能登殿の最後・平家物語2

ここに土佐の国の住人、安芸郷を知行しける安芸大領実康が子に、
そこに土佐の国の住人で、安芸郷を支配していた安芸大領実康の子に、
・ここに … 接続詞
・土佐の国 … 名詞
・の … 格助詞
・住人 … 名詞
・安芸郷(あきのごう) … 名詞
・を … 格助詞
・知行(ちぎよう)し … サ行変格活用の動詞「知行す」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・安芸大領実康(あきのだいりようさねやす) … 名詞
○大領 … 郡の長官
・が … 格助詞
・子 … 名詞
・に … 格助詞

安芸太郎実光とて、三十人が力持つたる大力の剛の者あり。
安芸太郎実光といって、三十人力を持った大力の剛の者がいる。
・安芸太郎実光(あきのたろうさねみつ) … 名詞
・とて … 格助詞
・三十人 … 名詞
・が … 格助詞
・力 … 名詞
・持つ … タ行四段活用の動詞「持つ」の連用形(音便)
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・大力(だいぢから) … 名詞
・の … 格助詞
・剛(こう) … 名詞
・の … 格助詞
・者 … 名詞
○剛の者 … 武勇に優れた者
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形

我にちつとも劣らぬ郎等一人、
自分に少しも劣らない家来が一人、
・我 … 代名詞
・に … 格助詞
・ちつとも … 副詞
・劣ら … ラ行四段活用の動詞「劣る」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・郎等(ろうどう) … 名詞
・一人(いちにん) … 名詞

弟の次郎も普通には優れたるしたたか者なり。
弟の次郎も人並み以上に優れている剛の者である。
・弟(おとと) … 名詞
・の … 格助詞
・次郎 … 名詞
・も … 係助詞
・普通 … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・優れ … ラ行下二段活用の動詞「優る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・したたか者 … 名詞
○したたか者 … 武勇に優れた者
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

安芸太郎、能登殿を見奉つて申しけるは、
安芸太郎、能登殿を見申し上げて申したことには、
・安芸太郎 … 名詞
・能登殿 … 名詞
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・奉(たてま)つ … ラ行四段活用の動詞「奉る」の連用形(音便)
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から能登殿への敬意
・て … 接続助詞
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から能登殿への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・は … 係助詞

「いかに猛うましますとも、我ら三人取りついたらんに、
「どんなに勇猛でいらっしゃっても、我々三人が組みついたとしたら、
・いかに … 
○ … いかに …  … どんなに
・猛(たけ)う … ク活用の形容詞「猛し」の連用形(音便)
・まします … サ行四段活用の動詞「まします」の終止形
○ … まします … 「あり」の尊敬語 ⇒ 安芸太郎から能登殿への敬意
・とも … 接続助詞
・我ら … 代名詞
・三人 … 名詞
・取りつい … カ行四段活用の動詞「取りつく」の連用形(音便)
・たら … 完了の助動詞「たり」の未然形
・ん … 仮定の助動詞「ん」の連体形
・に … 格助詞

たとひ丈十丈の鬼なりとも、などか従へざるべき。」とて、
たとえ身の丈十丈の鬼であっても、どうして屈服させられないだろうか。」と言って、
・たとひ … 副詞
・丈(たけ) … 名詞
・十丈 … 名詞
・の … 格助詞
・鬼 … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
・とも … 接続助詞
・などか … 副詞
○などか … どうして~か(反語)
・従へ … ハ行下二段活用の動詞「従ふ」の未然形
・ざる … 打消の助動詞「ず」の連体形
・べき … 可能の助動詞「べし」の連体形
・とて … 格助詞

主従三人小舟に乗つて、能登殿の舟に押し並べ、
主従三人が小舟に乗って、能登殿の舟に舟を強引に並べ、
・主従(しゆうじゆう) … 名詞
・三人 … 名詞
・小舟 … 名詞
・に … 格助詞
・乗つ … ラ行四段活用の動詞「乗る」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・能登殿 … 名詞
・の … 格助詞
・舟 … 名詞
・に … 格助詞
・押し並べ … バ行下二段活用の動詞「押し並ぶ」の連用形

「えい。」と言ひて乗り移り、甲の錣をかたぶけ、
「えい。」と言って乗り移り、甲の錣をかたむけ、
・えい … 感動詞
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・乗り移り … ラ行四段活用の動詞「乗り移る」の連用形
・甲(かぶと) … 名詞
・の … 格助詞
・錣(しころ) … 名詞
○甲の錣 … 甲のおおいの部分
・を … 格助詞
・かたぶけ … カ行下二段活用の動詞「かたぶく」の連用形

太刀を抜いて一面に討つてかかる。
太刀を抜いて並んでいっせいに討ってかかる。
・太刀 … 名詞
・を … 格助詞
・抜い … カ行四段活用の動詞「抜く」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・一面に … 副詞
○一面に … 並んでいっせいに
・討つ … タ行四段活用の動詞「討つ」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・かかる … ラ行四段活用の動詞「かかる」の終止形

能登殿ちつとも騒ぎ給はず、真つ先に進んだる安芸太郎が郎等を、
能登殿は少しもお騒ぎにならず、真っ先に進んだ安芸太郎の家来を、
・能登殿 … 名詞
・ちつとも … 副詞
・騒ぎ … ガ行四段活用の動詞「騒ぐ」の連用形
・給は … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の未然形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から能登殿への敬意
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・真つ先 … 名詞
・に … 格助詞
・進ん … マ行四段活用の動詞「進む」の連用形(音便)
・だる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・安芸太郎 … 名詞
・が … 格助詞
・郎等 … 名詞
・を … 格助詞

裾を合はせて、海へどうど蹴入れ給ふ。
裾と裾が合うほど引き寄せて、海へどっと蹴り込みなさる。
・裾 … 名詞
・を … 格助詞
・合はせ … サ行下二段活用の動詞「合はす」の連用形
○裾を合はす … 裾と裾が合うほど引き寄せる
・て … 接続助詞
・海 … 名詞
・へ … 格助詞
・どうど … 副詞
・蹴入れ … ラ行下二段活用の動詞「蹴入る」の連用形
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の終止形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から能登殿への敬意

続いて寄る安芸太郎を、弓手の脇に取つて挟み、
続いて近寄る安芸太郎を、左手の脇につかまえて挟み、
・続い … カ行四段活用の動詞「続く」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・寄る … ラ行四段活用の動詞「寄る」の連体形
・安芸太郎 … 名詞
・を … 格助詞
・弓手(ゆんで) … 名詞
○弓手 … 左手
・の … 格助詞
・脇 … 名詞
・に … 格助詞
・取つ … ラ行四段活用の動詞「取る」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・挟み … マ行四段活用の動詞「挟む」の連用形

弟の次郎をば馬手の脇にかい挟み、ひと締め締めて、
弟の次郎を右手の脇に抱えるように挟み、ひと締め締めあげて、
・弟 … 名詞
・の … 格助詞
・次郎 … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・馬手(めて) … 名詞
○馬手 … 右手
・の … 格助詞
・脇 … 名詞
・に … 格助詞
・かい挟み … マ行四段活用の動詞「かい挟む」の連用形
・ひと締め … 名詞
・締め … マ行下二段活用の動詞「締む」の連用形
・て … 接続助詞

「いざうれ、さらばおのれら、死出の山の供せよ。」とて、
「さあ、きさまら、それではお前たち、死出の山への供をしろ。」と言って、
・いざ … 感動詞
・うれ … 代名詞
○うれ … 相手をののしって呼びかける語
・さらば … 接続詞
・おのれら … 代名詞
・死出(しで) … 名詞
・の … 格助詞
・山 … 名詞
○死出の山 … 死後の世界にあるという険しい山
・の … 格助詞
・供 … 名詞
・せよ … サ行変格活用の動詞「す」の命令形
・とて … 格助詞

生年二十六にて海へつつとぞ入り給ふ。
生年二十六歳で海へさっとお入りになった。
・生年(しようねん) … 名詞
・二十六 … 名詞
・にて … 格助詞
・海 … 名詞
・へ … 格助詞
・つつと … 副詞
○つつと … さっと
・ぞ … 係助詞・強調
・入り … ラ行四段活用の動詞「入る」の連用形
・給ふ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連体形(結び)
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から能登殿への敬意

新中納言、「見るべきほどのことは見つ。
新中納言は、「見届けなければならないことは見てしまった。
・新中納言 … 名詞
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の終止形
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形
・ほど … 名詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・は … 係助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・つ … 完了の助動詞「つ」の終止形

今は自害せん。」とて、めのと子の伊賀平内左衛門家長を召して、
今は自害しよう。」と言って、乳母の子の伊賀平内左衛門家長をお呼びになって、
・今 … 名詞
・は … 係助詞
・自害せ … サ行変格活用の動詞「自害す」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・とて … 格助詞
・めのと子(ご) … 名詞
・の … 格助詞
・伊賀平内左衛門家長(いがのへいないざえもんいえなが) … 名詞
・を … 格助詞
・召し … サ行四段活用の動詞「召す」の連用形
召す … 「呼ぶ」の尊敬語 ⇒ 筆者から新中納言への敬意
・て … 接続助詞

「いかに、約束は違ふまじきか。」とのたまへば、
「おい、約束は違えないつもりか。」とおっしゃると、
・いかに … 感動詞
・約束 … 名詞
・は … 係助詞
・違(たが)ふ … ハ行四段活用の動詞「違ふ」の終止形
・まじき … 打消意志の助動詞「まじ」の連体形
・か … 係助詞・疑問
・と … 格助詞
・のたまへ … ハ行四段活用の動詞「のたまふ」の已然形
のたまふ … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から新中納言への敬意
・ば … 接続助詞

「子細にや及び候ふ。」と、中納言に鎧二領着せ奉り、
「とやかく申すまでもありません。」と、中納言に鎧を二領お着せ申し上げ、
・子細 … 名詞
・に … 格助詞
・や … 係助詞・反語
・及び … バ行四段活用の動詞「及ぶ」の連用形
○子細にや及ぶ … とやかく言うまでもない
・候ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連体形(結び)
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 家長から新中納言への敬意
・と … 格助詞
・中納言 … 名詞
・に … 格助詞
・鎧 … 名詞
・二領 … 名詞
・着せ … サ行下二段活用の動詞「着す」の連用形
・奉り … ラ行四段活用の動詞「奉る」の連用形
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から新中納言への敬意

わが身も鎧二領着て、手を取り組んで海へぞ入りにける。
自分自身も鎧を二領着て、手を取り合って海に入ってしまった。
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・身 … 名詞
・も … 係助詞
・鎧 … 名詞
・二領 … 名詞
・着 … カ行上一段活用の動詞「着る」の連用形
・て … 接続助詞
・手 … 名詞
・を … 格助詞
・取り組ん … マ行四段活用の動詞「取り組む」の連用形(音便)
・で … 接続助詞
・海 … 名詞
・へ … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・入り … ラ行四段活用の動詞「入る」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

これを見て、侍ども二十余人おくれ奉らじと、
これを見て、侍ども二十余人も死に後れ申し上げまいと、
・これ … 代名詞
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
・侍(さぶらい)ども … 名詞
・二十余人 … 名詞
・おくれ … ラ行下二段活用の動詞「おくる」の連用形
・奉ら … ラ行四段活用の動詞「奉る」の未然形
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から新中納言への敬意
・じ … 打消意志の助動詞「じ」の終止形
・と … 格助詞

手に手を取り組んで、一所に沈みけり。
手に手を取り合って、同じ所に沈んだ。
・手 … 名詞
・に … 格助詞
・手 … 名詞
・を … 格助詞
・取り組ん … マ行四段活用の動詞「取り組む」の連用形(音便)
・で … 接続助詞
・一所(いつしよ) … 名詞
・に … 格助詞
・沈み … マ行四段活用の動詞「沈む」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

その中に越中次郎兵衛・上総五郎兵衛・悪七兵衛・飛騨四郎兵衛は、
その中で越中次郎兵衛・上総五郎兵衛・悪七兵衛・飛騨四郎兵衛は、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・中 … 名詞
・に … 格助詞
・越中次郎兵衛(えつちゆうのじろうびようえ) … 名詞
・上総五郎兵衛(かずさのごろうびようえ) … 名詞
・悪七兵衛(あくしちびようえ) … 名詞
・飛騨四郎兵衛(ひだのしろうびようえ) … 名詞
・は … 係助詞

何としてか逃れたりけん、そこをもまた落ちにけり。
どのようにして逃れたのだろうか、そこからもまた逃げのびてしまった。
・何と … 副詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
○何として … どのようにして
・か … 係助詞・疑問
・逃れ … ラ行下二段活用の動詞「逃る」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けん … 過去推量の助動詞「けん」の連体形(結び)
・そこ … 代名詞
・を … 格助詞
・も … 係助詞
・また … 副詞
・落ち … タ行上二段活用の動詞「落つ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

海上には赤旗、赤印投げ捨て、かなぐり捨てたりければ、
海上には赤旗、赤印が投げ捨て、かなぐり捨ててあったので、
・海上(かいしよう) … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・赤旗 … 名詞
・赤印 … 名詞
・投げ捨て … タ行下二段活用の動詞「投げ捨つ」の連用形
・かなぐり捨て … タ行下二段活用の動詞「かなぐり捨つ」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

竜田川の紅葉葉を嵐の吹き散らしたるがごとし。
竜田川の紅葉の葉を嵐が吹き散らかしたかのようである。
・竜田川(たつたがわ) … 名詞
・の … 格助詞
・紅葉葉(もみじば) … 名詞
・を … 格助詞
・嵐 … 名詞
・の … 格助詞
・吹き散らし … サ行四段活用の動詞「吹き散らす」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・が … 格助詞
・ごとし … 比況の助動詞「ごとし」の終止形

汀に寄する白波も、薄紅にぞなりにける。
波打ち際に打ち寄せる白波も、薄紅になってしまった。
・汀(みぎわ) … 名詞
・に … 格助詞
・寄する … サ行下二段活用の動詞「寄す」の連体形
・白波 … 名詞
・も … 係助詞
・薄紅(うすぐれない) … 名詞
・に … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

主もなきむなしき舟は、潮に引かれ、風に従つて、
主人もいない空っぽの舟は、潮に引かれ、風に従って、
・主(ぬし) … 名詞
・も … 係助詞
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・むなしき … シク活用の形容詞「むなし」の連体形
・舟 … 名詞
・は … 係助詞
・潮 … 名詞
・に … 格助詞
・引か … カ行四段活用の動詞「引く」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・風 … 名詞
・に … 格助詞
・従つ … ハ行四段活用の動詞「従ふ」の連用形(音便)
・て … 接続助詞

いづくを指すともなく揺られ行くこそ悲しけれ。
どこを目指すともなく揺られていく、とても悲しいものである。
・いづく … 代名詞
・を … 格助詞
・指す … サ行四段活用の動詞「指す」の終止形
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・揺ら … ラ行四段活用の動詞「揺る」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・行く … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
・こそ … 係助詞・強調
・悲しけれ … シク活用の形容詞「悲し」の已然形(結び)

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