能は歌詠み・古今著聞集

花園の左大臣の家に、初めて参りたりける侍の、
花園の左大臣の家に、初めて参上した侍が、
・花園 … 名詞
・の … 格助詞
・左大臣 … 名詞
・の … 格助詞
・家 … 名詞
・に … 格助詞
・初めて … 副詞
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
参る … 「来」の謙譲語 ⇒ 作者から左大臣への敬意
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・侍(さぶらい) … 名詞
・の … 格助詞

名簿の端書きに、「能は歌詠み」と書きたりけり。
新しい主人に出す文書の端書きに、「才能は歌を詠むこと」と書いた。
・名簿(みょうぶ) … 名詞
○名簿 … 新しく仕える主人に提出する文書
・の … 格助詞
・端書き … 名詞
○端書き … 文書の端に書き添える言葉
・に … 格助詞
・能 … 名詞
○能 … 能力、才能
・は … 係助詞
・歌詠み … 名詞
・と … 格助詞
・書き … カ行四段活用の動詞「書く」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

大臣、秋の始めに、南殿に出でて、
大臣が、秋の初めに、南殿に出て、
・大臣(おとど) … 名詞
・秋 … 名詞
・の … 格助詞
・始め … 名詞
・に … 格助詞
・南殿(なでん) … 名詞
・に … 格助詞
・出(い)で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・て … 接続助詞

はたおりの鳴くを愛しておはしましけるに、暮れければ、
はたおり虫の鳴くのを楽しんでおいでになった折、暮れたので、
・はたおり … 名詞
・の … 格助詞
・鳴く … カ行四段活用の動詞「鳴く」の連体形
・を … 格助詞
・愛し … サ行四段活用の動詞「愛す」の連用形
○愛す … 大切にする、好む
・て … 接続助詞
・おはしまし … サ行四段活用の動詞「おはします」の連用形
おはします … 尊敬の補助動詞 ⇒ 作者から左大臣への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 格助詞
・暮れ … ラ行下二段活用の動詞「暮る」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

「下格子に、人参れ。」と仰せられけるに、
「格子を下ろしに、誰か参れ。」とおっしゃったところ、
・下格子(げこうし) … 名詞
・に … 格助詞
・人 … 名詞
・参れ … ラ行四段活用の動詞「参る」の命令形
参る … 「来」の謙譲語 ⇒ 左大臣から左大臣への敬意
・と … 格助詞
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … お命じになる(尊敬語) ⇒ 作者から左大臣への敬意
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞

「蔵人の五位違ひて、人も候はぬ。」と申して、
「蔵人の五位が居合わせないで、誰もおりません。」と申し上げて、
・蔵人(くろうど) … 名詞
・の … 格助詞
・五位 … 名詞
・違(たが)ひ … ハ行四段活用の動詞「違ふ」の連用形
○違ふ … 合わない
・て … 接続助詞
・人 … 名詞
 … ほかの人
・も … 係助詞
・候(さぶら)は … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の未然形
候ふ … 「居り」の丁寧語 ⇒ 侍から左大臣への敬意
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・と … 格助詞
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 作者から左大臣への敬意
・て … 接続助詞

この侍参りたるに、「ただ、さらば、なんぢ下ろせ。」と
この侍が参上したので、「いいから、それならば、お前が下ろせ。」と
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・侍 … 名詞
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
参る … 「来」の謙譲語 ⇒ 作者から左大臣への敬意
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・に … 接続助詞
・ただ … 副詞
ただ … ただ単に
・さらば … 接続詞
・なんぢ … 代名詞
○なんぢ … おまえ
・下ろせ … サ行四段活用の動詞「下ろす」の命令形
・と … 格助詞

仰せられければ、参りたるに、
お命じになったので、格子をお下げしていると、
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … お命じになる(尊敬語) ⇒ 作者から左大臣への敬意
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 作者から左大臣への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
参る … 格子をお下げする(謙譲語) ⇒ 作者から左大臣への敬意
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・に … 接続助詞

「なんぢは歌詠みな。」とありければ、
「お前は歌詠みだったな。」とおっしゃったので、
・なんぢ … 代名詞
・は … 係助詞
・歌詠み … 名詞
・な … 終助詞・確認
・と … 格助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

かしこまりて、御格子下ろしさして候ふに、
恐縮して、御格子を下ろすのを途中でやめて控えていると、
・かしこまり … ラ行四段活用の動詞「かしこまる」の連用形
かしこまる … 恐れつつしむ
・て … 接続助詞
・御格子(みこうし) … 名詞
・下ろしさし … サ行四段活用の動詞「下ろしさす」の連用形
○さす(接尾語) … 動作を中途で打ち切る意を表す
・て … 接続助詞
・候ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連体形
候ふ … 控えている(謙譲語) ⇒ 作者から左大臣への敬意
・に … 接続助詞

「このはたおりをば聞くや。一首つかうまつれ。」と
「このはたおり虫の鳴き声を聞いているか。一首詠み申し上げよ。」と
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・はたおり … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・聞く … カ行四段活用の動詞「聞く」の終止形
・や … 係助詞・疑問
・一首 … 名詞
・つかうまつれ … ラ行四段活用の動詞「つかうまつる」の命令形
つかうまつる … 「詠む」の謙譲語 ⇒ 左大臣から左大臣への敬意
・と … 格助詞

仰せられければ、「青柳の」と、初めの句を申し出だしたるを、
お命じになったので、「青柳の」と、初句を申し上げだしたのを、
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … お命じになる(尊敬語) ⇒ 作者から左大臣への敬意
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 作者から左大臣への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・青柳(あおやぎ) … 名詞
・の … 格助詞
・と … 格助詞
・初め … 名詞
・の … 格助詞
・句 … 名詞
・を … 格助詞
・申し出だし … サ行四段活用の動詞「申し出だす」の連用形
申し出だす … 「言ひ出だす」の謙譲語 ⇒ 作者から左大臣への敬意
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・を … 格助詞

候ひける女房たち、折に合はずと思ひたりげにて、
お仕えしていた女房たちは、季節に合わないと思った様子で、
・候ひ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連用形
候ふ … お側にお仕えする(謙譲語) ⇒ 作者から左大臣への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・女房たち … 名詞+接尾語
・折 … 名詞
○折 … 季節
・に … 格助詞
・合は … ハ行四段活用の動詞「合ふ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
・と … 格助詞
・思ひたりげに … ナリ活用の形容動詞「思ひたりげなり」の連用形
○げなり … 〜の様子である
・て … 接続助詞

笑ひ出だしたりければ、「ものを聞き果てずして笑ふやうやある。」と
笑いだしたので、「ものを完全に聞かないで笑うことがあるか。」と
・笑ひ出だし … サ行四段活用の動詞「笑ひ出だす」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・もの … 名詞
・を … 格助詞
・聞き果て … タ行下二段活用の動詞「聞き果つ」の未然形
○〜果つ … 完全に〜する
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・して … 接続助詞
・笑ふ … ハ行四段活用の動詞「笑ふ」の連体形
・やう … 名詞
○やう … こと
・や … 係助詞・反語
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形(結び)
・と … 格助詞

仰せられて、「疾くつかうまつれ。」とありければ、
おっしゃって、「早く詠み申し上げよ。」とお命じになったので、
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … お命じになる(尊敬語) ⇒ 作者から左大臣への敬意
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 作者から左大臣への敬意
・て … 接続助詞
・疾(と)く … 副詞
○疾く … 早く
・つかうまつれ … ラ行四段活用の動詞「つかうまつる」の命令形
つかうまつる … 「詠む」の謙譲語 ⇒ 左大臣から左大臣への敬意
・と … 格助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

  青柳のみどりの糸を繰りおきて
  青柳の緑の糸を巻きためておき、夏の間に糸を機にかけ
  ・青柳 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・みどり … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・糸 … 名詞
  ・を … 格助詞
  ・繰りおき … カ行四段活用の動詞「繰りおく」の連用形
  ・て … 接続助詞

  夏へて秋ははたおりぞ鳴く
  秋に織るという、秋の今、はたおり虫が鳴いている。
  ・夏 … 名詞
  ・へ … ハ行下二段活用の動詞「ふ(経)」の連用形
  ・て … 接続助詞
  ○へて ⇒ 「経て」と「綜て」との掛詞
  ・秋 … 名詞
  ・は … 係助詞
  ・はたおり … 名詞
  ・ぞ … 係助詞・強意
  ・鳴く … カ行四段活用の動詞「鳴く」の連体形(結び)
  ○縁語 ⇒ 「糸」「繰り」「綜」は「はたおり」の縁語

と詠みたりければ、大臣、感じ給ひて、
と詠んだところ、大臣は、感動なさって、
・と … 格助詞
・詠み … マ行四段活用の動詞「詠む」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・大臣 … 名詞
・感じ … サ行変格活用の動詞「感ず」の連用形
・給(たま)ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 作者から左大臣への敬意
・て … 接続助詞

萩織りたる御直垂を、押し出だして賜はせけり。
萩の図柄を織り出した直垂を、御簾の下から押し出して与えなさった。
・萩(はぎ) … 名詞
・織り … ラ行四段活用の動詞「織る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・御直垂(ひたたれ) … 名詞
・を … 格助詞
・押し出だし … サ行四段活用の動詞「押し出だす」の連用形
・て … 接続助詞
・賜(たま)は … ハ行四段活用の動詞「賜ふ」の未然形
賜ふ … 「与ふ」の尊敬語 ⇒ 作者から左大臣への敬意
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 作者から左大臣への敬意
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

寛平の歌合に、「初雁」を、友則、
寛平の歌合の時に、「初雁」を、友則が、
・寛平(かんぴょう) … 名詞
・の … 格助詞
・歌合(うたあわせ) … 名詞
・に … 格助詞
・初雁(はつかり) … 名詞
・を … 格助詞
・友則(とものり) … 名詞

  春霞かすみていにしかりがねは
  春霞にかすんで去っていった雁は
  ・春霞(はるがすみ) … 名詞
  ・かすみ … マ行四段活用の動詞「かすむ」の連用形
  ・て … 接続助詞
  ・いに … ナ行変格活用の動詞「いぬ」の連用形
  ○いぬ … 立ち去る
  ・し … 過去の助動詞「き」の連体形
  ・かりがね … 名詞
  ・は … 係助詞

  今ぞ鳴くなる秋霧の上に
  今は鳴き声が聞こえる、秋霧の上に
  ・今 … 名詞
  ・ぞ … 係助詞・強意
  ・鳴く … カ行四段活用の動詞「鳴く」の終止形
  ・なる … 推定の助動詞「なり」の連体形(結び)
  ・秋霧 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・上 … 名詞
  ・に … 格助詞

と詠める、左方にてありけるに、
と詠んだ、左方であったが、
・と … 格助詞
・詠め … マ行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・左方(ひだりかた) … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞

五文字を詠みたりける時、右方の人、声々に笑ひけり。
五文字を詠んだ時、右方の人は、それぞれ声を出して笑った。
・五文字(いつもじ) … 名詞
・を … 格助詞
・詠み … マ行四段活用の動詞「詠む」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・時 … 名詞
・右方 … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・声々 … 名詞
・に … 格助詞
・笑ひ … ハ行四段活用の動詞「笑ふ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

さて次の句に、「かすみていにし」と言ひけるにこそ、
そうして次の句に、「かすみていにし」と言った時には、
・さて … 接続詞
・次 … 名詞
・の … 格助詞
・句 … 名詞
・に … 格助詞
・かすみ … マ行四段活用の動詞「かすむ」の連用形
・て … 接続助詞
・いに … ナ行変格活用の動詞「いぬ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 格助詞
・こそ … 係助詞・強意

音もせずなりにけれ。同じことにや。
声もなく静かになってしまったのだ。同じことだろうか。
・音 … 名詞
・も … 係助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形(結び)
・同じ … シク活用の形容詞「同じ」の連体形
・こと … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問

error: Content is protected !!