応長の頃伊勢国より・徒然草

応長のころ、伊勢の国より、女の鬼になりたるを
応長のころ、伊勢の国から、女が鬼になったのを
・応長 … 名詞
・の … 格助詞
・ころ … 名詞
・伊勢(いせ)の国 … 名詞
・より … 格助詞
・女 … 名詞
・の … 格助詞
・鬼 … 名詞
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・を … 格助詞

率て上りたりといふことありて、そのころ二十日ばかり、
引き連れて上京したということがあって、そのころ二十日間ほど、
・率(い) … ワ行上一段活用の動詞「率る」の連用形
○率る … 引き連れる
・て … 接続助詞
・上り … ラ行四段活用の動詞「上る」の連用形
○上る … 上京する
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・こと … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・て … 接続助詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・ころ … 名詞
・二十日 … 名詞
・ばかり … 副助詞

日ごとに、京・白川の人、鬼見にとて出で惑ふ。
毎日、京や白川の人が、鬼見物にといってむやみに出歩いた。
・日ごと … 名詞
・に … 格助詞
・京 … 名詞
・白川 … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・鬼 … 名詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・に … 格助詞
・とて … 格助詞
・出(い)で惑ふ … ハ行四段活用の動詞「出で惑ふ」の終止形
○出で惑ふ … むやみに出かける

「昨日は西園寺に参りたりし。」「今日は院へ参るべし。」
「昨日は西園寺に参った。」「今日は上皇の御所へ参るだろう。」
・昨日 … 名詞
・は … 係助詞
・西園寺(さいおんじ) … 名詞
・に … 格助詞
・参り … ラ行四段活用の動詞「参る」の連用形
参る … 「行く」の謙譲語 ⇒ 京・白川の人から西園寺への敬意
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・今日 … 名詞
・は … 係助詞
・院 … 名詞
・へ … 格助詞
・参る … ラ行四段活用の動詞「参る」の終止形
参る … 「行く」の謙譲語 ⇒ 京・白川の人から上皇への敬意
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形

「ただ今はそこそこに。」など言ひ合へり。
「現在はどこそこに。」などと言い合っている。
・ただ今 … 名詞
○ただ今 … 現在
・は … 係助詞
・そこそこ … 代名詞
・に … 格助詞
・など … 副助詞
・言ひ合へ … ハ行四段活用の動詞「言ひ合ふ」の命令形
・り … 完了の助動詞「り」の終止形

まさしく見たりといふ人もなく、虚言と言ふ人もなし。
ほんとうに見たという人もいないし、嘘だと言う人もいない。
・まさしく … シク活用の形容詞「まさし」の連用形
○まさし … 間違いない
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・なく … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・虚言(そらごと) … 名詞
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形

上下ただ、鬼のことのみ言ひやまず。
身分の高い人も低い人も、ただ、鬼のことだけを言い続けている。
・上下(じようげ) … 名詞
○上下 … 身分の高い人と低い人
・ただ … 副詞
・鬼 … 名詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・のみ … 副助詞
・言ひやま … マ行四段活用の動詞「言ひやむ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

そのころ、東山より安居院の辺へまかりはべりしに、
そのころ、東山から安居院の辺りに参りましたときに、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・ころ … 名詞
・東山 … 名詞
・より … 格助詞
・安居院(あぐい) … 名詞
・の … 格助詞
・辺(へん) … 名詞
・へ … 格助詞
・まかり … ラ行四段活用の動詞「まかる」の連用形
まかる … 「行く」の丁寧語 ⇒ 筆者から読者への敬意
・はべり … ラ行変格活用の動詞「はべり」の連用形
はべり … 丁寧の補助動詞 ⇒ 筆者から読者への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・に … 格助詞

四条より上さまの人、皆、北をさして走る。
四条通りより北の方の人が、皆、北をさして走っていく。
・四条 … 名詞
・より … 格助詞
・上(かみ)さま … 名詞
○上さま … 北の方向
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・皆 … 名詞
・北 … 名詞
・を … 格助詞
・さし … サ行四段活用の動詞「さす」の連用形
○さす … 目指す
・て … 接続助詞
・走る … ラ行四段活用の動詞「走る」の終止形

「一条室町に鬼あり。」とののしり合へり。
「一条室町に鬼がいる。」と大声で騒ぎ合っている。
・一条室町 … 名詞
・に … 格助詞
・鬼 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形
・と … 格助詞
・ののしり合へ … ハ行四段活用の動詞「ののしり合ふ」の命令形
ののしる … 大きな声で騒ぐ
・り … 存続の助動詞「り」の連体形

今出川の辺より見やれば、院の御桟敷のあたり、
今出川の辺りから眺めると、上皇の御見物用の席の辺りは、
・今出川(いまでがわ) … 名詞
・の … 格助詞
・辺 … 名詞
・より … 格助詞
・見やれ … ラ行四段活用の動詞「見やる」の已然形
○見やる … 遠くを眺め見る
・ば … 接続助詞
・院 … 名詞
・の … 格助詞
・御桟敷(みさじき) … 名詞
・の … 格助詞
・あたり … 名詞

さらに通り得べうもあらず立ちこみたり。
まったく通ることができそうにもないほど混雑している。
・さらに … 副詞
さらに(~打消) … まったく(~ない)
・通り得(う) … ア行下二段活用の動詞「通り得」の終止形
○~得 … ~できる
・べう … 可能の助動詞「べし」の連用形(音便)
・も … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・立ちこみ … マ行四段活用の動詞「立ちこむ」の連用形
○立ちこむ … 混雑する
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形

はやく跡なきことにはあらざめりとて、
もとから根拠のないことではないようだと思って、
・はやく … 副詞
○はやく … もとから
・跡(あと) … 名詞
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
○跡なし … 根拠がない
・こと … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
ざめり … ざるめり ⇒ ざんめり ⇒ ざめり(音便・無表記)
・ざ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・めり … 推定の助動詞「めり」の終止形
・とて … 格助詞

人を遣りて見するに、おほかた会へる者なし。
人をやって見させたところ、まったく会った者がいない。
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・遣(や)り … ラ行四段活用の動詞「遣る」の連用形
○遣る … 行かせる
・て … 接続助詞
・見する … サ行下二段活用の動詞「見す」の連体形
・に … 接続助詞
・おほかた … 副詞
おほかた(~打消) … まったく(~ない)
・会へ … ハ行四段活用の動詞「会ふ」の命令形
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・者 … 名詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形

暮るるまでかく立ち騒ぎて、果ては闘諍おこりて、
日の暮れるまでこのように騒ぎたてて、最後には喧嘩が起こって、
・暮るる … ラ行下二段活用の動詞「暮る」の連体形
・まで … 副助詞
・かく … 副詞
・立ち騒ぎ … ガ行四段活用の動詞「立ち騒ぐ」の連用形
○立ち騒ぐ … 騒ぎたてる
・て … 接続助詞
・果て … 名詞
・は … 係助詞
・闘諍(とうじとう) … 名詞
○闘諍 … けんか
・おこり … ラ行四段活用の動詞「おこる」の連用形
・て … 接続助詞

あさましきことどもありけり。
あきれるほどひどい様々なことがあった。
・あさましき … シク活用の形容詞「あさまし」の連体形
あさまし … 驚きあきれたことだ
・ことども … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

そのころ、おしなべて、二、三日人のわづらふことはべりしをぞ、
そのころ、世間一般で、二、三日人が病気になることがありましたのを、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・ころ … 名詞
・おしなべて … 副詞
○おしなべて … 世間一般に
・二、三日(ふつかみか) … 名詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・わづらふ … ハ行四段活用の動詞「わづらふ」の連体形
わづらふ … 病気になる
・こと … 名詞
・はべり … ラ行変格活用の動詞「はべり」の連用形
はべり … 「あり」の丁寧語 ⇒ 筆者から読者への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・を … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調

「かの鬼の虚言は、このしるしを示すなりけり。」と言ふ人もはべりし。
「あの鬼の作り話は、この前兆を示すものだったのだ。」と言う人もありました。
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・鬼 … 名詞
・の … 格助詞
・虚言 … 名詞
・は … 係助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・しるし … 名詞
○しるし … 前兆
・を … 格助詞
・示す … サ行四段活用の動詞「示す」の連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形
・人 … 名詞
・も … 係助詞
・はべり … ラ行変格活用の動詞「はべり」の連用形
はべり … 「あり」の丁寧語 ⇒ 筆者から読者への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形

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