悲田院の堯蓮上人は・徒然草

悲田院の堯蓮上人は、俗姓は三浦のなにがしとかや、
悲田院の尭蓮上人は、在俗のときの姓を三浦のなにがしとかいって、
・悲田院(ひでんいん) … 名詞
・の … 格助詞
・堯蓮上人(ぎようれんしようにん) … 名詞
・は … 格助詞
・俗姓(ぞくしよう) … 名詞
・は … 格助詞
・三浦(みうら) … 名詞
・の … 格助詞
・なにがし … 名詞
・と … 格助詞
・か … 係助詞
・や … 係助詞

さうなき武者なり。
並ぶ者のない武士である。
・さうなき … ク活用の形容詞「さうなし」の連体形
○さうなし … 並ぶ者がない
・武者 … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

ふるさとの人の来たりて、物語すとて、
故郷の人がやって来て、話をして、
・ふるさと … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・来たり … ラ行四段活用の動詞「来たる」の連用形
・て … 接続助詞
・物語す … サ行変格活用の動詞「物語す」の終止形
物語す … 話をする
・とて … 格助詞

「吾妻人こそ、言ひつることは頼まるれ、
「東国の人は、言ったことは信頼できる、
・吾妻人(あづまうど・あづまびと) … 名詞
○吾妻人 … 東国の人
・こそ … 係助詞・強調
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・こと … 名詞
・は … 係助詞
・頼ま … マ行四段活用の動詞「頼む」の未然形
頼む … 信頼する
・るれ … 可能の助動詞「る」の已然形(結び)

都の人は、ことうけのみよくて、実なし。」と言ひしを、
都の人は、口先の請け合いだけはよくて、実がない」と言ったところ、
・都 … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・は … 係助詞
・ことうけ … 名詞
○ことうけ … 口先の請け合い
・のみ … 副助詞
・よく … ク活用の形容詞「よし」の連用形
・て … 接続助詞
・実(まこと) … 名詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・を … 接続助詞

聖、「それはさこそ思すらめども、おのれは都に久しく住みて、
上人は、「あなたは、そう思われるだろうが、私は都に長らく住んで、
・聖(ひじり) … 名詞
・それ … 代名詞
○それ … あなた
・は … 係助詞
・さ … 副詞
・こそ … 係助詞
・思(おぼ)す … サ行四段活用の動詞「思す」の終止形
思す … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 上人から故郷の人への敬意
・らめ … 現在推量の助動詞「らむ」の已然形
・ども … 接続助詞
・おのれ … 代名詞
・は … 係助詞
・都 … 名詞
・に … 格助詞
・久しく … シク活用の形容詞「久し」の連用形
・住み … マ行四段活用の動詞「住む」の連用形
・て … 接続助詞

なれて見侍るに、人の心劣れりとは思ひ侍らず。
なれ親しんで見ますと、都の人の心が劣っているとは思いません。
・なれ … ラ行下二段活用の動詞「なる」の連用形
○なる … なれ親しむ
・て … 接続助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・侍(はべ)る … ラ行変格活用の補助動詞「侍り」の連体形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 上人から故郷の人への敬意
・に … 接続助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・心 … 名詞
・劣れ … ラ行四段活用の動詞「劣る」の命令形
・り … 存続の助動詞「り」の終止形
・と … 格助詞
・は … 係助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・侍ら … ラ行変格活用の補助動詞「侍り」の未然形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 上人から故郷の人への敬意
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

なべて、心柔らかに、情あるゆゑに、人の言ふほどのこと、
一般に、心が穏やかで、情愛があるので、人が言うほどのことは、
・なべて … 副詞
なべて … 一般に
・心 … 名詞
・柔らかに … ナリ活用の形容動詞「柔らかなり」の連用形
○柔らかなり … 穏やかである
・情 … 名詞
○情 … 情愛
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・ゆゑ … 名詞
・に … 格助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・ほど … 名詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞

けやけく否び難くて、よろづえ言ひ放たず、
きっぱりと断わりにくくて、 万事につけ言い切ることができず、
・けやけく … ク活用の形容詞「けやけし」の連用形
けやけし … はっきりしている
・否(いな)び難(がた)く … ク活用の形容詞「否び難し」の連用形
・て … 接続助詞
・よろづ … 副詞
・え … 副詞
え(~打消) … ~できない
・言ひ放た … タ行四段活用の動詞「言ひ放つ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

心弱くことうけしつ。偽りせんとは思はねど、
気弱く承諾してしまう。偽りをしようとは思わないが、
・心 … 名詞
・弱く … ク活用の形容詞「弱し」の連用形
・ことうけ … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・つ … 完了の助動詞「つ」の終止形
・偽り … 名詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・は … 係助詞
・思は … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
・ど … 接続助詞

乏しく、かなはぬ人のみあれば、
貧しく、思いどおりの暮らしができない人ばかりが多いので、
・乏(とも)しく … シク活用の形容詞「乏し」の連用形
・かなは … ハ行四段活用の動詞「かなふ」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・人 … 名詞
○かなはぬ人 … 思いどおりの暮らしができない人
・のみ … 副助詞
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形
・ば … 接続助詞

おのづから本意通らぬこと多かるべし。
しぜんと本来の気持ちが通らないことが多いのだろう。
・おのづから … 副詞
・本意(ほい) … 名詞
本意 … 本来の志
・通ら … ラ行四段活用の動詞「通る」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・こと … 名詞
・多かる … ク活用の形容詞「多し」の連体形
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形

吾妻人は、わが方なれど、げには心の色なく、
東国の人は、私の故郷ではあるが、実際には心の優しさがなく、
・吾妻人 … 名詞
・は … 係助詞
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・方(かた) … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ど … 接続助詞
・げに … 副詞
・は … 係助詞
○げには … 本当のところ
・心 … 名詞
・の … 格助詞
・色 … 名詞
○心の色 … 心の優しさ
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形

情けおくれ、ひとへにすくよかなるものなれば、
情愛に乏しく、もっぱら実直なものだから、
・情け … 名詞
・おくれ … ラ行下二段活用の動詞「おくる」の連用形
○おくる … 劣る
・ひとへに … 副詞
○ひとへに … もっぱら
・すくよかなる … ナリ活用の形容動詞「すくよかなり」の連体形
○すくよかなり … 実直である
・もの … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞

始めより否と言ひてやみぬ。にぎはひ豊かなれば、
初めからいやだと言って終わってしまう。富み栄え裕福だから、
・始め … 名詞
・より … 格助詞
・否 … 感動詞
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・やみ … 行四段活用の動詞「やむ」の連用形
○やむ … 終わる
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
・にぎはひ … ハ行四段活用の動詞「にぎはふ」の連用形
○にぎはふ … 富み栄える
・豊かなれ … ナリ活用の形容動詞「豊かなり」の已然形
・ば … 接続助詞

人には頼まるるぞかし。」とことわられ侍りしこそ、
人には信頼されるのですよ。」と道理を説明されましたのは、
・人 … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・頼ま … マ行四段活用の動詞「頼む」の未然形
・るる … 受身の助動詞「る」の連体形
・ぞ … 終助詞
・かし … 終助詞
・と … 格助詞
・ことわら … ラ行四段活用の動詞「ことわる」の未然形
○ことわる … 説き明かす
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から上人への敬意
・侍り … ラ行変格活用の補助動詞「侍り」の連用形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 筆者から読者への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・こそ … 係助詞

この聖、声うちゆがみ荒々しくて、聖教の細やかなる理、
この上人は、声になまりがあり荒っぽくて、仏典の詳しい道理など、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・聖 … 名詞
・声 … 名詞
・うちゆがみ … マ行四段活用の動詞「うちゆがむ」の連用形
○うちゆがむ … なまりがある
・荒々しく … シク活用の形容詞「荒々し」の連用形
・て … 接続助詞
・聖教(しようぎよう) … 名詞
○聖教 … 仏典
・の … 格助詞
・細やかなる … ナリ活用の形容動詞「細やかなり」の連体形
細やかなり … 詳しい
・理(ことわり) … 名詞
 … 道理

いとわきまへずもやと思ひしに、この一言の後、
たいして心得てもいないのかなと思ったのに、この一言を聞いた後は、
・いと … 副詞
・わきまへ … ハ行下二段活用の動詞「わきまふ」の連用形
○わきまふ … 心得る
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
・も … 係助詞
・や … 係助詞・疑問
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・に … 接続助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・一言(ひとこと) … 名詞
・の … 格助詞
・後 … 名詞

心にくくなりて、多かる中に寺をも住持せらるるは、
奥ゆかしくなって、僧侶が多い中で一寺の住職として管理しておられるのは、
・心にくく … ク活用の形容詞「心にくし」の連用形
心にくし … 奥ゆかしい
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・て … 接続助詞
・多かる … ク活用の形容詞「多し」の連体形
・中 … 名詞
・に … 格助詞
・寺 … 名詞
・を … 格助詞
・も … 係助詞
・住持(じゆうじ)せ … サ行変格活用の動詞「住持す」の未然形
○住持す … 住職として管理する
・らるる … 受身の助動詞「らる」の連体形 ⇒ 筆者から上人への敬意
・は … 係助詞

かく柔らぎたるところ有りて、その益もあるにこそとおぼえ侍りし。
このように穏やかなところがあって、そのおかげもあるのだろうと思われました。
・かく … 副詞
・柔らぎ … ガ行四段活用の動詞「柔らぐ」の連用形
○柔らぐ … 穏やかになる
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ところ … 名詞
・有り … ラ行変格活用の動詞「有り」の連用形
・て … 接続助詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・益(やく) … 名詞
○益 … 利益
・も … 係助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・こそ … 係助詞
・と … 格助詞
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
おぼゆ … (自然に)思われる
・侍り … ラ行変格活用の補助動詞「侍り」の連用形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 筆者から読者への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形

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