安倍晴明 現代語訳

・ 今昔物語集第二十四の第十六「安倍晴明、忠行に随ひて道を習ふ語」の後半です。

また、此の晴明、広沢の寛朝僧正と申しける人の御房に参りて、
また、この晴明が、広沢の寛朝僧正と申していた人の御寺に参って、

物申し承りける間、若き君達、僧ども有りて、晴明に物語などして云はく、
お話しをうかがっていた時、若い君達や僧たちがいて、晴明に雑談などして言うには、

「そこの識神を使ひたまふなるは。忽ちに人をば殺したまふらむや。」と。
「あなたは識神を使われるそうですねえ。一瞬にして人を殺されるのでしょうか。」と。

晴明、「道の大事を此く現にも問ひたまふかな。」と云ひて、
晴明は、「陰陽道の秘事をこうも遠慮なくお尋ねなさることよ。」と言って、

「安くはえ殺さじ、少し力だに入れて候へば、必ず殺してむ。
「簡単には殺せないでしょう。少し力を入れさえすれば、きっと殺せるでしょう。

虫などをば、塵ばかりの事せむに、必ず殺しつべきに、生くやうを知らねば、
虫などは、わずかなことをすれば、必ず殺せるでしょうが、生かす方法を知らないので、

罪を得ぬべければ、由無きなり。」など云ふ程に、
きっと罪を作るでしょうから、無益です。」などと言っているうちに、

庭より蝦蟆の五つ六つばかり踊りつつ、池の辺ざまに行きけるを、
庭から蛙が五、六匹ほど飛び跳ねながら、池の近くの方向に行ったのを、

君達、「然は彼一つ殺したまへ。試みむ。」と云ひければ、
貴公子達が、「では、あれを一匹殺してください。試してみましょう。」と言ったので、

晴明、「罪作りたまふ君かな。然るにても、『試み給はむ。』と有れば。」とて、
晴明は、「罪を作りなさる方ですねえ。それにしても、『お試しになりたい。』とおっしゃるので。」と言って、

草の葉を摘み切りて、物を読むやうにして、蝦蟆の方へ投げ遣りたりければ、
草の葉を摘み取って、何かを唱えるみたいにして、蛙の方向に投げやったところ、

其の草の葉蝦蟆の上に懸かると見ける程に、蝦蟆は真平にひしげて死にたりける。
その草の葉が蛙の上に乗ったのを見ていると、蛙はぺしゃんこにつぶれて死んだのだ。

僧ども此を見て、色を失ひてなむ恐ぢ怖れける。
僧たちはこれを見て、顔色をなくして恐れおののいた。

此の晴明は、家の内に人無き時は識神を使ひけるにや有りけむ、
この晴明は、家の中に人がいない時には識神を使っていたのだろうか、

人も無きに蔀上げ下ろす事なむ有りける。
人もいないのに蔀を上げたり下ろしたりすることがあった。

また、門を差す人も無かりけるに、差されなむどなむ有りける。
また、門を閉ざす人もいないのに、閉ざされてしまうようなこともあった。

此やうに稀有の事ども多かり、となむ語り伝ふる。
このように不思議に思われる事々が多かった、と語り伝えている。

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