顕雅の言ひ間違ひ・十訓抄

楊梅の大納言顕雅卿は、若くよりいみじく言失をぞしたまひける。
楊梅大納言顕雅卿は、若いころからひどく言い間違いをなされた。
・楊梅(やまもも) … 名詞
・の … 格助詞
・大納言顕雅卿(だいなごんあきまさきよう) … 名詞
・は … 係助詞
・若く … ク活用の形容詞「若し」の連用形
・より … 格助詞
・いみじく … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
いみじ … はなはだしい
・言失(げんしつ) … 名詞
○言失 … 言い間違い
・を … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・たまひ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の連用形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から顕雅卿への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

神無月のころ、ある宮腹に参りて、
十月のころ、母が皇女である、ある人のところに参上して、
・神無月(かんなづき) … 名詞
○神無月 … 十月
・の … 格助詞
・ころ … 名詞
・ある … 連体詞
・宮腹(みやばら) … 名詞
○宮腹 … 皇女の子として生まれた人
・に … 格助詞
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
参る … 「行く」の謙譲語 ⇒ 筆者からある宮腹への敬意
・て … 接続助詞

御簾の外にて、女房たちと物語せられけるに、
御簾の外で、女房たちと雑談されていたときに、
・御簾(みす) … 名詞
・の … 格助詞
・外(と) … 名詞
・にて … 格助詞
・女房たち … 名詞
・と … 格助詞
・物語 … 名詞
○物語 … 会話
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 筆者から顕雅卿への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 格助詞

時雨のさとしければ、供なる雑色を呼びて、
時雨がさあっと降ってきたので、従者である雑用係の使用人を呼んで、
・時雨(しぐれ) … 名詞
・の … 格助詞
・さと … 副詞
○さと … さあっと
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・供 … 名詞
・なる … 断定の助動詞「なり」の連体形
・雑色(ぞうしき) … 名詞
○雑色 … 雑用に従事する使用人
・を … 格助詞
・呼び … バ行四段活用の動詞「呼ぶ」の連用形
・て … 接続助詞

「車の降るに、時雨さし入れよ。」とのたまひけるを、
「車が降るので、時雨をしまいなさい。」とおっしゃったのを、
・車 … 名詞
・の … 格助詞
・降る … ラ行四段活用の動詞「降る」の連体形
・に … 接続助詞
・時雨 … 名詞
・さし入れよ … ラ行下二段活用の動詞「さし入る」の命令形
・と … 格助詞
・のたまひ … ハ行四段活用の動詞「のたまふ」の連用形
のたまふ … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から顕雅卿への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 格助詞

「車軸とかやにや、恐ろしや。」とて、
「車軸とかいうことでしょうか、恐ろしいこと。」と言って、
・車軸(しやじく) … 名詞
○車軸 … 車輪の軸
・と … 格助詞
・か … 係助詞
・や … 間投助詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・恐ろし … シク活用の形容詞「恐ろし」の終止形
・や … 間投助詞
・とて … 格助詞

御簾のうち、笑ひ合はれけり。
御簾のなかで、笑い合いなさった。
・御簾 … 名詞
・の … 格助詞
・うち … 名詞
・笑ひ合は … ハ行四段活用の動詞「笑ひ合ふ」の未然形
 … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から御簾の中の人々への敬意
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

さて、ある女房の、「御言ひたがへ、常にありと聞こゆれば、
そこで、ある女房が、「お言い間違いが、いつもあるという評判ですが、
・さて … 接続詞
・ある … 連体詞
・女房 … 名詞
・の … 格助詞
・御言ひたがへ … 名詞
・常に … ナリ活用の形容動詞「常なり」の連用形
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形
・と … 格助詞
・聞こゆれ … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の已然形
聞こゆ … 人の耳に入る
・ば … 接続助詞

まことにや、御祈りのあるぞや。」と言はれければ、
本当ですか、治すためのお祈りが行われるのですか。」と言われたので、
・まことに … ナリ活用の形容動詞「まことなり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・御祈り … 名詞
・の … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・ぞ … 終助詞
・や … 係助詞・疑問
・と … 格助詞
・言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
 … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者からある女房への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

「そのために、三尺のねずみを作り、
「そのために、三尺のねずみを作り、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・ため … 名詞
・に … 格助詞
・三尺 … 名詞
・の … 格助詞
・ねずみ … 名詞
・を … 格助詞
・作り … ラ行四段活用の動詞「作る」の連用形

供養せんと思ひはべり。」と言はれたりけり。
供養しようと思っています。」とおっしゃったのだった。
・供養(くよう)せ … サ行変格活用の動詞「供養す」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・はべり … ラ行変格活用の動詞「はべり」の終止形
はべり … 丁寧の補助動詞 ⇒ 顕雅卿からある女房への敬意
・と … 格助詞
・言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
 … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から顕雅卿への敬意
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

折節、ねずみの、御簾のきはを走り通りけるを見て、
ちょうどその時、ねずみが、御簾のそばを走りぬけたのを見て、
・折節(おりふし) … 副詞
○折節 … ちょうどその時に
・ねずみ … 名詞
・の … 格助詞
・御簾 … 名詞
・の … 格助詞
・きは … 名詞
○きは … そば
・を … 格助詞
・走り通り … ラ行四段活用の動詞「走り通る」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞

観音に思ひまがへて、のたまひけるなり。
観音様と思い違いをして、おっしゃったのだった。
・観音 … 名詞
・に … 格助詞
・思ひまがへ … ハ行下二段活用の動詞「思ひまがふ」の連用形
まがふ … 間違える
・て … 接続助詞
・のたまひ … ハ行四段活用の動詞「のたまふ」の連用形
のたまふ … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から顕雅卿への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

「時雨さし入れよ。」にはまさりてをかしかりけり。
「時雨をしまいなさい。」よりもさらに一段とおもしろかった。
・時雨 … 名詞
・さし入れよ … ラ行下二段活用の動詞「さし入る」の命令形
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・まさり … ラ行四段活用の動詞「まさる」の連用形
○まさる … 程度が強まる
・て … 接続助詞
・をかしかり … シク活用の形容詞「をかし」の連用形
をかし … おもしろい
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

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