羅城門の上層に登りて死人を見る盗人の語・今昔物語集

 
○○○ 羅生門 語句の意味と例文、設問と解説 ○○○
 

今は昔、摂津の国のほとりより、
今では昔のことだが、摂津国のあたりから、

盗みせむがために京に上りける男の、
盗みをしようとして京に上ってきた男が、

日のいまだ明かりければ、羅城門の下に立ち隠れて立てりけるに、
日がまだ明るかったので、羅城門の下にちょっと隠れて立っていたが、

朱雀の方に人しげくありきければ、
朱雀大路の方で人がしきりに歩き回っていたので、

人の静まるまでと思ひて、門の下に待ち立てりけるに、
人通りが静まるまでと思って、門の下に立って待っていると、

山城の方より人どものあまた来たる音のしければ、
山城の方から人々が大勢やってくる声がしたので、

それに見えじと思ひて、門の上層にやはらかかづり登りたりけるに、
それに見られまいと思って、羅城門の上の階にそっとよじ登ったところ、

見れば、火ほのかにともしたり。
見ると、灯をぼんやりとともしている。

盗人、「あやし。」と思ひて、連子よりのぞきければ、
盗人は、「不思議だ。」と思って、連子窓からうかがい見たところ、

若き女の、死にて臥したるあり。
若い女で、死んで横たわっているのがある。

その枕上に灯をともして、年いみじく老いたる嫗の白髪白きが、
その枕元に灯をともして、ひどく年老いた老婆で髪が真っ白なのが、

その死人の枕上に居て、死人の髪をかなぐり抜き取るなりけり。
その死人の枕元に座って、死人の髪をひきむしり抜き取っていたのだ。

盗人、これを見るに、心も得ねば、
盗人は、これを見ると、納得がいかないので、

「これはもし鬼にやあらむ。」と思ひて恐ろしけれども、
「これはもしや鬼ではないか。」と思って恐ろしかったが、

「もし死人にてもぞある、脅して試みむ。」と思ひて、
「もしかして死者の霊かもしれない、脅して試してみよう。」と思って、

やはら戸を開けて、刀を抜きて、
そっと戸を開けて、刀を抜いて、

「おのれは、おのれは。」と言ひて走り寄りければ、
「おまえは、おまえは。」と言って走り寄ると、

嫗、手惑ひをして、手を摺りて惑へば、盗人、
老婆は、あわてふためいて、手をすり合わせて困惑するので、盗人が、

「こは、何ぞの嫗の、かくはしゐたるぞ。」と問ひければ、
「いったい、どういう婆さんが、何をしているのだ。」と尋ねたところ、

嫗、「おのれが主にておはしましつる人の失せ給へるを、
老婆は、「私の主人でいらっしゃった人で亡くなられた人を、

あつかふ人のなければ、かくて置き奉りたるなり。
世話する人がいないので、こうしてお置き申し上げているのです。

その御髪の、丈にあまりて長ければ、
そのみぐしが、背丈よりも長いので、

それを抜き取りて鬘にせむとて抜くなり。
それを抜き取ってかつらにしようと思って抜くのです。

助け給へ。」と言ひければ、盗人、死人の着たる衣と、
お助けください。」と言ったので、盗人は、死人の着ていた着物と、

嫗の着たる衣と、抜き取りてある髪とを奪ひ取りて、
老婆の着ていた着物と、抜き取ってある髪とを奪い取って、

下り走りて逃げて去りにけり。
階下に降り走って逃げ去ったのだった。

さて、その上の層には死人の骸骨ぞ多かりける。
ところで、羅城門の上の層には死人の骸骨が多かった。

死にたる人の葬りなどえせぬをば、この門の上にぞ置きける。
死んだ人で埋葬などのできない人を、この門の上に置いたのだ。

このことは、その盗人の人に語りけるを聞き継ぎて、
このことは、その盗人が人に語ったのを聞き継いで、

かく語り伝へたるとや。
このように語り伝えているということだ。

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