ゆく川の流れ

ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
流れてゆく川の流れは絶えることがなくて、しかも、もとの水ではない。
・ ゆく … カ行四段活用の動詞「ゆく」の連体形
・ 川 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 流れ … 名詞
・ は … 係助詞
・ 絶え … ヤ行下二段活用の動詞「絶ゆ」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・ して … 接続助詞
・ しかも … 接続詞
・ もと … 名詞
・ の … 格助詞
・ 水 … 名詞
・ に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・ あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
水の流れが止まっている所に浮かぶ泡は、一方で消えまた一方で発生して、長くとどまっている例はない。
・ よどみ … 名詞
・ に … 格助詞
・ 浮かぶ … バ行四段活用の動詞「浮かぶ」の連体形
・ うたかた … 名詞
・ は … 係助詞
・ かつ … 副詞
・ 消え … ヤ行下二段活用の動詞「消ゆ」の連用形
・ かつ … 副詞
・ 結び … バ行四段活用の動詞「結ぶ」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 久しく … シク活用の形容詞「久し」の連用形
・ とどまり … ラ行四段活用の動詞「とどまる」の連用形
・ たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ ためし … 名詞
・ なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形

世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。
世の中に存在する人と住居も、またこのようである。
・ 世 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 中 … 名詞
・ に … 格助詞
・ ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・ 人 … 名詞
・ と … 格助詞
・ すみか … 名詞
・ と … 格助詞
・ また … 副詞
・ かく … 副詞
・ の … 格助詞
・ ごとし … 比況の助動詞「ごとし」の終止形

たましきの都の内に、棟を並べ、甍を争へる、高き、いやしき、人の住まひは、
美しく立派な都の中に、棟を並べ、屋根の高さを競っている、身分の高い、身分の低い、人の住居は、
・ たましき … 名詞
・ の … 格助詞
・ 都 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 内 … 名詞
・ に … 格助詞
・ 棟 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 並べ … バ行下二段活用の動詞「並ぶ」の連用形
・ 甍 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 争へ … ハ行四段活用の動詞「争ふ」の命令形
・ る … 存続の助動詞「り」の連体形
・ 高き … ク活用の形容詞「高し」の連体形
・ いやしき … シク活用の形容詞「いやし」の連体形
・ 人 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 住まひ … 名詞
・ は … 係助詞

代々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。
何世代を経てもなくならないもののようだが、これを本当かと調べてみると、昔あった家はめったにない。
・ 代々 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 経 … ハ行下二段活用の動詞「経」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 尽きせ … サ行変格活用の動詞「尽きす」の未然形
・ ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・ もの … 名詞
・ なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ ど … 接続助詞
・ これ … 代名詞
・ を … 格助詞
・ まこと … 名詞
・ か … 係助詞
・ と … 格助詞
・ 尋ぬれ … ナ行下二段活用の動詞「尋ぬ」の已然形
・ ば … 接続助詞
・ 昔 … 名詞
・ あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ し … 過去の助動詞「き」の連体形
・ 家 … 名詞
・ は … 係助詞
・ まれなり … ナリ活用の形容動詞「まれなり」の終止形

あるいは去年焼けて今年作れり。
あるものは去年焼けて今年作ったものである。
○ あるいは … 連語
・ ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・ い … 副助詞(上代)
・ は … 係助詞
・ 去年 … 名詞
・ 焼け … カ行下二段活用の動詞「焼く」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 今年 … 名詞
・ 作れ … ラ行四段活用の動詞「作る」の命令形
・ り … 完了の助動詞「り」の終止形

あるいは大家滅びて小家となる。
あるものは大きな家が滅んで小さな家となっている。
○ あるいは … 連語
・ ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・ い … 副助詞(上代)
・ は … 係助詞
・ 大家 … 名詞
・ 滅び … バ行上二段活用の動詞「滅ぶ」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 小家 … 名詞
・ と … 格助詞
・ なる … ラ行四段活用の動詞「なる」の終止形

住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、
住む人もこれと同様である。場所も変わらず、人もたくさんいるが、
・ 住む … マ行四段活用の動詞「住む」の連体形
・ 人 … 名詞
・ も … 係助詞
・ これ … 代名詞
・ に … 格助詞
・ 同じ … シク活用の形容詞「同じ」の終止形
・ 所 … 名詞
・ も … 係助詞
・ 変はら … ラ行四段活用の動詞「変はる」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・ 人 … 名詞
・ も … 係助詞
・ 多かれ … ク活用の形容詞「多し」の已然形
・ ど … 接続助詞

いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかに一人二人なり。
昔会ったことのある人は、二、三十人の中に、わずかに一人か二人である。
・ いにしへ … 名詞
・ 見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・ し … 過去の助動詞「き」の連体形
・ 人 … 名詞
・ は … 係助詞
・ 二、三十人 … 名詞
・ が … 格助詞
・ 中 … 名詞
・ に … 格助詞
・ わづかに … ナリ活用の形容動詞「わづかなり」の連用形
・ 一人 … 名詞
・ 二人 … 名詞
・ なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。
朝に死ぬ人がいるかと思えば、夕方に生まれる人がいるというきまりは、まったく水の泡によく似ている。
・ 朝 … 名詞
・ に … 格助詞
・ 死に … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の連用形
・ 夕べ … 名詞
・ に … 格助詞
・ 生まるる … ラ行下二段活用の動詞「生まる」の連体形
・ ならひ … 名詞
・ ただ … 副詞
・ 水 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 泡 … 名詞
・ に … 格助詞
・  … 係助詞・強調
・ 似 … ナ行上一段活用の動詞「似る」の連用形
・ たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・ ける … 詠嘆の助動詞「けり」の連体形(結び)

知らず、生まれ死ぬる人、いづ方より来たりて、いづ方へか去る。
わからない、生まれたり死んだりする人が、どこからやって来て、どこへ去るのか。
・ 知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
・ 生まれ … ラ行下二段活用の動詞「生まる」の連用形
・ 死ぬる … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の連体形
・ 人 … 名詞
・ いづ方 … 代名詞
・ より … 格助詞
・ 来たり … ラ行四段活用の動詞「来たる」の連用形
・ て … 接続助詞
・ いづ方 … 代名詞
・ へ … 格助詞
・  … 係助詞・疑問
・ 去る … ラ行四段活用の動詞「去る」の連体形(結び)

また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。
またわからない、一時的な住まいにすぎない住居を、誰のために苦心して、何のために目を喜ばせるのか。
・ また … 接続詞
・ 知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
・ 仮 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 宿り … 名詞
・ た … 代名詞
・ が … 格助詞
・ ため … 名詞
・ に … 格助詞
・ か … 係助詞
・ 心 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 悩まし … サ行四段活用の動詞「悩ます」の連用形
・ 何 … 代名詞
・ に … 格助詞
・ より … ラ行四段活用の動詞「よる」の連用形
・ て … 接続助詞
・  … 係助詞・疑問
・ 目 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 喜ば … バ行四段活用の動詞「喜ぶ」の未然形
・ しむる … 使役の助動詞「しむ」の連体形(結び)

その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顏の露に異ならず。
その、家主と住居とが、はかなさを競っている様子は、たとえれば朝顔の花とそれに置く露の関係に異ならない。
・ そ … 代名詞
・ の … 格助詞
・ あるじ … 名詞
・ と … 格助詞
・ すみか … 名詞
・ と … 格助詞
・ 無常 … 名詞
・ を … 格助詞
・ 争ふ … ハ行四段活用の動詞「争ふ」の連体形
・ さま … 名詞
・ いは … ハ行四段活用の動詞「いふ」の未然形
・ ば … 接続助詞
・ 朝顏 … 名詞
・ の … 格助詞
・ 露 … 名詞
・ に … 格助詞
・ 異なら … ナリ活用の形容動詞「異なり」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

あるいは露落ちて花残れり。
ある場合は、露が落ちて花が残っている。
○ あるいは … 連語
・ ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・ い … 副助詞(上代)
・ は … 係助詞
・ 露 … 名詞
・ 落ち … タ行上二段活用の動詞「落つ」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 花 … 名詞
・ 残れ … ラ行四段活用の動詞「残る」の命令形
・ り … 存続の助動詞「り」の終止形

残るといへども朝日に枯れぬ。
残っているといっても朝日に当たって枯れてしまう。
・ 残る … ラ行四段活用の動詞「残る」の終止形
・ と … 格助詞
・ いへ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の已然形
・ ども … 接続助詞
・ 朝日 … 名詞
・ に … 格助詞
・ 枯れ … ラ行下二段活用の動詞「枯る」の連用形
・ ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

あるいは花はしぼみて露なほ消えず。
ある場合は、花がしぼんで露はそのまま消えずにいる。
○ あるいは … 連語
・ ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・ い … 副助詞(上代)
・ は … 係助詞
・ 花 … 名詞
・ は … 係助詞
・ しぼみ … マ行四段活用の動詞「しぼむ」の連用形
・ て … 接続助詞
・ 露 … 名詞
・ なほ … 副詞
・ 消え … ヤ行下二段活用の動詞「消ゆ」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

消えずといへども夕べを待つことなし。
消えずにいるといっても夕方までに消えないことはない。
・ 消え … ヤ行下二段活用の動詞「消ゆ」の未然形
・ ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
・ と … 格助詞
・ いへ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の已然形
・ ども … 接続助詞
・ 夕べ … 名詞
・ を … 格助詞
・ 待つ … タ行四段活用の動詞「待つ」の連体形
・ こと … 名詞
・ なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形

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