心のどかに暮らす日、はかなきこと言ひ言ひの果てに、我も人も
心おだやかに暮らす日、些細なことを互いに言い合ったあげくに、私もあの人も
・心 … 名詞
・のどかに … ナリ活用の形容動詞「のどかなり」の連用形
○のどかなり … おだやかである
・暮らす … サ行四段活用の動詞「暮らす」の連体形
・日 … 名詞
・はかなき … ク活用の形容詞「はかなし」の連体形
○はかなし … つまらない
・こと … 名詞
・言ひ言ひ … 名詞
・の … 格助詞
・果て … 名詞
・に … 格助詞
・我 … 代名詞
・も … 係助詞
・人 … 名詞
・も … 係助詞
あしう言ひなりて、うち怨じて出づるになりぬ。
相手を悪しざまに言う結果になって、(あの人は)恨み言を言って出ることになった。
・あしう … 活用の形容詞「あし」の連用形
○あし … 悪い
・言ひなり … ラ行四段活用の動詞「言ひなる」の連用形
・て … 接続助詞
・うち怨(えん)じ … サ行変格活用の動詞「うち怨ず」の連用形
○うち怨ず … 恨み言を言う
・て … 接続助詞
・出づる … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連体形
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
端の方に歩み出でて、をさなき人を呼び出でて、
家の中の外側に近い所に歩み出て、幼い人(道綱)を呼び出して、
・端 … 名詞
○端 … 家の中の外側に近い所
・の … 格助詞
・方(かた) … 名詞
○方 … 場所
・に … 格助詞
・歩み出で … ダ行下二段活用の動詞「歩み出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・をさなき … ク活用の形容詞「をさなし」の連体形
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・呼び出で … ダ行下二段活用の動詞「呼び出づ」の連用形
・て … 接続助詞
「我は今は来じとす。」など言ひ置きて、
「私はこれっきり来ないつもりだ。」などと(道綱に)言い残して、
・我 … 代名詞
・は … 係助詞
・今 … 名詞
・は … 係助詞
○今は … これっきり
・来(こ) … カ行変格活用の動詞「来(く)」の未然形
・じ … 打消意志の助動詞「じ」の終止形
・と … 格助詞
・す … サ行変格活用の動詞「す」の終止形
・など … 副助詞
・言ひ置き … カ行四段活用の動詞「言ひ置く」の連用形
○言ひ置く … 言い残す
・て … 接続助詞
出でにけるすなはち、はひ入りて、おどろおどろしう泣く。
出て行ってしまうとすぐに、(道綱が)這って入って来て、仰々しく泣く。
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・すなはち … 副詞
○すなはち … すぐに
・はひ入り … ラ行四段活用の動詞「はひ入る」の連用形
・て … 接続助詞
・おどろおどろしう … シク活用の形容詞「おどろおどろし」の連用形
○おどろおどろし … 仰々しい
・泣く … カ行四段活用の動詞「泣く」の終止形
「こはなぞ、こはなぞ。」と言へど、いらへもせで、
「いったいどうしたの、いったいどうしたの。」と言っても、返事もしないで、
・こ … 代名詞
・は … 係助詞
・なぞ … 連語
○こはなぞ … いったいどうしたの
・こ … 代名詞
・は … 係助詞
・なぞ … 連語
・と … 格助詞
・言へ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の已然形
・ど … 接続助詞
・いらへ … 名詞
○いらへ … 返事
・も … 係助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・で … 接続助詞
論なう、さやうにぞあらむと、おしはからるれど、
どうせ、あの人が何か言ったのだろうと、自然に推測されるのだが、
・論なう … 副詞
○論なく … どうせ
・さやうに … ナリ活用の形容動詞「さやうなり」の連用形
○さやうなり … そのようである
・ぞ … 係助詞・強意
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・おしはから … ラ行四段活用の動詞「おしはかる」の未然形
○おしはかる …
・るれ … 推測する
・ど … 接続助詞
人の聞かむもうたてものぐるほしければ、
女房たちの耳に入ったならますます気が変になりそうなので、
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・聞か … カ行四段活用の動詞「聞く」の未然形
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・も … 係助詞
・うたて … 副詞
○うたて … ますます
・ものぐるほしけれ … シク活用の形容詞「ものぐるほし」の已然形
○ものぐるほし … 気が変になりそうだ
・ば … 接続助詞
問ひさして、とかうこしらへてあるに、
(道綱に)最後まで尋ねずに中途でやめて、あれこれと道綱の機嫌をとっていたが、
・問ひさし … 行四段活用の動詞「問ひさす」の連用形
○さす … 接尾語、最後まで~しないでやめる
・て … 接続助詞
・とかう … 副詞
・こしらへ … ハ行下二段活用の動詞「こしらふ」の連用形
・て … 接続助詞
○とかうこしらへて … あれこれと道綱の機嫌をとって
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・に … 接続助詞
五、六日ばかりになりぬるに、音もせず。
それから五、六日ほどになったのに、まったく音沙汰ない。
・五、六日 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・ぬる …
・に … 接続助詞
・音 … 名詞
・も … 係助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
○音もせず … まったく音沙汰ない
例ならぬほどになりぬれば、あなものぐるほし、
(その期間が)いつもと違う長さになったので、ああ、気が変になりそうだ、
・例 … 名詞
・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
○例ならず … いつものようでない
・ほど … 名詞
○ほど … 長さ
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・ぬれ … 完了の助動詞「ぬ」の已然形
・ば … 接続助詞
・あな … 感動詞
・ものぐるほし … シク活用の形容詞「ものぐるほし」の終止形
○「例ならぬほどになりぬれば」とは、どういう状況か。 ⇒ あの人から何の音沙汰もない期間が五、六日ほどになっている状況。
たはぶれごととこそ我は思ひしか、
(「今は来じ」というのは)冗談だと私は思っていたのに、
・たはぶれごと … 名詞
・と … 格助詞
・こそ … 係助詞・強意
・我 … 代名詞
・は … 係助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形(結び)
はかなき仲なれば、かくてやむやうもありなむかしと思へば、
ちょっとした仲だから、このようにして終わることもきっとあるだろうよと思うので、
・はかなき … 活用の形容詞「はかなし」の連体形
○はかなし … ほんのちょっとである
・仲 … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞
・かくて … 副詞
○かくて … このようにして
・やむ … マ行四段活用の動詞「やむ」の連体形
○やむ … 終わる
・やう … 名詞
○やう … こと
・も … 係助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・な … 強意の助動詞「ぬ」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の終止形
・かし … 終助詞
○かし … 自分自身で確認する、~よ
・と … 格助詞
・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の已然形
・ば … 接続助詞
心細うてながむるほどに、
不安な気持ちで物思いにふけりながら、ぼんやりと見つめると、
・心細う … 活用の形容詞「心細し」の連用形
○心細し … 頼りなく不安である
・て … 接続助詞
・ながむる … マ行下二段活用の動詞「ながむ」の連体形
○ながむ … 物思いにふけりながら、ぼんやりと見つめる
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
出でし日使ひし泔坏の水は、さながらありけり。
(夫が)出て行った日に使った泔坏の水は、そのままの状態で残っていた。
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・日 … 名詞
・使ひ … ハ行四段活用の動詞「使ふ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・泔坏 … 名詞
・の … 格助詞
・水 … 名詞
・は … 係助詞
・さながら … 副詞
○さながら … そのままの状態で
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
上に塵ゐてあり。
水面に塵がとどまっている。
・上 … 名詞
・に … 格助詞
・塵(ちり) … 名詞
・ゐ … ワ行上一段活用の動詞「ゐる」の連用形
○ゐる … とどまる
・て … 接続助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
かくまでと、あさましう、
こんなにまで(音沙汰しないのね)と、情けなく、
・かく … 副詞
○かく … こんなに
・まで … 副助詞
・と … 格助詞
・あさましう … シク活用の形容詞「あさまし」の連用形
○あさまし … 情けない
絶えぬるか影だにあらば問ふべきを
絶えてしまったのか、(水面に)せめて影だけでも映っていれば尋ねられるのに、
・絶え … ヤ行下二段活用の動詞「絶ゆ」の連用形
・ぬる … 完了の助動詞「ぬ」の連体形
・か … 係助詞
・影 … 名詞
・だに … 副助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ば … 接続助詞
・問ふ … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の連用形
・べき … 可能の助動詞「べし」の連体形
・を … 接続助詞
かたみの水は水草ゐにけり
あなたが残した水は、(水面に)水草がとどまっていたんですねえ。
・かたみ … 名詞
○かたみ … 別れた人が残したもの
・の … 格助詞
・水 … 名詞
・は … 係助詞
・水草(みくさ) … 名詞
・ゐ … ワ上一行段活用の動詞「ゐる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形
○「水草」は何を言い換えたものか。 ⇒ 「塵」を言い換えたもの。
などと思ひし日しも、見えたり。
などと思っていたその日に、あの人が姿を見せた。
・など … 副助詞
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・日 … 名詞
・しも … 副助詞
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
○見ゆ … 姿を見せる
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形
例のごとにてやみにけり。
いつもの調子で、いさかいはうやむやになってしまった。
・例の … 連語
・ごと … 比況の助動詞「ごとし」の語幹
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・やみ … マ行四段活用の動詞「やむ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
かやうに胸つぶらはしき折のみあるが、
このように胸がつぶれそうになる時ばかりあるが、
・かやうに … ナリ活用の形容動詞「かやうなり」の連用形
・胸 … 名詞
・つぶらはしき … シク活用の形容詞「つぶらはし」の連体形
○胸つぶらはし … 心配や驚きで、胸がつぶれそうになる
・折 … 名詞
・のみ … 副助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・が … 接続助詞
よに心ゆるびなきなむ、わびしかりける。
少しも気のゆるむことがないのが、つらく苦しいことだなあ。
・よに … 副詞
○よに(~打消) … 少しも(~ない)
・心ゆるび … 名詞
○心ゆるび … 気がゆるむこと
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・なむ … 係助詞・強意
・わびしかり … シク活用の形容詞「わびし」の連用形
○わびし … つらく苦しい
・ける … 詠嘆の助動詞「けり」の連体形(結び)