若紫(小紫垣のもと)・源氏物語

日もいと長きに、つれづれなれば、
日もたいそう長くて、することもなく退屈なので、
・日 … 名詞
・も … 係助詞
・いと … 副詞
・長き … ク活用の形容詞「長し」の連体形
・に … 接続助詞
・つれづれなれ … ナリ活用の形容動詞「つれづれなり」の已然形
つれづれなり … することもなく退屈なさま
・ば … 接続助詞

夕暮れのいたう霞みたるに紛れて、
夕暮れのひどく霞んでいるのに紛れて、
・夕暮れ … 名詞
・の … 格助詞
・いたう … ク活用の形容詞「いたし」の連用形(音便)
いたし … はなはだしい
・霞(かす)み … マ行四段活用の動詞「霞む」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・に … 格助詞
・紛(まぎれ)れ … ラ行下二段活用の動詞「紛る」の連用形
・て … 接続助詞

かの小紫垣のもとに立ち出で給ふ。
(源氏は)あの小柴垣のところにお出かけになる。
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・小紫垣(こしばがき) … 名詞
・の … 格助詞
・もと … 名詞
○もと … 人のいる所
・に … 格助詞
・立ち出で … ダ行下二段活用の動詞「立ち出づ」の連用形
○立ち出づ … 出ていく
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の終止形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から光源氏への敬意

人々は帰し給ひて、惟光の朝臣とのぞき給へば、
人々はお帰しになって、惟光の朝臣と(小柴垣の内を)おのぞきになると、
・人々 … 名詞
・は … 係助詞
・帰し … サ行四段活用の動詞「帰す」の連用形
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から光源氏への敬意
・て … 接続助詞
・惟光(これみつ)の朝臣(あそん) … 名詞
・と … 格助詞
・のぞき … カ行四段活用の動詞「のぞく」の連用形
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から光源氏への敬意
・ば … 接続助詞

ただこの西面にしも、
ちょうどこの西向きの部屋に、
・ただ … 副詞
ただ … すぐの所に
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・西面(にしおもて) … 名詞
○西面 … 西向きの部屋
・に … 格助詞
・しも … 副助詞

持仏据ゑ奉りて行ふ、尼なりけり。
持仏をお据え申し上げて仏道を勤行する、尼であったよ。
・持仏 … 名詞
・据ゑ … ワ行下二段活用の動詞「据う」の連用形
・奉り … ラ行四段活用の動詞「奉る」の連用形
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から持仏への敬意
・て … 接続助詞
・行ふ … ハ行四段活用の動詞「行ふ」の連体形
行ふ … 仏道を勤行する
・尼 … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形

簾少し上げて、花奉るめり。
簾を少し巻き上げて、花をお供えするようである。
・簾(すだれ) … 名詞
・少し … 副詞
・上げ … ガ行下二段活用の動詞「上ぐ」の連用形
・て … 接続助詞
・花 … 名詞
・奉る … ラ行四段活用の動詞「奉る」の終止形
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から持仏への敬意
・めり … 推定の助動詞「めり」の終止形

中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、
中央の柱に寄りかかって座って、肘掛けの上に経を置いて、
・中 … 名詞
○中 … 中央
・の … 格助詞
・柱 … 名詞
・に … 格助詞
・寄りゐ … ワ行上一段活用の動詞「寄りゐる」の連用形
ゐる … 座る
・て … 接続助詞
・脇息(きょうそく) … 名詞
・の … 格助詞
・上 … 名詞
・に … 格助詞
・経 … 名詞
・を … 格助詞
・置き … カ行四段活用の動詞「置く」の連用形
・て … 接続助詞

いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。
ひどくだるそうに読経している尼君は、普通の身分の人とは見えない。
・いと … 副詞
・なやましげに … ナリ活用の形容動詞「なやましげなり」の連用形
○なやましげなり … だるそうなさま
・読みゐ … ワ行上一段活用の動詞「読みゐる」の連用形
ゐる … ずっと〜している
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・尼君 … 名詞
・ただ人 … 名詞
○ただ人 … 普通の人
・と … 格助詞
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

四十余ばかりにて、いと白うあてに、痩せたれど、
四十過ぎぐらいで、とても色が白く上品であり、痩せているが、
・四十余(よ) … 名詞
・ばかり … 副助詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・いと … 副詞
・白う … ク活用の形容詞「白し」の連用形(音便)
・あてに … ナリ活用の形容動詞「あてなり」の連用形
あてなり … 上品である
・痩せ … サ行下二段活用の動詞「痩す」の連用形
・たれ … 存続の助動詞「たり」の已然形
・ど … 接続助詞

つらつきふくらかに、まみのほど、
ほおのあたりの様子はふっくらとしていて、目もとのあたり、
・つらつき … 名詞
○つらつき … ほおのあたりの様子
・ふくらかに … ナリ活用の形容動詞「ふくらかなり」の連用形
○ふくらかなり … ふっくらとしてやわらかなさま
・まみ … 名詞
○まみ … 目もと
・の … 格助詞
・ほど … 名詞
○ほど … 〜あたり

髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりも
髪がきれいに切りそろえられている先端も、かえって長いのよりも
・髪 … 名詞
・の … 格助詞
・うつくしげに … ナリ活用の形容動詞「うつくしげなり」の連用形
○うつくしげなり … きれいである
・そが … ガ行四段活用の動詞「そぐ」の未然形
○そぐ … 切り落とす
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・末 … 名詞
 … 先端
・も … 係助詞
・なかなか … 副詞
なかなか … かえって
・長き … ク活用の形容詞「長し」の連体形
・より … 格助詞
・も … 係助詞

こよなう今めかしきものかなとあはれに見給ふ。
格別に当世風でしゃれているものだなと深く感心して(源氏は)ご覧になる。
・こよなう … ク活用の形容詞「こよなし」の連用形(音便)
こよなし … 格別である
・今めかしき … シク活用の形容詞「今めかし」の連体形
今めかし … 当世風でしゃれている
・もの … 名詞
・かな … 終助詞・詠嘆
・と … 格助詞
・あはれに … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形
あはれなり … しみじみと心に深く感じるさま
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の終止形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から光源氏への敬意

きよげなる大人二人ばかり、さては童べぞ出で入り遊ぶ。
こぎれいな年配の女房が二人ほど、そのほかに子供たちが出入りして遊んでいる。
・きよげなる … ナリ活用の形容動詞「きよげなり」の連体形
きよげなり … こぎれいである
・大人 … 名詞
・二人 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・さては … 接続詞
○さては … そのほかに
・童(わらわ)べ … 名詞
・ぞ … 係助詞・強意
・出で入り … ラ行四段活用の動詞「出で入る」の連用形
・遊ぶ … バ行四段活用の動詞「遊ぶ」の連体形(結び)

中に、十ばかりにやあらむと見えて、白き衣、
その中に、十歳ばかりであろうかと見えて、白い下着、
・中 … 名詞
・に … 格助詞
・十 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
・て … 接続助詞
・白き … ク活用の形容詞「白し」の連体形
・衣(きぬ) … 名詞

山吹などの萎えたる着て走り来たる女子、
山吹襲の上着などの糊が落ちて柔らかくなったのを着て走ってきた女の子は、
・山吹(やまぶき) … 名詞
○山吹 … 山吹襲(がさね)の上着(表が薄朽葉色で裏が黄色の上着)
・など … 副助詞
・の … 格助詞
・萎(な)え … ヤ行下二段活用の動詞「萎ゆ」の連用形
○萎ゆ … 着なれて柔らかくなる
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・着 … カ行上一段活用の動詞「着る」の連用形
・て … 接続助詞
・走り来(き) … カ行変格活用の動詞「走り来(く)」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・女子(おんなご) … 名詞

あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、
たくさん見えていた子供たちに似ているはずもなく、
・あまた … 副詞
○あまた … たくさん
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・子ども … 名詞
・に … 格助詞
・似る … ナ行上一段活用の動詞「似る」の終止形
・べう … 当然の助動詞「べし」の連用形(音便)
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形

いみじく生ひ先見えてうつくしげなる容貌なり。
たいそう将来の美しさが感じられて、かわいらしい顔立ちである。
・いみじく … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
・生ひ先 … 名詞
○生ひ先 … 期待される将来
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
見ゆ … 感じられる
・て … 接続助詞
・うつくしげなる … ナリ活用の形容動詞「うつくしげなり」の連体形
○うつくしげなり … かわいらしいさま
・容貌(かたち) … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

髪は、扇を広げたるやうにゆらゆらとして、
髪は、扇を広げているようにゆらゆらとして、
・髪 … 名詞
・は … 係助詞
・扇 … 名詞
・を … 格助詞
・広げ … ガ行下二段活用の動詞「広ぐ」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・やうに … 比況の助動詞「やうなり」の連用形
・ゆらゆらと … 副詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞

顔は、いと赤くすりなして立てり。
顔は、たいそう(手で)こすって赤くして立っている。
・顔 … 名詞
・は … 係助詞
・いと … 副詞
・赤く … ク活用の形容詞「赤し」の連用形
・すりなし … サ行四段活用の動詞「すりなす」の連用形
○すりなす … こすって〜にする
・て … 接続助詞
・立て … タ行四段活用の動詞「立つ」の已然形
・り … 存続の助動詞「り」の終止形

「何事ぞや。童べと腹立ち給へるか。」とて、
「何事ですか。子供たちとけんかをなさったのですか。」と言って、
・何事 … 名詞
・ぞ … 係助詞(終助詞とする説もある)
・や … 係助詞・疑問
・童べ … 名詞
・と … 格助詞
・腹立ち … タ行四段活用の動詞「腹立つ」の連用形
○腹立つ … けんかをする
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から若紫への敬意
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・か … 係助詞・疑問
・とて … 格助詞

尼君の見上げたるに、少しおぼえたるところあれば、
尼君が見上げた(顔)に、少し似ているところがあるので、
・尼君 … 名詞
・の … 格助詞
・見上げ … ガ行下二段活用の動詞「見上ぐ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・に … 格助詞
・少し … 副詞
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
おぼゆ … 似る
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ところ … 名詞
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形
・ば … 接続助詞

子なめりと見給ふ。
(尼君の)子であるようだと(源氏は)ご覧になる。
・子 … 名詞
なるめり ⇒ なんめり(音便) ⇒ なめり(無表記)
・な … 断定の助動詞「なり」の連体形
・めり … 推定の助動詞「めり」の終止形
・と … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の終止形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から光源氏への敬意

「雀の子を犬君が逃がしつる。
「雀の子を犬君が逃がしてしまったの。
・雀(すずめ) … 名詞
・の … 格助詞
・子 … 名詞
・を … 格助詞
・犬君(いぬき) … 名詞
・が … 格助詞
・逃がし … サ行四段活用の動詞「逃がす」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形

伏籠の内に籠めたりつるものを。」とて、いと口借しと思へり。
伏籠の中に入れておいたのに。」と言って、とても残念だと思っている。
・伏籠(ふせご) … 名詞
・の … 格助詞
・内 … 名詞
・に … 格助詞
・籠(こ)め … マ行下二段活用の動詞「籠む」の連用形
○籠む … 中に入れる
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・ものを … 接続助詞
○ものを … 〜のに
・とて … 格助詞
・いと … 副詞
・口借し … シク活用の形容詞「口惜し」の終止形
・と … 格助詞
・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の已然形
・り … 存続の助動詞「り」の終止形

このゐたる大人、「例の、心なしの
そこに座っている年配の女房が、「いつものように、うっかり者が
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・ゐ … ワ行上一段活用の動詞「ゐる」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・大人 … 名詞
・例 … 名詞
・の … 格助詞
○例の … いつものように
・心なし … 名詞
○心なし … 思慮の足りない者
・の … 格助詞

かかるわざをしてさいなまるるこそ、いと心づきなけれ。
こんな不始末をして叱られるなんて、ほんとうに困ったことですね。
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
・わざ … 名詞
○わざ … 行為
・を … 格助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・さいなま … マ行四段活用の動詞「さいなむ」の未然形
○さいなむ … 叱りつける
・るる … 受身の助動詞「る」の連体形
・こそ … 係助詞・強意
・いと … 副詞
・心づきなけれ … ク活用の形容詞「心づきなし」の已然形(結び)
心づきなし … 気にくわない

いづ方へかまかりぬる。いとをかしうやうやうなりつるものを。
どこへ参ったのでしょうか。とてもかわいらしくだんだんなっていたのに。
・いづ方 … 代名詞
・へ … 格助詞
・か … 係助詞・疑問
・まかり … ラ行四段活用の動詞「まかる」の連用形
まかる … 「行く」の謙譲語 ⇒ 女房から尼君への敬意
・ぬる … 完了の助動詞「ぬ」の連体形(結び)
・いと … 副詞
・をかしう … シク活用の形容詞「をかし」の連用形(音便)
・やうやう … 副詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・ものを … 接続助詞

烏などもこそ見つくれ。」とて立ちて行く。
鳥などが見つけたら大変です。」と言って立って行く。
・烏(からす) … 名詞
・など … 副助詞
・も … 係助詞
・こそ … 係助詞・強意
もこそ〜 … 〜したら大変である
・見つくれ … カ行下二段活用の動詞「見つく」の已然形(結び)
・とて … 格助詞
・立ち … タ行四段活用の動詞「立つ」の連用形
・て … 接続助詞
・行く … カ行四段活用の動詞「行く」の終止形

髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり。
髪がゆったりとしてたいへん長く、見苦しくない人のようだ。
・髪 … 名詞
・ゆるるかに … ナリ活用の形容動詞「ゆるるかなり」の連用形
○ゆるるかなり … ゆったりとしたさま
・いと … 副詞
・長く … ク活用の形容詞「長し」の連用形
・めやすき … 活用の形容詞「めやすし」の連体形
めやすし … 見苦しくない
・人 … 名詞
なるめり ⇒ なんめり(音便) ⇒ なめり(無表記)
・な … 断定の助動詞「なり」の連体形
・めり … 推定の助動詞「めり」の終止形

少納言の乳母とぞ人言ふめるは、この子の後見なるべし。
少納言の乳母と人が呼んでいるらしい人は、この子の世話役なのであろう。
・少納言 … 名詞
・の … 格助詞
・乳母(めのと) … 名詞
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強意
・人 … 名詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形
・める … 婉曲の助動詞「めり」の連体形
・は … 係助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・子 … 名詞
・の … 格助詞
・後見(うしろみ) … 名詞
・なる … 断定の助動詞「なり」の連体形
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形

尼君、「いで、あな幼や。言ふかひなうものし給ふかな。
尼君は、「いやはや、なんと幼いこと。たわいなくていらっしゃることよ。
・尼君 … 名詞
・いで … 感動詞
○いで … いやはや
・あな … 感動詞
・幼(おさな) … 活用の形容詞「幼し」の語幹
・や … 間投助詞
・言ふかひなう … ク活用の形容詞「言ふかひなし」の連用形(音便)
○言ふかひなし … 未熟であるさま
・ものし … サ行変格活用の動詞「ものす」の連用形
ものす … あり
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 尼君から若紫への敬意
・かな … 終助詞

おのがかく今日明日におぼゆる命をば
私のこのように今日明日にもと思われる命を
・おの … 代名詞
・が … 格助詞
・かく … 副詞
・今日 … 名詞
・明日 … 名詞
・に … 格助詞
・おぼゆる … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連体形
・命 … 名詞
・を … 格助詞

何とも思したらで、雀慕ひ給ふほどよ。
何ともお思いにならないで、雀を追いかけていらっしゃるとは。
・ば … 係助詞
・何 … 代名詞
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・思し … サ行四段活用の動詞「思す」の連用形
思す … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 尼君から若紫への敬意
・たら … 存続の助動詞「たり」の未然形
・で … 接続助詞
・雀 … 名詞
・慕ひ … ハ行四段活用の動詞「慕ふ」の連用形
○慕ふ … 恋い慕ってあとを追う
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 尼君から若紫への敬意
・ほど … 名詞
・よ … 間投助詞

罪得ることぞと常に聞こゆるを、
仏罰を受けることになりますよと常に申し上げていますのに、
・罪 … 名詞
・得(う)る … ア行四段活用の動詞「得(う)」の連体形
・こと … 名詞
・ぞ … 係助詞・強意
・と … 格助詞
・常に … 副詞
・聞こゆる … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の連体形
聞こゆ … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 尼君から若紫への敬意
・を … 接続助詞

心憂く。」とて、「こちや。」と言へば、ついゐたり。
情けないこと。」と言って、「こちらへ。」と言うと、膝をついて座った。
・心憂く … ク活用の形容詞「心憂し」の連用形
心憂し … 情けない
・とて … 格助詞
・こち … 代名詞
・や … 間投助詞
・と … 格助詞
・言へ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の已然形
・ば … 接続助詞
・ついゐ … ワ行上一段活用の動詞「ついゐる」の連用形
○ついゐる … 膝をついて座る
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形

つらつきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、
顔つきがとてもかわいらしくて、眉の辺りがほんのりとして、
・つらつき … 名詞
○つらつき … 顔つき
・いと … 副詞
・らうたげに … ナリ活用の形容詞「らうたげなり」の連用形
○らうたげなり … かわいらしいさま
・て … 接続助詞
・眉 … 名詞
・の … 格助詞
・わたり … 名詞
・うちけぶり … ラ行四段活用の動詞「うちけぶる」の連用形
○うちけぶる … 煙っているようなさま

いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。
あどけなく(髪を)かき上げている額の様子、髪の生え具合が、とても愛らしい。
・いはけなく … ク活用の形容詞「いはけなし」の連用形
○いはけなし … あどけない
・かいやり … ラ行四段活用の動詞「かいやる」の連用形
○かいやる … かき上げる
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・額つき … 名詞
・髪(かん)ざし … 名詞
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
・うつくし … シク活用の形容詞「うつくし」の終止形
うつくし … 愛らしい

ねびゆかむさまゆかしき人かな、と目とまり給ふ。
成長していく様子を見たい人だなあ、と目がお留まりになる。
・ねびゆか … カ行四段活用の動詞「ねびゆく」の未然形
○ねびゆく … 成長していく
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・さま … 名詞
・ゆかしき … シク活用の形容詞「ゆかし」の連体形
ゆかし … 知りたい、見たい、聞きたい
・人 … 名詞
・かな … 終助詞
・と … 格助詞
・目 … 名詞
・とまり … ラ行四段活用の動詞「とまる」の連用形
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の終止形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から光源氏への敬意

さるは、限りなう心を尽くし聞こゆる人に、
そうであるのは、この上なく心からお慕い申し上げている人に、
・さるは … 接続詞
・限りなう … ク活用の形容詞「限りなし」の連用形
・心 … 名詞
・を … 格助詞
・尽くし … サ行四段活用の動詞「尽くす」の連用形
○心を尽くす … 全精神を傾ける
・聞こゆる … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の連体形
聞こゆ … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から藤壺への敬意
・人 … 名詞
・に … 格助詞

いとよう似奉れるが、
とてもよく似申し上げているのが、
・いと … 副詞
・よう … 副詞(音便)
・似 … ナ行上一段活用の動詞「似る」の連用形
・奉れ … ラ行四段活用の動詞「奉る」の已然形
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から藤壺への敬意
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・が … 格助詞

まもらるるなりけりと思ふにも涙ぞ落つる。
じっと見つめてしまう(理由な)のだなあと思うにつけても涙がこぼれる。
・まもら … ラ行四段活用の動詞「まもる」の未然形
まもる … じっと見つめる
・るる … 自発の助動詞「る」の連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・涙 … 名詞
・ぞ … 係助詞・強意
・落つる … タ行上二段活用の動詞「落つ」の連体形(結び)

尼君、髪をかきなでつつ、「けづることをうるさがり給へど、をかしの御髪や。
尼君は、髪をかきなでながら、「櫛ですくことを嫌がりなさるが、美しい御髪だこと。
・尼君 … 名詞
・髪 … 名詞
・を … 格助詞
・かきなで … ダ行下二段活用の動詞「かきなづ」の連用形
・つつ … 接続助詞
・けづる … ラ行四段活用の動詞「けづる」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・うるさがり … ラ行四段活用の動詞「うるさがる」の連用形
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 尼君から若紫への敬意
・ど … 接続助詞
・をかし … シク活用の形容詞「をかし」の終止形
・の … 格助詞
・御髪(みぐし) … 名詞
・や … 間投助詞

いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。
たいそうたわいなくいらっしゃるのが、かわいそうで気がかりです。
・いと … 副詞
・はかなう … ク活用の形容詞「はかなし」の連用形(音便)
はかなし … たわいない
・ものし … サ行変格活用の動詞「ものす」の連用形
ものす … ある
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 尼君から若紫への敬意
・こそ … 係助詞・強意
・あはれに … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形
あはれなり … かわいそうだ
・うしろめたけれ … ク活用の形容詞「うしろめたし」の已然形(結び)
うしろめたし … 気にかかる

かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。
これくらい(の年)になれば、ほんとうにこのようではない人もありますのに。
・かばかり … 副詞
○かばかり … これくらい
・に … 格助詞
・なれ … ラ行四段活用の動詞「なる」の已然形
・ば … 接続助詞
・いと … 副詞
・かから … ラ行変格活用の動詞「かかり」の未然形
○かかり … このようである
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「とあり」の連体形
・ものを … 接続助詞

故姫君は、十ばかりにて殿におくれ給ひしほど、
亡くなった姫君は、十歳ほどで殿(父君)に先立たれなさった頃、
・故姫君 … 名詞
○故(接頭語) … その人が亡くなっている意を表す
・は … 係助詞
・十 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・にて … 格助詞
・殿 … 名詞
・に … 格助詞
・おくれ … ラ行下二段活用の動詞「おくる」の連用形
おくる … 先に死なれる
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 尼君から故姫君への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・ほど … 名詞

いみじうものは思ひ知り給へりしぞかし。
とてもよく物事をわきまえていらっしゃいましたよ。
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
いみじ … はなはだしい
・もの … 名詞
もの … 事柄
・は … 係助詞
・思ひ知り … ラ行四段活用の動詞「思ひ知る」の連用形
○思ひ知る … 了解する
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の已然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 尼君から故姫君への敬意
・り … 存続の助動詞「り」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・ぞ … 係助詞(終助詞とする説もある)
・かし … 終助詞

ただ今おのれ見捨て奉らば、
たった今私が見捨て申し上げたならば、
・ただ今 … 副詞
○ただ今 … ちょうど今
・おのれ … 代名詞
・見捨て … タ行下二段活用の動詞「見捨つ」の連用形
・奉ら … ラ行四段活用の動詞「奉る」の未然形
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 尼君から若紫への敬意
・ば … 接続助詞

いかで世におはせむとすらむ。」とて、
どうやって生きておいでになろうとするのでしょう。」と言って、
・いかで … 副詞
いかで … どうやって
・世 … 名詞
・に … 格助詞
・おはせ … サ行変格活用の動詞「おはす」の未然形
おはす … 「あり」の尊敬語 ⇒ 尼君から若紫への敬意
○世にあり … 生きている
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・す … サ行変格活用の動詞「す」の終止形
・らむ … 現在推量の助動詞「らむ」の連体形
・とて … 格助詞

いみじく泣くを見給ふも、すずろに悲し。
ひどく泣くのをご覧になるにつけても、(源氏は)わけもなく悲しい。
・いみじく … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
・泣く … カ行四段活用の動詞「泣く」の連体形
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から光源氏への敬意
・も … 係助詞
・すずろに … ナリ活用の形容動詞「すずろなり」の連用形
すずろなり … はっきりした根拠や原因がないさま
・悲し … シク活用の形容詞「悲し」の終止形

幼心地にも、さすがにうちまもりて、
幼心にも、さすがに(尼君を)じっと見つめて、
・幼心地 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・さすがに … 副詞
・うちまもり … ラ行四段活用の動詞「うちまもる」の連用形
○うちまもる … じっと見つめる
・て … 接続助詞

伏し目になりてうつぶしたるに、
伏し目になってうつむいているところに、
・伏し目 … 名詞
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・て … 接続助詞
・うつぶし … サ行四段活用の動詞「うつぶす」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・に … 格助詞

こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。
こぼれかかっている髪の毛が、つやつやとすばらしく美しく見える。
・こぼれかかり … ラ行四段活用の動詞「こぼれかかる」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・髪 … 名詞
・つやつやと … 副詞
・めでたう … ク活用の形容詞「めでたし」の連用形(音便)
めでたし … すばらしい
・見ゆ … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の終止形

  生ひ立たむありかも知らぬ若草を
  これからどこで育っていくのかも分からない若草(若紫)を
  ・生ひ立た … タ行四段活用の動詞「生ひ立つ」の未然形
  ○生ひ立つ … 育っていく
  ・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
  ・ありか … 名詞
  ○ありか … 人が存在する場所
  ・も … 係助詞
  ・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
  ・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
  ・若草 … 名詞
  ・を … 格助詞

  おくらす露ぞ消えむそらなき
  あとに残す露(私)は消えようにも消えていく空もありません。
  ・おくらす … サ行四段活用の動詞「おくらす」の連体形
  ○おくらす … あとに残す
  ・露 … 名詞
  ・ぞ … 係助詞・強意
  ・消え … ヤ行下二段活用の動詞「消ゆ」の未然形
  ・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
  ・そら … 名詞
  ・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形(結び)

またゐたる大人、「げに。」とうち泣きて、
もう一人座っている年配の女房が、「ほんとうに。」と泣いて、
・また … 副詞
また … 他にもう一人
・ゐ … ワ行上一段活用の動詞「ゐる」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・大人 … 名詞
・げに … 副詞
げに … ほんとうに
・と … 格助詞
・うち泣き … カ行四段活用の動詞「うち泣く」の連用形
・て … 接続助詞

  初草の生ひゆく末も知らぬ間に
  萌え出たばかりの若草の成長していく将来も分からないうちに、
  ・初草 … 名詞
  ○初草 … 春の初めに萌え出る草
  ・の … 格助詞
  ・生ひゆく … カ行四段活用の動詞「生ひゆく」の連体形
  ○生ひゆく … 成長していく
  ・末 … 名詞
  ○ … 将来
  ・も … 係助詞
  ・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
  ・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
  ・間 … 名詞
  ・に … 格助詞

  いかでか露の消えんとすらむ
  どうして露は消えようとするのでしょうか。
  ・いかで … 副詞
  ○いかで … どうして
  ・か … 係助詞・疑問
  ・露 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・消え … ヤ行下二段活用の動詞「消ゆ」の未然形
  ・む … 意志の助動詞「む」の終止形
  ・と … 格助詞
  ・す … サ行変格活用の動詞「す」の終止形
  ・らむ … 原因推量の助動詞「らむ」の連体形(結び)

と聞こゆるほどに、僧都あなたより来て、
と申し上げているところに、僧都が向こうから来て、
・と … 格助詞
・聞こゆる … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の連体形
聞こゆ … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から尼君への敬意
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・僧都(そうず) … 名詞
・あなた … 代名詞
あなた … 向こう側
・より … 格助詞
・来(き) … カ行変格活用の動詞「来(く)」の連用形
・て … 接続助詞

「こなたはあらはにや侍らむ。今日しも端におはしましけるかな。
「こちらはまる見えではありませんか。今日に限って端近な所においでなのですね。
・こなた … 代名詞
○こなた … こちら
・は … 係助詞
・あらはに … ナリ活用の形容動詞「あらはなり」の連用形
あらはなり … まる見えである
・や … 係助詞・疑問
・侍ら … ラ行変格活用の動詞「侍り」未然形
侍り … 「あり」の丁寧語 ⇒ 僧都から尼君への敬意
・む … 推量の助動詞「む」の連体形(結び)
・今日 … 名詞
・しも … 副助詞
・端 … 名詞
○端 … 家の中の外側に近い所
・に … 格助詞
・おはしまし … サ行四段活用の動詞「おはします」の連用形
おはします … 「居り」の尊敬語 ⇒ 僧都から尼君への敬意
・ける … 詠嘆の助動詞「けり」の連体形
・かな … 終助詞・詠嘆

この上の聖の方に、源氏の中将の、
この上の聖のところに、源氏の中将が、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・上(かみ) … 名詞
・の … 格助詞
・聖(ひじり) … 名詞
・の … 格助詞
・方 … 名詞
 … ところ
・に … 格助詞
・源氏の中将 … 名詞
・の … 格助詞

わらは病みまじなひにものし給ひけるを、ただ今なむ聞きつけ侍る。
おこりのおまじないのためにおいでになったことを、たった今聞きつけました。
・わらは病み … 名詞
○わらは病み … 熱病の一種、おこり
・まじなひ … 名詞
○まじなひ … 災難・病気などの不幸から逃れられるように神仏に祈ること
・に … 格助詞
・ものし … サ行変格活用の動詞「ものす」の連用形
ものす … 来る
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 僧都から光源氏への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 格助詞
・ただ今 … 副詞
・なむ … 係助詞・強意
・聞きつけ … カ行下二段活用の動詞「聞きつく」の連用形
・侍る … ラ行変格活用の動詞「侍り」連体形(結び)
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 僧都から尼君への敬意

いみじう忍び給ひければ知り侍らで、ここに侍りながら、
たいそう人目を忍びなさっていたので存じませんで、ここにおりながら、
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
・忍び … バ行上二段活用の動詞「忍ぶ」の連用形
忍ぶ … 人目を忍ぶ
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 僧都から光源氏への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・知り … ラ行四段活用の動詞「知る」の連用形
・侍ら … ラ行変格活用の動詞「侍り」未然形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 僧都から尼君への敬意
・で … 接続助詞
・ここ … 代名詞
・に … 格助詞
・侍り … ラ行変格活用の動詞「侍り」連用形
侍り … 「居り」の丁寧語 ⇒ 僧都から尼君への敬意
・ながら … 接続助詞

御とぶらひにもまうでざりける。」とのたまへば、「あないみじや。
お見舞いにも参上しませんでした。」とおっしゃると、「まあ大変だこと。
・御(おおん)とぶらひ … 名詞
○とぶらひ … 見舞い
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・まうで … ダ行下二段活用の動詞「知る」の未然形
まうづ … 参上する(謙譲語) ⇒ 僧都から光源氏への敬意
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・と … 格助詞
・のたまへ … ハ行四段活用の動詞「のたまふ」の已然形
のたまふ … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から僧都への敬意
・ば … 接続助詞
・あな … 感動詞
あな … ああ、あれ、まあ
・いみじ … シク活用の形容詞「いみじ」の終止形
いみじ … とても大変だ
・や … 間投助詞

いとあやしきさまを人や見つらむ。」とて、簾下ろしつ。
ひどく見苦しい有様を誰かが見ているだろうか。」と言って、簾を下ろした。
・いと … 副詞
・あやしき … シク活用の形容詞「あやし」の連体形
あやし … そまつで見苦しい
・さま … 名詞
・を … 格助詞
・人 … 名詞
 … 他の人
・や … 係助詞・疑問
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・つ … 強意の助動詞「つ」の終止形
・らむ … 現在推量の助動詞「らむ」の連体形(結び)
○つらむ … 〜ているだろう
・とて … 格助詞
・簾 … 名詞
・下ろし … サ行四段活用の動詞「下ろす」の連用形
・つ … 完了の助動詞「つ」の終止形

「この世にののしり給ふ光る源氏、かかるついでに見奉り給はんや。
「世間で評判になっていらっしゃる光源氏を、こうした機会に拝見なさいませんか。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・世 … 名詞
・に … 格助詞
・ののしり … ラ行四段活用の動詞「ののしる」の連用形
ののしる … 評判になる
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 僧都から光源氏への敬意
・光源氏 … 名詞
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
・ついで … 名詞
ついで … 機会
・に … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・奉り … ラ行四段活用の動詞「奉る」の連用形
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 僧都から光源氏への敬意
・給は … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の未然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 僧都から尼君への敬意
・む … 勧誘の助動詞「む」の終止形
・や … 係助詞・疑問

世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の愁へ忘れ、
世を捨てた法師の気持ちにも、すっかり世の悩みごとを忘れ、
・世 … 名詞
・を … 格助詞
・捨て … タ行下二段活用の動詞「捨つ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・法師 … 名詞
・の … 格助詞
・心地 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
・世 … 名詞
・の … 格助詞
・愁へ … 名詞
○愁へ … 不安、心配
・忘れ … ラ行下二段活用の動詞「忘る」の連用形

齢延ぶる人の御ありさまなり。
寿命が延びる人のご様子なのです。
・齢(よわい) … 名詞
○齢 … 寿命
・延ぶる … バ行上二段活用の動詞「延ぶ」の連体形
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・御ありさま … 名詞
○ありさま … 様子
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

いで御消息聞こえむ。」とて立つ音すれば、帰り給ひぬ。
さあ、ご挨拶を申し上げましょう。」と言って立つ音がするので、(源氏は)お帰りになった。
・いで … 感動詞
○いで … さあ(他人を促す)
・御消息(しょうそこ) … 名詞
消息 … 挨拶
・聞こえ … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の未然形
聞こゆ … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 僧都から光源氏への敬意
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・とて … 格助詞
・立つ … タ行四段活用の動詞「立つ」の連体形
・音 … 名詞
・すれ … サ行変格活用の動詞「す」の已然形
・ば … 接続助詞
・帰り … ラ行四段活用の動詞「帰る」の連用形
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から光源氏への敬意
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

あはれなる人を見つるかな、
しみじみと心ひかれる人を見たものだなあ、
・あはれなる … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連体形
あはれなり … しみじみと深く心に感じる
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・かな … 終助詞

かかれば、このすき者どもは、かかる歩きをのみして、
こうであるから、この色好みたちは、このような忍び歩きばかりをして、
・かかれ … ラ行変格活用の動詞「かかり」の已然形
・ば … 接続助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・すき者ども … 名詞
・は … 係助詞
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
・歩き … 名詞
・を … 格助詞
・のみ … 副助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞

よくさるまじき人をも見つくるなりけり、たまさかに立ち出づるだに、
うまく見つけられそうもない人をも見つけるのだなあ、まれに出ていってさえ、
・よく … 副詞
○よく … じょうずに
・さる … ラ行変格活用の動詞「さり」の連体形
・まじき … 不可能の助動詞「まじ」の連体形
○さるまじ … そうできそうもない
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・も … 係助詞
・見つくる … カ行下二段活用の動詞「見つく」の連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形
・たまさかに … ナリ活用の形容動詞「たまさかなり」の連用形
○たまさかなり … まれであるさま
・立ち出づる … ダ行下二段活用の動詞「立ち出づ」の連体形
○立ち出づ … 出ていく
・だに … 副助詞

かく思ひのほかなることを見るよ、とをかしう思す。
このように思いがけないことを見ることよ、とおもしろくお思いになる。
・かく … 副詞
・思ひのほかなる … ナリ活用の形容動詞「思ひのほかなり」の連体形
○思ひのほかなり … 思いがけないさま
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
・よ … 間投助詞
・と … 格助詞
・をかしう … シク活用の形容詞「をかし」の連用形
をかし … おもしろい
・思す … サ行四段活用の動詞「思す」の終止形
思す … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から光源氏への敬意

さても、いとうつくしかりつる児かな、
それにしても、とてもかわいらしい子だったなあ、
・さても … 接続詞
○さても … それにしても
・いと … 副詞
・うつくしかり … シク活用の形容詞「うつくし」の連用形
うつくし … 愛らしい
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・児 … 名詞
・かな … 終助詞・詠嘆

何人ならむ、かの人の御代はりに、
どういう人なのだろう、あの方(藤壺)のお身代わりとして、
・何人 … 名詞
○何人 … どういう人物
・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・御代はり … 名詞
・に … 格助詞

明け暮れの慰めにも見ばや、と思ふ心深うつきぬ。
明け暮れの慰めにでも見たいものだ、と思う心が(源氏に)深く取り付いた。
・明け暮れ … 名詞
・の … 格助詞
・慰め … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の未然形
・ばや … 終助詞・希望
ばや … 〜したい
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・心 … 名詞
・深う … ク活用の形容詞「深し」の連用形(音便)
・つき … カ行四段活用の動詞「つく」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

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