夜ふけて来れば、所々も見えず。
夜がふけてから来たので、あちらもこちらも見えない。
・夜 … 名詞
・ふけ … カ行下二段活用動詞「ふく」の連用形
・て … 接続助詞
・来れ … カ行変格活用動詞「来」の已然形
・ば … 接続助詞
・所々 … 名詞
・も … 係助詞
・見え … ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
京に入り立ちてうれし。
京に入ってうれしい。
・京 … 名詞
・に … 格助詞
・入り立ち … タ行四段活用の動詞「入り立つ」の連用形
○入り立つ … はいり込む
・て … 接続助詞
・うれし … シク活用の形容詞「うれし」の終止形
家に至りて、門に入るに、月明かければ、いとよくありさま見ゆ。
家に着いて、門を入ると、月が明るいので、たいそうよく様子が見える。
・家 … 名詞
・に … 格助詞
・至り … ラ行四段活用の動詞「至る」の連用形
・て … 接続助詞
・門 … 名詞
・に … 格助詞
・入る … ラ行四段活用の動詞「入る」の連体形
・に … 接続助詞
・月 … 名詞
・明かけれ … シク活用の形容詞「明かし」の已然形
・ば … 接続助詞
・いと … 副詞
・よく … ク活用の形容詞「よし」の連用形
・ありさま … 名詞
・見ゆ … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の終止形
聞きしよりもまして、言ふかひなくぞこぼれ破れたる。
聞いていた以上になんとも言いようがないほど壊れて破損している。
・聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・より … 格助詞
・も … 係助詞
・まし … サ行四段活用の動詞「ます」の連用形
・て … 接続助詞
・言ふかひなく … ク活用の形容詞「言ふかひなし」の連用形
○言ふかひなし … どう言いようもない
・ぞ … 係助詞・強調
・こぼれ … ラ行下二段活用の動詞「こぼる」の連用形
○こぼる … 壊れる
・破れ … ラ行下二段活用の動詞「破る」の連用形
○破る … 破損する
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形(結び)
家に預けたりつる人の心も、荒れたるなりけり。
家の管理を任せておいた人の心も、荒れているのだった。
・家 … 名詞
・に … 格助詞
・預け … カ行下二段活用の動詞「預く」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・心 … 名詞
・も … 係助詞
・荒れ … ラ行下二段活用の動詞「荒る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形
中垣こそあれ、一つ家のやうなれば、望みて預れるなり。
中垣はあるが、一軒の家のようなものなので、望んで預かっていたのだ。
・中垣 … 名詞
・こそ … 係助詞・強調
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形(結び)
⇒ 係助詞「こそ」の結びで文が終わらない場合は逆接になる
・ひとつ家 … 名詞
・の … 格助詞
・やうなれ … 比況の助動詞「やうなり」の已然形
・ば … 接続助詞
・望み … マ行四段活用の動詞「望む」の連用形
・て … 接続助詞
・預かれ … ラ行四段活用の動詞「預かる」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
さるは、たよりごとに物も絶えず得させたり。
そうはいっても、機会があるたびに物品を欠かさず与えていたのだ。
・さるは … 接続詞
○さるは … そうではあるが
・たよりごと … 名詞
○たより … ついで
・に … 格助詞
・物 … 名詞
・も … 係助詞
・たえず … 副詞
・得 … ア行下二段活用の動詞「得」の未然形
・させ … 使役の助動詞「さす」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形
今宵、「かかること。」と、声高にものも言はせず。
今夜は、「このようなこと。」と、大声で言わせたりしない。
・今宵 … 名詞
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
・こと … 名詞
・と … 格助詞
・声高に … ナリ活用の形容動詞「声高なり」の連用形
・もの … 名詞
・も … 係助詞
・言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・せ … 使役の助動詞「す」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
いとはつらく見ゆれど、志はせむとす。
ひどく薄情に思われるが、お礼はしようと思う。
・いと … 副詞
・は … 係助詞
・つらく … ク活用の形容詞「つらし」の連用形
○つらし … 薄情である
・見ゆれ … 下二段活用の動詞「見ゆ」の已然形
○見ゆ … 思われる
・ど … 接続助詞
・こころざし … 名詞
・は … 係助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・す … サ行変格活用の動詞「す」の終止形
さて、池めいてくぼまり、水つける所あり。
さて、池のようにくぼんで、水のたまっている所がある。
・さて … 接続詞
・池めい … カ行四段活用の動詞「池めく」の連用形(音便)
○~めく … ~のような状態になる
・て … 接続助詞
・くぼまり … ラ行四段活用の動詞「くぼまる」の連用形
・水 … 名詞
・つけ … カ行四段活用の動詞「つく」の命令形
○水つく … 水中に浸る
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・所 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形
ほとりに松もありき。
そばに松もあった。
・ほとり … 名詞
○ほとり … そば
・に … 格助詞
・松 … 名詞
・も … 係助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・き … 過去の助動詞「き」の終止形
五年六年のうちに、千年や過ぎにけむ、
五年、六年の間に、千年も過ぎてしまったのだろうか、
・五年 … 名詞
・六年 … 名詞
・の … 格助詞
・うち … 名詞
・に … 格助詞
・千年 … 名詞
・や … 係助詞・疑問
・過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形(結び)
かたへはなくなりにけり。
一部分はなくなってしまった。
・かたへ … 名詞
○かたへ … 一部分
・は … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
今生ひたるぞ交じれる。
新しく生えたのが交じっている。
・今 … 名詞
・生ひ … ハ行上二段活用の動詞「生ふ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・ぞ … 係助詞・強調
・まじれ … ラ行四段活用の動詞「まじる」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形(結び)
おほかたの、みな荒れにたれば、「あはれ。」とぞ人人言ふ。
ほとんどが、みな荒れてしまっているので、「ああ。」と人々が言う。
・おほかた … 名詞
○おほかた … 大部分
・の … 格助詞
・みな … 副詞
・荒れ … ラ行下二段活用の動詞「荒る」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・たれ … 存続の助動詞「たり」の已然形
・ば … 接続助詞
・あはれ … 感動詞
○あはれ … ああ
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・人々 … 名詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形(結び)
思ひ出でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、
思い出さないことはなく、思って恋しいことの中で、
・思ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「思ひ出づ」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・こと … 名詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・恋しき … シク活用の形容詞「恋し」の連体形
・が … 格助詞
・うち … 名詞
・に … 格助詞
この家にて生れし女子の、もろともに帰らねば、いかがは悲しき。
この家で生まれた女の子が、一緒に帰らないので、どんなに悲しいことか。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・家 … 名詞
・にて … 格助詞
・生まれ … ラ行下二段活用の動詞「生まる」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・女児 … 名詞
・の … 格助詞
・もろともに … 副詞
○もろともに … いっしょに
・帰ら … ラ行四段活用の動詞「帰る」の未然形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ば … 接続助詞
・いかが … 副詞
○いかが … どんなに~か(強調)
・は … 係助詞
・悲しき … シク活用の形容詞「悲し」の連体形
船人もみな、子たかりてののしる。
同船して帰った人々も皆、子どもが集まって騒いでいる。
・船人 … 名詞
○船人 … 船に乗っている人
・も … 係助詞
・みな … 名詞
・子 … 名詞
・たかり … ラ行四段活用の動詞「たかる」の連用形
○たかる … 寄り集まる
・て … 接続助詞
・ののしる … ラ行四段活用の動詞「ののしる」の終止形
○ののしる … 大声をあげて騒ぐ
かかるうちに、なほ悲しきに堪へずして、
こうしているうちに、やはり悲しいのに堪えられないで、
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
○かかり … このようである
・うち … 名詞
・に … 格助詞
・なほ … 副詞
○なほ … やはり
・悲しき … シク活用の形容詞「悲し」の連体形
・に … 格助詞
・堪へ … ハ行下二段活用の動詞「堪ふ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・して … 接続助詞
ひそかに心知れる人と言へりける歌、
そっと心の通じ合っている人と詠んだ歌、
・ひそかに … ナリ活用の形容動詞「ひそかなり」の連用形
・心 … 名詞
・知れ … ラ行四段活用の動詞「知る」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・人 … 名詞
・と … 格助詞
・言へ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の命令形
・り … 完了の助動詞「り」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・歌 … 名詞
生まれしも帰らぬものをわが宿に
この家で生まれた子も帰って来ないのに、わが家に
・生まれ … ラ行下二段活用の動詞「生まる」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・も … 係助詞
・帰ら … ラ行四段活用の動詞「帰る」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・ものを … 接続助詞
○~ものを … ~のに(逆説)
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・宿 … 名詞
・に … 格助詞
小松のあるを見るが悲しさ
小松が生えているのを見るのは悲しいことだ。
・小松 … 名詞
・の … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・を … 格助詞
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
・が … 格助詞
・悲しさ … 名詞
とぞ言へる。
と詠んだ。
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・言へ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形(結び)
なほ飽かずやあらむ、またかくなむ。
それでも言い足りないのだろうか、また、このように詠んだ。
・なほ … 副詞
・飽か … 行四段活用の動詞「飽く」の未然形
○飽く … 満足する
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形(結び)
・また … 副詞
・かく … 副詞
・なむ … 係助詞・強調
見し人の松の千年に見ましかば
亡くなった子を千年の寿命を持つ松のように見られるならば、
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・松 … 名詞
・の … 格助詞
・千年 … 名詞
・に … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の未然形
・ましか … 反実仮想の助動詞「まし」の未然形
・ば … 接続助詞
遠く悲しき別れせましや
遠い国での悲しい別れをしただろうか。
・遠く … ク活用の形容詞「遠し」の連用形
・悲しき … シク活用の形容詞「悲し」の連体形
・別れ … 名詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・まし … 反実仮想の助動詞「まし」の終止形
・や … 係助詞・反語
忘れがたく、口惜しきこと多かれど、え尽くさず。
忘れがたく、残念なことが多いのだが、書き尽くすことはできない。
・忘れがたく … ク活用の形容詞「忘れがたし」の連用形
・口惜しき … シク活用の形容詞「口惜し」の連体形
○口惜し … 残念である
・こと … 名詞
・多かれ … ク活用の形容詞「多し」の已然形
・ど … 接続助詞
・え … 副詞
○え(~打消) … ~できない
・尽くさ … サ行四段活用の動詞「尽くす」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
とまれかうまれ、疾く破りてむ。
何はともあれ、早く破ってしまおう。
・とまれかうまれ … 「ともあれかくもあれ」が変形したもの
○と … 副詞
○も … 係助詞
○あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の命令形
○かく … 副詞
○も … 係助詞
○あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の命令形
・疾く … ク活用の形容詞「疾し」の連用形
○疾し … 早い
・破り … 行四段活用の動詞「破る」の連用形
・て … 強意の助動詞「つ」の連用形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形