今は昔、忠明といふ検非違使ありけり。
今ではもう昔のことだが、忠明という検非違使がいた。
今 … 名詞
は … 係助詞
昔 … 名詞
忠明 … 名詞
と … 格助詞
いふ … 四段活用の動詞「いふ」連体形
検非違使 … 名詞
あり … ラ行変格活用動詞「あり」連用形
けり … 過去の助動詞「けり」終止形
若男にてありける時、清水の橋殿にして、京童部といさかひをしけり。
若い男であった時、清水寺の舞台で、京の若者たちとけんかをした。
若男 … 名詞
に … 断定の助動詞「なり」連用形
て … 接続助詞
あり … ラ行変格活用の動詞「あり」連用形
ける … 過去の助動詞「けり」連体形
時 … 名詞
清水 … 名詞
の … 格助詞
橋殿 … 名詞
に … 格助詞
して … 格助詞
京童部 … 名詞
と … 格助詞
いさかひ … 名詞
を … 格助詞
し … サ行変格活用の動詞「す」連用形
けり … 過去の助動詞「けり」終止形
京童部、刀を抜きて忠明を立てこめて殺さむとしければ、忠明も刀を抜きて、
京の若者たちは、刀を抜いて忠明を取り囲んで殺そうとしたので、忠明も刀を抜いて、
京童部 … 名詞
刀 … 名詞
を … 格助詞
抜き … 四段活用の動詞「抜く」連用形
て … 接続助詞
忠明 … 名詞
を … 格助詞
立ちこめ … 下二段活用の動詞「立ちこむ」連用形
て … 接続助詞
殺さ … 四段活用動詞「殺す」未然形
む … 意志の助動詞「む」連体形
と … 格助詞
し … サ行変格活用の動詞「す」連用形
けれ … 過去の助動詞「けり」已然形
ば … 接続助詞
忠明 … 名詞
も … 係助詞
刀 … 名詞
を … 格助詞
抜き … 四段活用の動詞「抜く」連用形
て … 接続助詞
御堂の方ざまに逃ぐるに、御堂の東の端に、京童部あまた立ちて向かひければ、
本堂の方向に逃げると、本堂の東の端に、京の若者たちが大勢立って向かってきたので、
御堂 … 名詞
の … 格助詞
方ざま … 名詞
に … 格助詞
逃ぐる … 下二段活用の動詞「逃ぐ」連体形
に … 接続助詞
御堂 … 名詞
の … 格助詞
東 … 名詞
の … 格助詞
端 … 名詞
に … 格助詞
京童部 … 名詞
あまた … 副詞
立ち … 四段活用の動詞「立つ」連用形
て … 接続助詞
向かひ … 四段活用の動詞「向かふ」連用形
けれ … 過去の助動詞「けり」已然形
ば … 接続助詞
その傍にえ逃げずして、蔀のもとのありけるを取りて、脇に挟みて、
その近くに逃げることができないで、蔀の下部の戸があったのを取って、脇に挟んで、
そ … 代名詞
の … 格助詞
傍 … 名詞
に … 格助詞
え … 副詞
逃げ … 下二段活用の動詞「逃ぐ」未然形
ず … 打消の助動詞「ず」連用形
して … 接続助詞
蔀 … 名詞
の … 格助詞
もと … 名詞
の … 格助詞
あり … ラ行変格活用の動詞「あり」連用形
ける … 過去の助動詞「けり」連体形
を … 格助詞
取り … 四段活用の動詞「取る」連用形
て … 接続助詞
脇 … 名詞
に … 格助詞
挟み … 四段活用の動詞「挟む」連用形
て … 接続助詞
前の谷に踊り落つるに、蔀のもとに風しぶかれて、谷底に鳥のゐるやうに、
前の谷に飛び降りたところ、蔀の下部の戸に風がさえぎられて、谷底に鳥がとまるように、
前 … 名詞
の … 格助詞
谷 … 名詞
に … 格助詞
躍り落つる … 上二段活用の動詞「躍り落つ」連体形
に … 接続助詞
蔀 … 名詞
の … 格助詞
もと … 名詞
に … 格助詞
風 … 名詞
しぶか … 四段活用の動詞「しぶく」未然形
れ … 受身の助動詞「る」連用形
て … 接続助詞
谷底 … 名詞
に … 格助詞
鳥 … 名詞
の … 格助詞
ゐる … 上一段活用の動詞「ゐる」連体形
やうに … 比況の助動詞「やうなり」連用形
やうやく落ち入りにければ、そこより逃げていにけり。
ゆっくりと落ち込んだので、そこから逃げて立ち去った。
やうやく … 副詞
落ち入り … 四段活用の動詞「落ち入る」連用形
に … 助動詞「ぬ」完了
けれ … 過去の助動詞「けり」已然形
ば … 接続助詞
そこ … 代名詞
より … 格助詞
逃げ … 下二段活用の動詞「逃ぐ」連用形
て … 接続助詞
いに … ナ行変格活用の動詞「いぬ」連用形
けり … 過去の助動詞「けり」終止形
京童部、谷を見下ろして、あさましがりてなむ立ち並なみて見ける。
京の若者たちは、谷を見下ろして、がっかりして並んで見ていた。
京童部 … 名詞
谷 … 名詞
を … 格助詞
見下ろし … 四段活用の動詞「見下ろす」連用形
て … 接続助詞
あさましがり … 四段活用の動詞「あさましがる」連用形
て … 接続助詞
なむ … 係助詞(結び:見ける)
立ち並み … 四段活用の動詞「立ち並む」連用形
て … 接続助詞
見 … 上一段活用の動詞「見る」連用形
ける … 過去の助動詞「けり」連体形
忠明、京童部の刀を抜きて立ち向かひける時、御堂の方に向きて、
忠明は、京の若者たちが刀を抜いて向かってきた時、本堂の方に向いて、
忠明 … 名詞
京童部 … 名詞
の … 格助詞
刀 … 名詞
を … 格助詞
抜き … 四段活用の動詞「抜く」連用形
て … 接続助詞
立ち向かひ … 四段活用の動詞「立ち向かふ」連用形
ける … 過去の助動詞「けり」連体形
時 … 名詞
御堂 … 名詞
の … 格助詞
方 … 名詞
に … 格助詞
向き … 四段活用の動詞「向く」連用形
て … 接続助詞
「観音、助け給へ。」と申しければ、ひとへにこれそのゆゑなりとなむ思ひける。
「観音様、お助けください。」と申し上げたので、もっぱらこれはそのおかげだと思った。
観音 … 名詞
助け … 下二段活用の動詞「助く」連用形
給へ … 四段活用の尊敬の補助動詞「給ふ」命令形
と … 格助詞
申し … 四段活用の動詞「申す」連用形
けれ … 過去の助動詞「けり」已然形
ば … 接続助詞
ひとへに … 副詞
これ … 代名詞
そ … 代名詞
の … 格助詞
ゆゑ … 名詞
なり … 断定の助動詞「なり」終止形
と … 格助詞
なむ … 係助詞(結び:思ひける)
思ひ … 四段活用の動詞「思ふ」連用形
ける … 過去の助動詞「けり」連体形
忠明が語りけるを聞き継ぎて、かく語り伝へたるとや。
忠明が語ったのを聞き継いで、このように語り伝えているということだ。
忠明 … 名詞
が … 格助詞
語り … 四段活用の動詞「語る」連用形
ける … 過去の助動詞「けり」連体形
を … 格助詞
聞き継ぎ … 四段活用の動詞「聞き継ぐ」連用形
て … 接続助詞
かく … 副詞
語り伝へ … 下二段活用の動詞「語り伝ふ」連用形
たる … 存続の助動詞「たり」連体形
と … 格助詞
や … 係助詞