柿の木に仏の現ずる事

昔、延喜の帝の御時、
昔、醍醐天皇の御時に、
・昔 … 名詞
・延喜(えんぎ)の帝 … 名詞
○延喜の帝 … 醍醐天皇
・の … 格助詞
・御時 … 名詞

五条の天神のあたりに、大きなる柿の木の実ならぬあり。
五条の天神のあたりに、大きな柿の木で実のならないのがあった。
・五条 … 名詞
・の … 格助詞
・天神 … 名詞
・の … 格助詞
・あたり … 名詞
・に … 格助詞
・大きなる … ナリ活用の形容動詞「大きなり」の連体形
・柿の木 … 名詞
・の … 格助詞・同格
・実 … 名詞
・なら … ラ行四段活用の動詞「なる」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形

その木の上に、仏現れておはします。
その木の上に、仏が現れておいでになる。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・木 … 名詞
・の … 格助詞
・上 … 名詞
・に … 格助詞
・仏 … 名詞
・現れ … ラ行下二段活用の動詞「現る」の連用形
・て … 接続助詞
・おはします … サ行四段活用の動詞「おはします」の終止形
おはします … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から仏への敬意

京中の人、こぞりて参りけり。
京中の人は、みんなそろってお参りした。
・京中 … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・こぞり … ラ行四段活用の動詞「こぞる」の連用形
○こぞる … 残らずそろう
・て … 接続助詞
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
参る … お参りする(謙譲語) ⇒ 筆者から仏への敬意
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

馬、車も立てあへず、人もせきあへず、拝みののしりけり。
馬や車も止められず、人もせき止められないほど、大騒ぎして参拝した。
・馬 … 名詞
・車 … 名詞
・も … 係助詞
・立て … タ行下二段活用の動詞「立つ」の連用形
立つ … (馬や車を)止める
・あへ … ハ行下二段活用の動詞「あふ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
○あへず … ~しきれない
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・せき … カ行四段活用の動詞「せく」の連用形
○せく … せき止める
・あへ … ハ行下二段活用の動詞「あふ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・拝み … マ行四段活用の動詞「拝む」の連用形
・ののしり … ラ行四段活用の動詞「ののしる」の連用形
ののしる … 大声で言い騒ぐ
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

かくするほどに、五、六日あるに、
こうしているうちに、五、六日が過ぎたが、
・かく … 副詞
・する … サ行変格活用の動詞「す」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・五、六日 … 名詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・に … 接続助詞

右大臣殿、心得ずおぼしたまひける間、
右大臣殿は、道理に合わないと思いなさったので、
・右大臣殿 … 名詞
・心得 … ア行下二段活用の動詞「心得(う)」の未然形
○心得 … わけがわかる
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・おぼし … サ行四段活用の動詞「おぼす」の連用形
おぼす … 「思う」の尊敬語 ⇒ 筆者から右大臣への敬意
・たまひ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の連用形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から右大臣への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・間(あいだ) … 名詞
○間 … ~ので

まことの仏の、世の末に出でたまふべきにあらず、
ほんとうの仏が、仏法の衰えた世に現れなさるはずはない、
・まこと … 名詞
・の … 格助詞
・仏 … 名詞
・の … 格助詞
・世 … 名詞
・の … 格助詞
・末 … 名詞
○世の末 … 仏法の衰えた世
・に … 格助詞
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・たまふ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の終止形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から仏への敬意
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

我、行きて試みんとおぼして、
自分が行って試してみようと思われて、
・我 … 代名詞
・行き … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
・て … 接続助詞
・試み … マ行上一段活用の動詞「試みる」の未然形
○試みる … ものの性質をためす
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・おぼし … サ行四段活用の動詞「おぼす」の連用形
おぼす … 「思う」の尊敬語 ⇒ 筆者から右大臣への敬意
・て … 接続助詞

日の装束うるはしくして、檳榔の車にのりて、
昼の衣装をきちんと着て、檳榔毛の車に乗って、
・日 … 名詞
○日 … 昼間
・の … 格助詞
・装束(そうぞく) … 名詞
○装束 … 衣装
・うるはしく … シク活用の形容詞「うるはし」の連用形
うるはし … きちんと整っているさま
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・檳榔(びりよう) … 名詞
・の … 格助詞
・車 … 名詞
・に … 格助詞
・のり … ラ行四段活用の動詞「のる」の連用形
・て … 接続助詞

御前多く具して、集まりつどひたる者ども退けさせて、
先払いの者を多く引き連れて、集まり寄り合っている者たちを退去させて、
・御前(おまえ) … 名詞
○御前 … 貴人に仕える者
・多く … ク活用の形容詞「多し」の連用形
・具(ぐ)し … サ行変格活用の動詞「具す」の連用形
具す … 引き連れる
・て … 接続助詞
・集まり … ラ行四段活用の動詞「集まる」の連用形
・つどひ … ハ行四段活用の動詞「つどふ」の連用形
○つどふ … 寄り合う
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・者ども … 名詞
・退(の)け … カ行下二段活用の動詞「退く」の未然形
○退く … 立ち去る
・させ … 使役の助動詞「さす」の連用形
・て … 接続助詞

車かけはづして、榻を立てて、梢を目もたたかず、
牛車から牛をはずして、轅を榻にのせて、梢をまばたきもせず、
・車かけ … 名詞
・はづし … サ行四段活用の動詞「はづす」の連用形
・て … 接続助詞
・榻(しじ) … 名詞
・を … 格助詞
・立て … タ行下二段活用の動詞「立つ」の連用形
・て … 接続助詞
・梢(こずえ) … 名詞
・を … 格助詞
・目 … 名詞
・も … 係助詞
・たたか … カ行四段活用の動詞「たたく」の未然形
○目をたたく … まばたきをする
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形

あからめもせずまもりて、一時ばかりおはするに、
よそ見もせずじっと見つめて、二時間ほどおいでになったが、
・あからめ … 名詞
○あからめ … よそ見
・も … 係助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・まもり … ラ行四段活用の動詞「まもる」の連用形
・て … 接続助詞
・一時 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・おはする … サ行変格活用の動詞「おはす」の連体形
おはす … 「あり」の尊敬語 ⇒ 筆者から右大臣への敬意
・に … 接続助詞

この仏、しばしこそ花も降らせ、光をも放ちたまひけれ、
この仏は、しばらくの間こそ花も降らせ、光をも放たれていたが、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・仏 … 名詞
・しばし … 副詞
・こそ … 係助詞・強調
・花 … 名詞
・も … 係助詞
・降ら … ラ行四段活用の動詞「降る」の未然形
・せ … 使役の助動詞「す」の連用形
・光 … 名詞
・を … 格助詞
・も … 係助詞
・放ち … タ行四段活用の動詞「放つ」の連用形
・たまひ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の連用形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から仏への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形(結び)

あまりにもあまりにもまもられて、しわびて、
たいそう度を過ぎてじっと見つめられて、困りはてて、
・あまりに … ナリ活用の形容動詞「あまりなり」の連用形
○あまりなり … 度が過ぎているさま
・も … 係助詞
・あまりに … ナリ活用の形容動詞「あまりなり」の連用形
・も … 係助詞
・まもら … ラ行四段活用の動詞「まもる」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・て … 接続助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・わび … バ行上二段活用の動詞「わぶ」の連用形
しわぶ … 途方にくれる
・て … 接続助詞

大きなるくそとびの、羽折れたる土におちて、惑ひふためくを、
大きなノスリで、羽が折れているのが土におちて、あわててばたばたするのを、
・大きなる … ナリ活用の形容動詞「大きなり」の連体形
・くそとび … 名詞
○くそとび … ノスリの別名
・の … 格助詞・同格
・羽 … 名詞
・折れ … ラ行下二段活用の動詞「折る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・土 … 名詞
・に … 格助詞
・おち … タ行上二段活用の動詞「おつ」の連用形
・て … 接続助詞
・惑(まど)ひ … ハ行四段活用の動詞「惑ふ」の連用形
惑ふ … あわてる
・ふためく … カ行四段活用の動詞「ふためく」の連体形
○ふためく … ばたばたする
・を … 格助詞

童部ども寄りて、打ち殺してけり。
子供たちが寄り集まって、打ち殺した。
・童部(わらわべ)ども … 名詞
・寄り … ラ行四段活用の動詞「寄る」の連用形
○寄る … 寄り合う
・て … 接続助詞
・打ち殺し … サ行四段活用の動詞「打ち殺す」の連用形
・て … 完了の助動詞「つ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

大臣は、さればこそとて、帰りたまひぬ。
大臣は、やっぱりと思って、お帰りになった。
・大臣(おとど) … 名詞
・は … 係助詞
・されば … 接続詞
・こそ … 係助詞
○さればこそ … (予想が的中した時)やっぱり
・とて … 格助詞
・帰り … ラ行四段活用の動詞「帰る」の連用形
・たまひ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の連用形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から右大臣への敬意
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

さて、時の人、この大臣を
そこで、当時の人は、この大臣を
・さて … 接続詞
・時 … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
○時の人 … 当時の人
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・大臣 … 名詞
・を … 格助詞

いみじくかしこき人にておはしますとぞ、ののしりける。
たいそう賢明な人でいらっしゃると、騒がしく言い立てたということだ。
・いみじく … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
・かしこき … ク活用の形容詞「かしこし」の連体形
かしこし … 賢明である
・人 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・おはします … サ行四段活用の動詞「おはします」の終止形
おはします … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から右大臣への敬意
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・ののしり … ラ行四段活用の動詞「ののしる」の連用形
ののしる … 騒がしく言い立てる
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

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