狩りの使ひ・伊勢物語

昔、男ありけり。
昔、男がいた。
・昔 … 名詞
・男 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

その男、伊勢の国に狩りの使ひに行きけるに、
その男が、伊勢の国に狩りの使いとして行ったとき、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・男 … 名詞
・伊勢の国 … 名詞
・に … 格助詞
・狩りの使ひ … 名詞
・に … 格助詞
・行き … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 格助詞

かの伊勢の斎宮なりける人の親、「常の使ひよりは、
かの伊勢の斎宮だった人の親が、「普通の使いよりは、
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・伊勢 … 名詞
・の … 格助詞
・斎宮(さいぐう) … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・親 … 名詞
・常 … 名詞
・の … 格助詞
・使ひ … 名詞
・より … 格助詞
・は … 係助詞

この人よくいたはれ。」と言ひやれりければ、
この人を十分に大切にしなさい。」と言ってやったので、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・よく … ク活用の形容詞「よし」の連用形
・いたはれ … ラ行四段活用の動詞「いたはる」の命令形
○いたはる … 気をつかって世話をする
・と … 格助詞
・言ひやれ … ラ行四段活用の動詞「言ひやる」の命令形
・り … 完了の助動詞「り」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

親の言なりければ、いとねむごろにいたはりけり。
親の言いつけだったので、たいそう心をこめて大切にした。
・親 … 名詞
・の … 格助詞
・言 … 名詞
○言(こと) … 言葉
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・いと … 副詞
・ねむごろに … ナリ活用の形容動詞「ねむごろなり」の連用形
ねむごろなり … 真心をこめるさま
・いたはり … ラ行四段活用の動詞「いたはる」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

朝には狩りに出だし立ててやり、
朝には狩りに送り出してやり、
・朝(あした) … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・狩り … 名詞
・に … 格助詞
・出だし立て … タ行下二段活用の動詞「出だし立つ」の連用形
○出(い)だし立つ … 送り出す
・て … 接続助詞
・やり … ラ行四段活用の動詞「やる」の連用形
○やる … 行かせる

夕さりは帰りつつ、そこに来させけり。
夕方には帰ってくると、そこに来させた。
・夕さり … 名詞
○夕さり … 夕方
・は … 係助詞
・帰り … ラ行四段活用の動詞「帰る」の連用形
・つつ … 接続助詞
つつ … 動作・作用が反復して行われる意を表す
・そこ … 代名詞
○そこ ⇒ 斎宮の御殿
・に … 格助詞
・来(こ) … カ行変格活用の動詞「来(く)」の未然形
・させ … 使役の助動詞「さす」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

かくて、ねむごろにいたつきけり。
このように、心をこめて世話をした。
・かくて … 副詞
・ねむごろに … ナリ活用の形容動詞「ねむごろなり」の連用形
・いたつき … カ行四段活用の動詞「いたつく」の連用形
○いたつく … 気を遣って世話をする
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

二日といふ夜、男、われて「逢はむ。」と言ふ。
二日目という夜、男は、無理に「逢いたい。」と言う。
・二日 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・夜(よ) … 名詞
・男 … 名詞
・われて … 副詞
○われて … 無理に
・逢(あ)は … ハ行四段活用の動詞「逢ふ」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形

女もはた、いと逢はじとも思へらず。
女のほうも、また、それほど逢うまいとも思っていない。
・女 … 名詞
・も … 係助詞
・はた … 副詞
はた … また
・いと … 副詞
・逢は … ハ行四段活用の動詞「逢ふ」の未然形
・じ … 打消意志の助動詞「じ」の終止形
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の命令形
・ら … 存続の助動詞「り」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

されど、人目しげければ、え逢はず。
しかし、人目が多かったので、逢うことができない。
・されど … 接続詞
・人目 … 名詞
・しげけれ … ク活用の形容詞「しげし」の已然形
○しげし … たくさんある
・ば … 接続助詞
・え … 副詞
え~(打消) … ~できない
・逢は … ハ行四段活用の動詞「逢ふ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

使ひざねとある人なれば、遠くも宿さず。
正使である人なので、離れた所にも泊めない。
・使ひざね … 名詞
○使ひざね … 使者の中で主になる人物
・と … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・人 … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞
・遠く … ク活用の形容詞「遠し」の連用形
・も … 係助詞
・宿さ … サ行四段活用の動詞「宿す」の未然形
○宿す … 宿泊させる
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

女の閨近くありければ、女、人を静めて、
女の寝室の近くにあったので、女は、人を寝静まらせて、
・女 … 名詞
・の … 格助詞
・閨 … 名詞
○閨(ねや) … 寝室
・近く … ク活用の形容詞「近し」の連用形
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・女 … 名詞
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・静め … マ行下二段活用の動詞「静む」の連用形
○静む … 寝せて静かにさせる
・て … 接続助詞

子一つばかりに、男のもとに来たりけり。
子一つごろに、男のところにやって来た。
・子一(ねひと)つ … 名詞
・ばかり … 副助詞
・に … 格助詞
・男 … 名詞
・の … 格助詞
・もと … 名詞
・に … 格助詞
・来 … カ行変格活用の動詞「来(く)」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

男はた、寝られざりければ、外の方を見出だして臥せるに、
男もまた、寝られなかったので、外の方を見やって横になっていると、
・男 … 名詞
・はた … 副詞
・寝 … ナ行下二段活用の動詞「寝(ぬ)」の連用形
・られ … 可能の助動詞「らる」の未然形
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・外(と) … 名詞
・の … 格助詞
・方(かた) … 名詞
・を … 格助詞
・見出だし … サ行四段活用の動詞「見出だす」の連用形
○見出(い)だす … 外を見やる
・て … 接続助詞
・臥せ … サ行四段活用の動詞「臥す」の命令形
○臥(ふ)す … 横になる
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・に … 接続助詞

月のおぼろなるに、小さき童を先に立てて人立てり。
月の光がぼんやりしている中に、小さな童女を先に立てて人が立っている。
・月 … 名詞
・の … 格助詞
・おぼろなる … ナリ活用の形容動詞「おぼろなり」の連体形
○おぼろなり … ぼんやりとかすんでいるさま
・に … 格助詞
・小さき … ク活用の形容詞「小さし」の連体形
・童(わらわ) … 名詞
・を … 格助詞
・先 … 名詞
・に … 格助詞
・立て … タ行下二段活用の動詞「立つ」の連用形
・て … 接続助詞
・人 … 名詞
○人 ⇒ 斎宮
・立て … タ行四段活用の動詞「立つ」の命令形
・り … 存続の助動詞「り」の終止形

男、いとうれしくて、わが寝る所に率て入りて、
男は、とてもうれしくて、自分の寝所に連れて入って、
・男 … 名詞
・いと … 副詞
・うれしく … シク活用の形容詞「うれし」の連用形
・て … 接続助詞
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・寝(ぬ)る … ナ行下二段活用の動詞「寝(ぬ)」の連体形
・所 … 名詞
・に … 格助詞
・率 … ワ行上一段活用の動詞「率る」の連用形
○率(い)る … 引き連れる
・て … 接続助詞
・入り … ラ行四段活用の動詞「入る」の連用形
・て … 接続助詞

子一つより丑三つまであるに、まだ何事も語らはぬに帰りにけり。
子一つから丑三つまでいたが、まだ何の事も語り合わないのに帰ってしまった。
・子一つ … 名詞
○子一つ … 午後十一時から十一時半ごろ
・より … 格助詞
・丑三つ … 名詞
○丑三(うしみ)つ … 午前二時から二時半ごろ
・まで … 副助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・に … 接続助詞
・まだ … 副詞
・何事 … 名詞
・も … 係助詞
・語らは … ハ行四段活用の動詞「語らふ」の未然形
語らふ … 親しく語り合う、男女が契り合う
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・に … 接続助詞
・帰り … ラ行四段活用の動詞「帰る」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

男、いと悲しくて、寝ずなりにけり。
男は、ひどく悲しくて、寝ないままになってしまった。
・男 … 名詞
・いと … 副詞
・悲しく … シク活用の形容詞「悲し」の連用形
・て … 接続助詞
・寝(ね) … ナ行下二段活用の動詞「寝(ぬ)」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

つとめて、いぶかしけれど、わが人をやるべきにしあらねば、
翌早朝、気がかりだったが、自分の従者を遣るわけにはいかないので、
・つとめて … 名詞
つとめて … 早朝、翌早朝
・いぶかしけれ … シク活用の形容詞「いぶかし」の已然形
○いぶかし … 気がかりである
・ど … 接続助詞
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・やる … ラ行四段活用の動詞「やる」の終止形
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・し … 副助詞・強調
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ば … 接続助詞

いと心もとなくて待ちをれば、明けはなれてしばしあるに、
たいそうじれったい思いで待っていると、夜がすっかり明けてしばらくしてから、
・いと … 副詞
・心もとなく … ク活用の形容詞「心もとなし」の連用形
心もとなし … 待ち遠しい
・て … 接続助詞
・待ちをれ … ラ行変格活用の動詞「待ちをり」の已然形
・ば … 接続助詞
・明けはなれ … ラ行下二段活用の動詞「明けはなる」の連用形
○明けはなる … 夜がすっかり明ける
・て … 接続助詞
・しばし … 副詞
○しばし … しばらく
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・に … 格助詞

女のもとより、詞はなくて、
女のところから、手紙の文句はなくて、
・女 … 名詞
・の … 格助詞
・もと … 名詞
・より … 格助詞
・詞(ことば) … 名詞
・は … 代名詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・て … 接続助詞

   君や来しわれや行きけむ思ほえず
   あなたがやって来たのか、私が行ったのか、はっきりいたしません。
   ・君 … 代名詞
   ・や … 係助詞・疑問
   ・来(こ) … カ行変格活用の動詞「来(く)」の連用形
   ・し … 過去の助動詞「き」の連体形(結び)
   ・われ … 代名詞
   ・や … 係助詞・疑問
   ・行き … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
   ・けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形(結び)
   ・思ほえ … ヤ行下二段活用の動詞「思ほゆ」の未然形
   ○思(おも)ほゆ … 思い出される
   ・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

   夢かうつつか寝てか覚めてか
   夢だったのか、現実だったのか、寝ていたのか、覚めていたのか。
   ・夢 … 名詞
   ・か … 係助詞・疑問
   ・うつつ … 名詞
   ○うつつ … 現実
   ・か … 係助詞・疑問
   ・寝 … ナ行下二段活用の動詞「寝(ぬ)」の連用形
   ・て … 接続助詞
   ・か … 係助詞・疑問
   ・覚め … マ行下二段活用の動詞「覚む」の連用形
   ・て … 接続助詞
   ・か … 係助詞・疑問

説明 ⇒ 男の部屋で三時間ほど一緒に過ごしたのに、何も語り合うことなく終わってしまった。それゆえに揺れ動く女心が、上の句の「ーやーや」と下の句の「ーかーかーかーか」の六つの疑問の係助詞の使用により巧妙に表現されている。

男、いといたう泣きて詠める、
男は、とてもひどく泣いて詠んだ。
・男 … 名詞
・いと … 副詞
・いたう … ク活用の形容詞「いたし」の連用形(音便)
いたし … 程度がはなはだしいさま
・泣き … カ行四段活用の動詞「泣く」の連用形
・て … 接続助詞
・詠め … マ行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形

   かきくらす心の闇に惑ひにき
   まっ暗になった心の闇の中で、何が何やらわからなくなってしまいました。
   ・かきくらす … サ行四段活用の動詞「かきくらす」の連体形
   ○かき … 接頭語
   ○かきくらす … 心を暗くする
   ・心 … 名詞
   ・の … 格助詞
   ・闇 … 名詞
   ○心の闇(やみ) … 分別を失った心の状態
   ・に … 格助詞
   ・惑ひ … ハ行四段活用の動詞「惑ふ」の連用形
   ○惑ふ … 途方に暮れる
   ・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
   ・き … 過去の助動詞「き」の終止形

   夢うつつとは今宵定めよ
   夢か現実かは、今夜決めてください。
   ・夢 … 名詞
   ・うつつ … 名詞
   ・と … 格助詞
   ・は … 係助詞
   ・今宵(こよい) … 名詞
   ・定めよ … マ行下二段活用の動詞「定む」の命令形

説明 ⇒ 自分の部屋で女と三時間ほど一緒に過ごしたのに、何も語り合うことなく終わらせてしまった。それを後悔している心情が上の句に詠まれ、下の句で、自分の失敗を取り戻す機会を与えるように女に訴えている。

と詠みてやりて、狩りに出でぬ。
と詠んで贈って、狩に出かけた。
・と … 格助詞
・詠み … マ行四段活用の動詞「詠む」の連用形
・て … 接続助詞
・やり … ラ行四段活用の動詞「やる」の連用形
○やる … 贈る
・て … 接続助詞
・狩り … 名詞
・に … 格助詞
・出(い)で … ダ行下二段活用の動詞「出づ」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

野に歩けど、心はそらにて、
野を動き回っても、心はうわの空で、
・野 … 名詞
・に … 格助詞
・歩け … カ行四段活用の動詞「歩く」の已然形
歩(あり)く … 動き回る
・ど … 接続助詞
・心 … 名詞
・は … 係助詞
・そらに … ナリ活用の形容動詞「そらなり」の連用形
○そらなり … うわの空である
・て … 接続助詞

今宵だに人静めて、いととく逢はむと思ふに、
今宵だけでも人が寝静まってから、本当に早く逢おうと思っていると、
・今宵 … 名詞
・だに … 副助詞
だに … せめて~だけでも
・人 … 名詞
・静め … マ行下二段活用の動詞「静む」の連用形
・て … 接続助詞
・いと … 副詞
・とく … ク活用の形容詞「とし」の連用形
○とし … 早い
・逢は … ハ行四段活用の動詞「逢ふ」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・に … 接続助詞

国守、斎宮頭かけたる、狩りの使ひありと聞きて、
国守で斎宮寮の長官を兼ねた者が、狩りの使いが来ていると聞いて、
・国守(くにのかみ) … 名詞
・斎宮頭(いつきのみやのかみ) … 名詞
・かけ … カ行下二段活用の動詞「かく」の連用形
○かく … 兼任する
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・狩りの使ひ … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形
・と … 格助詞
・聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形
・て … 接続助詞

夜ひと夜酒飲みしければ、もはら逢ひごともえせで、
一晩中酒宴を催したので、全く逢うこともできず、
・夜一夜(よひとよ) … 名詞
・酒飲み … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・もはら … 副詞
○もはら(~打消) … 全く(~ない)
・逢ひごと … 名詞
・も … 係助詞
・え … 副詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・で … 接続助詞
○で … ~ないで

明けば尾張の国へ立ちなむとすれば、
夜が明けると尾張の国へ出立することにしていたので、
・明け … カ行下二段活用の動詞「明く」の未然形
・ば … 接続助詞
・尾張(おわり)の国 … 名詞
・へ … 格助詞
・立ち … タ行四段活用の動詞「立つ」の連用形
・な … 強意の助動詞「ぬ」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・すれ … サ行変格活用の動詞「す」の已然形
・ば … 接続助詞

男も人知れず血の涙を流せど、え逢はず。
男もひそかに血の涙を流すほど悲しんだが、逢うことができない。
・男 … 名詞
・も … 係助詞
・人 … 名詞
・知れ … ラ行下二段活用の動詞「知る」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・血 … 名詞
・の … 格助詞
・涙 … 名詞
・を … 格助詞
・流せ … サ行四段活用の動詞「流す」の已然形
・ど … 接続助詞
・え … 副詞
・逢は … ハ行四段活用の動詞「逢ふ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

夜やうやう明けなむとするほどに、女方より出だす杯の皿に、
夜がしだいに明けようとするころに、女の方から差し出す杯の皿に、
・夜 … 名詞
・やうやう … 副詞
やうやう … だんだん
・明け … カ行下二段活用の動詞「明く」の連用形
・な … 強意の助動詞「ぬ」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・する … サ行変格活用の動詞「す」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・女方 … 名詞
・より … 格助詞
・出だす … サ行四段活用の動詞「出だす」の連体形
・杯 … 名詞
・の … 格助詞
・皿 … 名詞
・に … 格助詞

歌を書きて出だしたり。取りて見れば、
歌を書いてよこした。手に取って見ると、
・歌 … 名詞
・を … 格助詞
・書き … カ行四段活用の動詞「書く」の連用形
・て … 接続助詞
・出だし … サ行四段活用の動詞「出だす」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形
・取り … ラ行四段活用の動詞「取る」の連用形
・て … 接続助詞
・見れ … マ行上一段活用の動詞「見る」の已然形
・ば … 接続助詞

   かち人の渡れど濡れぬえにしあれば
   徒歩の人が渡っても着物の裾が濡れない河のように、とても浅い縁でしたので
   ・かち人 … 名詞
   ・の … 格助詞
   ・渡れ … ラ行四段活用の動詞「渡る」の已然形
   ・ど … 接続助詞
   ・濡れ … ラ行下二段活用の動詞「濡る」の未然形
   ・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
   ・え … 名詞
   ・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
   ・し … 副助詞・強調
   ○「えにし」は「江にし」と「縁(えにし)」の掛詞
   ・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形
   ・ば … 接続助詞

説明 ⇒ 「二人の縁はとても浅いものなので」と上の句だけで終わらせて、その下の句を男に付けさせることによって、男の気持ちを知ろうとしている。

と書きて末はなし。
と書いて、下の句はない。
・と … 格助詞
・書き … カ行四段活用の動詞「書く」の連用形
・て … 接続助詞
・末(すえ) … 名詞
 … 下の句
・は … 係助詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形

その杯の皿に続松の炭して、歌の末を書き継ぐ。
その杯の皿に松明の燃え残りの炭で、歌の下の句を書き継いだ。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・杯 … 名詞
・の … 格助詞
・皿 … 名詞
・に … 格助詞
・続松(ついまつ) … 名詞
○続松 … 松明(たいまつ)
・の … 格助詞
・炭 … 名詞
・して … 格助詞
して … ~で(手段)
・歌 … 名詞
・の … 格助詞
・末 … 名詞
・を … 格助詞
・書き継ぐ … ガ行四段活用の動詞「書き継ぐ」の終止形

   また逢坂の関は越えなむ
   また逢坂の関をきっと越えようと思います
   ・また … 副詞
   ・逢坂(おうさか)の関 … 名詞
   ・は … 接続助詞
   ・越え … ヤ行下二段活用の動詞「越ゆ」の連用形
   ・な … 強意の助動詞「ぬ」の未然形
   ・む … 意志の助動詞「む」の終止形

説明 ⇒ 下の句に「必ずまた逢いに来ます」と付けて、自分はあきらめるわけではないと女に伝えている。

とて、明くれば尾張の国へ越えにけり。
と詠んで、夜が明けると尾張の国へ越えて行った。
・とて … 格助詞
・明くれ … 
・ば … 接続助詞
・尾張の国 … 名詞
・へ … 格助詞
・越え … ヤ行下二段活用の動詞「越ゆ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

斎宮は水尾の御時、文徳天皇の御女、惟喬親王の妹。
斎宮は清和天皇の御代、文徳天皇の御女、惟喬親王の妹である。
・斎宮 … 名詞
・は … 係助詞
・水尾(みずのお) … 名詞
・の … 格助詞
・御時 … 名詞
・文徳(もんとく)天皇 … 名詞
・の … 格助詞
・御女 … 名詞
・惟喬親王(これたかのみこ) … 名詞
・の … 格助詞
・妹 … 名詞

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