うつろひたる菊 (嘆きつつ・町の小路の女) 蜻蛉日記

 
○○○ うつろひたる菊・蜻蛉日記「正月ばかりに、二、三日〜」 ○○○
 
さて、九月ばかりになりて、出でにたるほどに、
さて、九月頃になって、出ていったときに、
・さて … 接続詞
・九月 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・て … 接続助詞
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞

箱のあるを手まさぐりに開けて見れば、
文箱があるのを手なぐさみに開けて見ると、
・箱 … 名詞
○箱 … 文箱
・の … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・を … 格助詞
・手まさぐり … 名詞
○手まさぐり … 手先でもてあそぶこと
・に … 格助詞
・開け … カ行下二段活用の動詞「開く」の連用形
・て … 接続助詞
・見れ … マ行上一段活用の動詞「見る」の已然形
・ば … 接続助詞

人のもとにやらむとしける文あり。
ほかの女のもとに送ろうとした手紙がある。
・人 … 名詞
○人 … ほかの人
・の … 格助詞
・もと … 名詞
・に … 格助詞
・やら … ラ行四段活用の動詞「やる」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・文 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形

あさましさに、見てけりとだに知られむと思ひて、書きつく。
驚きあきれて、見てしまったということだけでも知られようと思って、書きつける。
・あさましさ … 名詞
あさまし … あきれて興ざめだ
・に … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 完了の助動詞「つ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
・と … 格助詞
・だに … 副助詞
だに … せめて〜だけでも
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・書きつく … 行下二段活用の動詞「書きつく」の終止形

  疑はしほかに渡せるふみ見れば
  疑わしいことです。ほかの女に与える手紙を見ますと、
  ・疑はし … シク活用の形容詞「疑はし」の終止形
  ・ほか … 名詞
  ・に … 格助詞
  ・渡せ … サ行四段活用の動詞「渡す」の已然形
  ○渡す … 授け与える
  ・る … 完了の助動詞「り」の連体形
  ・ふみ … 名詞
  ・見れ … マ行上一段活用の動詞「見る」の已然形
  ・ば … 接続助詞

  ここやとだえにならむとすらむ
  ここにおいでになるのは途絶えようとしているのでしょうか。
  ・ここ … 代名詞
  ・や … 係助詞・疑問
  ・とだえ … 名詞
  ・に … 格助詞
  ・なら … ラ行四段活用の動詞「なる」の未然形
  ・む … 推量の助動詞「む」の終止形
  ・と … 格助詞
  ・す … サ行変格活用の動詞「す」の終止形
  ・らむ … 現在推量の助動詞「らむ」の連体形(結び)

など思ふほどに、むべなう、十月つごもりがたに、
などと思っているうちに、案の定、十月の末頃に、
・など … 副助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・むべなう … ク活用の形容詞「むべなし」の連用形(音便)
○むべなく … 思ったとおり、案の定
・十月 … 名詞
・つごもりがた … 名詞
○つごもりがた … 月末の頃
・に … 格助詞

三夜しきりて見えぬ時あり。つれなうて、
三夜続けて来ない時がある。平然として、
・三夜 … 名詞
・しきり … ラ行四段活用の動詞「しきる」の連用形
○しきる … 何度も繰り返す
・て … 接続助詞
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の未然形
見ゆ … 来る
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・とき … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形
・つれなう … ク活用の形容詞「つれなし」の連用形
つれなし … そ知らぬふうである
・て … 接続助詞

「しばし試みるほどに。」など、気色あり。
「しばらく(あなたの気持ちを)試しているうちに。」などと、思わせぶりなことを言う。
・しばし … 副詞
○しばし … しばらく
・試みる … マ行上一段活用の動詞「試みる」の連体形
○試みる … 試してみる
・ほど … 名詞
ほど … (〜している)うち
・に … 格助詞
・など … 副助詞
・気色 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形
気色あり … 怪しげである

これより、夕さりつかた、「内裏にのがるまじかりけり。」とて
私の家から、夕方、「宮中に行かざるを得ないのだったよ。」と言って
・これ … 代名詞
これ … 話し手のいる場所
・より … 格助詞
・夕さりつかた … 名詞
○夕さりつかた … 夕方の頃
・内裏 … 名詞
・に … 格助詞
・のがる … ラ行下二段活用の動詞「のがる」の終止形
・まじかり … 不可能の助動詞「まじ」の連用形
・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の連用形
・とて … 格助詞

出づるに、心得で、人をつけて見すれば、
出かけるので、変に思って、召使いに後をつけさせて見させると、
・出づる … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連体形
・に … 接続助詞
・心得(え) … ア行下二段活用の動詞「心得(う)」の未然形
○心得 … 理解できる
・で … 接続助詞
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・つけ … カ行下二段活用の動詞「つく」の連用形
○つく … 後をつけさせる
・て … 接続助詞
・見すれ … サ行下二段活用の動詞「見す」の已然形
見す … 見させる
・ば … 接続助詞

「町の小路なるそこそこになむ、とまり給ひぬる。」とて来たり。
「町の小路のどこそこに、(車を)お止めになりました。」と言って帰ってきた。
・町の小路 … 名詞
・なる … 存在の助動詞「なり」の連体形
・そこそこ … 代名詞
・に … 格助詞
・なむ … 係助詞・強意
・とまり … ラ行四段活用の動詞「とまる」の連用形
○とまる … 動きがやむ
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
・ぬる … 完了の助動詞「ぬ」の連体形(結び)
・とて … 格助詞
・来(き) … カ行変格活用の動詞「来(く)」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形

さればよと、いみじう心憂しと思へども、
思ったとおりだと、ひどく情けないと思うけれども、
・され … ラ行変格活用の動詞「さり」の已然形
・ば … 接続助詞
・よ … 間投助詞
○さればよ … 思ったとおり、案の定
・と … 格助詞
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
いみじ … はなはだしい
・心憂し … ク活用の形容詞「心憂し」の終止形
心憂し … つらい、情けない
・と … 格助詞
・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の已然形
・ども … 接続助詞

言はむやうも知らであるほどに、
どう言ってよいかわからないでいるうちに、
・言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・やう … 名詞
○やう … 方法
・も … 係助詞
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・で … 接続助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞

二、三日ばかりありて、暁がたに門をたたくときあり。
二、三日ほどして、夜明け前の暗い頃に門をたたく時があった。
・二、三日 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・て … 接続助詞
・暁がた … 名詞
○暁がた … 夜明け前の暗い時分
・に … 格助詞
・門 … 名詞
・を … 格助詞
・たたく … カ行四段活用の動詞「たたく」の連体形
・とき … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形

さなめりと思ふに、憂くて、開けさせねば、
そうであるようだと思うが、気が進まなくて、(門を)開けさせないでいると、
・さ … 副詞
なるめり ⇒ なんめり(音便) ⇒ なめり(無表記)
・な … 断定の助動詞「なり」の連体形
・めり … 推定の助動詞「めり」の終止形
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・に … 接続助詞
・憂く … ク活用の形容詞「憂し」の連用形
憂し … 気が進まない
・て … 接続助詞
・開け … カ行下二段活用の動詞「開く」の未然形
・させ … 使役の助動詞「さす」の未然形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ば … 接続助詞

例の家とおぼしき所にものしたり。
例の家と思われる方に行ってしまった。
・例 … 名詞
・の … 格助詞
・家 … 名詞
・と … 格助詞
・おぼしき … シク活用の形容詞「おぼし」の連体形
○おぼし … 思われる
・所 … 名詞
・に … 格助詞
・ものし … サ行変格活用の動詞「ものす」の連用形
ものす … 行く
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形

つとめて、なほもあらじと思ひて、
翌朝、このままではおれまいと思って、
・つとめて … 名詞
つとめて … 翌朝
・なほ … 副詞
なほ … そのまま
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・じ … 打消意志の助動詞「じ」の終止形
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞

  嘆きつつひとり寝る夜のあくるまは
  嘆き続けてひとり寝る夜が明けるまでの間は、
  ・嘆き … カ行四段活用の動詞「嘆く」の連用形
  ・つつ … 接続助詞
  ○つつ … 動作の継続を表す、〜続けて
  ・ひとり … 名詞
  ・寝(ぬ)る … ナ行下二段活用の動詞「寝(ぬ)」の連体形
  ・夜 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・あくる … カ行下二段活用の動詞「あく」の連体形
  ○あく … 夜が明ける
  ・ま … 名詞
  ・は … 係助詞

  いかに久しきものとかは知る
  どれほど長いものか、ご存知ですか。
  ・いかに … 副詞
  ・久しき … シク活用の形容詞「久し」の連体形
  ○久し … 時間が長い
  ・もの … 名詞
  ・と … 格助詞
  ・かは … 係助詞・疑問
  ・知る … ラ行四段活用の動詞「知る」の連体形

と、例よりはひきつくろひて書きて、うつろひたる菊にさしたり。
と、いつもよりは改まって書いて、色のあせ始めた菊にさし(て贈っ)た。
・と … 格助詞
・例 … 名詞
○例 … ふだん
・より … 格助詞
・は … 係助詞
・ひきつくろひ … ハ行四段活用の動詞「ひきつくろふ」の連用形
○ひきつくろふ … 体裁を整える
・て … 接続助詞
・書き … 行四段活用の動詞「書く」の連用形
・て … 接続助詞
・うつろひ … ハ行四段活用の動詞「うつろふ」の連用形
○うつろふ … 美しい色がなくなる
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・菊 … 名詞
・に … 格助詞
・さし … サ行四段活用の動詞「さす」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形

返り事、「あくるまでも試みむとしつれど、
返事は、「夜が明けるまで(門が開くのを)待ってみようと思ったけれど、
・返り事 … 名詞
・あくる … カ行下二段活用の動詞「あく」の連体形
・まで … 副助詞
・も … 係助詞
・試み … マ行上一段活用の動詞「試みる」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・つれ … 完了の助動詞「つ」の已然形
・ど … 接続助詞

とみなる召使の来合ひたりつればなむ。
急用の下級役人が来合わせてしまったので。
・とみなる … ナリ活用の形容動詞「とみなり」の連体形
○とみなり … 急なようす
・召使 … 名詞
○召使 … 下級役人
・の … 格助詞
・来合ひ … ハ行四段活用の動詞「来合ふ」の連用形
○来合ふ … 来合わせる
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・つれ … 完了の助動詞「つ」の已然形
・ば … 接続助詞
・なむ … 係助詞

いとことわりなりつるは。
(お腹立ちは)まことにもっともなことだよ。
・いと … 副詞
・ことわりなり … ナリ活用の形容動詞「ことわりなり」の連用形
ことわりなり … 当然である
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・は … 終助詞・詠嘆

  げにやげに冬の夜ならぬ真木の戸も
  本当に本当に(冬の夜はなかなか明けないが)冬の夜ではない真木の戸も
  ・げに … 副詞
  ・や … 間投助詞
  ・げに … 副詞
  ○げに … なるほど、本当に
  ・冬 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・夜 … 名詞
  ・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
  ・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
  ・真木 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・戸 … 名詞
  ・も … 係助詞

  おそくあくるはわびしかりけり」
  (すぐにではなく)遅く開けるのはせつないものだなあ。
  ・おそく … ク活用の形容詞「おそし」の連用形
  ・あくる … カ行下二段活用の動詞「あく」の連体形
  ・は … 係助詞
  ・わびしかり … シク活用の形容詞「わびし」の連用形
  ○わびし … つらく苦しい、せつない
  ・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形

さても、いとあやしかりつるほどに、事なしびたる。
それにしても、ひどく(どういう気持ちか)不審に思ったほどに、素知らぬ顔をしている。
・さても … 接続詞
・いと … 副詞
・あやしかり … シク活用の形容詞「あやし」の連用形
あやし … 理解できない
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・ことなしび … バ行上二段活用の動詞「ことなしぶ」の連用形
○ことなしぶ … 何もなかったように振る舞う
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形

しばしは、忍びたるさまに、「内裏に。」など言ひつつぞあるべきを、
しばらくは、目立たないように、「宮中に。」などと言い続けているべきなのに、
・しばし … 副詞
・は … 係助詞
・忍び … バ行四段活用の動詞「忍ぶ」の連用形
忍ぶ … 人目につかないようにする
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・さま … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・内裏 … 名詞
・に … 格助詞
・など … 副助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・つつ … 接続助詞
・ぞ … 係助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・を … 接続助詞

いとどしう心づきなく思ふことぞ、限りなきや。
いっそう不愉快に思うことが、この上ないことだよ。
・いとどしう … シク活用の形容詞「いとどし」の連用形(音便)
○いとどし … いっそう〜だ
・心づきなく … ク活用の形容詞「心づきなし」の連用形
心づきなし … 気にくわない、不愉快だ
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・こと … 名詞
・ぞ … 係助詞・強意
・限りなき … ク活用の形容動詞「限りなし」の連体形(結び)
○限りなし〜この上ない
・や … 間投助詞・詠嘆

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