野分のまたの日こそ・枕草子

野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。
台風の翌日は、たいそうしみじみとして趣が深いものである。
・野分(のわき) … 名詞
・の … 格助詞
・また … 副詞
・の … 格助詞
・日 … 名詞
・こそ … 係助詞
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
・あはれに … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形
あはれなり … しみじみとした情趣がある
・をかしけれ … シク活用の形容詞「をかし」の已然形
をかし … 風情がある

立蔀、透垣などの乱れたるに、前栽どもいと心苦しげなり。
立蔀や、透垣などが乱れていて、庭の植え込みなどもひどく痛々しい。
・立蔀(たてじとみ) … 名詞
・透垣(すいがい) … 名詞
・など … 副助詞
・の … 格助詞
・乱れ … ラ行下二段活用の動詞「乱る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・に … 接続助詞
・前栽(せんざい)ども … 名詞
○ども … 接尾語、複数を表す
・いと … 副詞
・心苦しげなり … ナリ活用の形容動詞「心苦しげなり」の終止形
○心苦しげなり … 痛々しい

大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが、
大きな木なども倒れ、枝などが吹き折られたのが、
・大きなる … ナリ活用の形容動詞「大きなり」の連体形
・木ども … 名詞
・も … 係助詞
・倒れ … ラ行下二段活用の動詞「倒る」の連用形
・枝 … 名詞
・など … 副助詞
・吹き折ら … ラ行四段活用の動詞「吹き折る」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・が … 格助詞

萩・をみなえしなどの上によころばひ伏せる、いと思はずなり。
萩や女郎花などの上に横倒しになっているのは、とても意外である。
・萩(はぎ) … 名詞
・をみなえし … 名詞
・など … 副助詞
・の … 格助詞
・上 … 名詞
・に … 格助詞
・よころばひ伏せ … サ行四段活用の動詞「よころばひ伏す」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
○よころばひ伏せる … 横倒しになっている
・いと … 副詞
・思はずなり … ナリ活用の形容動詞「思はずなり」の終止形
○思はずなり … 意外である

格子の壷などに、木の葉を、ことさらにしたらむやうに、
格子の目の一つ一つなどに、木の葉を、わざわざしたように、
・格子 … 名詞
・の … 格助詞
・壷 … 名詞
○格子の壷 … 格子の目の一つ一つ
・など … 副助詞
・に … 格助詞
・木の葉 … 名詞
・を … 格助詞
・ことさらに … ナリ活用の形容動詞「ことさらなり」の連用形
○ことさらなり … 意図的にするさま
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・たら … 完了の助動詞「たり」の未然形
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・やうに … 比況の助動詞「やうなり」の連用形

こまごまと吹き入れたるこそ、荒かりつる風のしわざとはおぼえね。
ていねいに吹き入れているのは、荒々しかった風のしわざとは思われない。
・こまごまと … 副詞
○こまごまと … ていねいに
・吹き入れ … ラ行下二段活用の動詞「吹き入る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・こそ … 係助詞・強調
・荒かり … ク活用の形容詞「荒し」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・風 … 名詞
・の … 格助詞
・しわざ … 名詞
・と … 格助詞
・は … 係助詞
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の未然形
おぼゆ … (自然に)思われる
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形(結び)

いと濃き衣の上曇りたるに、
たいそう濃い色の着物で表面のつやが薄れている着物に、
・いと … 副詞
・濃き … ク活用の形容詞「濃し」の連体形
・衣(きぬ) … 名詞
・の … 格助詞
・上曇(うわぐも)り … ラ行四段活用の動詞「上曇る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
○上曇りたる … 表面のつやが薄れている
・に … 格助詞

黄朽葉の織物、薄物などの小袿着て、
縦糸が紅で横糸が黄の織物、薄い絹織物などの小袿を着て、
・黄朽葉(きくちば) … 名詞
○黄朽葉 … 縦糸が紅、横糸が黄で織ったもの
・の … 格助詞
・織物 … 名詞
・薄物 … 名詞
○薄物 … 薄く織った織物
・など … 副助詞
・の … 格助詞
・小袿(こうちぎ) … 名詞
○小袿 … やや小型に仕立てられた袿、「袿」は女性の平常の室内着
・着 … カ行上一段活用の動詞「着る」の連用形
・て … 接続助詞

まことしう清げなる人の、夜は風のさわぎに寝られざりければ、
まじめそうで、きれいな人が、夜は風の騒がしさで寝られなかったので、
・まことしう … シク活用の形容詞「まことし」の連用形(音便)
○まことし … 実直である
・清げなる … ナリ活用の形容動詞「清げなり」の連体形
清げなり … 清潔で美しい
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・夜 … 名詞
・は … 係助詞
・風 … 名詞
・の … 格助詞
・さわぎ … 名詞
・に … 格助詞
・寝(ね) … ナ行下二段活用の動詞「寝(ぬ)」の未然形
・られ … 可能の助動詞「らる」の未然形
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

久しう寝起きたるままに、母屋より少しゐざり出でたる、
遅くまで寝ていて起き出したままで、母屋から少し座ったまま膝で進み出ている、
・久しう … シク活用の形容詞「久し」の連用形(音便)
・寝起き … カ行上二活用の動詞「寝起く」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・まま … 名詞
・に … 格助詞
・母屋(もや) … 名詞
・より … 格助詞
・少し … 副詞
・ゐざり出で … ダ行下二段活用の動詞「ゐざり出づ」の連用形
○ゐざり出づ … 座ったまま膝で外へ進み出る
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形

髮は風に吹きまよはされて、少しうちふくだみたるが、
髮は風に吹き乱されて、少しふくらんだようにそそけだっているのが、
・髮 … 名詞
・は … 係助詞
・風 … 名詞
・に … 格助詞
・吹きまよはさ … サ行四段活用の動詞「吹きまよはす」の未然形
○吹きまよはす … 吹き乱す
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・て … 接続助詞
・少し … 副詞
・うちふくだみ … マ行四段活用の動詞「うちふくだむ」の連用形
○うちふくだむ … 髮がけばだち乱れる、「うち」は接頭語
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・が … 格助詞

肩にかかれるほど、まことにめでたし。
肩にかかっている様子は、ほんとうにすばらしい。
・肩 … 名詞
・に … 格助詞
・かかれ … ラ行四段活用の動詞「かかる」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・ほど … 名詞
・まことに … 副詞
・めでたし … ク活用の形容詞「めでたし」の終止形
めでたし … すばらしい

ものあはれなるけしきに見出だして、
なんとなく感慨深い様子で外を見やって、
・ものあはれなる … ナリ活用の形容動詞「ものあはれなり」の連体形
もの … 接頭語、なんとなく
あはれなり … 感慨深い
・けしき … 名詞
けしき … 様子
・に … 格助詞
・見出だし … サ行四段活用の動詞「見出だす」の連用形
○見出だす … 中から外を見る
・て … 接続助詞

「むべ山風を」など言ひたるも、心あらむと見ゆるに、
「むべ山風を」などと言っているのも、情趣を解するのだろうと思われるが、
・むべ … 副詞
・山風 … 名詞
・を … 格助詞
・など … 副助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・も … 係助詞
・心あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
○心あり … 風流心がある
・む … 推量の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・見ゆる … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連体形
・に … 接続助詞

十七、八ばかりにやあらむ、小さうはあらねど、
十七、八くらいだろうか、小さくはないけれど、
・十七八 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形(結び)
・小さう … ク活用の形容詞「小さし」の連用形(音便)
・は … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ど … 接続助詞

わざと大人とは見えぬが、
とりたてて大人とは見えない人が、
・わざと … 副詞
わざと … 特別に
・大人 … 名詞
・と … 格助詞
・は … 係助詞
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・が … 格助詞

生絹の単のいみじうほころび絶え、
生絹の単衣の着物で、ひどく縫い目がほどけ切れて、
・生絹(すずし) … 名詞
○生絹 … 軽くて薄い絹布
・の … 格助詞
・単衣(ひとえ) … 名詞
・の … 格助詞
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
・ほころび絶え … ヤ行下二段活用の動詞「ほころび絶ゆ」の連用形
○ほころぶ … 縫い目がほどける
○絶ゆ … 切れる

花もかへり濡れなどしたる、薄色の宿直物を着て、
縹(はなだ)色も色あせてしっとりしている着物に、薄色の夜着を着て、
・花 … 名詞
○花 … 縹(はなだ)色 = 露草から作った青い絵の具の色
・も … 係助詞
・かへり … ラ行四段活用の動詞「かへる」の連用形
○かへる … 色あせる
・濡れ … ラ行下二段活用の動詞「濡る」の連用形
・など … 副助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・薄色 … 名詞
・の … 格助詞
・宿直物(とのいもの) … 名詞
○宿直物 … 夜着
・を … 格助詞
・着 … カ行上一段活用の動詞「着る」の連用形
・て … 接続助詞

髮、色に、こまごまとうるはしう、末も尾花のやうにて、
髮は、つややかで美しく、とても細かく端正で、末端も薄のようで、
・髮 … 名詞
・色に … ナリ活用の形容動詞「色なり」の連用形
○色なり … つややかで美しいさま
・こまごまと … 副詞
○こまごまと … たいそう細かく
・うるはしう … シク活用の形容詞「うるはし」の連用形(音便)
うるはし … きちんと整って美しい
・末 … 名詞
・も … 係助詞
・尾花 … 名詞
・の … 格助詞
・やうに … 比況の助動詞「やうなり」の連用形
・て … 接続助詞

丈ばかりなりければ、衣の裾にはづれて、
背丈と同じくらいだったので、着物の裾からはみ出て、
・丈 … 名詞
○丈 … 人の背の高さ
・ばかり … 副助詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・衣 … 名詞
・の … 格助詞
・裾 … 名詞
・に … 格助詞
・はづれ … ラ行下二段活用の動詞「はづる」の連用形
○はづる … はみ出る
・て … 接続助詞

袴のそばそばより見ゆるに、童べ、若き人々の、
袴のひだの間から見えるのだが、子どもや若い人々が、
・袴(はかま) … 名詞
・の … 格助詞
・そばそば … 名詞
○そばそば … ところどころ
・より … 格助詞
・見ゆる … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連体形
・に … 接続助詞
・童(わらわ)べ … 名詞
・若き … ク活用の形容動詞「若し」の連体形
・人々 … 名詞
・の … 格助詞

根ごめに吹き折られたる、ここかしこに取り集め、
根こそぎ吹き折られたのを、あちらこちらで取り集め、
・根ごめに … 副詞
○根ごめに … 根も一緒に
・吹き折ら … ラ行四段活用の動詞「吹き折る」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・ここかしこ … 代名詞
・に … 格助詞
・取り集め … マ行下二段活用の動詞「取り集む」の連用形

起こし立てなどするを、うらやましげに押し張りて、
起こし立てたりなどするのを、うらやましそうに手で簾を外に押し張って、
・起こし立て … タ行下二段活用の動詞「起こし立つ」の連用形
・など … 副助詞
・する … サ行変格活用の動詞「す」の連体形
・を … 格助詞
・うらやましげに … ナリ活用の形容動詞「うらやましげなり」の連用形
○うらやましげなり … うらやましそうなさま
・押し張り … ラ行四段活用の動詞「押し張る」の連用形
○押し張る … 押して張り出すようにする
・て … 接続助詞

簾に添ひたる後ろ手も、をかし。
簾に寄り添っている後ろ姿も、趣が深い。
・簾(す) … 名詞
・に … 格助詞
・添ひ … ハ行四段活用の動詞「添ふ」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・後ろ手 … 名詞
○後ろ手 … 後ろ姿
・も … 係助詞
・をかし … シク活用の形容詞「をかし」の終止形

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