歌ゆえに命を失ふ事・忠見と兼盛

天徳の御歌合のとき、兼盛、忠見、
天徳の歌合のとき、兼盛と忠見が、
・天徳(てんとく) … 名詞
・の … 格助詞
・御歌合(おんうたあわせ) … 名詞
・の … 格助詞
・とき … 名詞
・兼盛(かねもり) … 名詞
・忠見(ただみ) … 名詞

ともに御随身にて、左右についてけり。
ともに近衛府の官人であって、左方と右方に加わっていた。
・とも … 名詞
・に … 格助詞
・御随身(みずいしん) … 名詞
○随身 … 貴人外出の際の警護役
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・左右(さう) … 名詞
・に … 格助詞
・つい … カ行四段活用の動詞「つく」の連用形(音便)
○左右につく … 歌合の左方と右方に加わる
・て … 完了の助動詞「つ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

初恋といふ題を給はりて、忠見、名歌よみ出だしたりと思ひて、
初恋という題をいただいて、忠見は、名歌を詠んで披露したと思って、
・初恋 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・題 … 名詞
・を … 格助詞
・給(たま)はり … ラ行四段活用の動詞「給はる」の連用形
給はる … 「もらふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・て … 接続助詞
・忠見 … 名詞
・名歌 … 名詞
・よみ出だし … サ行四段活用の動詞「よみ出だす」の連用形
○よみ出だす … 詠んで披露する
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞

兼盛もいかでこれほどの歌よむべきとぞ思ひける。
兼盛もどうしてこれほどの歌を詠めるか、いや、詠めないと思った。
・兼盛 … 名詞
・も … 係助詞
・いかで … 副詞
いかで … どうして
・これ … 代名詞
・ほど … 名詞
・の … 格助詞
・歌 … 名詞
・よむ … マ行四段活用の動詞「よむ」の終止形
・べき … 可能の助動詞「べし」の連体形
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

恋すてふわが名はまだき立ちにけり
恋をしているという私のうわさが早くも立ってしまった。
・恋す … サ行変格活用の動詞「恋す」の終止形
・てふ ⇒ といふ
○と … 格助詞
○いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・名 … 名詞
○名 … うわさ
・は … 係助詞
・まだき … 副詞
○まだき … 早くも
・立ち … タ行四段活用の動詞「立つ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形

人知れずこそ思ひそめしか
人に知られないように恋し始めたのに。
・人 … 名詞
・知れ … ラ行下二段活用の動詞「知る」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・こそ … 係助詞・強調
・思ひそめ … マ行下二段活用の補助動詞「思ひそむ」の連用形
○思ひそむ … 恋し始める
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形(結び)

さて、すでに御前にて講じて、判ぜられけるに、
そうして、すでに帝の御前で歌を読み上げて、判定されていたが、
・さて … 接続詞
・すでに … 副詞
・御前(ごぜん) … 名詞
・にて … 格助詞
・講じ … サ行変格活用の動詞「講ず」の連用形
○講ず … 和歌を読み上げる
・て … 接続助詞
・判ぜ … サ行変格活用の動詞「判ず」の未然形
・られ … 受身の助動詞「らる」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞

兼盛が歌に、
兼盛の歌として、
・兼盛 … 名詞
・が … 格助詞
・歌 … 名詞
・に … 格助詞

つつめども色に出でにけりわが恋は
包み隠すのだが顔色に現れてしまった、私の恋心は。
・つつめ … マ行四段活用の動詞「つつむ」の已然形
○つつむ … 包み隠す
・ども … 接続助詞
・色 … 名詞
○色 … 表情
・に … 格助詞
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
○色に出づ … 外に現れる
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・恋 … 名詞
・は … 係助詞

ものや思ふと人の問ふまで
もの思いをしているのかと人が尋ねるほどに。
・もの … 名詞
・や … 係助詞・疑問
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・問ふ … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の連体形
・まで … 副助詞

判者ども、名歌なりければ、判じわづらひて、
判者たちは、名歌だったので、判定するのに苦しんで、
・判者ども … 名詞
・名歌 … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・判じ … サ行変格活用の動詞「判ず」の連用形
・わづらひ … ハ行四段活用の補助動詞「わづらふ」の連用形
~わづらふ … ~するのに苦しむ
・て … 接続助詞

天気をうかがひけるに、帝、忠見が歌をば、両三度御詠ありけり。
帝のお気持ちを探っていたが、帝は、忠見の歌を、二、三度朗詠なさった。
・天気 … 名詞
○天気 … 天皇のお気持ち
・を … 格助詞
・うかがひ … ハ行四段活用の動詞「うかがふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞
・帝(みかど) … 名詞
・忠見 … 名詞
・が … 格助詞
・歌 … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・両三度 … 名詞
○両三度 … 二、三度
・御詠(ぎよえい) … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

兼盛が歌をば、多反御詠ありけるとき、
兼盛の歌を、何度も繰り返し朗詠なさったとき、
・兼盛 … 名詞
・が … 格助詞
・歌 … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・多反(たへん) … 名詞
○多反 … 何度も繰り返し
・御詠 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・とき … 名詞

天気左にありとて、兼盛勝ちにけり。
帝のお気持ちは左方にあるとして、兼盛が勝った。
・天気 … 名詞
・左 … 名詞
・に … 格助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形
・とて … 格助詞
・兼盛 … 名詞
・勝ち … タ行四段活用の動詞「勝つ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

忠見、心憂くおぼえて、心ふさがりて、不食の病つきてけり。
忠見は、つらく思われて、心がふさがって、食欲がなくなる病気にかかった。
・忠見 … 名詞
・心憂く … ク活用の形容詞「心憂し」の連用形
心憂し … つらい
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
・て … 接続助詞
・心 … 名詞
・ふさがり … ラ行四段活用の動詞「ふさがる」の連用形
・て … 接続助詞
・不食(ふしよく)の病 … 名詞
○不食の病 … 食欲がなくなる病気
・つき … カ行四段活用の動詞「つく」の連用形
・て … 完了の助動詞「つ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

頼みなきよし聞きて、兼盛とぶらひければ、
回復の望みがないと聞いて、兼盛が見舞ったところ、
・頼み … 名詞
○頼み … 望み
・なき … 活用の形容詞「なし」の連体形
・よし … 名詞
よし … 事情
・聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
・て … 接続助詞
・兼盛 … 名詞
・とぶらひ … ハ行四段活用の動詞「とぶらふ」の連用形
とぶらふ … 見舞う
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

「別の病にあらず。
「特別な病気ではありません。
・別(べち) … 名詞
○別 … 特別
・の … 格助詞
・病 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

御歌合のとき、名歌よみ出だしておぼえ侍りしに、
御歌合のとき、名歌を詠んで披露して自信がございましたが、
・御歌 … 合名詞
・の … 格助詞
・とき … 名詞
・名歌 … 名詞
・よみ出だし … サ行四段活用の動詞「よみ出だす」の連用形
・て … 接続助詞
・おぼえ … 名詞
○おぼえ … 自信
・侍(はべ)り … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連用形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 忠見から兼盛への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・に … 接続助詞

殿の『物や思ふと人の問ふまで』に、あはと思ひて、
貴殿の『ものや思ふと人の問ふまで』に、あれまあと思って、
・殿 … 名詞
・の … 格助詞
・もの … 名詞
・や … 係助詞・疑問
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・問ふ … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の連体形
・まで … 副助詞
・に … 格助詞
・あは … 感動詞
○あは … あれまあ
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞

あさましくおぼえしより、胸ふさがりて、
嘆かわしく思われてから、胸がふさがって、
・あさましく … シク活用の形容詞「あさまし」の連用形
あさまし … 嘆かわしい
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
おぼゆ … 思われる
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・より … 格助詞
・胸 … 名詞
・ふさがり … ラ行四段活用の動詞「ふさがる」の連用形
・て … 接続助詞

かく重り侍りぬ。」と、つひに身まかりにけり。
こんなに重くなりました。」と、ついに亡くなってしまった。
・かく … 副詞
・重(おも)り … ラ行四段活用の動詞「重る」の連用形
○重る … 病気が重くなる
・侍り … ラ行変格活用の丁寧の補助動詞「侍り」の連用形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 忠見から兼盛への敬意
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
・と … 格助詞
・つひに … 副詞
・みまかり … ラ行四段活用の動詞「みまかる」の連用形
○みまかる … 死ぬ
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

執心こそよしなけれども、道を執する習ひ、あはれにこそ。
執着心はつまらないが、道を深く追求する習慣は、すばらしいことだ。
・執心 … 名詞
○執心 … ものごとに執着する気持ち
・こそ … 係助詞
・よしなけれ … ク活用の形容詞「よしなし」の已然形
よしなし … つまらない
・ども … 接続助詞
・道 … 名詞
・を … 格助詞
・執する … サ行変格活用の動詞「執す」の連体形
○執す … 深く心にかける
・習ひ … 名詞
・あはれに … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形
あはれなり … すばらしい
・こそ … 係助詞

ともに名歌にて、拾遺に入りて侍るにや。
ともに名歌なので、拾遺集に入っておりますのでしょうか。
・とも … 名詞
・に … 格助詞
・名歌 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・拾遺(しゆうい) … 名詞
・に … 格助詞
・入り … ラ行四段活用の動詞「入る」の連用形
・て … 接続助詞
・侍る … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連体形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 筆者から読者への敬意
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問

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