用光と白波・今鏡

用光が、相撲の使ひに西の国へ下りけるに、
用光が、相撲の使として西国へ下向した時に、
・用光(もちみつ) … 名詞
・が … 格助詞
・相撲(すまい)の使ひ … 名詞
○相撲の使ひ … 相撲の節会の相撲人を集めるための使者
・に … 格助詞
・西 … 名詞
・の … 格助詞
・国 … 名詞
・へ … 格助詞
・下(くだ)り … ラ行四段活用の動詞「下る」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 格助詞

吉備国のほどにて、沖つ白波立ち来て、
紀伊の国のあたりでしたか、海賊が出てきて、
・吉備国(きびのくに) … 名詞
・の … 格助詞
・ほど … 名詞
・にて … 格助詞
・沖つ白波 … 名詞
○沖つ白波 … 海賊
・立ち来(き) … カ行変格活用の動詞「立ち来(く)」の連用形
・て … 接続助詞

ここにて命も絶えぬべく見えければ、
ここで命も絶えてしまいそうに思われたので、
・ここ … 代名詞
・にて … 格助詞
・命 … 名詞
・も … 係助詞
・絶え … ヤ行下二段活用の動詞「絶ゆ」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
・べく … 推量の助動詞「べし」の連用形
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

狩衣、冠などうるはしくして、
狩衣や冠をきちんと整えて、
・褐衣(かち) … 名詞
○褐衣 … 身分の低い者が着る衣服
・冠(かぶり) … 名詞
・など … 副助詞
・うるはしく … シク活用の形容詞「うるはし」の連用形
うるはし … きちんと整っているさま
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞

屋形の上に出でて居りけるに、
屋形の上に出て座っていたところ、
・屋形 … 名詞
○屋形 … 船に設けた屋根
・の … 格助詞
・上 … 名詞
・に … 格助詞
・出(い)で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・居(お)り … ラ行変格活用の動詞「居り」の連用形
○居り … 座っている
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞

白波の船漕ぎ寄せければ、
海賊の舟が漕いで近寄ってきたので、
・白波 … 名詞
・の … 格助詞
・船 … 名詞
・漕(こ)ぎ寄せ … サ行下二段活用の動詞「漕ぎ寄す」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

その時、用光篳篥とり出だして、
その時、用光は篳篥を取り出して、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・時 … 名詞
・用光 … 名詞
・篳篥(ひちりき) … 名詞
・取り出だし … サ行四段活用の動詞「取り出だす」の連用形
・て … 接続助詞

うらみたる声に、えならず吹きすましたりければ、
哀切な音色で、何とも言えないほどすばらしく吹いたので、
・うらみ … マ行四段活用の動詞「うらむ」の連用形
○うらむ … うらむような悲しげな音を出す
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・声 … 名詞
・に … 格助詞
・え … 副詞
・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
○えならず … なんとも言えないほどすばらしい
・吹きすまし … サ行四段活用の動詞「吹きすます」の連用形
○吹きすます … 澄んだ音色で吹き鳴らす
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

白波ども、おのおの悲しみの心おこりて、
海賊どもに、それぞれ悲しみの気持ちが起こって、
・白波ども … 名詞
・おのおの … 副詞
・悲しみ … 名詞
・の … 格助詞
・心 … 名詞
・おこり … ラ行四段活用の動詞「おこる」の連用形
・て … 接続助詞

かづけ物どもをさへして、漕ぎ離れて去りにけりとなむ。
褒美の品々まで渡して、漕ぎ離れて去ってしまったということだ。
・かづけ物ども … 名詞
○かづけ物 … 褒美や祝儀として与える品物
・を … 格助詞
・さへ … 副助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・漕ぎ離れ … ラ行下二段活用の動詞「漕ぎ離る」の連用形
・て … 接続助詞
・去り … ラ行四段活用の動詞「去る」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
・と … 格助詞
・なむ … 係助詞

さほどの理もなき武士さへ、
あれほどの道理もわきまえない武士でさえ、
・さ … 副詞
 … そのように
・ほど … 名詞
・の … 格助詞
・理(ことわり) … 名詞
○理 … 道理
・も … 係助詞
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・武士(もののふ) … 名詞
・さへ … 副助詞

情けかくばかり、吹き聞かせけむもありがたく、
情をかけてしまうほど吹いて聞かせたということもめったになく、
・情け … 名詞
・かく … カ行下二段活用の動詞「かく」の終止形
○かく … かける
・ばかり … 副助詞
・吹き … カ行四段活用の動詞「吹く」の連用形
・聞か … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
・せ … 使役の助動詞「す」の連用形
・けむ … 過去婉曲の助動詞「けむ」の連体形
・も … 係助詞
・ありがたく … ク活用の形容詞「ありがたし」の連用形
ありがたし … めったにないほど優れている

また昔の白波は、なほかかる情けなむありける。
また昔の海賊は、やはりこのような情けがあったのである。
・また … 接続詞
・昔 … 名詞
・の … 格助詞
・白波 … 名詞
・は … 係助詞
・なほ … 副詞
なほ … やはり
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
・情け … 名詞
・なむ … 係助詞・強調
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

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