忘れ貝・土佐日記

四日。楫取り、「今日、風雲の気色はなはだ悪し。」と言ひて、
四日。船頭が、「今日は、風や雲の様子がたいそう悪い。」と言って、
・四日(よか) … 名詞
・楫取(かじと)り … 名詞
・今日 … 名詞
・風雲 … 名詞
・の … 格助詞
・気色(けしき) … 名詞
気色 … 様子
・はなはだ … 副詞
・悪(あ)し … シク活用の形容詞「悪し」の終止形
・と … 格助詞
・言ひ … 行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞

船出ださずなりぬ。
船を出さないことになった。
・船 … 名詞
・出(い)ださ … 行四段活用の動詞「出だす」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
・なり … 行四段活用の動詞「なる」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

しかれども、ひねもすに波風立たず。
しかしながら、一日中波風が立たない。
・しかれども … 接続詞
・ひねもすに … 副詞
ひねもすに … 一日中
・波風(なみかぜ) … 名詞
・立た … 行四段活用の動詞「立つ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

この楫取りは、日もえ計らぬかたゐなりけり。
この船頭は、天気も予測することができない愚か者だった。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・楫取り … 名詞
・は … 係助詞
・日 … 名詞
・も … 係助詞
・え … 副詞
え(~打消) … ~できない
・計ら … 行四段活用の動詞「計る」の未然形
○計る … 予測する
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・かたゐ … 名詞
○かたゐ … 愚か者、人をののしる語
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

この泊の浜には、くさぐさのうるはしき貝、石など多かり。
この港の浜辺には、さまざまな美しい貝、石などが多い。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・泊(とまり) … 名詞
○泊 … 港
・の … 格助詞
・浜 … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・くさぐさ … 名詞
○くさぐさ … さまざま
・の … 格助詞
・うるはしき … シク活用の形容詞「うるはし」の連体形
うるはし … きちんと整って美しい
・貝 … 名詞
・石 … 名詞
・など … 副助詞
・多かり … ク活用の形容詞「多し」の終止形

かかれば、ただ昔の人をのみ恋ひつつ、船なる人の詠める、
こういうわけで、ただ亡くなった人だけを恋い慕いながら、船にいる人が詠んだ、
・かかれ … ラ行変格活用の動詞「かかり」の已然形
・ば … 接続助詞
・ただ … 副詞
・昔 … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・のみ … 副助詞
・恋ひ … 行上二段活用の動詞「恋ふ」の連用形
・つつ … 接続助詞
・船 … 名詞
・なる … 存在の助動詞「なり」の連体形
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・詠め … ・ … 行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・る … る … 完了の助動詞「り」の連体形

寄する波打ちも寄せなむ
寄せる波よ、うち寄せてほしい、
・寄する … 行下二段活用の動詞「寄す」の連体形
・波 … 名詞
・打ち … 行四段活用の動詞「打つ」の連用形
・も … 係助詞
・寄せ … 行下二段活用の動詞「寄す」の未然形
・なむ … 終助詞
なむ … ~てほしい(願望)

わが恋ふる人忘れ貝下りて拾はむ
私が恋しく思う人を忘れさせてくれる忘れ貝を下りて拾おう。
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・恋ふる … 行上二段活用の動詞「恋ふ」の連体形
・人 … 名詞
・忘れ貝 … 名詞
・下り … 行上二段活用の動詞「下る」の連用形
・て … 接続助詞
・拾は … 行四段活用の動詞「拾ふ」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形

と言へれば、
と言ったところ、
・と … 格助詞
・言へ … 行四段活用の動詞「言ふ」の命令形
・れ … 存続の助動詞「り」の已然形
・ば … 接続助詞

ある人の堪へずして、船の心やりに詠める、
ある人が堪えきれないで、船旅の間の気晴らしに詠んだ、
・ある … 連体詞
・人 … 名詞
・の … 
・堪へ … 行下二段活用の動詞「堪ふ」の未然形
○堪ふ … 我慢する
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・して … 接続助詞
・船 … 名詞
・の … 格助詞
・心やり … 名詞
○心やり … 気晴らし
・に … 格助詞
・詠め … ・ … 行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・る … る … 完了の助動詞「り」の連体形

  忘れ貝拾ひしもせじ
  忘れ貝を拾ったりなんかしない、
  ・忘れ貝 … 名詞
  ・拾ひ … 行四段活用の動詞「拾ふ」の連用形
  ・しも … 副助詞
  ・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
  ・じ … 打消意志の助動詞「じ」の終止形

  白玉を恋ふるをだにも形見と思はん
  せめて白い玉を恋しく思う心だけでも形見と思おう。
  ・白玉(しらたま) … 名詞
  ・を … 格助詞
  ・恋ふる … 行上二段活用の動詞「恋ふ」の連体形
  ・を … 格助詞
  ・だに … 副助詞
  ・も … 係助詞
  ・形見 … 名詞
  ・と … 格助詞
  ・思は … 行四段活用の動詞「思ふ」の未然形
  ・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形

となむ言へる。
と言った。
・と … 格助詞
・なむ … 係助詞・強調
・言へ … 行四段活用の動詞「言ふ」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形(結び)

女子のためには、親幼くなりぬべし。
女の子のためには、親は幼稚になってしまうに違いない。
・女子(おんなご) … 名詞
・の … 格助詞
・ため … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・親 … 名詞
・幼く … ク活用の形容詞「幼し」の連用形
・なり … 行四段活用の動詞「なる」の連用形
・ぬ … 強意の助動詞「ぬ」の終止形
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形

「玉ならずもありけむを。」と人言はむや。
「玉というほどでもなかっただろうよ。」と人は言うだろうか。
・玉 … 名詞
・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・も … 係助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けむ … 過去推量の助動詞「けむ」の連体形
・を … 間投助詞
 … ~よ(詠嘆)
・と … 格助詞
・人 … 名詞
・言は … 行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の終止形
・や … 係助詞・疑問

されども、「死し子、顔よかりき。」と言ふやうもあり。
けれども、「死んだ子は、顔が美しかった。」と言うこともある。
・されども … 接続詞
○死し子 … 死にし子 ⇒ 死んし子 ⇒ 死し子(音便・無表記)
・死 … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・子 … 名詞
・顔 … 名詞
・よかり … ク活用の形容詞「よし」の連用形
よし … 美しい
・き … 過去の助動詞「き」の終止形
・と … 格助詞
・言ふ … 行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・やう … 名詞
・も … 係助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形

なほ、同じ所に、日を経ることを嘆きて、
さらに、同じ所で、日を過ごすことを嘆いて、
・なほ … 副詞
・同じ … シク活用の形容詞「同じ」の連体形
・所 … 名詞
・に … 格助詞
・日 … 名詞
・を … 格助詞
・経(ふ)る … 行下二段活用の動詞「経」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・嘆き … 行四段活用の動詞「嘆く」の連用形
・て … 接続助詞

ある女の詠める歌、
ある女が詠んだ歌、
・ある … 連体詞
・女 … 名詞
・の … 格助詞
・詠め … ・ … 行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・る … る … 完了の助動詞「り」の連体形
・歌 … 名詞

  手を漬てて寒さも知らぬ泉にぞ
  手を水につけても冷たさも感じない泉、和泉の国で
  ・手 … 名詞
  ・を … 格助詞
  ・漬(ひ)て … 行下二段活用の動詞「漬つ」の連用形
  ○漬つ … 水につける
  ・て … 接続助詞
  ・寒さ … 名詞
  ・も … 係助詞
  ・知ら … 行四段活用の動詞「知る」の未然形
  ・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
  ・泉 … 名詞
  ○泉 ⇒ 「和泉」との掛詞
  ○泉 ⇒ 「漬つ」と縁語
  ・に … 格助詞
  ・ぞ … 係助詞・強調

  汲むとはなしに日ごろ経にける
  水を汲むでもなく何日も過ごしたことだよ。
  ・汲(く)む … 行四段活用の動詞「汲む」の終止形
  ・と … 格助詞
  ・は … 係助詞
  ・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形
  ・に … 接続助詞
  ・日ごろ … 名詞
  ○日ごろ … 数日
  ・経(へ) … 行下二段活用の動詞「経」の連用形
  ・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
  ・ける … 詠嘆の助動詞「けり」の連体形(結び)

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