世に従はん人は、まづ機嫌を知るべし。
世間の動きに順応していこうとする人は、まず適当な時機というものを知るべきである。
・世 … 名詞
・に … 格助詞
・従は … ハ行四段活用の動詞「従ふ」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の連体形
・人 … 名詞
・は … 係助詞
・まづ … 副詞
・機嫌(きげん) … 名詞
〇機嫌 … 時機
・を … 格助詞
・知る … ラ行四段活用の動詞「知る」の終止形
・べし … 当然の助動詞「べし」の終止形
〇「まづ機嫌を知るべし。」とあるが、その理由を述べている部分を指摘しなさい。 ⇒ 「ついで悪しきことは、人の耳にも逆ひ、心にも違ひて、そのこと成らず。」
ついで悪しきことは、人の耳にも逆ひ、心にも違ひて、そのこと成らず。
順序が悪いことは、人の耳にも逆らい、心にも背くので、そのことは成就しない。
・ついで … 名詞
〇ついで … 物事の順序
・悪(あ)しき … シク活用の形容詞「悪し」の連体形
・こと … 名詞
・は … 係助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・耳 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・逆(さか)ひ … ハ行四段活用の動詞「逆ふ」の連用形
・心 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・違(たが)ひ … ハ行四段活用の動詞「違ふ」の連用形
〇違ふ … 背く
・て … 接続助詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・成ら … ラ行四段活用の動詞「成る」の連用形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
さやうの折節を心得べきなり。
そのような時機というものをわきまえるべきである。
・さやう … 名詞
〇さやう … そのよう
・の … 格助詞
・折節(おりふし) … 名詞
〇折節 … 時
・を … 格助詞
・心得 … ア行下二段活用の動詞「心得」の終止形
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
ただし、病を受け、子生み、死ぬることのみ、
ただし、病気にかかり、子を産み、死ぬことだけは、
・ただし … 接続詞
・病(やまい) … 名詞
・を … 格助詞
・受け … カ行下二段活用の動詞「受く」の連用形
〇受く … 身に受ける
・子 … 名詞
・生み … マ行四段活用の動詞「生む」の連用形
・死ぬる … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の連体形
・こと … 名詞
・のみ … 副助詞
機嫌をはからず、ついで悪しとてやむことなし。
時機を予測しないので、順序が悪いといって中止になることはない。
・機嫌 … 名詞
・を … 格助詞
・はから … ラ行四段活用の動詞「はかる」の未然形
〇はかる … 予測する
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・ついで … 名詞
・悪し … シク活用の形容詞「悪し」の終止形
・とて … 格助詞
・やむ … マ行四段活用の動詞「やむ」の連体形
〇やむ … 中止になる
・こと … 名詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形
生、住、異、滅の移り変はるまことの大事は、
物が生じ、とどまり、変化し、消滅する現象の移り変わりという真の重大事は、
・生(しよう) … 名詞
・住(じゆう) … 名詞
・異(い) … 名詞
・滅(めつ) … 名詞
・の … 格助詞
・移り変はる … ラ行四段活用の動詞「移り変はる」の連体形
・まこと … 名詞
〇まこと … 真実
・の … 格助詞
・大事 … 名詞
〇大事 … 重要な事柄
・は … 係助詞
猛き川のみなぎり流るるがごとし。
水勢の激しい川が満ちあふれて流れるようである。
・猛(たけ)き … ク活用の形容詞「猛し」の連体形
〇猛し … 勢いが激しい
・川 … 名詞
・の … 格助詞
・みなぎり … ラ行四段活用の動詞「みなぎる」の連用形
〇みなぎる … 水が満ちあふれる
・流るる … ラ行下二段活用の動詞「流る」の連体形
・が … 格助詞
・ごとし … 比況の助動詞「ごとし」の終止形
しばしも滞らず、ただちに行ひゆくものなり。
少しの間も停滞せず、すぐに進行するものなのである。
・しばし … 副詞
〇しばし … 少しの間
・も … 係助詞
・滞(こどこお)ら … ラ行四段活用の動詞「滞る」の未然形
〇滞る … 停滞する
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・ただちに … 副詞
・行ひゆく … カ行四段活用の動詞「行ひゆく」の連体形
〇行ひゆく … 進行する
・もの … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
されば、真俗につけて、
そうであるから、仏道修行上のことでも俗世間の生活上のことでも、
・されば … 接続詞
・真俗(しんぞく) … 名詞
・に … 格助詞
・つけ … カ行下二段活用の動詞「つく」の連用形
・て … 接続助詞
必ず果たし遂げんと思はんことは、機嫌を言ふべからず。
必ず成し遂げようと思うようなことは、時機(の適・不適)を言うべきではない。
・必ず … 副詞
・果たし遂げ … ガ行下二段活用の動詞「果たし遂ぐ」の未然形
〇果たす … 成し遂げる
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・思は … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の未然形
・ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
・こと … 名詞
・は … 係助詞
・機嫌 … 名詞
・を … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形
・べから … 当然の助動詞「べし」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
とかくのもよひなく、足を踏みとどむまじきなり。
あれこれと準備することなく、足を止めてはいけないのである。
・とかく … 名詞
〇とかく … あれこれ
・の … 格助詞
・もよひ … 名詞
〇もよひ … 準備すること
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・足 … 名詞
・を … 格助詞
・踏みとどむ … マ行下二段活用の動詞「踏みとどむ」の終止形
〇踏みとどむ … 歩くことを止める
・まじき … 禁止の助動詞「まじ」の連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
春暮れて後、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。
春が終わった後で、夏になり、夏が終わって、秋が来るのではない。
・春 … 名詞
・暮れ … ラ行下二段活用の動詞「暮る」の連用形
〇暮る … 季節が終わりになる
・て … 接続助詞
・後 … 名詞
・夏 … 名詞
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・夏 … 名詞
・果て … タ行下二段活用の動詞「果つ」の連用形
〇果つ … 終わりになる
・て … 接続助詞
・秋 … 名詞
・の … 格助詞
・来る … カ行変格活用の動詞「来(く)」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・は … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
春はやがて夏の気をもよほし、夏よりすでに秋はかよひ、秋はすなはち寒くなり、
春はそのまま夏の気配を催促し、夏の間からすでに秋は入りまじり、秋はすぐに寒くなり、
・春 … 名詞
・は … 係助詞
・やがて … 副詞
〇やがて … そのまま
・夏 … 名詞
・の … 格助詞
・気 … 名詞
〇気 … 気配
・を … 格助詞
・もよほし … サ行四段活用の動詞「もよほす」の連用形
〇もよほす … 催促する
・夏 … 名詞
・より … 格助詞
・すでに … 副詞
・秋 … 名詞
・は … 係助詞
・かよひ … ハ行四段活用の動詞「かよふ」の連用形
〇かよふ … 入りまじる
・秋 … 名詞
・は … 係助詞
・すなはち … 副詞
・寒く … ク活用の形容詞「寒し」の連用形
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
十月は小春の天気、草も青くなり、梅もつぼみぬ。
十月は小春日和の天気で、草も青くなり、梅もつぼみをつけてしまう。
・十月 … 名詞
・は … 係助詞
・小春 … 名詞
〇小春 … 小春日和
・の … 格助詞
・天気 … 名詞
・草 … 名詞
・も … 係助詞
・青く … ク活用の形容詞「青し」の連用形
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・梅 … 名詞
・も … 係助詞
・つぼみ … マ行四段活用の動詞「つぼむ」の連用形
〇つぼむ … つぼみをつける
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
木の葉の落つるも、まづ落ちて芽ぐむにはあらず、
木の葉が落ちるのも、まず葉が落ちて(その後に)芽を出すのではなく、
・木(こ)の葉(は) … 名詞
・の … 格助詞
・落つる … タ行上二段活用の動詞「落つ」の連体形
・も … 係助詞
・まづ … 副詞
・落ち … タ行上二段活用の動詞「落つ」の連用形
・て … 接続助詞
・芽ぐむ … マ行四段活用の動詞「芽ぐむ」の連体形
〇芽ぐむ … 芽を出す
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・は … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
下よりきざしつはるに堪へずして落つるなり。
下から芽を出して生育してくるのに我慢しきれなくて(葉が)落ちるのである。
・下 … 名詞
・より … 格助詞
・きざし … サ行四段活用の動詞「きざす」の連用形
・つはる … ラ行四段活用の動詞「つはる」の連体形
〇きざしつはる … 芽を出して生育してくる
・に … 格助詞
・堪へ … ハ行下二段活用の動詞「堪ふ」の未然形
〇堪ふ … じっと我慢する
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・して … 接続助詞
・落つる … タ行上二段活用の動詞「落つ」の連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
迎ふる気、下に設けたるゆゑに、
変化を待ち受けている生気を、内部に準備しているために、
・迎ふる … ハ行下二段活用の動詞「迎ふ」の連体形
・気 … 名詞
〇迎ふる気 … 変化を待ち受けている生気
・下 … 名詞
〇下 … 内部
・に … 格助詞
・設(もう)け … カ行下二段活用の動詞「設く」の連用形
〇設く … 準備する
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ゆゑ … 名詞
・に … 格助詞
待ちとるついで、はなはだ速し。
(変化を)待ち受けて迎え入れる順序が、たいそう速い。
・待ちとる … ラ行四段活用の動詞「待ちとる」の連体形
〇待ちとる … 待ち迎える
・ついで … 名詞
・はなはだ … 副詞
・速し … ク活用の形容詞「速し」の終止形
生・老・病・死の移り来たること、またこれに過ぎたり。
生・老・病・死が変化しやって来ることは、またこれ以上(に速いの)である。
・生 … 名詞
・老 … 名詞
・病 … 名詞
・死 … 名詞
・の … 格助詞
・移り … ラ行四段活用の動詞「移る」の連用形
〇移る … 変化する
・来たる … ラ行四段活用の動詞「来たり」の連用形
・こと … 名詞
・また … 副詞
・これ … 代名詞
・に … 格助詞
・過ぎ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の終止形
〇「これ」とは何を指すか。 ⇒ 四季の移り変わり
四季はなほ定まれるついであり。
四季はそれでもやはり定まっている順序がある。
・四季 … 名詞
・は … 係助詞
・なほ … 副詞
・定まれ … ラ行四段活用の動詞「定まる」の已然形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・ついで … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
死期はついでを待たず。
死期は順序を待たない。
・死期(しご) … 名詞
・は … 係助詞
・ついで … 名詞
・を … 格助詞
・待た … タ行四段活用の動詞「待つ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
死は前よりしも来たらず、かねて後ろに迫れり。
死は前方からやって来るのではなく、あらかじめ背後に近づいている。
・死 … 名詞
・は … 係助詞
・前 … 名詞
・より … 格助詞
・しも … 副助詞
・来たら … ラ行四段活用の動詞「来たり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・かねて … 副詞
〇かねて … あらかじめ
・後ろ … 名詞
・に … 格助詞
・迫れ … ラ行四段活用の動詞「迫る」の已然形
〇迫る … 近づく
・り … 存続の助動詞「り」の終止形
人みな死あることを知りて、
人はみんな死のあることを知っていて、
・人 … 名詞
・みな … 名詞
・死 … 名詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・知り … ラ行四段活用の動詞「知る」の連用形
・て … 接続助詞
待つこと、しかも急ならざるに、おぼえずして来たる。
待つことが、そんなにも切迫していないときに、思いがけなくやって来る。
・待つ … タ行四段活用の動詞「待つ」の連体形
・こと … 名詞
・しかも … 副詞
〇しかも … そんなにも
・急なら … ナリ活用の形容動詞「急なり」の未然形
〇急なり … さし迫ったさま
・ざる … 打消の助動詞「ず」の連体形
・に … 格助詞
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の未然形
〇おぼゆ … 思い浮かぶ
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・して … 接続助詞
・来たる … ラ行四段活用の動詞「来たる」の終止形
沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるがごとし。
沖の干潟は遠くまで続くのに、まるで磯から潮が満ちるよう(に死は到来するの)である。
・沖 … 名詞
・の … 格助詞
・干潟(ひがた) … 名詞
〇干潟 … 潮が引いたときに出現する砂や泥がたまった平らな海岸
・遥(はる)かなれ … ナリ活用の形容動詞「遥かなり」の已然形
〇遥かなり … 遠くまで続くさま
・ども … 接続助詞
・磯(いそ) … 名詞
〇磯 … 砂地ではなく大小の石や岩が露出している海岸
・より … 格助詞
・潮 … 名詞
・の … 格助詞
・満つる … タ行上二段活用の動詞「満つ」の連体形
・が … 格助詞
・ごとし … 比況の助動詞「ごとし」の終止形