今し、羽根といふ所に来ぬ。
今ちょうど、羽根という所にやって来た。
・今 … 名詞
・し … 副助詞
・羽根 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・所 … 名詞
・に … 格助詞
・来 … カ行変格活用の動詞「来」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
若き童、この所の名を聞きて、
幼い子が、この場所の名前を聞いて、
・若き … ク活用の形容詞「若し」の連体形
・童 … 名詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・所 … 名詞
・の … 格助詞
・名 … 名詞
・を … 格助詞
・聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
・て … 接続助詞
「羽根といふ所は、鳥の羽根のやうにやある。」と言ふ。
「羽根という所は、鳥の羽根のようであるのか。」と言う。
・羽根 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・所 … 名詞
・は … 係助詞
・鳥 … 名詞
・の … 格助詞
・羽根 … 名詞
・の … 格助詞
・やうに … 比況の助動詞「やうなり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形
まだ幼き童の言なれば、人々笑ふ時に、
まだ幼い子どもの言葉なので、人々が笑うときに、
・まだ … 副詞
・幼き … ク活用の形容詞「幼し」の連体形
・童 … 名詞
・の … 格助詞
・言(こと) … 名詞
○言 … 言葉
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞
・人々 … 名詞
・笑ふ … ハ行四段活用の動詞「笑ふ」の連体形
・時 … 名詞
・に … 格助詞
ありける女童なむ、この歌を詠める。
以前和歌を詠んだ少女が、この歌を詠んだ。
・ありける … 連体詞
・女童(おんなわらわ) … 名詞
○ありける女童 … 以前和歌を詠んだ少女
・なむ … 係助詞・強調
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・歌 … 名詞
・を … 格助詞
・詠め … マ行四段活用の動詞「詠む」の命令形(已然形)
・る … 完了の助動詞「り」の連体形(結び)
まことにて名に聞く所羽根ならば
本当に名前を聞いている所が鳥の羽根であるならば、
・まことに … ナリ活用の形容動詞「まことなり」の連用形
・て … 接続助詞
・名 … 名詞
・に … 格助詞
・聞く … カ行四段活用の動詞「聞く」の連体形
・所 … 名詞
・羽根 … 名詞
・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・ば … 接続助詞
飛ぶがごとくに都へもがな
飛ぶように都へ帰りたいものだなあ。
・飛ぶ … バ行四段活用の動詞「飛ぶ」の連体形
・が … 格助詞
・ごとくに … 比況の助動詞「ごとくなり」の連用形
・都 … 名詞
・へ … 格助詞
・もがな … 終助詞・願望
○女童の詠んだ「まことにて…」の歌は、船中でどのように受け止められたか。 ⇒ 自分たちの今の気持ちが詠み込まれている歌として船中の人たちに受け止められた。
とぞ言へる。
と言ったのだった。
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・言へ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の命令形(已然形)
・る … 完了の助動詞「り」の連体形(結び)
男も女も、いかで疾く京へもがなと思ふ心あれば、
男も女も、なんとかして早く京へ帰りたいものだと思う気持ちがあるので、
・男 … 名詞
・も … 係助詞
・女 … 名詞
・も … 係助詞
・いかで … 副詞
○いかで … どうにかして(願望)
・疾く … 副詞
・京 … 名詞
・へ … 格助詞
・もがな … 終助詞・願望
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・心 … 名詞
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形
・ば … 接続助詞
この歌、よしとにはあらねど、げにと思ひて、人々忘れず。
この歌が、優れているというわけではないが、本当にと思って、人々は忘れない。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・歌 … 名詞
・よし … ク活用の形容詞「よし」の終止形
○よし … すばらしい
・と … 格助詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・は … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ど … 接続助詞
・げに … 副詞
○げに … なるほど(同調)
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・人々 … 名詞
・忘れ … ラ行下二段活用の動詞「忘る」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
この羽根といふ所問ふ童のついでにぞ、
この羽根という所のことを尋ねる子どもがきっかけで、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・羽根 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・所 … 名詞
・問ふ … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の連体形
・童 … 名詞
・の … 格助詞
・ついで … 名詞
○ついで … 機会
・に … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
また昔へ人を思ひ出でて、いづれの時にか忘るる。
また亡くなった人を思い出して、いつになったら忘れるのだろうか。
・また … 副詞
・昔へ人 … 名詞
・を … 格助詞
・思ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「思ひ出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・いづれ … 代名詞
○いづれ … いつ
・の … 格助詞
・時 … 名詞
・に … 格助詞
・か … 係助詞・疑問
・忘るる … ラ行下二段活用の動詞「忘る」の連体形(結び)
今日はまして、母の悲しがらるることは。
今日はいっそう、母親がお悲しみになることは。
・今日 … 名詞
・は … 係助詞
・まして … 副詞
・母 … 名詞
・の … 格助詞
・悲しがら … ラ行四段活用の動詞「悲しがる」の未然形
・るる … 尊敬の助動詞「る」の連体形 ⇒ 筆者から亡児の母への敬意
・こと … 名詞
・は … 終助詞・詠嘆
下りし時の人の数足らねば、古歌に、
(都から土佐に)下った時の人数が足りないので、古歌に、
・下り … ラ行四段活用の動詞「下る」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・時 … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・数 … 名詞
・足ら … ラ行四段活用の動詞「足る」の未然形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ば … 接続助詞
・古歌(ふるうた) … 名詞
・に … 格助詞
「数は足らでぞ帰るべらなる」といふ言を思ひ出でて、人の詠める、
「数が足りないで帰るようだ」という言葉を思い出して、ある人が詠んだ、
・数 … 名詞
・は … 係助詞
・足ら … ラ行四段活用の動詞「足る」の未然形
・で … 接続助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・帰る … ラ行四段活用の動詞「帰る」の終止形
・べらなる … 推量の助動詞「べらなり」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・言 … 名詞
○言 … 言葉
・を … 格助詞
・思ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「思ひ出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・詠め … マ行四段活用の動詞「詠む」の命令形(已然形)
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
○「『数は足らでぞ帰るべらなる』といふ言を思ひ出でて」とあるが、それはなぜか。 ⇒ 京から土佐に一緒にやって来た女児が土佐で亡くなったので、人数が一人少ない状態で土佐から京に帰ることになったから。
世の中に思ひやれども子を恋ふる
世の中に、いろいろと考えてみるが、亡き子を恋しく思う
・世の中 … 名詞
・に … 格助詞
・思ひやれ … ラ行四段活用の動詞「思ひやる」の已然形
・ども … 接続助詞
・子 … 名詞
・を … 格助詞
・恋ふる … ハ行上二段活用の動詞「恋ふ」の連体形
思ひにまさる思ひなきかな
親の思いにまさるような思いはないことだなあ。
・思ひ … 名詞
・に … 格助詞
・まさる … ラ行四段活用の動詞「まさる」の連体形
・思ひ … 名詞
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・かな … 終助詞・詠嘆
と言ひつつなむ。
と繰り返し言って。
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・つつ … 接続助詞
・なむ … 係助詞・強調