ある人、弓射ることを習ふに・徒然草

ある人、弓射ることを習ふに、諸矢をたばさみて的に向かふ。
ある人が、弓を射ることを習う時に、二本の矢を手に挟み持って的に向かう。
・ある … 連体詞
・人 … 名詞
・弓 … 名詞
・射る … ヤ行上一段活用の動詞「射る」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・習ふ … ハ行四段活用の動詞「習ふ」の連体形
・に … 格助詞
・諸矢(もろや) … 名詞
・を … 格助詞
・たばさみ … マ行四段活用の動詞「たばさむ」の連用形
○たばさむ … 手にはさんで持つ
・て … 接続助詞
・的 … 名詞
・に … 格助詞
・向かふ … ハ行四段活用の動詞「向かふ」の終止形

師のいはく、「初心の人、二つの矢を持つことなかれ。
先生が言うことには、「初心の者は、二本の矢を持ってはいけない。
・師 … 名詞
・の … 格助詞
・いは … ハ行四段活用の動詞「いふ」の未然形
・く … 接尾語
・初心 … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・二つ … 名詞
・の … 格助詞
・矢 … 名詞
・を … 格助詞
・持つ … タ行四段活用の動詞「持つ」の連体形
・こと … 名詞
・なかれ … ク活用の形容詞「なし」の命令形

のちの矢を頼みて、初めの矢になほざりの心あり。
あとの矢をあてにして、初めの矢をおろそかに思う気持ちが生じる。
・のち … 名詞
・の … 格助詞
・矢 … 名詞
・を … 格助詞
・頼み … マ行四段活用の動詞「頼む」の連用形
頼む … あてにする
・て … 接続助詞
・初め … 名詞
・の … 格助詞
・矢 … 名詞
・に … 格助詞
・なほざり … ク活用の形容動詞「なほざりなり」の語幹
・なほざりなり … いいかげんである
・の … 格助詞
・心 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形

毎度ただ得失なく、
矢を射るたびごとにただ当たり外れを考えずに、
・毎度 … 名詞
・ただ … 副詞
・得失 … 名詞
○得失 … 成功と失敗
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形

この一矢に定むべしと思へ。」と言ふ。
この一本の矢で決めようと思え。」と言う。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・一矢(ひとや) … 名詞
・に … 格助詞
・定む … マ行下二段活用の動詞「定む」の終止形
○定む … 決める
・べし … 意志の助動詞「べし」の終止形
・と … 格助詞
・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の命令形
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形

わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろかにせんと思はんや。
たった二本の矢、先生の前で一本をおろそかにしようと思うだろうか。
・わづかに … ナリ活用の形容動詞「わづかなり」の連用形
・二つ … 名詞
・の … 格助詞
・矢 … 名詞
・師 … 名詞
・の … 格助詞
・前 … 名詞
・にて … 格助詞
・一つ … 名詞
・を … 格助詞
・おろかに … ナリ活用の形容動詞「おろかなり」の連用形
おろかなり … おろそかである
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・思は … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の未然形
・ん … 推量の助動詞「ん」の終止形
・や … 係助詞・反語

懈怠の心、自ら知らずといへども、師これを知る。
なまけ怠る心は、自分では気づかないけれども、先生はそれを知っている。
・懈怠(けだい) … 名詞
○懈怠 … なまけること、おこたること
・の … 格助詞
・心 … 名詞
・自ら … 副詞
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
・と … 格助詞
・いへ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の已然形
・ども … 接続助詞
・師 … 名詞
・これ … 代名詞
・を … 格助詞
・知る … ラ行四段活用の動詞「知る」の終止形

この戒め、万事にわたるべし。
この戒めは、すべてのことに通用するだろう。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・戒め … 名詞
・万事 … 名詞
・に … 格助詞
・わたる … ラ行四段活用の動詞「わたる」の終止形
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形

道を学する人、夕べには朝あらんことを思ひ、
仏道を修行する人は、夕方には翌朝のあることを思い、
・道 … 名詞
・を … 格助詞
・学(がく)する … サ行変格活用の動詞「学す」の連体形
○学す … 修行する
・人 … 名詞
・夕べ … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・朝(あした) … 名詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形

朝には夕べあらんことを思ひて、重ねてねんごろに修せんことを期す。
朝には夕方があることを思って、もう一度丁寧に修行しようと予定する。
・朝 … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・夕べ … 名詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・重ねて … 副詞
・ねんごろに … ナリ活用の形容動詞「ねんごろなり」の連用形
ねんごろなり … 丁寧である
・修(しゆ)せ … サ行変格活用の動詞「修す」の未然形
○修す … 修行する
・ん … 意志の助動詞「ん」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・期(ご)す … サ行変格活用の動詞「期す」の終止形
○期す … 予定する

いはんや一刹那のうちにおいて、懈怠の心あることを知らんや。
ましてほんの一瞬のうちに、なまけ怠る心のあることに気づくだろうか。
・いはんや … 副詞
○いはんや … まして
・一刹那(いつせつな) … 名詞
・の … 格助詞
・うち … 名詞
・において … 連語
・懈怠 … 名詞
・の … 格助詞
・心 … 名詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・ん … 推量の助動詞「ん」の終止形
・や … 係助詞・反語

なんぞ、ただ今の一念において、
なんとまあ、現在のほんの一瞬において、
・なんぞ … 副詞
○なんぞ … どうして
・ただ今 … 名詞
・の … 格助詞
・一念 … 名詞
○一念 … 一瞬間
・において … 連語

ただちにすることのはなはだ難き。
ただちに実行することがひどく難しいことか。
・ただちに … 副詞
・する … サ行変格活用の動詞「す」の連体形
・こと … 名詞
・の … 格助詞
・はなはだ … 副詞
・難き … ク活用の形容詞「難し」の連体形

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