飛鳥川の淵瀬常ならぬ世にしあれば、
飛鳥川の淵や瀬のように常に移り変わってゆく世の中であるから、
・飛鳥川(あすかがわ) … 名詞
・の … 格助詞
・淵瀬(ふちせ) … 名詞
・常なら … ナリ活用の形容動詞「常なり」の連用形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・世 … 名詞
・に … 格助詞
・し … 副助詞・強意
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形
・ば … 接続助詞
時移り、事去り、楽しび・悲しび行き交ひて、
時代が移り、物事は過ぎ去り、楽しみと悲しみが交互にやって来て、
・時 … 名詞
・移り … ラ行四段活用の動詞「移る」の連用形
・事 … 名詞
○事 … 世間の種々の物事
・去り … ラ行四段活用の動詞「去る」の連用形
・楽しび … 名詞
・悲しび … 名詞
・行き交ひ … ハ行四段活用の動詞「行き交ふ」の連用形
・て … 接続助詞
はなやかなりしあたりも人住まぬ野らとなり、
栄えていたところも人の住まない野原となり、
・はなやかなり … ナリ活用の形容動詞「はなやかなり」の連用形
○はなやかなり … 栄えている
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・あたり … 名詞
・も … 係助詞
・人 … 名詞
・住ま … マ行四段活用の動詞「住む」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・野ら … 名詞
○野ら … 野原
・と … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
変はらぬすみかは人あらたまりぬ。
変わらない住居は住む人が変わってしまっている。
・変はら … ラ行四段活用の動詞「変はる」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・すみか … 名詞
・は … 係助詞
・人 … 名詞
・あらたまり … ラ行四段活用の動詞「あらたまる」の連用形
○あらたまる … 入れ替わる
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
桃李もの言はねば、たれとともにか昔を語らん。
桃や李はものを言わないから、誰とともに昔のことを語り合おうか。
・桃李(とうり) … 名詞
・もの言は … ハ行四段活用の動詞「もの言ふ」の未然形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ば … 接続助詞
・たれ … 代名詞
・と … 格助詞
・とも … 名詞
・に … 格助詞
・か … 係助詞・反語
・昔 … 名詞
・を … 格助詞
・語ら … ラ行四段活用の動詞「語る」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の連体形(結び)
まして、見ぬ古のやんごとなかりけん跡のみぞ、
まして、見たこともない昔の尊く立派だったという遺跡には、
・まして … 副詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・古 … 名詞
・の … 格助詞
・やんごとなかり … ク活用の形容詞「やんごとなし」の連用形
○やんごとなし … 尊ぶべきである
・けん … 過去伝聞の助動詞「けん」の連体形
・跡 … 名詞
・のみ … 副助詞
・ぞ … 係助詞・強調
いとはかなき。
特に、たいへん無常なものを感じる。
・いと … 副詞
・はかなき … ク活用の形容詞「はかなし」の連体形(結び)
○はかなし … あっけない
京極殿・法成寺など見るこそ、
京極殿や法成寺などを見ると、
・京極殿(きようごくどの) … 名詞
・法成寺(ほうじようじ) … 名詞
・など … 副助詞
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
・こそ … 係助詞・強調
志とどまり、事変じにけるさまは、あはれなれ。
建立したときの志は残り、事態は変わってしまった様子は、しみじみと感慨深い。
・志 … 名詞
・とどまり … ラ行四段活用の動詞「とどまる」の連用形
○とどまる … 後に残る
・事 … 名詞
・変じ … サ行変格活用の動詞「変ず」の連用形
○事変ず … 事態が変わる
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・さま … 名詞
・は … 係助詞
・あはれなれ … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の已然形(結び)
○あはれなり … しみじみと感慨深い
御堂殿の作りみがかせ給ひて、庄園多く寄せられ、
御堂殿が(法成寺を)立派にお造りになって、荘園をたくさん寄進なさり、
・御堂殿(みどうどの) … 名詞
・の … 格助詞
・作り … ラ行四段活用の動詞「作る」の連用形
・みがか … カ行四段活用の動詞「みがく」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から御堂殿への敬意
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
○給ふ … 尊敬の補助動詞筆者から御堂殿への敬意
・て … 接続助詞
・庄園(しようえん) … 名詞
・多く … ク活用の形容詞「多し」の連用形
・寄せ … サ行下二段活用の動詞「寄す」の未然形
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 筆者から御堂殿への敬意
わが御族のみ、帝の御後見、世のかためにて、
自分の御一族だけが、天皇の御後見役や、天下を支える者として、
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・御族(おんぞく) … 名詞
・のみ … 副助詞
・帝 … 名詞
・の … 格助詞
・御後見(おんうしろみ) … 名詞
・世 … 名詞
・の … 格助詞
・かため … 名詞
○かため … 押さえ固めるもの
・にて … 格助詞
行く末までとおぼしおきしとき、いかならん世にも、
遠い将来までとお思いおきなさったとき、どのような世になっても、
・行く末 … 名詞
・まで … 副助詞
・と … 格助詞
・おぼしおき … カ行四段活用の動詞「おぼしおく」の連用形
○おぼしおく … 「思ひおく」の尊敬語 ⇒ 筆者から御堂殿への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・とき … 名詞
・いかなら … ナリ活用の形容動詞「いかなり」の未然形
・ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
・世 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
かばかりあせ果てんとはおぼしてんや。
これほどまでに荒廃するだろうとはお思いになっただろうか。
・かばかり … 副詞
・あせ果て … タ行下二段活用の動詞「あせ果つ」の未然形
○あせ果つ … すっかり衰える
・ん … 推量の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・は … 係助詞
・おぼし … サ行四段活用の動詞「おぼす」の連用形
○おぼす … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から御堂殿への敬意
・て … 強意の助動詞「つ」の未然形
・ん … 推量の助動詞「ん」の終止形
・や … 係助詞・反語
大門・金堂など近くまでありしかど、
大門や金堂などは近ごろまで残っていたが、
・大門(だいもん) … 名詞
・金堂(こんどう) … 名詞
・など … 副助詞
・近く … ク活用の形容詞「近し」の連用形
・まで … 副助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形
・ど … 接続助詞
正和のころ、南門は焼けぬ。
正和のころ、南門は焼けてしまった。
・正和(しようわ) … 名詞
・の … 格助詞
・ころ … 名詞
・南門 … 名詞
・は … 係助詞
・焼け … カ行下二段活用の動詞「焼く」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
金堂はそののち倒れ伏したるままにて、取り立つるわざもなし。
金堂は、その後倒れ伏したままであり、再建するという動きもない。
・金堂 … 名詞
・は … 係助詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・のち … 名詞
・倒れ伏し … サ行四段活用の動詞「倒れ伏す」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・まま … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・取り立つる … タ行下二段活用の動詞「取り立つ」の連体形
○取り立つ … 建てる
・わざ … 名詞
○わざ … 意図的に行う行為
・も … 係助詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形
無量寿院ばかりぞ、その形とて残りたる。
無量寿院だけが、その形見として残っている。
・無量寿院(むりようじゆいん) … 名詞
・ばかり … 副助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・形(かた) … 名詞
○形 … 形跡、形見
・とて … 格助詞
・残り … ラ行四段活用の動詞「残る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形(結び)
丈六の仏九体、いと尊くて並びおはします。
一丈六尺の仏像が九体、たいそう尊い様子で並んでおいでになる。
・丈六(じようろく) … 名詞
・の … 格助詞
・仏 … 名詞
・九体 … 名詞
・いと … 副詞
・尊く … ク活用の形容詞「尊し」の連用形
・て … 接続助詞
・並び … バ行四段活用の動詞「並ぶ」の連用形
・おはします … サ行四段活用の動詞「おはします」の終止形
○おはします … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から仏への敬意
行成の大納言の額、兼行が書ける扉、
行成大納言が書いた額や、兼行が書いた扉が、
・行成(こうぜい) … 名詞
・の … 格助詞
・大納言 … 名詞
・の … 格助詞
・額 … 名詞
・兼行(かねゆき) … 名詞
・が … 格助詞
・書け … カ行四段活用の動詞「書く」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・扉 … 名詞
あざやかに見ゆるぞあはれなる。
鮮明に見えるのはしみじみと感慨深い。
・あざやかに … ナリ活用の形容動詞「あざやかなり」の連用形
○あざやかなり … くっきりしている
・見ゆる … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連体形
・ぞ … 係助詞・強調
・あはれなる … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連体形(結び)
法華堂などもいまだ侍るめり。
法華堂なども、まだ残っているようでございます。
・法華堂(ほつけどう) … 名詞
・など … 副助詞
・も … 係助詞
・いまだ … 副詞
・侍(はべ)る … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連体形
○侍り … 「あり」の丁寧語 ⇒ 筆者から読者への敬意
・めり … 推定の助動詞「めり」の終止形
これもまた、いつまでかあらん。
これもまた、いつまで残っているのだろうか。
・これ … 代名詞
・も … 係助詞
・また … 副詞
・いつ … 代名詞
・まで … 副助詞
・か … 係助詞・反語
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ん … 推量の助動詞「ん」の連体形(結び)
かばかりの名残だになき所々は、
この程度の名残さえもないような場所は、
・かばかり … 副詞
・の … 格助詞
・名残 … 名詞
・だに … 副助詞
○だに(~打消) … さえ(~ない)
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・所々 … 名詞
・は … 係助詞
おのづから礎ばかり残るもあれど、
たまたま正体の不明な土台石だけが残っているのもあるが、
・おのづから … 副詞
・礎(いしずえ) … 名詞
○礎 … 土台石
・ばかり … 副助詞
・残る … ラ行四段活用の動詞「残る」の連体形
・も … 係助詞
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形
・ど … 接続助詞
さだかに知れる人もなし。
はっきりと知っている人もいない。
・さだかに … ナリ活用の形容動詞「さだかなり」の連用形
○さだかなり … 確かである
・知れ … ラ行四段活用の動詞「知る」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形
されば、よろづに見ざらん世までを
だから、万事につけて自分が見ないような世のことまでを
・されば … 接続詞
・よろづ … 名詞
・に … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の未然形
・ざら … 打消の助動詞「ず」の未然形
・ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
・世 … 名詞
・まで … 副助詞
・を … 格助詞
思ひおきてんこそ、はかなかるべけれ。
あらかじめ思い定めておくのは、つまらないことだろう。
・思ひおきて … タ行下二段活用の動詞「思ひおきつ」の未然形
○思ひおきつ … あらかじめ思い定める
・ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
・こそ … 係助詞・強調
・はかなかる … ク活用の形容詞「はかなし」の連体形
○はかなし … つまらない
・べけれ … 推量の助動詞「べし」の已然形(結び)