「いとをかしうあわれに侍りしことは、
「たいへん興味深くしみじみと趣深くございましたことは、
・いと … 副詞
・をかしう … シク活用の形容詞「をかし」の連用形
〇をかし … を興味深い
・あわれに … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形
〇あわれなり … をしみじみとした情趣がある
・侍(はべ)り … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連用形
〇侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 繁樹から聞き手への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・こと … 名詞
・は … 係助詞
この天暦の御時に、清涼殿の御前の梅の木の枯れたりしかば、
この天暦(村上天皇)の御時に、清涼殿の御前の梅の木が枯れてしまったので、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・天暦(てんりやく) … 名詞
・の … 格助詞
・御時 … 名詞
・に … 格助詞
・清涼殿(せいりようでん) … 名詞
・の … 格助詞
・御前(おまえ) … 名詞
・の … 格助詞
・梅 … 名詞
・の … 格助詞
・木 … 名詞
・の … 格助詞
・枯れ … ラ行下二段活用の動詞「枯る」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形
・ば … 接続助詞
求めさせ給ひしに、なにがしぬしの蔵人にていますがりし時、
(代わりの木を)探させなさったところ、だれだれ殿が蔵人でいらっしゃった時、
・求め … 行下二段活用の動詞「求む」の未然形
〇求む … 探し求める
・させ … 使役の助動詞「さす」の連用形
・給(たま)ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
〇給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 繁樹から村上天皇への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・に … 接続助詞
・なにがしぬし … 名詞
〇なにがしぬし … だれだれ殿
・の … 格助詞
・蔵人(くろうど) … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・いますがり … ラ行変格活用の動詞「いますがり」の連用形
〇いますがり … 「あり」の尊敬語 ⇒ 繁樹から村上天皇への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・時 … 名詞
承りて、『若き者どもはえ見知らじ。
(勅命を)お受けして、『若い者たちは見てわからないだろう。
・承り … ラ行四段活用の動詞「承る」の連用形
〇承る … 「受く」の謙譲語 ⇒ 繁樹から村上天皇への敬意
・て … 接続助詞
・若き … ク活用の形容詞「若し」の連体形
・者ども … 名詞
・は … 係助詞
・え … 副副助詞詞
・見知ら … ラ行四段活用の動詞「見知る」の未然形
〇見知る … 見てわかる
・じ … 打消推量の助動詞「じ」の終止形
〇「え見知らじ」とは、どのようなことを言っているのか。 ⇒ 梅の木の良し悪しを判別できないだろうということ。
きむぢ求めよ。』とのたまひしかば、
おまえが探し求めよ。』とおっしゃったので、
・きむぢ … 代名詞
〇きむぢ … おまえ
・求めよ … マ行下二段活用の動詞「求む」の命令形
・と … 格助詞
・のたまひ … ハ行四段活用の動詞「のたまふ」の連用形
〇のたまふ … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 繁樹からだれだれ殿への敬意
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形
・ば … 接続助詞
一京まかり歩きしかども、侍らざりしに、西の京のそこそこなる家に、
京中歩き回ったけれども、ありませんでしたが、西の京のどこそこにある家に、
・一京(ひときよう) … 名詞
〇一京 … 京中
・まかり歩(あり)き … カ行四段活用の動詞「まかり歩く」の連用形
〇まかり歩く … 歩き回る
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形
・ども … 接続助詞
・侍ら … ラ行変格活用の動詞「侍り」の未然形
〇侍り … 「あり」の丁寧語 ⇒ 繁樹から聞き手への敬意
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・に … 接続助詞
・西 … 名詞
・の … 格助詞
・京 … 名詞
・の … 格助詞
・そこそこ … 代名詞
〇そこそこ … どこそこ
・なる … 存在の助動詞「なり」の連体形
・家 … 名詞
・に … 格助詞
色濃く咲きたる木の、様体うつくしきが侍りしを、堀り取りしかば、
色濃く咲いている木で、姿がきれいなのがありましたので、掘り取ったところ、
・色 … 名詞
・濃く … ク活用の形容詞「濃し」の連用形
・咲き … カ行四段活用の動詞「咲く」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・木 … 名詞
・の … 格助詞
・様体(ようだい) … 名詞
〇様体 … 姿
・うつくしき … シク活用の形容詞「うつくし」の連体形
〇うつくし … きれいである
・が … 格助詞
・侍り … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連用形
〇侍り … 「あり」の丁寧語 ⇒ 繁樹から聞き手への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・を … 格助詞
・堀り取り … ラ行四段活用の動詞「掘り取る」の連用形
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形
・ば … 接続助詞
家あるじの、『木にこれを結ひ付けて持て参れ。』と
家の主人が、『木にこれを結び付けて(宮中に)持って参上せよ。』と
・家あるじ … 名詞
・の … 格助詞
・木 … 名詞
・に … 格助詞
・これ … 代名詞
・を … 格助詞
・結(ゆ)ひ付け … カ行下二段活用の動詞「結ひ付く」の連用形
・て … 接続助詞
・持て参れ … ラ行四段活用の動詞「持て参る」の命令形
〇持て参る … 持って参上する(謙譲語) ⇒ 家あるじから村上天皇への敬意
・と … 格助詞
言はせ給ひしかば、
(召使いに)言わせなさったので、
・言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・せ … 使役の助動詞「す」の連用形
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
〇給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 繁樹から家あるじへの敬意
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形
・ば … 接続助詞
あるやうこそはとて、持て参りて候ひしを、
何かわけがあるのだろうと思って、持って参上いたしましたところ、
・ある … 行変格活用の動詞「あり」の連体形
・やう … 名詞
・こそ … 係助詞
・は … 係助詞
〇あるやうこそは … 何かわけがあるのだろう
・とて … 格助詞
・持て参り … ラ行四段活用の動詞「持て参る」の連用形
〇持て参る … 持って参上する(謙譲語) ⇒ 繁樹から村上天皇への敬意
・て … 接続助詞
・候(さぶら)ひ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連用形
〇候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 繁樹から村上天皇への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・を … 接続助詞
『何ぞ。』とて御覧じければ、女の手にて書きて侍りける。
(帝が)『何だ。』とおっしゃってご覧になったところ、女の筆跡で書いてありました(歌)。
・何 … 代名詞
・ぞ … 終助詞
・とて … 格助詞
・御覧じ … サ行変格活用の動詞「御覧ず」の連用形
〇御覧ず … 「見る」の尊敬語 ⇒ 繁樹から村上天皇への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・女 … 名詞
・の … 格助詞
・手 … 名詞
〇手 … 筆跡
・にて … 格助詞
・書き … カ行四段活用の動詞「書く」の連用形
・て … 接続助詞
・侍り … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連用形
〇侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 繁樹から聞き手への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
勅なればいともかしこし
天皇の命令ですから非常に恐れ多い(ので、梅の木は差し上げます)。
・勅(ちよく) … 名詞
〇勅 … 天皇の命令
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞
・いと … 副詞
・も … 係助詞
・かしこし … ク活用の形容詞「かしこし」の終止形
〇かしこし … 恐れ多い
鶯の宿はと問はばいかが答へむ
もし鶯が宿はどうなったのかと尋ねましたら、どう答えましょうか。
・鶯(うぐいす) … 名詞
・の … 格助詞
・宿 … 名詞
・は … 係助詞
・と … 格助詞
・問は … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の未然形
・ば … 接続助詞
・いかが … 副詞
・答へ … ハ行下二段活用の動詞「答ふ」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の連体形
とありけるに、あやしく思し召して、
とあったので、不思議にお思いになって、
・と … 格助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞
・あやしく … シク活用の形容詞「あやし」の連用形
〇あやし … 不思議である
・思し召し … サ行四段活用の動詞「思し召す」の連用形
〇思し召す … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 繁樹から村上天皇への敬意
・て … 接続助詞
『何者の家ぞ。』と尋ねさせ給ひければ、
『何者の家か。』と調べさせなさったところ、
・何者 … 名詞
・の … 格助詞
・家 … 名詞
・ぞ … 終助詞
・と … 格助詞
・尋ね … ナ行下二段活用の動詞「尋ぬ」の未然形
〇尋ぬ … 事情を調べて明らかにする
・させ … 尊敬の助動詞「さす」の連用形 ⇒ 繁樹から村上天皇への敬意
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
〇給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 繁樹から村上天皇への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
貫之のぬしの御女の住む所なりけり。
貫之どのの御娘の住む所だったのだ。
・貫之(つらゆき) … 名詞
・の … 格助詞
・ぬし … 名詞
〇貫之のぬし … 貫之どの
・の … 格助詞
・御女(みむすめ) … 名詞
・の … 格助詞
・住む … マ行四段活用の動詞「住む」の連体形
・所 … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形
『遺恨のわざをもしたりけるかな。』とて、あまえおはしましける。
『残念なことをしてしまったなあ。』と言って、きまり悪がっていらっしゃった。
・遺恨(いこん) … 名詞
・の … 格助詞
・わざ … 名詞
〇遺恨のわざ … 残念なこと
・を … 格助詞
・も … 係助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ける … 詠嘆の助動詞「けり」の連体形
・かな … 終助詞
・とて … 格助詞
・あまえ … ヤ行下二段活用の動詞「あまゆ」の連用形
・おはしまし … サ行四段活用の動詞「おはします」の連用形
〇おはします … いらっしゃる(尊敬語) ⇒ 繁樹から村上天皇への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
〇あまえおはしましける … きまり悪がっていらっしゃった
繁樹今生の辱号は、これや侍りけむ。
繁樹、一生の恥辱は、これがございましたか。
・繁樹(しげき) … 名詞
・今生(こんじよう) … 名詞
・の … 格助詞
・辱号(ぞくごう) … 名詞
〇今生の辱号 … 一生の恥辱
・は … 係助詞
・これ … 代名詞
・や … 係助詞・疑問
・侍り … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連用形
〇侍り … 「あり」の丁寧語 ⇒ 繁樹から聞き手への敬意
・けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形
さるは、『思ふやうなる木持て参りたり。』とて、
それというのも実は、『希望どおりの木を持って参上した。』とおっしゃって、
・さるは … 接続詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
〇思ふ … 希望する
・やう … 名詞
・なる … 断定の助動詞「なり」の連体形
〇やうなり … 〜状態だ
・木 … 名詞
・持て参り … ラ行四段活用の動詞「持て参る」の連用形
〇持て参る … 持って参上する(謙譲語) ⇒ 村上天皇から村上天皇への敬意
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形
・とて … 格助詞
衣かづけられたりしも、からくなりにき。」とて、こまやかに笑ふ。
褒美として衣類をいただいたことも、つらくなってしまった。」と言って、にっこりと笑う。
・衣(きぬ) … 名詞
・かづけ … カ行下二段活用の動詞「かづく」の未然形
〇かづく … 与える
・られ … 受身の助動詞「らる」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・も … 係助詞
〇衣かづけられたりしも … 褒美として衣類をいただいたことも
・からく … ク活用の形容詞「からし」の連用形
〇からし … つらい
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・き … 過去の助動詞「き」の終止形
・とて … 格助詞
・こまやかに … ナリ活用の形容動詞「こまやかなり」の連用形
〇こまやかなり … にこやかである
・笑ふ … ハ行四段活用の動詞「笑ふ」の終止形