旅立ち(漂泊の思ひ)・奥の細道

月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。
月日は永遠の旅人であって、来ては去り去っては来る年もまた旅人である。
・月日 … 名詞
・は … 係助詞
・百代(はくたい) … 名詞
・の … 格助詞
・過客(かかく) … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・して … 接続助詞
・行きかふ … ハ行四段活用の動詞「行きかふ」の連体形
・年 … 名詞
・も … 係助詞
・また … 副詞
・旅人 … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
「月日は百代の過客にして」と「行きかふ年もまた旅人なり」は対句的な表現である。

舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、
舟の上に生涯を送り、馬のくつわを取って老年を迎える者は、
・舟 … 名詞
・の … 格助詞
・上 … 名詞
・に … 格助詞
・生涯 … 名詞
・を … 格助詞
・浮かべ … バ行下二段活用の動詞「浮かぶ」の連用形
・馬 … 名詞
・の … 格助詞
・口 … 名詞
・とらへ … ハ行下二段活用の動詞「とらふ」の連用形
・て … 接続助詞
・老い … 名詞
・を … 格助詞
・迎ふる … ハ行下二段活用の動詞「迎ふ」の連体形
「舟の上に生涯を浮かべ」と「馬の口とらへて老いを迎ふる」は対句的な表現である。
・者 … 名詞
・は … 係助詞

日々旅にして、旅を栖とす。
毎日が旅であって、旅をすみかとしている。
・日々 … 名詞
・旅 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・して … 接続助詞
・旅 … 名詞
・を … 格助詞
・栖(すみか) … 名詞
・と … 格助詞
・す … サ行変格活用の動詞「す」の終止形

古人も多く旅に死せるあり。
古人にもたくさん旅の途中で死んだ者がいる。
・古人 … 名詞
・も … 係助詞
・多く … ク活用の形容詞「多し」の連用形
・旅 … 名詞
・に … 格助詞
・死せ … サ行変格活用の動詞「死す」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形

予も、いづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、
私も、いつの年からか、ちぎれ雲が風に誘われるように、
・予 … 代名詞
・も … 係助詞
・いづれ … 代名詞
いづれ … いつ
・の … 格助詞
・年 … 名詞
・より … 格助詞
・か … 係助詞
・片雲(へんうん) … 名詞
・の … 格助詞
・風 … 名詞
・に … 格助詞
・誘は … ハ行四段活用の動詞「誘ふ」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・て … 接続助詞

漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、
さまよい歩きたいという思いがやまず、海辺を放浪し、
・漂泊 … 名詞
・の … 格助詞
・思ひ … 名詞
・やま … マ行四段活用の動詞「やむ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・海浜(かいひん) … 名詞
・に … 格助詞
・さすらへ … ハ行下二段活用の動詞「さすらふ」連用形
・て … 接続助詞

去年の秋、江上の破屋に蜘の古巣を払ひて、
去年の秋、川のほとりのあばら家に蜘蛛の古巣を払って、
・去年(こぞ) … 名詞
・の … 格助詞
・秋 … 名詞
・江上(こうしよう) … 名詞
・の … 格助詞
・破屋(はおく) … 名詞
・に … 格助詞
・蜘蛛(くも) … 名詞
・の … 格助詞
・古巣 … 名詞
・を … 格助詞
・払ひ … ハ行四段活用の動詞「払ふ」の連用形
・て … 接続助詞

やや年も暮れ、春立てる霞の空に、
やがて年も暮れ、新春になり霞のかかった空を見るにつけ、
・やや … 副詞
やや … しだいに
・年 … 名詞
・も … 係助詞
・暮れ … ラ行下二段活用の動詞「暮る」の連用形
・春 … 名詞
・立て … タ行四段活用の動詞「立つ」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
立てる ⇒ 「春立てる」と「立てる霞」の掛詞
○春立つ … 春になる
○霞立つ … 霞がかかる
・霞(かすみ) … 名詞
・の … 格助詞
・空 … 名詞
・に … 格助詞

白河の関越えんと、そぞろ神のものにつきて心を狂はせ、
白河の関を越えたいと、そぞろ神が身に取りついたように心を狂わせ、
・白河の関 … 名詞
・越え … ヤ行下二段活用の動詞「越ゆ」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・そぞろ神 … 名詞
・の … 格助詞
・もの … 名詞
・に … 格助詞
・つき … カ行四段活用の動詞「つく」の連用形
・て … 接続助詞
・心 … 名詞
・を … 格助詞
・狂は … ハ行四段活用の動詞「狂ふ」の未然形
・せ … 使役の助動詞「す」の連用形

道祖神の招きにあひて取るもの手につかず、
道祖神の招きを受けて何事にも集中できず、
・道祖神(どうそじん) … 名詞
・の … 格助詞
・招き … 名詞
・に … 格助詞
・あひ … ハ行四段活用の動詞「あふ」の連用形
・て … 接続助詞
・取る … ラ行四段活用の動詞「取る」の連体形
・もの … 名詞
・手 … 名詞
・に … 格助詞
・つか … カ行四段活用の動詞「つく」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
「そぞろ神のものにつきて心を狂はせ」と「道祖神の招きにあひて取るもの手につかず」は対句的な表現である。

股引の破れをつづり、笠の緒つけかへて、
股引の破れをつくろい、笠の緒をつけかえて、
・股引(ももひき) … 名詞
・の … 格助詞
・破れ … 名詞
・を … 格助詞
・つづり … ラ行四段活用の動詞「つづる」の連用形
○つづる … つなぎ合わせる
・笠(かさ) … 名詞
・の … 格助詞
・緒 … 名詞
・つけかえ … ハ行下二段活用の動詞「つけかふ」連用形
・て … 接続助詞
「股引の破れをつづり」と「笠の緒つけかへて」は対句的な表現である。

三里に灸すうるより、松島の月まづ心にかかりて、
三里に灸を据えているうちから、松島の月が初めに気にかかって、
・三里 … 名詞
・に … 格助詞
・灸(きう) … 名詞
・すうる … ワ行下二段活用の動詞「すう」の連体形
・より … 格助詞
・松島 … 名詞
・の … 格助詞
・月 … 名詞
・まづ … 副詞
・心 … 名詞
・に … 格助詞
・かかり … ラ行四段活用の動詞「かかる」の連用形
・て … 接続助詞

住める方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、
住んでいた家は人に譲り、杉風の別荘に移るときに、
・住め … マ行四段活用の動詞「住む」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・方(かた) … 名詞
・は … 係助詞
・人 … 名詞
・に … 格助詞
・譲り … ラ行四段活用の動詞「譲る」の連用形
・杉風(さんぷう) … 名詞
・が … 格助詞
・別墅(べつしよ) … 名詞
・に … 格助詞
・移る … ラ行四段活用の動詞「移る」の連体形
・に … 格助詞

  草の戸も住み替はる代ぞ雛の家
  わびしい草庵も住み替わるときが来たのだ。きっと雛人形が飾られることだろう。
  ・草 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・戸 … 名詞
  ・も … 係助詞
  ・住み替はる … ラ行四段活用の動詞「住み替はる」の連体形
  ・代 … 名詞
  ・ぞ … 係助詞
  ・雛(ひな) … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・家 … 名詞
  ○季語「雛」、季節「春」、切れ字「ぞ」
  ○作者の気持ち ⇒ 世の中が移り変わっていくことに対する感慨

表八句を庵の柱に掛け置く。
表八句を庵の柱に掛けておく。
・表八句 … 名詞
・を … 格助詞
・庵(あん) … 名詞
・の … 格助詞
・柱 … 名詞
・に … 格助詞
・掛け置く … カ四段活用の動詞「掛け置く」の終止形

弥生も末の七日、あけぼのの空朧々として、
陰暦三月も二十七日、夜明けの空はおぼろにかすんでいて、
・弥生(やよい) … 名詞
・も … 係助詞
・末 … 名詞
・の … 格助詞
・七日(なぬか) … 名詞
・あけぼの … 名詞
あけぼの … 夜が明け始める頃
・の … 格助詞
・空 … 名詞
・朧々(ろうろう)と … タリ活用の形容動詞「朧々たり」の連用形
朧々たり … ぼんやりと霞んでいるさま
・して … 接続助詞

月は有明にて光をさまれるものから、
月は有明の月で光は薄らいでいるけれども、
・月 … 名詞
・は … 係助詞
・有明(ありあけ) … 名詞
有明 … 空に月が残ったまま夜が明けること
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・光 … 名詞
・をさまれ … ラ行四段活用の動詞「をさまる」の命令形
をさまる … 薄らぐ
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・ものから … 接続助詞・逆接

富士の峰かすかに見えて、上野、谷中の花の梢、
富士の峰がかすかに見えて、上野・谷中の桜の梢を、
・富士 … 名詞
・の … 格助詞
・峰 … 名詞
・かすかに … ナリ活用の形容動詞「かすかなり」の連用形
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
・て … 接続助詞
・上野 … 名詞
・谷中(やなか) … 名詞
・の … 格助詞
・花 … 名詞
・の … 格助詞
・梢(こずえ) … 名詞

またいつかはと心細し。
またいつか見ることができるだろうかと心細い。
・また … 副詞
・いつ … 代名詞
・かは … 係助詞
いつかは ⇒ 下に「見ん」を補充する
・と … 格助詞
・心細し … ク活用の形容詞「心細し」の終止形

むつまじき限りは宵よりつどひて、舟に乗りて送る。
親しい人々は皆、前の晩から集まって、舟に乗って送る。
・むつまじき … シク活用の形容詞「むつまじ」の連体形
むつまじ … 仲がよい
・限り … 名詞
・は … 係助詞
・宵 … 名詞
・より … 格助詞
・つどひ … ハ行四段活用の動詞「つどふ」の連用形
・て … 接続助詞
・舟 … 名詞
・に … 格助詞
・乗り … ラ行四段活用の動詞「乗る」の連用形
・て … 接続助詞
・送る … ラ行四段活用の動詞「送る」の終止形

千住といふ所にて船を上がれば、
千住という所で船から上がると、
・千住(せんじゆ) … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・所 … 名詞
・にて … 格助詞
・舟 … 名詞
・を … 格助詞
・上がれ … ラ行四段活用の動詞「上がる」の已然形
・ば … 接続助詞

前途三千里の思ひ胸にふさがりて、
この先の遥かな旅への思いで胸がふさがって、
・前途(せんど) … 名詞
○前途 … 行く先
・三千里 … 名詞
・の … 格助詞
・思ひ … 名詞
前途三千里の思ひ ⇒ これから遥かな旅に出るのだという思い
・胸 … 名詞
・に … 格助詞
・ふさがり … ラ行四段活用の動詞「ふさがる」の連用形
・て … 接続助詞

幻のちまたに離別の涙をそそぐ。
幻のようにはかないこの世の分かれ道で、別れの涙を流す。
・幻 … 名詞
・の … 格助詞
・ちまた … 名詞
○ちまた … この世、分かれ道
・に … 格助詞
・離別 … 名詞
・の … 格助詞
・涙 … 名詞
・を … 格助詞
・そそぐ … ガ行四段活用の動詞「そそぐ」の終止形

  行く春や鳥啼き魚の目は涙
  春は過ぎ去ろうとしている。それを惜しんで、鳥は鳴き、魚の目は涙でうるんでいる。
  (遥かな旅に出かける私も、親しい人々との別れを惜しんで、悲しみに浸っている。)

  ・行く … カ行四段活用の動詞「行く」の連体形
  ・春 … 名詞
  ・や … 間投助詞
  ・鳥 … 名詞
  ・啼(な)き … カ行四段活用の動詞「啼く」の連用形
  ・魚 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・目 … 名詞
  ・は … 接続助詞
  ・涙 … 名詞
  ○季語「行く春」、季節「春」、切れ字「や」
  ○作者の気持ち ⇒ 親しい人々との別れを惜しみ悲しむ気持ち

これを矢立の初めとして、行く道なほ進まず。
これを旅の記の書き始めとして、旅路は、やはり進まない。
・これ … 代名詞
・を … 格助詞
・矢立(やたて) … 名詞
○矢立 … 携帯用の筆記具
・の … 格助詞
・初め … 名詞
・と … 格助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・行く … カ行四段活用の動詞「行く」の連体形
・道 … 名詞
・なほ … 副詞
なほ … やはり
・進ま … マ行四段活用の動詞「進む」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

人々は途中に立ち並びて、
人々は途中に立ち並んで、
・人々 … 名詞
・は … 係助詞
・途中 … 名詞
・に … 格助詞
・立ち並び … バ行四段活用の動詞「立ち並ぶ」の連用形
・て … 接続助詞

後ろ影の見ゆるまではと、見送るなるべし。
後ろ姿が見える限りは見送ろうと思って、見送るのだろう。
・後ろ影 … 名詞
・の … 格助詞
・見ゆる … ヤ下二段活用動詞「見ゆ」の連体形
・まで … 副助詞
・は … 係助詞
見ゆるまでは ⇒ 下に「見送らん」を補充する
・と … 格助詞
・送る … ラ行四段活用の動詞「送る」の連体形
・なる … 断定の助動詞「なり」の連体形
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形

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