ありがたきもの

ありがたきもの。舅に褒めらるる壻。また、姑に思はるる嫁の君。
めったにないもの。舅に褒めらるる壻。また、姑にかわいがられるお嫁さん。
・ ありがたき … ク活用の形容詞「ありがたし」の連体形
ありがたし … めったにない
・ 舅(しゅうと)
・ ほめ … マ行下二段活用の動詞「ほむ」の未然形
・ らるる … 受身の助動詞「らる」の連体形
・ 壻(むこ)
・ 姑(しゅうとめ)
・ 思は … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の未然形
思ふ … 愛する
・ るる … 受身の助動詞「る」の連体形
・ 嫁(よめ) … 名詞

毛のよく拔くる銀の毛抜き。主そしらぬ従者。つゆの癖なき。
毛のよく抜ける銀製の毛抜き。主人の悪口を言わない召使い。すこしの癖もない人。
・ よく … ク活用の形容詞「よし」の連用形
・ 抜くる … カ行下二段活用の動詞「抜く」の連体形
・ 銀(しろがね) … 名詞
・ 主(しゅう) … 名詞
・ そしら … ラ行四段活用の動詞「そしる」の未然形
そしる … 悪口を言う
・ ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・ 従者(ずさ) … 家来
・ つゆ(名詞) … 少しのこと
・ なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形

容貌、心ありさま、すぐれ、世に経るほど、いささかの疵なき。
容貌、性質や態度がすぐれ、この世を渡ってゆく間に、すこしの欠点もない人。
・ 容貌(かたち)
・ 心ありさま(名詞) … 性質や態度
・ すぐれ … ラ行下二段活用の動詞「すぐる」の連用形
・ 経(ふ)る … ハ行下二段活用の動詞「経」の連体形
・ 世に経る … 世の中を渡る
・ ほど(名詞) … 間
・ 疵(きず)
・ なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形

同じ所に住む人の、かたみに恥ぢかはし、
同じ所に宮仕えしている人で、互いに遠慮し合い、
・ 同じ … シク活用の形容詞「同じ」の連体形
・ 住む … マ行四段活用の動詞「住む」の連体形
・ かたみに(副詞) … 互いに
・ 恥ぢかはし … サ行四段活用の動詞「恥ぢかはす」の連用形
・ 恥ぢかはす … 気がねし合う

いささかの隙なく用意したりと思ふが、つひに見えぬこそかたけれ。
すこしの油断もなく気を配っていると思う人が、最後まで(欠点を)見せないのはめったにない。
・ いささか(副詞) … ほんの少し
・ 隙(ひま)なく … ク活用の形容詞「隙なし」の連用形
・ 隙なし … 油断がない
・ 用意(名詞) … 気配り
・ し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・ たり … 存続の助動詞「たり」の終止形
・ 思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・ 見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の未然形
・ 見ゆ … 見られる
・ ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・ こそ … 係助詞(結び:かたけれ)
・ かたけれ … ク活用の形容詞「かたし」の已然形
・ かたし … めったにない

物語、集など書き写すに、本に墨つけぬ。
物語、歌集などを書き写すときに、原本に墨をつけない(ことはめったにない)。
・ など … 副助詞
・ 書き写す … サ行四段活用の動詞「書き写す」の連体形
・ に … 格助詞
・ つけ … カ行下二段活用の動詞「つく」の未然形
・ ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形

よき草子などはいみじく心して書けど、必こそきたなげになるめれ。
立派なとじ本などは非常に注意して書くけれど、必ずきたならしくなるようだ。
・ よき … ク活用の形容詞「よし」の連体形
・ よし … 立派である
・ 草子(名詞) … とじ本
・ いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
・ 心し … サ行変格活用の動詞「心す」の連用形
・ 心す … 気をつける
・ 書け … カ行四段活用の動詞「書く」の已然形
・ こそ … 係助詞(結び:なるめれ)
・ きたなげに … ナリ活用の形容動詞「きたなげなり」の連用形
・ きたなげなり … けがれている様子
・ なる … ラ行四段活用の動詞「なる」の終止形
・ めれ … 推定の助動詞「めり」の已然形

男女をば言はじ、女どちも、契り深くて語らふ人の、末まで仲良き人、かたし。
男女の仲は今さら言いません、女どうしでも、縁が深くて親しく交際する人で、最後まで仲の良い人は、めったにない。
・ 男女(おとこおんな) … 男女の仲
・ 言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・ じ … 打消意志の助動詞「じ」の終止形
・ 女どち(どち:接尾語) … 女どうし
・ 契(ちぎ)り … 因縁
・ 深く … ク活用の形容詞「深し」の連用形
・ 語らふ … ハ行四段活用の動詞「語らふ」の連体形
・ 語らふ … 親しく交際する
・ 末(名詞) … 終わり
・ 良き … ク活用の形容詞「良し」の連体形
・ かたし … ク活用の形容詞「かたし」の終止形