月やあらぬ・伊勢物語

昔、東の五条に、
昔、東の京の五条に、
・昔 … 名詞
・東(ひむがし) … 名詞
・の … 格助詞
・五条 … 名詞
・に … 格助詞

大后の宮おはしましける西の対に、住む人ありけり。
皇太后がおいでになったお屋敷の西の対に、住む女性がいた。
・大后(おおきさい)の宮 … 名詞
・おはしまし … サ行四段活用の動詞「おはします」の連用形
おはします … 「いる」の尊敬語 ⇒ 筆者から大后の宮への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・西 … 名詞
・の … 格助詞
・対(たい) … 名詞
・に … 格助詞
・住む … マ行四段活用の動詞「住む」の連体形
・人 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

それを、本意にはあらで、
その人を、思うように会うこともできなかったが、
・それ … 代名詞
・を … 格助詞
・本意(ほい) … 名詞
本意 … 本来の意志
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・は … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・で … 接続助詞

心ざし深かりける人、行きとぶらひけるを、
思う心の深かった男が、訪れて行ったのだが、
・心ざし … 名詞
○心ざし … 好意
・深かり … ク活用の形容詞「深し」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・人 … 名詞
・行きとぶらひ … ハ行四段活用の動詞「行きとぶらふ」の連用形
とぶらふ … 訪問する
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 接続助詞

正月の十日ばかりのほどに、ほかに隠れにけり。
正月十日ばかりの頃に、よそに姿を隠してしまった。
・正月(むつき) … 名詞
・の … 格助詞
・十日 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・の … 格助詞
・ほど … 名詞
・に … 格助詞
・ほか … 名詞
・に … 格助詞
・隠れ … ラ行下二段活用の動詞「隠る」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

在り所は聞けど、人の行き通ふべき所にもあらざりければ、
いる場所は聞いたが、普通の人が行き通える所ではなかったので、
・在(あ)り所 … 名詞
・は … 係助詞
・聞け … カ行四段活用の動詞「聞く」の已然形
・ど … 接続助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・行き通ふ … ハ行四段活用の動詞「行き通ふ」の終止形
・べき … 可能の助動詞「べし」の連体形
・所 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

なほ憂しと思ひつつなむありける。
いっそうつらいと思いながら過ごしていた。
・なほ … 副詞
なほ … ますます
・憂(う)し … ク活用の形容詞「憂し」の終止形
憂し … つらい
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・つつ … 接続助詞
・なむ … 係助詞・強調
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

またの年の正月に、梅の花盛りに、去年を恋ひて行きて、
翌年の正月に、梅の花盛りの頃に、去年を恋しく思って行って、
・また … 副詞
・の … 格助詞
・年 … 名詞
・の … 格助詞
・正月 … 名詞
・に … 格助詞
・梅 … 名詞
・の … 格助詞
・花盛り … 名詞
・に … 格助詞
・去年(こぞ) … 名詞
・を … 格助詞
・恋ひ … ハ行上二段活用の動詞「恋ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・行き … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
・て … 接続助詞

かの西の対に行きて、立ちて見、ゐて見、
あの西の対に行って、立って見たり、座って見たりして、
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・西 … 名詞
・の … 格助詞
・対 … 名詞
・に … 格助詞
・行き … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
・て … 接続助詞
・立ち … タ行四段活用の動詞「立つ」の連用形
・て … 接続助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・ゐ … ワ行上一段活用の動詞「ゐる」の連用形
ゐる … 座る
・て … 接続助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形

見れど、去年に似るべくもあらず。
見るけれども、去年に似ているはずもない。
・見れ … マ行上一段活用の動詞「見る」の已然形
・ど … 接続助詞
・去年 … 名詞
・に … 格助詞
・似る … ナ行上一段活用の動詞「似る」の終止形
・べく … 当然の助動詞「べし」の連用形
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

うち泣きて、あばらなる板敷に、月の傾くまで伏せりて、
泣いて、がらんとした板敷に、月が西に傾く頃まで横になっていて、
・うち泣き … カ行四段活用の動詞「うち泣く」の連用形
・て … 接続助詞
・あばらなる … ナリ活用の形容動詞「あばらなり」の連体形
○あばらなり … すき間の多いさま
・板敷(いたじき) … 名詞
・に … 格助詞
・月 … 名詞
・の … 格助詞
・傾(かたぶ)く … カ行四段活用の動詞「傾く」の連体形
・まで … 副助詞
・伏(ふ)せ … サ行四段活用の動詞「伏す」の命令形
・り … 存続の助動詞「り」の連用形
・て … 接続助詞

去年を思ひ出でて詠める。
去年を思い出して詠んだ。
・去年 … 名詞
・を … 格助詞
・思ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「思ひ出づ」の連用形
・て … 接続助詞
・詠め … マ行四段活用の動詞「詠む」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形

  月やあらぬ春や昔の春ならぬ
  月は昔のままの月ではないのか、春は昔のままの春ではないのか、
  ・月 … 名詞
  ・や … 係助詞・疑問
  ・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
  ・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形(結び)
  ・春 … 名詞
  ・や … 係助詞・疑問
  ・昔 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・春 … 名詞
  ・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
  ・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形(結び)

  わが身ひとつはもとの身にして
  私の身だけはもとのままの私の身であって。
  ・わ … 代名詞
  ・が … 格助詞
  ・身 … 名詞
  ・ひとつ … 名詞
  ・は … 係助詞
  ・もと … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・身 … 名詞
  ・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
  ・して … 接続助詞

と詠みて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りにけり。
と詠んで、夜がかすかに明ける頃に、泣く泣く帰ったのだった。
・と … 格助詞
・詠み … マ行四段活用の動詞「詠む」の連用形
・て … 接続助詞
・夜 … 名詞
・の … 格助詞
・ほのぼのと … 副詞
○ほのぼのと … かすかに
・明くる … カ行下二段活用の動詞「明く」の連体形
・に … 格助詞
・泣く泣く … 副詞
・帰り … ラ行四段活用の動詞「帰る」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

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