初冠・伊勢物語

昔、男、初冠して、平城の京、春日の里に、しるよしして、狩りにいにけり。
昔、男が、元服して、奈良の都、春日の里に、領有している縁で、狩りに行った。
 昔 … 名詞
 男 … 名詞
 初冠 … 名詞
 初冠 … 男子が成人して初めて冠を着けること
 し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
 て … 接続助詞
 平城 … 名詞
 の … 格助詞
 京 … 名詞
 春日 … 名詞
 の … 格助詞
 里 … 名詞
 に … 格助詞
 しる … ラ行四段活用の動詞「しる」の連体形
 しる … 領有する
 よし … 名詞
 よし … ゆかり
 して … 格助詞
 狩り … 名詞
 に … 格助詞
 いに … ナ行変格活用の動詞「いぬ」の連用形
 いぬ … 行く
 けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。
その里に、たいへん若々しく美しい姉妹が住んでいた。
 そ … 代名詞
 の … 格助詞
 里 … 名詞
 に … 格助詞
 いと … 副詞
 なまめい … カ行四段活用の動詞「なまめく」の連用形(音便)
 なまめく … みずみずしく美しい
 たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
 女はらから … 名詞
 はらから … 兄弟姉妹
 住み … マ行四段活用の動詞「住む」の連用形
 けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

この男、垣間見てけり。
この男は、のぞき見してしまった。
 こ … 代名詞
 の … 格助詞
 男 … 名詞
 垣間見 … マ行上一段活用の動詞「垣間見る」の連用形
 垣間見る … 物のすきまから、のぞき見する
  … 完了の助動詞「つ」の連用形
 けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

思ほえず、ふるさとにいとはしたなくてありければ、心地惑ひにけり。
思いがけず、旧都にとても不似合いなさまで住んでいたので、気持ちが乱れてしまった。
 思ほえ … ヤ行下二段活用の動詞「思ほゆ」の連用形
 ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
 思ほえず … 思いがけなく
 ふるさと … 名詞
 ふるさと … 旧都
 に … 格助詞
 いと … 副詞
 はしたなく … ク活用の形容詞「はしたなし」の連用形
 はしたなし … 不似合いである
 て … 接続助詞
 あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
 けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
 ば … 接続助詞
 心地 … 名詞
 惑ひ … ハ行四段活用の動詞「惑ふ」の連用形
 惑ふ … 心が乱れる
  … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
 けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。
男は、着ていた狩衣のすそを切って、和歌を書いて贈る。
 男 … 名詞
 の … 格助詞
 着 … カ行上一段活用の動詞「着る」の連用形
 たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
 ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
 狩衣(かりぎぬ) … 名詞
 狩衣 … 男性の貴族の平服
 の … 格助詞
 裾 … 名詞
 を … 格助詞
 切り … ラ行四段活用の動詞「切る」の連用形
 て … 接続助詞
 歌 … 名詞
 を … 格助詞
 書き … カ行四段活用の動詞「書く」の連用形
 て … 接続助詞
 やる … ラ行四段活用の動詞「やる」の連用形
 やる … 与える

その男、しのぶずりの狩衣をなむ着たりける。
その男は、しのぶずりの狩衣を着ていた。
 そ … 代名詞
 の … 格助詞
 男 … 名詞
 しのぶずり … 名詞
 しのぶずり … 忍草をすりつけて染めた布
 の … 格助詞
 狩衣 … 名詞
 を … 格助詞
 なむ … 係助詞・強調
 着 … カ行上一段活用の動詞「着る」の連用形
 たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
 ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

  春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず
  春日野の若い紫草で染めたこの狩衣のしのぶずりの模様のように私の心の乱れには限りがありません。
   春日野 … 名詞
   の … 格助詞
   若紫 … 名詞
   の … 格助詞
   すり衣 … 名詞
   しのぶ … 名詞
   の … 格助詞
   乱れ … 名詞
   限り … 名詞
   知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
   れ … 可能の助動詞「る」の未然形
   ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
   春日野の若紫のすり衣 ⇒ 「しのぶの乱れ」を導き出す序詞
   しのぶの乱れ ⇒ 「すり衣の乱れ模様」と「恋い偲ぶ心の乱れ」の掛詞

となむ、おひつきて言ひやりける。
と、すぐに歌を詠んで贈った。
 と … 格助詞
 なむ … 係助詞・強調
 おひつき … カ行四段活用の動詞「おひつく」の連用形
 て … 接続助詞
 おひつきて … 「すぐに」または「大人ぶって」
 言ひやり … ラ行四段活用の動詞「言ひやる」の連用形
 言ひやる … 手紙や使いを通して相手に伝える
 ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

ついでおもしろきことともや思ひけむ。
事の成り行きに合った趣のあることと思ったのだろうか。
 ついで … 名詞
 ついで … 事の成り行き
 おもしろき … ク活用の形容詞「おもしろし」の連体形
 おもしろし … 趣がある
 こと … 名詞
 と … 格助詞
 も … 係助詞
  … 係助詞・疑問
 思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
 けむ … 過去原因推量の助動詞「けむ」の連体形(結び)

  みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに乱れそめにし我ならなくに
  みちのくのしのぶもぢずりの乱れ模様のように誰のせいで私の心は乱れ始めたのか、私のせいではないのに。
   みちのく … 名詞
   の … 格助詞
   しのぶもぢずり … 名詞
   たれ … 代名詞
   ゆゑ … 名詞
   に … 格助詞
   乱れそめ … マ行下二段活用の動詞「乱れそむ」の連用形
   そむ … 補助動詞、~し始める
    … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
    … 過去の助動詞「き」の連体形
   我 … 代名詞
   ならなくに … ~ではないのに
   なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
   な … 打消の助動詞「ず」の未然形
   く … 接尾語
   に … 接続助詞
   みちのくのしのぶもぢずり ⇒ 「乱れ」を導き出す序詞

といふ歌の心ばへなり。
という歌の趣向をとったものである。
 と … 格助詞
 いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
 歌 … 名詞
 の … 格助詞
 心ばへ … 名詞
 心ばへ … 風情
 なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

昔人は、かくいちはやきみやびをなむしける。
昔の人は、このように熱烈な風流事をしたのだった。
 昔人 … 名詞
 は … 係助詞
 かく … 副詞
 いちはやき … ク活用の形容詞「いちはやし」の連体形
 いちはやし … 猛烈である
 みやび … 名詞
 みやび … 上品で優雅であること
 を … 格助詞
 なむ … 係助詞・強調
 し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
 ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

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