今や夢昔や夢と(大原まうで)・建礼門院右京太夫集 現代語訳・品詞分解

女院、大原におはしますとばかりは聞き参らすれど、
女院(建礼門院)が、大原にいらっしゃるとだけはお聞き申し上げるけれども、
・女院(にょいん) … 名詞
・大原 … 名詞
・に … 格助詞
・おはします … サ行四段活用の動詞「おはします」の連体形
おはします … 「いる」の尊敬語 ⇒ 作者から女院への敬意
・と … 格助詞
・ばかり … 副助詞
・は … 係助詞
・聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
・参らすれ … サ行下二段活用の動詞「参らす」の已然形
参らす … 謙譲の補助動詞 ⇒ 作者から女院への敬意
・ど … 接続助詞

さるべき人に知られでは、参るべきやうもなかりしを、
適当な案内人がいなくては、おうかがいできることもなかったのに、
・さるべき … 連体詞
さるべき … 適当な
・人 … 名詞
・に … 格助詞
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
〇知る … つきあう
・れ … 受身の助動詞「る」の未然形
・で … 接続助詞
・は … 係助詞
・参る … ラ行四段活用の動詞「参る」の終止形
参る … おうかがいする(謙譲語) ⇒ 作者から女院への敬意
・べき … 可能の助動詞「べし」の連体形
・やう … 名詞
〇やう … こと
・も … 係助詞
・なかり … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・を … 接続助詞

深き心をしるべにて、わりなくて訪ね参るに、
深い心をみちびきにして、無理をして訪ねて行きますと、
・深き … ク活用の形容詞「深し」の連体形
・心 … 名詞
・を … 格助詞
・しるべ … 名詞
〇しるべ … みちびき
・にて … 格助詞
・わりなく … ク活用の形容詞「わりなし」の連用形
わりなし … 無理である
・て … 接続助詞
・訪ね … ナ行下二段活用の動詞「訪ぬ」の連用形
・参る … ラ行四段活用の動詞「参る」の連体形
参る … 「行く」の謙譲語 ⇒ 作者から女院への敬意
・に … 接続助詞

やうやう近づくままに、山道のけしきよりまづ涙は先立ちて、
だんだん近づくにつれて、山道の様子から、まず涙は先立って、
・やうやう … 副詞
やうやう … だんだん
・近づく … カ行四段活用の動詞「近づく」の連体形
・まま … 名詞
・に … 格助詞
〇ままに … ~につれて
・山道 … 名詞
・の … 格助詞
・けしき … 名詞
けしき … 様子
・より … 格助詞
・まづ … 副詞
・涙 … 名詞
・は … 係助詞
・先立ち … タ行四段活用の動詞「先立つ」の連用形
・て … 接続助詞

言ふかたなきに、御庵のさま、御住まひ、
言いようもないのにさらに、御庵の様子、お住まい、
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・かた … 名詞
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
〇言ふかたなし … 言いようもない
・に … 接続助詞
〇に … ~のにさらに(添加)
・御庵(おんいおり) … 名詞
・の … 格助詞
・さま … 名詞
・御住まひ … 名詞

事柄、すべて目もあてられず。
事の有様、すべて目も当てられない。
・事柄 … 名詞
〇事柄 … そのことの有様
・すべて … 副詞
・目 … 名詞
・も … 係助詞
・あて … タ行下二段活用の動詞「あつ」の未然形
・られ … 可能の助動詞「らる」の連体形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

昔の御ありさま見参らせざらむだに、
昔のご様子を見させていただいてないような場合でさえ、
・昔 … 名詞
・の … 格助詞
・御ありさま … 名詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・参らせ … サ行下二段活用の動詞「参らす」の未然形
参らす … 謙譲の補助動詞 ⇒ 作者から女院への敬意
・ざら … 打消の助動詞「ず」の未然形
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・だに … 副助詞
だに … ~さえ

おほかたの事柄、いかがこともなのめならむ。
ほとんどの事の有様、どうして普通のことであろうか(普通ではない)。
・おほかた … 名詞
おほかた … ほとんど
・の … 格助詞
・事柄 … 名詞
・いかが … 副詞
・こと … 名詞
・も … 係助詞
・なのめなら … ナリ活用の形容動詞「なのめなり」の未然形
なのめなり … 普通である
・む … 推量の助動詞「む」の終止形

まして、夢うつつとも言ふかたなし。
いっそう、夢とも現実とも言いようがない。
・まして … 副詞
〇まして … いっそう
・夢 … 名詞
・うつつ … 名詞
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・かた … 名詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形
「まして」という表現で比較されているのはどのようなことか。 ⇒ 作者が思っていた女院という位にいる人の普通の生活状況と作者が現在目にしている現実の女院の生活状況。

秋深き山颪、近き梢に響きあひて、
秋が深まった山から吹き下ろす激しい風が、近くの梢に響き合って、
・秋 … 名詞
・深き … ク活用の形容詞「深し」の連体形
・山颪(やまおろし) … 名詞
〇山颪 … 山から吹き下ろす激しい風
・近き … ク活用の形容詞「近し」の連体形
・梢(こずえ) … 名詞
・に … 格助詞
・響きあひ … ハ行四段活用の動詞「響きあふ」の連用形
・て … 接続助詞

筧の水のおとづれ、鹿の声、虫の音、
懸け樋の水が音を立て、鹿の声、虫の声、
・筧(かけい) … 名詞
・の … 格助詞
・水 … 名詞
・の … 格助詞
・おとづれ … ラ行下二段活用の動詞「おとづる」の連用形
〇おとづる … 音を立てる
・鹿 … 名詞
・の … 格助詞
・声 … 名詞
・虫 … 名詞
・の … 格助詞
・音(ね) … 名詞

いづくものことなれど、ためしなき悲しさなり。
どこもそうなんだけれども、これまでにない悲しさである。
・いづく … 代名詞
・も … 係助詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ど … 接続助詞
・ためし … 名詞
〇ためし … 前例
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・悲しさ … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

都は春の錦をたちかさねて、候ひし人々六十余人ありしかど、
都では春の錦を裁断し重ね着して、お仕えした人たちが六十人余りいたけれど、
・都 … 名詞
・は … 係助詞
・春 … 名詞
・の … 格助詞
・錦 … 名詞
・を … 格助詞
・たちかさね … ナ行下二段活用の動詞「たちかさぬ」の連用形
〇たちかさぬ … 布を裁断し縫って、それを重ねて着る
・て … 接続助詞
・候(さぶら)ひ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連用形
候ふ … お仕えする(謙譲語) ⇒ 作者から女院への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・人々 … 名詞
・六十余人 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形
・ど … 接続助詞

見忘るるさまにおとろへたる墨染めの姿して、わづかに三、四人ばかりぞ候はるる。
見忘れるさまに衰えた僧衣の姿をして、わずかに三、四人だけお仕えなさっている。
・見忘るる … ラ行下二段活用の動詞「見忘る」の連体形
・さま … 名詞
さま … 人の様子
・に … 格助詞
・おとろへ … ハ行下二段活用の動詞「おとろふ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・墨染め … 名詞
〇墨染め … 僧衣
・の … 格助詞
・姿 … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・わづかに … ナリ活用の形容動詞「わづかなり」の連用形
・三、四人 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・ぞ … 係助詞・強意
・候は … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の未然形
候ふ … お仕えする(謙譲語) ⇒ 作者から女院への敬意
るる … 尊敬の助動詞「る」の連体形(結び) ⇒ 作者から女院にお仕えする人々への敬意

その人々にも、「さてもや。」とばかりぞ、我も人も言ひ出でたりし。
その人々にも、 「ほんとにまあ。 」とだけ、私も相手も口に出したのだった。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・人々 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・さても … 感動詞
〇さても … ほんとにまあ
・や … 間投助詞
・と … 格助詞
・ばかり … 副助詞
・ぞ … 係助詞・強意
・我 … 代名詞
・も … 係助詞
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・言ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「言ひ出づ」の連用形
〇言ひ出づ … 口に出す
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形(結び)

むせぶ涙におぼほれて、言もつづけられず。
むせぶ涙をとめどなく流して、言葉も続けられない。
・むせぶ … バ行四段活用の動詞「むせぶ」の連体形
・涙 … 名詞
・に … 格助詞
・おぼほれ … ラ行下二段活用の動詞「おぼほる」の連用形
〇おぼほる … とめどなく涙を流す
・て … 接続助詞
・言(こと) … 名詞
・も … 係助詞
・つづけ … カ行下二段活用の動詞「つづく」の未然形
・られ … 可能の助動詞「らる」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

  今や夢昔や夢と迷はれて
  今が夢なのか昔が夢なのかと思い迷われて
  ・今 … 名詞
  ・や … 係助詞
  ・夢 … 名詞
  ・昔 … 名詞
  ・や … 係助詞
  ・夢 … 名詞
  ・と … 格助詞
  ・迷は … ハ行四段活用の動詞「迷ふ」の未然形
  ・れ … 自発の助動詞「る」の連用形
  ・て … 接続助詞

  いかに思へどうつつとぞなき
  どのように考えても(目に入る状況が)現実のものとは思われない。
  ・いかに … 副詞
  〇いかに … どのように
  ・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の已然形
  〇思ふ … 思案する
  ・ど … 接続助詞
  ・うつつ … 名詞
  〇うつつ … 現実
  ・と … 格助詞
  ・ぞ … 係助詞・強意
  ・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形(結び)

  あふぎ見し昔の雲の上の月
  うやまい見ていた昔の宮中の女院が
  ・あふぎ見 … ガ行四段活用の動詞「あふぐ」の連用形
  〇あふぐ … うやまう
  ・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
  ・し … 過去の助動詞「き」の連体形
  ・昔 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・雲 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・上 … 名詞
  〇雲の上 … 宮中
  ・の … 格助詞
  ・月 … 名詞

  かかる深山の影ぞ悲しき
  このような深い山にいらっしゃる姿(を見るの)はとても悲しい。
  ・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
  ・深山(みやま) … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・影 … 名詞
  ・ぞ … 係助詞・強意
  ・悲しき … シク活用の形容詞「悲し」の連体形(結び)
  〇「あふぎ見し…」の歌の掛詞を指摘し、説明せよ。 ⇒ 「かかる」は「懸かる」と「斯かる」の掛詞。「月懸かる」とは「月が空の高いところに浮かんでいる」という意味、「斯かる深山の影」とは「このような山奥のひどい生活」という意味です。

花のにほひ、月の光にたとへても、ひとかたには飽かざりし御面影、
花の色つや、月の光にたとえても、片いっぽうでは不十分だと思ったお顔つき、
・花 … 名詞
・の … 格助詞
・にほひ … 名詞
〇にほひ … 色つや
・月 … 名詞
・の … 格助詞
・光 … 名詞
・に … 格助詞
・たとへ … ハ行下二段活用の動詞「たとふ」の連用形
・て … 接続助詞
・も … 係助詞
・ひとかた … 名詞
〇ひとかた … 片いっぽう
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・飽か … カ行四段活用の動詞「飽く」の未然形
〇飽く … 十分だと思う
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・御面影 … 名詞
〇面影 … 顔つき

あらぬかとのみたどらるるに、かかる御事を見ながら、
(女院では)ないのかとばかり思い迷われるが、このようなご様子を見ながら、
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・か … 係助詞
・と … 格助詞
・のみ … 副助詞
・たどら … ラ行四段活用の動詞「たどる」の連用形
〇たどる … 思い迷う
・るる … 自発の助動詞「る」の連体形
・に … 接続助詞
・かかる … ラ行変格活用の動詞「かかり」の連体形
・御事 … 名詞
〇御事 … 高貴な人に関する事柄
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・ながら … 接続助詞

何の思ひ出なき都へとて、されば何とて帰るらむと、うとましく、心憂し。
何の思い出もない都へと思って、さてどうして戻るのだろうかと、いとわしく、つらい。
・何 … 代名詞
・の … 格助詞
・思ひ出 … 名詞
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・都 … 名詞
・へ … 格助詞
・とて … 格助詞
・されば … 接続詞
されば … さて
・何とて … 連語
〇何とて … どうして
・帰る … ラ行四段活用の動詞「帰る」の終止形
・らむ … 現在推量の助動詞「らむ」の連体形
・と … 格助詞
・うとましく … シク活用の形容詞「うとまし」の連用形
〇うとまし … いとわしい
・心憂し … ク活用の形容詞「心憂し」の終止形
心憂し … つらい

  山深くとどめおきつるわが心
  山深くあとに残し置いていってしまう私の心よ、
  ・山 … 名詞
  ・深く … ク活用の形容詞「深し」の連用形
  ・とどめ … 行下二段活用の動詞「とどむ」の連用形
  〇とどむ … あとに残す
  ・おき … カ行四段活用の動詞「おく」の連用形
  ・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
  ・わ … 代名詞
  ・が … 格助詞
  ・心 … 名詞

  やがてすむべきしるべとをなれ
  そのまま(私がここに)住むことができる手びきとね、なりなさい。
  ・やがて … 副詞
  〇やがて … そのまま
  ・すむ … マ行四段活用の動詞「すむ」の終止形
  ・べき … 可能の助動詞「べし」の連体形
  ・しるべ … 名詞
  〇しるべ … 手びき
  ・と … 格助詞
  ・を … 間投助詞
  〇 … ~ね(強調)
  ・なれ … ラ行四段活用の動詞「なる」の命令形

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