぼしきこと … 思っていること
・言は … 行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・は … 係助詞
・腹 … 名詞
・ふくるる … 行下二段活用の動詞「ふくる」の連体形
・わざ … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞

筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、
筆にまかせながら、つまらない慰み書きで、
・筆 … 名詞
・に … 格助詞
・まかせ … 行下二段活用の動詞「まかす」の連用形
・つつ … 接続助詞
・あぢきなき … ク活用の形容詞「あぢきなし」の連体形
あぢきなし … つまらない
・すさび … 名詞
○すさび … もてあそび
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞

かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず。
すぐに破り捨てるはずのものだから、人の見るはずのものでもない。
・かつ … 副詞
・破(や)り捨(す)つ … 行下二段活用の動詞「破り捨つ」の終止形
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・もの … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・見る … 行上一段活用の動詞「見る」の終止形
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

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