門出(東路の道の果て・あこがれ)・更級日記

あづま路の道の果てよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人、
東国へ行く道の果てる所よりも、もっと奥のほうで成長した人は、
・あづま路 … 名詞
○あづま路 … 京から東国へ行く道
・の … 格助詞
・道 … 名詞
・の … 格助詞
・果て … 名詞
・より … 格助詞
・も … 係助詞
・なほ … 副詞
なほ … さらに
・奥つ方 … 名詞
・に … 格助詞
・生ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「生ひ出づ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・人 … 名詞

いかばかりかはあやしかりけむを、いかに思ひはじめけることにか、
どんなにか見苦しかっただろうに、どうして思い始めたのだろうか、
・いかばかり … 副詞
○いかばかり … どれほど
・かは … 係助詞
・あやしかり … シク活用の形容詞「あやし」の連用形
あやし … そまつで見苦しい
・けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形
・を … 接続助詞
・いかに … 副詞
いかに … なぜ(疑問)
・思ひはじめ … マ行下二段活用の動詞「思ひはじむ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・こと … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・か … 係助詞

世の中に物語といふもののあんなるを、いかで見ばやと思ひつつ、
世の中に物語というものがあるそうだ、それを、ぜひとも見たいと思いながら、
・世の中 … 名詞
・に … 格助詞
・物語 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・もの … 名詞
・の … 格助詞
・あん … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・なる … 伝聞の助動詞「なり」の連体形
・を … 格助詞
・いかで … 副詞
いかで … 何としても
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の未然形
・ばや … 終助詞
~ばや … ~したい
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・つつ … 接続助詞
~つつ … ~し続けて

つれづれなる昼間、宵居などに、姉、継母などやうの人々の、
することもなく退屈な昼間、宵居などに、姉、継母などといった人々が、
・つれづれなる … ナリ活用の形容動詞「つれづれなり」の連体形
・○つれづれなり … することもなく退屈なさま
・昼間 … 名詞
・宵居 … 名詞
○宵居 … 夜遅くまで起きている時
・など … 副助詞
・に … 格助詞
・姉 … 名詞
・継母 … 名詞
・など … 副助詞
・やう … 名詞
○~などやう … ~というような
・の … 格助詞
・人々 … 名詞
・の … 格助詞

その物語、かの物語、光源氏のあるやうなど、
その物語、あの物語、光源氏の有様など、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・物語 … 名詞
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・物語 … 名詞
・光源氏 … 名詞
・の … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・やう … 名詞
○あるやう … 状態、様子、有様
・など … 副助詞

ところどころ語るを聞くに、いとどゆかしさまされど、
ところどころ話すのを聞くと、ますます知りたい気持ちがつのるのだが、
・ところどころ … 名詞
・語る … ラ行四段活用の動詞「語る」の連体形
・を … 格助詞
・聞く … カ行四段活用の動詞「聞く」の連体形
・に … 接続助詞
・いとど … 副詞
いとど … いっそう
・ゆかしさ … 名詞
○ゆかしさ … 心をひかれること、「さ」は接尾語
ゆかし(形容詞) … 知りたい、見たい、聞きたい
・まされ … ラ行四段活用の動詞「まさる」の已然形
○まさる … 強まる
・ど … 接続助詞

わが思ふままに、そらにいかでかおぼえ語らむ。
私の望むとおりに、どうして暗記して語るだろうか。
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・まま … 名詞
・に … 格助詞
・そらに … ナリ活用の形容動詞「そらなり」の連用形
そらなり … 何も見ないで
・いかで … 副詞
いかで … どうして(反語)
・か … 係助詞
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
おぼゆ … 記憶する
・語ら … ラ行四段活用の動詞「語る」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形

いみじく心もとなきままに、等身に薬師仏を造りて、
たいそうじれったいので、人の身長と同じ高さに薬師仏を作って、
・いみじく … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
・心もとなき … ク活用の形容詞「心もとなし」の連体形
心もとなし … じれったい
・まま … 名詞
・に … 格助詞
○~ままに … ~ので
・等身 … 名詞
○等身 … 人の身長と同じ高さ
・に … 格助詞
・薬師仏 … 名詞
・を … 格助詞
・造り … ラ行四段活用の動詞「造る」の連用形
・て … 接続助詞

手洗ひなどして、人まにみそかに入りつつ、
手を洗い清めなどして、人のいない間にひそかに入っては、
・手洗ひ … 名詞
・など … 副助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・人ま … 名詞
○人ま … ひと気のない時
・に … 格助詞
・みそかに … ナリ活用の形容動詞「みそかなり」の連用形
○みそかなり … こっそりとするさま
・入り … ラ行四段活用の動詞「入る」の連用形
・つつ … 接続助詞

「京にとく上げ給ひて、物語の多く候ふなる、
「京に早く上らせていただき、物語が多くあるそうですが、
・京 … 名詞
・に … 格助詞
・とく … 副詞
・上げ … ガ行下二段活用の動詞「上ぐ」の連用形
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から薬師仏への敬意
・て … 接続助詞
・物語 … 名詞
・の … 格助詞
・多く … ク活用の形容詞「多し」の連用形
・候ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の終止形
候ふ … 「あり」の丁寧語 ⇒ 筆者から薬師仏への敬意
・なる … 伝聞の助動詞「なり」の連体形

ある限り見せ給へ。」と、身を捨てて額をつき、
あるだけお見せください。」と、身を投げ出して額をつけて、
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・限り … 名詞
・見せ … サ行下二段活用の動詞「見す」の連用形
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の命令形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から薬師仏への敬意
・と … 格助詞
・身 … 名詞
・を … 格助詞
・捨て … タ行下二段活用の動詞「捨つ」の連用形
○身を捨つ … 身を投げ出すようにして、ひれ伏す
・て … 接続助詞
・額 … 名詞
・を … 格助詞
・つき … カ行四段活用の動詞「つく」の連用形
○額をつく … ひたいを地につけて礼拝する

祈り申すほどに、十三になる年、上らむとて、
お祈り申し上げるうちに、十三歳になる年、京に上ろうということで、
・祈り … ラ行四段活用の動詞「祈る」の連用形
・申す … サ行四段活用の動詞「申す」の連体形
申す … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から薬師仏への敬意
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・十三 … 名詞
・に … 格助詞
・なる … ラ行四段活用の動詞「なる」の連体形
・年 … 名詞
・上ら … ラ行四段活用の動詞「上る」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・とて … 格助詞

九月三日門出して、いまたちといふ所に移る。
九月三日に門出をして、いまたちという所に移った。
・九月三日 … 名詞
・門出 … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・いまたち … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・所 … 名詞
・に … 格助詞
・移る … ラ行四段活用の動詞「移る」の終止形

年ごろ遊び慣れつる所を、あらはにこほち散らして、
長年の間遊び慣れた所を、中が見えるほど、むやみに取り払って、
・年ごろ … 名詞
年ごろ … 長年の間
・遊び慣れ … ラ行下二段活用の動詞「遊び慣る」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・所 … 名詞
・を … 格助詞
・あらはに … ナリ活用の形容動詞「あらはなり」の連用形
あらはなり … まる見えであるさま
・こほち散らし … サ行四段活用の動詞「こほち散らす」の連用形
○こほつ … 取り払う
○~散らす … やたらに~する
・て … 接続助詞

たち騒ぎて、日の入り際の、いとすごく霧りわたりたるに、
大騒ぎして、日が沈むころで、ひどくもの寂しく霧が立ちこめている時に、
・たち騒ぎ … ガ行四段活用の動詞「たち騒ぐ」の連用形
・て … 接続助詞
・日 … 名詞
・の … 格助詞
・入りぎは … 名詞
・の … 格助詞
・いと … 副詞
・すごく … ク活用の形容詞「すごし」の連用形
すごし … ぞっとするほど寂しい
・霧りわたり … ラ行四段活用の動詞「霧りわたる」の連用形
~わたる … 一面に~する
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・に … 格助詞

車に乗るとて、うち見やりたれば、人まには参りつつ、
車に乗ろうとして、ふと目をやると、人のいない時に参拝しては、
・車 … 名詞
・に … 格助詞
・乗る … ラ行四段活用の動詞「乗る」の終止形
・とて … 格助詞
・うち見やり … ラ行四段活用の動詞「うち見やる」の連用形
○うち見やる … 目を向ける、「うち」は接頭語
・たれ … 完了の助動詞「たり」の已然形
・ば … 接続助詞
・人ま … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
参る … お参りする(謙譲語) ⇒ 筆者から薬師仏への敬意
・つつ … 接続助詞

額をつきし薬師仏の立ち給へるを、
額をつけて祈った薬師仏が立たれているのを、
・額 … 名詞
・を … 格助詞
・つき … カ行四段活用の動詞「つく」の連用形
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・薬師仏 … 名詞
・の … 格助詞
・立ち … タ行四段活用の動詞「立つ」の連用形
・給へ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の命令形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から薬師仏への敬意
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・を … 格助詞

見捨て奉る、悲しくて、人知れずうち泣かれぬ。
見捨て申し上げるのが、悲しくて、人知れず泣けてしまった。
・見捨て … タ行下二段活用の動詞「見捨つ」の連用形
・奉る … ラ行四段活用の動詞「奉る」の連体形
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から薬師仏への敬意
・悲しく … シク活用の形容詞「悲し」の連用形
・て … 接続助詞
・人 … 名詞
・知れ … ラ行下二段活用の動詞「知る」の連用形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・うち泣か … カ行四段活用の動詞「うち泣く」の未然形
・れ … 自発の助動詞「る」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

門出したる所は、めぐりなどもなくて、
門出して移った所は、囲いなどもなくて、
・門出 … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連用形
・所 … 名詞
・は … 係助詞
・めぐり … 名詞
○めぐり … 囲い
・など … 副助詞
・も … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・て … 接続助詞

かりそめの茅屋の、蔀などもなし。
間に合わせの茅ぶきの家で、蔀などもない。
・かりそめ … ナリ活用の形容動詞「かりそめなり」の語幹
かりそめなり … ほんの一時的である
・の … 格助詞
・茅屋 … 名詞
・の … 格助詞
・蔀 … 名詞
・など … 副助詞
・も … 係助詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形

簾かけ、幕など引きたり。
簾をかけ、幕などを引いて張りめぐらせていた。
・簾 … 名詞
・かけ … カ行下二段活用の動詞「かく」の連用形
・幕 … 名詞
・など … 副助詞
・引き … カ行四段活用の動詞「引く」の連用形
○引く … 張りめぐらす
・たり … 存続の助動詞「たり」の終止形

南ははるかに野の方見やらる。
南ははるか遠く野原の方まで眺められる。
・南 … 名詞
・は … 係助詞
・はるかに … ナリ活用の形容動詞「はるかなり」の連用形
・野 … 名詞
・の … 格助詞
・方 … 名詞
・見やら … ラ行四段活用の動詞「見やる」の未然形
○見やる … 遠くを眺める
・る … 可能の助動詞「る」の連用形

東、西は海近くて、いとおもしろし。
東と西は海が近くて、とてもすばらしい。
・東 … 名詞
・西 … 名詞
・は … 係助詞
・海 … 名詞
・近く … ク活用の形容詞「近し」の連用形
・て … 接続助詞
・いと … 副詞
・おもしろし … ク活用の形容詞「おもしろし」の終止形
おもしろし … すばらしい

夕霧立わたりて、いみじうをかしければ、
夕霧が立ちこめて、たいそう趣が深いので、
・夕霧 … 名詞
・立ちわたり … ラ行四段活用の動詞「立ちわたる」の連用形
~わたる … 一面に~する
・て … 接続助詞
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形
・をかしけれ … シク活用の形容詞「をかし」の已然形
・ば … 接続助詞

朝寝などもせず、方々見つつ、
朝寝などもしないで、あちらを眺めこちらを眺めして、
・朝寝 … 名詞
・など … 副助詞
・も … 係助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・方々 … 名詞
○方々(かたがた) … あちらこちら
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・つつ … 接続助詞

ここを立ちなむことも、あはれに悲しきに、
ここを出発してしまうことも、しみじみと悲しいのだが、
・ここ … 代名詞
・を … 格助詞
・立ち … タ行四段活用の動詞「立つ」の連用形
・な … 完了の助動詞「ぬ」の未然形
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・こと … 名詞
・も … 係助詞
・あはれに … ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形
あはれなり … しみじみと感じられる
・悲しき … シク活用の形容詞「悲し」の連体形
・に … 接続助詞

同じ月の十五日、雨かきくらし降るに、
同じ月の十五日、雨が空を暗くして降る時に、
・同じ … シク活用の形容詞「同じ」の連体形
・月 … 名詞
・の … 格助詞
・十五日 … 名詞
・雨 … 名詞
・かきくらし … サ行四段活用の動詞「かきくらす」の連用形
○かきくらす … 空を暗くする、「かき」は接頭語
・降る … ラ行四段活用の動詞「降る」の連体形
・に … 格助詞

境を出でて、下総の国のいかたといふ所に泊まりぬ。
国境を出て、下総の国のいかたという所に泊まった。
・境 … 名詞
・を … 格助詞
・出で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・下総の国 … 名詞
・の … 格助詞
・いかた … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・所 … 名詞
・に … 格助詞
・泊まり … ラ行四段活用の動詞「泊まる」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

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