道長の剛胆(道長の豪胆・肝だめし)・大鏡

四条の大納言のかく何事もすぐれ、めでたくおはしますを、
四条の大納言がこのように何事にも優れ、立派でいらっしゃるのを、
・四条の大納言 … 名詞
○四条の大納言 ⇒ 藤原公任(きんとう)
・の … 格助詞
・かく … 副詞
・何事 … 名詞
・も … 係助詞
・すぐれ … ラ行下二段活用の動詞「すぐる」の連用形
・めでたく … ク活用の形容詞「めでたし」の連用形
めでたし … 立派である
・おはします … サ行四段活用の動詞「おはします」の連体形
おはします … 「あり」の尊敬語 ⇒ 筆者から四条の大納言への敬意
・を … 格助詞

大入道殿、「いかでかかからむ。うらやましくもあるかな。
大入道殿は、「どうしてこのようであるのだろう。うらやましいことだなあ。
・大入道殿(おおにゆうどうどの) … 名詞
○大入道殿 ⇒ 藤原兼家(かねいえ)
・いかで … 副詞
いかで … どうして
・か … 係助詞・疑問
・かから … ラ行変格活用の動詞「かかり」の未然形
○かかり … このようである
・む … 推量の助動詞「む」の連体形(結び)
・うらやましく … シク活用の形容詞「うらやまし」の連用形
・も … 係助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・かな … 終助詞・詠嘆

わが子どもの、影だに踏むべくもあらぬこそ口惜しけれ。」
私の子供たちが、影さえ踏むことができないのは残念なことだ。」
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・子ども … 名詞
・の … 格助詞
・影 … 名詞
・だに … 副助詞
・踏む … マ行四段活用の動詞「踏む」の終止形
・べく … 可能の助動詞「べし」の連用形
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・こそ … 係助詞・強意
・口惜しけれ … シク活用の形容詞「口惜し」の已然形(結び)

と申させ給ひければ、中関白殿・粟田殿などは、
と申し上げなさったところ、中関白殿や粟田殿などは、
・と … 格助詞
・申さ … サ行四段活用の動詞「申す」の未然形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から中関白殿・粟田殿への敬意
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から大入道殿への敬意
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から大入道殿への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・中関白殿(なかのかんぱくどの) … 名詞
○中関白殿 ⇒ 藤原道隆(みちたか)
・粟田殿(あわたどの) … 名詞
○粟田殿 ⇒ 藤原道兼(みちかね)
・など … 副助詞
・は … 係助詞

げにさもとや思すらむと、
(大入道殿が)本当にそのようにもお思いになっているのだろうと、
・げに … 副詞
げに … 本当に
・さ … 副詞
・も … 係助詞
さも … そのようにも
・と … 格助詞
・や … 係助詞・疑問
・思(おぼ)す … サ行四段活用の動詞「思す」の終止形
思す … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から大入道殿への敬意
・らむ … 現在推量の助動詞「らむ」の連体形(結び)
・と … 格助詞

恥づかしげなる御気色にて、ものものたまはぬに、
恥ずかしそうなご様子であって、何もおっしゃらないが、
・恥づかしげなる … ナリ活用の形容動詞「恥づかしげなり」の連用形
・御気色(みけしき) … 名詞
○気色 … 気持ちが顔に表れること
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・もの … 名詞
・も … 係助詞
・のたまは … ハ行四段活用の動詞「のたまふ」の未然形
のたまふ … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から中関白殿・粟田殿への敬意
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・に … 接続助詞

この入道殿は、いと若くおはします御身にて、
この入道殿は、たいそう若くていらっしゃる御身の上で、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・入道殿 … 名詞
○入道殿 ⇒ 藤原道長(みちなが)
・は … 係助詞
・いと … 副詞
・若く … ク活用の形容詞「若し」の連用形
・おはします … サ行四段活用の動詞「おはします」の連体形
おはします … 「あり」の尊敬語 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・御身 … 名詞
 … 身の上、立場
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞

「影をば踏まで、面をや踏まぬ。」とこそ仰せられけれ。
「影は踏まないが、顔は踏まずにいるものか。」とおっしゃられた。
・影 … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・踏ま … マ行四段活用の動詞「踏む」の未然形
・で … 接続助詞
・面(つら) … 名詞
・を … 格助詞
・や … 係助詞・反語
・踏ま … マ行四段活用の動詞「踏む」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・こそ … 係助詞・強意
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形(結び)
「影をば踏まで、面をや踏まぬ。」には、道長のどのような気持ちが表れているか ⇒ 四条大納言の上位に立ってその面目を失わせてやるという気持ち。

まことにこそさおはしますめれ。
ほんとうにその言葉どおりでいらっしゃるようです。
・まことに … 副詞
・こそ … 係助詞・強意
・さ … 副詞
 … そう、その言葉どおり
・おはします … サ行四段活用の動詞「おはします」の終止形
おはします … 「あり」の尊敬語 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・めれ … 推定の助動詞「めり」の已然形(結び)

内大臣殿をだに、近くてえ見奉り給はぬよ。
内大臣殿をさえ、近くで見申し上げなさることができないことよ。
・内大臣殿 … 名詞
○内大臣殿 ⇒ 藤原教通(のりみち)
・を … 格助詞
・だに … 副助詞
・近く … ク活用の形容詞「近し」の連用形
・て … 接続助詞
・え … 副詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・奉り … ラ行四段活用の動詞「奉る」の連用形
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から内大臣殿への敬意
・給は … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の未然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から大入道殿への敬意
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・よ … 間投助詞・詠嘆

さるべき人は、とうより御心魂の猛く、
そうなるのが当然であるような人は、早くから御精神が強く、
・さるべき … 連体詞
○さるべき … そうなるのが当然であるような
・人 … 名詞
・は … 係助詞
・とう … ク活用の形容詞「とし」の連用形(音便)
・より … 格助詞
・御心魂(こころだましい) … 名詞
○心魂 … 精神
・の … 格助詞
・猛(たけ)く … ク活用の形容詞「猛し」の連用形
○猛し … 強い、勇ましい
「さるべき人」とは、どのような人か ⇒ 将来国の政治を執り行うほどの地位にまで昇りつめるような人。

御守りもこはきなめりとおぼえ侍るは。
神仏の御加護もしっかりしているようだと思われますよ。
・御守り … 名詞
○守り … 神仏の加護
・も … 係助詞
・こはき … ク活用の形容詞「こはし」の連体形
○こはし … しっかりしている
なるめり ⇒ なんめり(撥音便) ⇒ なめり(無表記)
・な … 断定の助動詞「なり」の連体形
・めり … 推定の助動詞「めり」の終止形
・と … 格助詞
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
・侍る … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連体形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 筆者から読者への敬意
・は … 終助詞・詠嘆
 … 〜よ

花山院の御時に、五月下つ闇に、
花山院が天皇でいらっしゃった時、五月下旬の闇夜に、
・花山院(かさんいん) … 名詞
・の … 格助詞
・御時 … 名詞
・に … 格助詞
・五月 … 名詞
・下(しも)つ闇(やみ) … 名詞
○下つ闇 … 下旬の闇夜
・に … 格助詞

五月雨も過ぎて、いとおどろおどろしくかきたれ雨の降る夜、
五月雨(の時期)も過ぎて、とても気味悪く激しく雨の降る夜、
・五月雨 … 名詞
・も … 係助詞
・過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の連用形
・て … 接続助詞
・いと … 副詞
・おどろおどろしく … シク活用の形容詞「おどろおどろし」の連用形
おどろおどろし … 不気味で恐ろしい
・かきたれ … ラ行下二段活用の動詞「かきたる」の連用形
○かきたる … 降りやむ様子もなく降る
・雨 … 名詞
・の … 格助詞
・降る … ラ行四段活用の動詞「降る」の連体形
・夜(よ) … 名詞

帝、さうざうしとや思し召しけむ、
帝は、心寂しいとお思いになったのでしょうか、
・帝(みかど) … 名詞
・さうざうし … シク活用の形容詞「さうざうし」の終止形
さうざうし … 心寂しい
・と … 格助詞
・や … 係助詞・疑問
・思(おぼ)し召(め)し … サ行四段活用の動詞「思し召す」の連用形
思し召す … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形(結び)

殿上に出でさせおはしまして、遊びおはしましけるに、
殿上の間にお出ましになって、(殿上人と)遊んでいらっしゃったが、
・殿上(てんじよう) … 名詞
○殿上 … 清涼殿の殿上の間
・に … 格助詞
・出(い)で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・させ … 尊敬の助動詞「さす」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・おはしまし … サ行四段活用の動詞「おはします」の連用形
おはします … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・て … 接続助詞
・遊び … バ行四段活用の動詞「遊ぶ」の連用形
・おはしまし … サ行四段活用の動詞「おはします」の連用形
おはします … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞

人々、物語申しなどし給うて、
人々が、お話を申し上げなどなさって、
・人々 … 名詞
・物語 … 名詞
物語 … 
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・など … 副助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・給う … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形(音便)
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から人々(殿上人)への敬意
・て … 接続助詞

昔恐ろしかりけることどもなどに申しなり給へるに、
昔恐ろしかったことなどにお話が及びなさった時に、
・昔 … 名詞
・恐ろしかり … シク活用の形容詞「恐ろし」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・ことども … 名詞
・など … 副助詞
・に … 格助詞
・申しなり … ラ行四段活用の動詞「申しなる」の連用形
申しなる … 「言ひなる」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から人々(殿上人)への敬意
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・に … 格助詞

「今宵こそいとむつかしげなる夜なめれ。
(帝が)「今夜は、たいそう気味が悪い夜であるようだ。
・今宵(こよい) … 名詞
・こそ … 係助詞・強意
・いと … 副詞
・むつかしげなる … ナリ活用の形容動詞「むつかしげなり」の連体形
○むつかしげなり … 気味が悪いさま
・夜 … 名詞
・な … 断定の助動詞「なり」の連体形
・めれ … 推定の助動詞「めり」の已然形(結び)

かく人がちなるだに、気色おぼゆ。
このように人が多くいてさえ、不気味な感じがする。
・かく … 副詞
・人がちなる … ナリ活用の形容動詞「人がちなり」の連体形
○人がちなり … 人が多いさま
・だに … 副助詞
・気色(けしき) … 名詞
○気色 … 変な感じ
・おぼゆ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の終止形
おぼゆ … 感じられる

まして、もの離れたる所などいかならむ。
まして、離れている(人気のない)所などはどうだろうか。
・まして … 副詞
・もの離れ … ラ行下二段活用の動詞「もの離る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・所 … 名詞
・など … 副助詞
・いかなら … ナリ活用の形容動詞「いかなり」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の終止形

さあらむ所に一人往なむや。」と仰せられけるに、
そのような所に一人で行けるだろうか。」とおっしゃられたところ、
・さ … 副詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・所 … 名詞
・に … 格助詞
・一人 … 名詞
・往な … ナ行変格活用の動詞「往ぬ」の未然形
○往ぬ … 行ってしまう
・む … 可能の助動詞「む」の終止形
・や … 係助詞・疑問
・と … 格助詞
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞

「えまからじ。」とのみ申し給ひけるを、
(人々は)「参れないでしょう。」とだけ申し上げなさったのに、
・え … 副詞
・まから … ラ行四段活用の動詞「まかる」の未然形
まかる … 「行く」の丁寧語 ⇒ 人々(殿上人)から帝への敬意
・じ … 打消推量の助動詞「じ」の終止形
・と … 格助詞
・のみ … 副助詞
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から人々(殿上人)への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 接続助詞
「えまからじ。」は、どういう気持ちの表れか ⇒ たいそう気味が悪い夜に人気のない離れている所に一人で行くことを嫌がる気持ち。

入道殿は、「いづくなりともまかりなむ。」と申し給ひければ、
入道殿は、「どこであっても参りましょう。」と申し上げなさったので、
・入道殿 … 名詞
・は … 係助詞
・いづく … 代名詞
○いづく … どこ
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
・とも … 接続助詞
○とも … たとえ〜としても
・まかり … ラ行四段活用の動詞「まかる」の連用形
まかる … 「行く」の丁寧語 ⇒ 入道殿から帝への敬意
・な … 強意の助動詞「ぬ」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

さるところおはします帝にて、
そんなところのおありになる帝であって、
・さる … 連体詞
・ところ … 名詞
・おはします … サ行四段活用の動詞「おはします」の連体形
おはします … 「あり」の尊敬語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・帝 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
「さるところ」とは具体的にどのようなことを指しているか ⇒ やり遂げることがひどく難しそうなことを人にやらせてみて、その結果をおもしろがるところ。

「いと興あることなり。さらば行け。
「たいそうおもしろいことだ。それならば行け。
・いと … 副詞
・興 … 名詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
○興あり〜おもしろみがある
・こと … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
・さらば … 接続詞
・行け … カ行四段活用の動詞「行く」の命令形

道隆は豊楽院、道兼は仁寿殿の塗籠、道長は大極殿へ行け。」
道隆は豊楽院、道兼は仁寿殿の塗籠、道長は大極殿へ行け。」
・道隆 … 名詞
・は … 係助詞
・豊楽院(ぶらくいん) … 名詞
・道兼 … 名詞
・は … 係助詞
・仁寿殿(じじゆでん) … 名詞
・の … 格助詞
・塗籠(ぬりごめ) … 名詞
・道長 … 名詞
・は … 係助詞
・大極殿(だいごくでん) … 名詞
・へ … 格助詞
・行け … カ行四段活用の動詞「行く」の命令形

と仰せられければ、よその君達は、
とおっしゃられたので、ほかの君達は、
・と … 格助詞
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・よそ … 名詞
・の … 格助詞
・君達 … 名詞
・は … 係助詞

便なきことをも奏してけるかなと思ふ。
都合の悪いことを奏上したものだなあと思う。
・便(びん)なき … ク活用の形容詞「便なし」の連体形
便なし … 都合が悪い
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・も … 係助詞
・奏し … サ行変格活用の動詞「奏す」の連用形
奏す … (天皇に)申し上げる、奏上する
奏す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・て … 接続助詞
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・かな … 終助詞・詠嘆
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の終止形

また、承らせ給へる殿ばらは、御気色変はりて、
また、(命令を)お受けになった殿たちは、お顔の色が変わって、
・また … 接続詞
・承ら … ラ行四段活用の動詞「承る」の未然形
承る … お受けする
承る … 「受く」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から道隆・道兼への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から道隆・道兼への敬意
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・殿ばら … 名詞
○ばら(接尾語) … 複数を表す
・は … 係助詞
・御気色 … 名詞
○気色 … 顔色
・変はり … ラ行四段活用の動詞「変はる」の連用形
・て … 接続助詞

益なしと思したるに、入道殿は、
困ったことだとお思いになっているのに、入道殿は、
・益(やく)なし … ク活用の形容詞「益なし」の終止形
○益なし … 感心できない、困ったことだ
・と … 格助詞
・思し … サ行四段活用の動詞「思す」の連用形
思す … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から道隆・道兼への敬意
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・に … 接続助詞
・入道殿 … 名詞
・は … 係助詞

つゆさる御気色もなくて、「私の従者をば具し候はじ。
全くそんなご様子もなくて、「自分の従者は連れて行きますまい。
・つゆ … 副詞
つゆ(〜打消) … 全く(〜ない)
・さる … 連体詞
・御気色 … 名詞
気色 … そぶり、様子
・も … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・て … 接続助詞
・私 … 名詞
・の … 格助詞
・従者(ずさ) … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・具し … サ行変格活用の動詞「具す」の連用形
・候(さぶら)は … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の未然形
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 入道殿から帝への敬意
・じ … 打消意志の助動詞「じ」の終止形
「さる御気色」とはどのような様子か … 困っている様子。

この陣の吉上まれ、滝口まれ、
この近衛の陣の吉上でも、滝口の武士でも、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・陣 … 名詞
・の … 格助詞
・吉上(きちじよう) … 名詞
・まれ … 連語
○も(係助詞)+あれ(「あり」の命令形) … まれ
○まれ … 〜でも
・滝口 … 名詞
・まれ … 連語

一人を、『昭慶門まで送れ。』と仰せ言賜べ。
一人に、『昭慶門まで送れ。』とご命令をお下しください。
・一人 … 名詞
・を … 格助詞
・昭慶門(しようけいもん) … 名詞
・まで … 副助詞
・送れ … ラ行四段活用の動詞「送る」の命令形
・と … 格助詞
・仰せ言 … 名詞
○仰せ言 … ご命令
・賜べ … バ行四段活用の動詞「賜ぶ」の命令形
賜ぶ … お与えになる、お下しになる
賜ぶ … 「与ふ」の尊敬語 ⇒ 入道殿から帝への敬意

それより内には一人入り侍らむ。」と申し給へば、
そこから内には一人で入りましょう。」と申し上げなさると、
・それ … 代名詞
・より … 格助詞
・内 … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・一人 … 名詞
・入り … ラ行四段活用の動詞「入る」の連用形
・侍ら … ラ行変格活用の動詞「侍り」の未然形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 入道殿から帝への敬意
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・ば … 接続助詞

「証なきこと。」と仰せらるるに、「げに。」とて、
「証拠がないことだ。」とおっしゃられるので、「なるほど。」と思って、
・証(そう) … 名詞
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・こと … 名詞
・と … 格助詞
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・らるる … 尊敬の助動詞「らる」の連体形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・に … 接続助詞
・げに … 副詞
げに … なるほど
・とて … 格助詞
どのようなことの「証」なのか ⇒ 大極殿まで行ったことの証拠。

御手箱に置かせ給へる小刀申して立ち給ひぬ。
(帝が)御手箱に置いていらっしゃる小刀を申し受けてお立ちになった。
・御手箱 … 名詞
・に … 格助詞
・置か … カ行四段活用の動詞「置く」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・小刀(こがたな) … 名詞
・申(ま)し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 申し受ける(謙譲語) ⇒ 筆者から帝への敬意
・て … 接続助詞
・立ち … タ行四段活用の動詞「立つ」の連用形
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

いま二所も、苦む苦むおのおのおはさうじぬ。
もうお二方も、しぶしぶそれぞれお出かけになった。
・いま … 副詞
・二所(ふたところ) … 名詞
○二所 … お二人
・も … 係助詞
・苦(にが)む苦む … 副詞
○苦む苦む … しぶしぶ
・おのおの … 副詞
・おはさうじ … サ行変格活用の動詞「おはさうず」の連用形
おはさうず … 「行く」の尊敬語 ⇒ 筆者から道隆・道兼への敬意
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

「子四つ。」と奏して、かく仰せられ
(役人が)「子四つ。」と奏上して、(帝が)このようにご命令なされ
・子四(ねよ)つ … 名詞
・と … 格助詞
・奏し … サ行変格活用の動詞「奏す」の連用形
奏す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・て … 接続助詞
・かく … 副詞
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
「子四つ」は何時頃か ⇒ 午前零時半頃。

議するほどに、丑にもなりにけむ。
相談するうちに、丑の刻にもなったのでしょう。
・議する … サ行変格活用の動詞「議す」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・丑(うし) … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の終止形
「丑」は何時頃か ⇒ 午前一時から午前三時頃。

「道隆は右衛門の陣より出でよ。道長は承明門より出でよ。」と、
「道隆は右衛門の陣から出なさい。道長は承明門から出なさい。」と、
・道隆 … 名詞
・は … 係助詞
・右衛門(うえもん) … 名詞
・の … 格助詞
・陣 … 名詞
・より … 格助詞
・出でよ … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の命令形
・道長 … 名詞
・は … 係助詞
・承明門(しようめいもん) … 名詞
・より … 格助詞
・出でよ … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の命令形
・と … 格助詞

それをさへ分かたせ給へば、しかおはしましあへるに、
それさえもお分けになったので、そのようにそれぞれお出かけになったが、
・それ … 代名詞
・を … 格助詞
・さへ … 副助詞
・分かた … タ行四段活用の動詞「分かつ」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・ば … 接続助詞
・しか … 副詞
・おはしましあへ … ハ行四段活用の動詞「おはしましあふ」の已然形
おはしましあふ … 「行きあふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から道隆・道兼・道長への敬意
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・に … 接続助詞
「それをさへ」とは、どういうことか ⇒ 道隆が豊楽院に行く時の出口と道長は大極殿へ行く時の出口さえも、ということ。

中関白殿、陣まで念じておはしましたるに、
中関白殿は、(右衛門の)陣までは我慢していらっしゃったが、
・中関白殿 … 名詞
・陣 … 名詞
・まで … 副助詞
・念じ … サ行変格活用の動詞「念ず」の連用形
・て … 接続助詞
・おはしまし … サ行四段活用の動詞「おはします」の連用形
おはします … 「行く」の尊敬語 ⇒ 筆者から中関白殿への敬意
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・に … 接続助詞

宴の松原のほどに、そのものともなき声どもの聞こゆるに、
宴の松原のあたりに、えたいの知れない声々が聞こえるので、
・宴(えん)の松原 … 名詞
・の … 格助詞
・ほど … 名詞
○ほど … あたり、付近
・に … 格助詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・もの … 名詞
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
○そのものともなし … えたいの知れない
・声ども … 名詞
○ども(接尾語) … 複数である意
・の … 格助詞
・聞こゆる … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の連体形
・に … 接続助詞

術なくて帰り給ふ。粟田殿は、露台の外まで、
どうしようもなくてお帰りになる。粟田殿は、露台の外まで、
・術(ずち)なく … ク活用の形容詞「術なし」の連用形
○術なし … どうしようもなくて苦しい
・て … 接続助詞
・帰り … ラ行四段活用の動詞「帰る」の連用形
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の終止形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から中関白殿への敬意
・粟田殿 … 名詞
・は … 係助詞
・露台(ろだい) … 名詞
・の … 格助詞
・外(と) … 名詞
・まで … 副助詞

わななくわななくおはしたるに、仁寿殿の東面の砌のほどに、
ぶるぶる震えていらっしゃったが、仁寿殿の東側の軒下の石畳のあたりに、
・わななくわななく … 副詞
○わななく … ぶるぶる震える
・おはし … サ行変格活用の動詞「おはす」の連用形
おはす … 「行く」の尊敬語 ⇒ 筆者から粟田殿への敬意
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・に … 接続助詞
・仁寿殿 … 名詞
・の … 格助詞
・東面(ひがしおもて) … 名詞
・の … 格助詞
・砌(みぎり) … 名詞
・の … 格助詞
・ほど … 名詞
・に … 格助詞

軒と等しき人のあるやうに見え給ひければ、ものもおぼえで、
軒と同じ(高さの)人がいるようにお見えになったので、無我夢中で、
・軒 … 名詞
・と … 格助詞
・等しき … シク活用の形容詞「等し」の連体形
○等し … 同じである
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・やうに … 比況の助動詞「やうなり」の連用形
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から粟田殿への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・もの … 名詞
・も … 係助詞
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の未然形
・で … 接続助詞
○ものもおぼえず … どうしたらよいか分からない

「身の候はばこそ、仰せ言も承らめ。」とて、
「わが身がありますなら、ご命令もお受けするだろう。」と思って、
・身 … 名詞
 … 自分自身
・の … 格助詞
・候は … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の未然形
候ふ … 「あり」の丁寧語 ⇒ 粟田殿から帝への敬意
・ば … 接続助詞
・こそ … 係助詞・強意
・仰せ言 … 名詞
・も … 係助詞
・承ら … ラ行四段活用の動詞「承る」の未然形
承る … 「受く」の謙譲語 ⇒ 粟田殿から帝への敬意
・め … 推量の助動詞「む」の連用形(結び)
・とて … 格助詞
「身の候はばこそ、仰せ言も承らめ。」は、誰が、どのような気持ちから発した言葉か ⇒ 粟田殿が、このまま進めば自分の生命が危険にさらされそうだと危惧する気持ちから発した言葉。

おのおの立ち帰り参り給へれば、御扇をたたきて笑はせ給ふに、
それぞれ引き返し参上なさったので、(帝は)御扇をたたいて笑いなさるが、
・おのおの … 副詞
・立ち帰り … ラ行四段活用の動詞「立ち返る」の連用形
○立ち帰る … 引き返す
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
参る … 参上する(謙譲語) ⇒ 筆者から帝への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から中関白殿・粟田殿への敬意
・れ … 完了の助動詞「り」の已然形
・ば … 接続助詞
・御扇 … 名詞
・を … 格助詞
・たたき … カ行四段活用の動詞「たたく」の連用形
・て … 接続助詞
・笑は … ハ行四段活用の動詞「笑ふ」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・に … 接続助詞

入道殿は、いと久しく見えさせ給はぬを、
入道殿は、たいそう長い間お見えにならないので、
・入道殿 … 名詞
・は … 係助詞
・いと … 副詞
・久しく … シク活用の形容詞「久し」の連用形
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の未然形
・させ … 尊敬の助動詞「さす」の連用形 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・給は … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の未然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・を … 接続助詞

いかがと思し召すほどにぞ、いとさりげなく、
どうしたのかとお思いになっているうちに、まったく何ごともなく、
・いかが … 副詞
・と … 格助詞
・思し召す … サ行四段活用の動詞「思し召す」の連体形
思し召す … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強意
・いと … 副詞
・さりげなく … ク活用の形容詞「さりげなし」の連用形
○さりげなし … 何もなかった様子だ

ことにもあらずげにて、参らせ給へる。
たいしたことではないといった様子で、(入道殿が)参上なさった。
・こと … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格段活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
○ことにもあらず … たいしたことではない
・げ … 接尾語
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
○げなり … 〜様子である
・て … 接続助詞
・参ら … ラ行四段活用の動詞「参る」の未然形
参る … 参上する(謙譲語) ⇒ 筆者から帝への敬意
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・る … 完了の助動詞「る」の連体形(結び)

「いかにいかに。」と問はせ給へば、いとのどやかに、
(帝が)「どうだったどうだった。」とお尋ねになると、とても落ち着いて、
・いかに … 副詞
いかに … どのように
・いかに … 副詞
・と … 格助詞
・問は … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の未然形
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝への敬意
・ば … 接続助詞
・いと … 副詞
・のどやかに … ナリ活用の形容動詞「のどやかなり」の連用形
○のどやかなり … 落ち着いている

御刀に、削られたるものを取り具して奉らせ給ふに、
御刀に、削り取られたものをとりそろえて差し上げなさるので、
・御刀 … 名詞
・に … 格助詞
・削ら … ラ行四段活用の動詞「削る」の未然形
○削る … 削り取る
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・もの … 名詞
・を … 格助詞
・取り具し … サ行変格活用の動詞「取り具す」の連用形
○取り具す … とりそろえる
・て … 接続助詞
・奉ら … ラ行四段活用の動詞「奉る」の未然形
奉る … 「与ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・せ … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・に … 接続助詞

「こは何ぞ。」と仰せらるれば、
(帝が)「これは何か。」とおっしゃられると、
・こ … 代名詞
・は … 係助詞
・何 … 代名詞
・ぞ … 係助詞
・と … 格助詞
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・らるれ … 尊敬の助動詞「らる」の已然形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・ば … 接続助詞

「ただにて帰り参りて侍らむは、証候ふまじきにより、
「何も持たずに帰って参りましては、証拠がありませんでしょうから、
・ただに … ナリ活用の形容動詞「ただなり」の連用形
ただなり … 何もない
・て … 接続助詞
・帰り参り … ラ行四段活用の動詞「帰り参る」の連用形
○帰り参る … 「帰り来」の謙譲語
・て … 接続助詞
・侍ら … ラ行変格活用の動詞「侍り」の未然形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 入道殿から帝への敬意
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・は … 係助詞
・証 … 名詞
・候ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の終止形
候ふ … 「あり」の丁寧語 ⇒ 入道殿から帝への敬意
・まじき … 打消推量の助動詞「まじ」の連体形
・に … 格助詞
・より … ラ行四段活用の動詞「よる」の連用形
○よる … 基づく

高御座の南面の柱のもとを削りて候ふなり。」と、
高御座の南側の柱の下を削ってまいったのです。」と、
・高御座(たかみくら) … 名詞
・の … 格助詞
・南面(みなみおもて) … 名詞
・の … 格助詞
・柱 … 名詞
・の … 格助詞
・もと … 名詞
・を … 格助詞
・削り … ラ行四段活用の動詞「削る」の連用形
・て … 接続助詞
・候ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連体形
候ふ … 「来」の謙譲語 ⇒ 入道殿から帝への敬意
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
・と … 格助詞

つれなく申し給ふに、いとあさましく思し召さる。
平然と申し上げなさるので、とても驚きあきれたこととお思いになる。
・つれなく … ク活用の形容詞「つれなし」の連用形
つれなし … 平気である
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 入道殿から帝への敬意
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・に … 接続助詞
・いと … 副詞
・あさましく … シク活用の形容詞「あさまし」の連用形
あさまし … 驚きあきれたことだ
・思し召さ … サ行四段活用の動詞「思し召す」の未然形
思し召す … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・る … 尊敬の助動詞「る」の終止形 ⇒ 筆者から帝への敬意
「いとあさましく思し召さる。」とあるが、なぜそう思ったのか ⇒ 道隆と道兼が恐怖心のために途中で引き返してきたので、道長も同じではないかと思っていたが、まったく予想に反して、道長が余裕を持って目的を達成して帰ってきたようだったから。

こと殿たちの御気色は、いかにもなほ直らで、
ほかの殿たちのお顔の色は、どうしてもやはり直らないで、
・こと殿たち … 名詞
・の … 格助詞
・御気色 … 名詞
・は … 係助詞
・いかに … 副詞
・も … 係助詞
○いかにも(〜打消) … 決して(〜ない)
・なほ … 副詞
なほ … (それでも)やはり
・直ら … ラ行四段活用の動詞「直る」の未然形
・で … 接続助詞
「こと殿たち」とは、だれのことか ⇒ 道隆・道兼。

この殿のかくて参り給へるを、
この殿がこのように(帰り)参上なさったのを、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・殿 … 名詞
・の … 格助詞
・かくて … 副詞
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
参る … 参上する(謙譲語) ⇒ 筆者から帝への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から入道殿への敬意
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・を … 格助詞

帝よりはじめ感じののしられ給へど、
帝をはじめとして感心してお騒ぎになったけれど、
・帝 … 名詞
・より … 格助詞
・はじめ … マ行下二段活用の動詞「はじむ」の連用形
○はじむ … はじめとする
・感じののしら … ラ行四段活用の動詞「感じののしる」の未然形
○感ず … 感心する
ののしる … 大声で言い騒ぐ
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から帝・殿上人への敬意
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から帝・殿上人への敬意
・ど … 接続助詞

うらやましきにや、またいかなるにか、
(道隆・道兼は)うらやましいのか、またどういうことなのか、
・うらやましき … シク活用の形容詞「うらやまし」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞
・また … 接続詞
・いかなる … ナリ活用の形容動詞「いかなり」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・か … 係助詞

ものも言はでぞ候ひ給ひける。
なにも言わないで控えていらっしゃった。
・もの … 名詞
・も … 係助詞
・言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・で … 接続助詞
・ぞ … 係助詞・強意
・候ひ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連用形
候ふ … 控えている(謙譲語) ⇒ 筆者から帝への敬意
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から中関白殿・粟田殿への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)
「ものも言はでぞ候ひ給ひける。」はどのような気持ちか ⇒ まだ恐怖心が抜けきれないほどの怖い目に合う原因を作った道長をたたえる輪の中になど入りたくないという気持ち。

なほ疑はしく思し召されければ、つとめて、
(帝は)やはり疑わしくお思いになったので、翌朝、
・なほ … 副詞
・疑はしく … シク活用の形容詞「疑わし」の連用形
・思し召さ … サ行四段活用の動詞「思し召す」の未然形
思し召す … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から帝への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・つとめて … 名詞

「蔵人して、削り屑をつがはしてみよ。」と仰せ言ありければ、
「蔵人に命じて、削り屑をあてがってみよ。」とご命令があったので、
・蔵人(くろうど) … 名詞
・して … 格助詞
して … 〜に命じて
・削り屑(くず) … 名詞
・を … 格助詞
・つがはし … サ行四段活用の動詞「つがはす」の連用形
○つがはす〜あてがう
・て … 接続助詞
・みよ … マ行上一段活用の動詞「みる」の連用形
・と … 格助詞
・仰せ言 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

持て行きて押し付けて見たうびけるに、つゆ違はざりけり。
持って行って押しつけてご覧になったところ、少しも違わなかった。
・持て行き … カ行四段活用の動詞「持て行く」の連用形
・て … 接続助詞
・押し付け … カ行四段活用の動詞「押し付く」の連用形
・て … 接続助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・給(たう)び … バ行四段活用の動詞「給ぶ」の連用形
○給ぶ … 「給ふ」の変化した形
給ぶ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から蔵人への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞
・つゆ … 副詞
つゆ(〜打消) … 少しも(〜ない)
・違(たが)は … ハ行四段活用の動詞「違ふ」の未然形
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連体形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

その削り跡は、いとけざやかにて侍めり。
その削り跡は、たいそうはっきりしているようでございます。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・削り跡 … 名詞
・は … 係助詞
・いと … 副詞
・けざやかに … ナリ活用の形容動詞「けざやかなり」の連用形
○けざやかなり … はっきりしているさま
・て … 接続助詞
侍るめり ⇒ 侍んめり(撥音便) ⇒ 侍めり(無表記)
・侍 … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連体形
侍り … 「あり」の丁寧語 ⇒ 筆者から読者への敬意
・めり … 推定の助動詞「めり」の終止形
○侍めり … 〜ようでございます

末の世にも、見る人はなほあさましきことにぞ申ししかし。
後世にも、(それを)見る人はやはり驚きあきれたことと申しましたよ。
・末の世 … 名詞
○末の世 … 後世
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
・人 … 名詞
・は … 係助詞
・なほ … 副詞
・あさましき … シク活用の形容詞「あさまし」の連体形
・こと … 名詞
・に … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強意
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 「言ふ」の丁寧語 ⇒ 筆者から読者への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形(結び)
・かし … 終助詞・念押し

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